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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十一章 PARADISE LOST (失楽園)
304/405

14. 守護艦隊(ガーディアン)


■ 11.14.1

 

 

 20 July 2052, Transport fluvial et aerien sur le Rhin, Strasbourg, France

 A.D.2052年07月20日、フランス、ストラスブール、ライン河川航空運送

 

 

「あれは素晴らしい進水式だったよ。あれほどの感動を味わう事はなかなかない。君たちも行くべきだったね。

「地の底から浮き上がり、せり上がってくる白い巨体。その巨体が音も無くそのまま上昇して行って、見る間に小さくなり、小さな点となって宇宙の彼方に消えていったのだ。

「素晴らしい。全くもって素晴らしい。戦時であるので少々簡素ではあったものの、しかしこれぞ人類の希望をその身に受けた栄えある第一号艦といった感動的な進水式だったよ。」

 

 トゥオマスは有頂天と云った雰囲気で、つい数日前に行われた駆逐艦ドラグーンの進水式の様子を語る。

 執務机の向こう側でウンザリした顔で苦笑いを浮かべるヘンドリックは、ここまで既に十分近いドラグーンの性能と開発秘話に関する饒舌なトゥオマスの講義を受ける羽目になっていた。

 プロジェクト「アンタレス」の中核的なスタッフとして、トゥオマスも駆逐艦ドラグーンの進水式に参加していたのだった。

 ファラゾア降下点の地上施設が殆ど駆逐され、地球周辺宙域についても以前に比べれば遙かに防衛力が高くなった事で、最近では軍用に限ってではあるが航空機による旅客の輸送が可能となっていた。

 従来であれば、極限まで資材を満載して定期航路を行き来する潜輸の片隅にどうにかして人間一人分のスペースをこじ開けるか、重要な要件や或いは権力を振りかざす事で潜水艦による特別便を仕立てるかでもしなければ、イングランド島に渡る事など出来なかったのだ。

 プロジェクト関係者であるトゥオマスは、連邦軍参謀総長として同様に進水式に参加するフェリシアンのために仕立てられた輸送機に便乗して渡英したのだ。

 

「しかし実際のところ、大丈夫なのか? あの艦は?」

 

 苦笑いを収め、少し真面目な顔になったヘンドリックが背もたれに身体を預け、脚を組んでトゥオマスに尋ねた。

 トゥオマスは中空を彷徨わせていた視線をヘンドリックの顔に落とし、大きな身振りで振り回していた両腕の動きを止める。

 

「大丈夫、とは?」

 

「あの駆逐艦が、我々人類が建造した初めての本格的な宇宙船だ。いきなり全長300mもある宇宙船を建造して大丈夫だったのか? という話だ。普通はもっと小さなものから始めて、徐々に大きくしていくというものじゃないのか?」

 

 ヘンドリックの心配はもっともな話だった。

 

 ドラグーン以前に存在した与圧された居住区のある宇宙船と云えば、与圧部がコクピットのみで全長といえば50mもないOSV(軌道監視艇)が最大のものであった。

 大きさだけで云えば、かの悪評高いムーンブレイク作戦に参加した通称「軌道空母」は全長200mを超える大きさがあったが、高張力鋼とチタン合金で作られたパイプフレームのみの「船体」の端に、人間が四人座るシートが設置してあるだけの狭いコクピットとAGGを取り付けただけという、とても「船」と呼べる様な代物ではなく、むしろ「筏」とでも呼ぶ方がしっくりとくる様な構造の物体であったのだ。

 

 その様な宇宙船建造の「歴史」を持つ地球人類が、いきなりメジャーSF映画にでも出てきそうな大型の宇宙船を建造して、果たしてその艦はまともに運用に耐えるものなのか、という疑問は誰しもが持つところであろう。

 

「問題無い。前に話したことは無かったかね? 我々には全長400mもの潜水艦を建造する技術がある。300mに満たない宇宙船など、全く何の問題も無い。」

 

 喜びのパフォーマンスに水を差されたからか、微妙に不機嫌な表情になりながらトゥオマスが言った。

 

「潜水艦? 海と宇宙では話が違うだろう? 宇宙なんだぞ?」

 

「何を言っているんだね、君は。よく考えてみたまえ。深度1000mにまで潜る潜水艦は、100気圧もの圧壊圧力に抵抗してその内部を1気圧に保つことが出来るのだ。宇宙船の中と外ではたったの1気圧の気圧差しか無いのだよ。しかも潜水艦の場合は、船外の方が圧力の高い抗折力の問題であるのに対して、宇宙船の場合は内圧の方が高い引張強度の問題となるのだよ。一般的に金属の引張強度は抗折力よりも遙かに高い数値を示すのだ。つまり、潜水艦建造技術はそのまま宇宙船建造技術に転用できるわけだよ。なんなら今現在作戦行動中の潜水空母を、搭載されているAGGを使用してそのまま宇宙空間まで持ち上げたって良い。何の問題も無く宇宙空間を航行できるだろうね。

「一部エアロックなどの構造の違いはあれども、実際のところ我々人類は百年も前から宇宙船を建造するに足る技術を持っていたのだよ。無かったのはその数百mもある船体を宇宙空間に持ち上げる技術だけだ。AGGによる重力推進が手に入った今、その問題は解決した。そしてAGGは、航空機用としてこれまで無数に製造して充分に経験を積んでいる。大型のものも潜水機動艦隊に搭載されて稼働が実証されている。つまり、何の問題も無い、ということだよ。」

 

 ヘンドリックにとって、トゥオマスの言っていることは理屈では理解できても、宇宙という未知の領域を航行する宇宙船が百年も前から手の内にある技術で問題無く作れるという事実は、直感的に受け入れ難い話だった。

 しかし今や宇宙船建造に当たっては世界のトップグループであるプロジェクト・アンタレスの主要なスタッフであるトゥオマスがそう言うのだ。間違っているはずなど無かった。

 

 宇宙船建造技術に関するトゥオマスの講義が終わったところで、タイミング良く扉がノックされる音が響いた。

 

「入れ。」

 

 ヘンドリックの応答と共に扉が開かれ、右手に端末をひらひらとさせながらシルヴァンが入室してきた。

 

「お待たせ。例の解析結果、出たぜ。なんだか面白い事になってるけどな。」

 

 人類初の宙航駆逐艦ドラグーンの進水式から遡る事一週間ほど前、太陽系外縁部に出現した異星人の艦隊が飽きもせず太陽系内に侵入してくるという事態がまた発生していた。

 シルヴァンはその結果を携えてヘンドリックの元を訪れており、また本来トゥオマスがこの部屋にいる理由も、その件についていつもの三人で考察する打合せに加わるためであった。

 

 部屋に入ってきたシルヴァンが端末をネットワークに有線接続し、卓上のプロジェクタを起動して画面を壁に投映した。

 シルヴァンに続きトゥオマスと、執務机を回ってやってきたヘンドリックの三人がほぼ定位置と化したそれぞれのソファに座り、深く腰掛けて壁に投映された画面を眺める。

 

「さて、まずは基本情報の確認だ。2052年07月10日1308GMT、ファラゾア艦の分類に当てはめると駆逐艦クラスの大きさと思われる艦艇二十隻で構成された艦隊が、太陽系外縁射手座方向北方俯角23度、太陽からの距離約140億km付近でワープアウトした。これがその位置と、こっちがそのGDDDS波形だ。

「140億kmってさっぱり分からないだろ? エッジワース・カイパーベルトの外側の倍の距離、或いは冥王星の遠日点のさらに倍の遠さ、って言うとなんとなく解るかな?」

 

 シルヴァンの操作する端末から投映された画像が、ヘンドリックのオフィスの壁面に太陽系を描き出す。

 海王星軌道よりも遙か外側、エッジワース・カイパーベルトのさらに遙か外側の上方に緑色のマーカーが表示されていた。

 その下、余白部分にはGDDDSで探知された重力波の波形がウィンドウに表示されている。

 重力波計ウィンドウが拡大されると、多数のスパイクピークが重なり合って表示される艦隊のワープアウトに典型的な波形が確認できる。

 

「ワープアウトした艦隊はそのまま太陽系中心部に向けて約2000Gで加速。約一時間後1400GMTには0.2c(光速)に達し、真っ直ぐ太陽系中心部に向けて侵入していることが確認されている。

「ああ、言い忘れたが、時刻は全て光速で伝わる重力波がGDDDSに探知された時間から逆算して、リアルタイムの時間に換算してある。

「で、だ。約13時間04分後、7月11日0212時に木星に停泊していたファラゾア艦隊がどうやら侵入者に気付いたらしく、戦艦六、駆逐艦三十の艦隊が木星周回軌道を離れて迎撃行動を開始。侵入者艦隊に向けて約2000Gで加速を開始した。

「迎撃に向かうファラゾア艦隊も約40分後には0.2cに到達。その後双方戦術的機動を取って色々と複雑な航路を取った後、29時間13分後の7月12日0725時、海王星軌道の外側、水瓶座方面に太陽から約56億km、俯角18度の宙域で接触し、戦闘を開始した。」

 

 シルヴァンの説明に呼応して、壁面に映し出されているプロジェクタ画像が動く。

 太陽系外から太陽に向けて真っ直ぐ進む緑色のマーカを先頭にした矢印が表示され、ややあって木星からファラゾア艦隊を示す赤色の矢印が伸びる。

 途中ファラゾア艦隊は減速し、緑色の侵入艦隊に対して回り込み、針路を塞ぐような複雑な動きを見せる。

 最終的に二つの矢印は激突し、会戦を示す赤色のバツ印が表示された。

 

「戦闘そのものは割と単純な結果だった。7月12日0728時、侵入艦隊側に最初の撃沈が発生。同0841時、侵入艦隊側の最後の一隻が撃沈されて会戦は終了。戦闘の結果は、侵入艦隊駆逐艦二十隻全滅、ファラゾア艦隊側は駆逐艦撃沈二、中破以上が三。会戦終了後ファラゾア艦隊は全て再び木星周回軌道に帰投。以上だ。

「会戦の最中の各艦の機動はGDDDSでトレースできている。小規模ながら、我々人類が初めて直接眼にする宇宙空間での艦隊戦に興味あるなら、GDDDS解析室の方に問い合わせてくれ。奴等ついでに光学観察の結果についても、GDDDS波形と突き合わせて今必死で解析してる。いずれにしても、このミーティングには余り重要な情報とは思えないので割愛する。」

 

 プロジェクタ投映画像の中では、太陽系外から侵入してきた緑色の矢印が動きを止め、赤色の矢印がバツ印を後にして再び動き始めて、今度はほぼ直線で木星に向かい、ファラゾア艦隊が木星に到着したところで侵入艦隊と迎撃艦隊の全ての動きを表示したまま画像の動きが止まった。

 

 最初に言葉を発したのはトゥオマスだった。

 

「ふむ。非常に興味深い。これは非常の多くの示唆に富ん情報だよ。まことにもって興味深い。」

 

 トゥオマスが食い入る様に、否、まるで睨め付ける様に、すでに再生の終わったつい先頃太陽系内で行われた小規模な艦隊戦の戦術解説マップを凝視している。

 

「どの辺りがコルテスマキ教授の興味を引いたのかな。」

 

 同じ様に食い入る様にプロジェクタ画面を眺めていたヘンドリックが、視線を外してトゥオマスを見た。

 

「二十隻の駆逐艦隊が太陽系内に突入してきて、ファラゾア艦隊がそれを迎撃している・・・ところで、エッジワース・カイパーベルトに数千隻も隠れ潜んでいる我らが守護艦隊(ガーディアン)は何をしていたのだろうね。」

 

 途端にヘンドリックとシルヴァンが眉をひそめる。

 トゥオマスが指摘しているとおり、この太陽系を舞台とした一大スペクタクルたる戦術マップには、重要な役者が抜けていた。

 これまで何度も繰り返された、太陽系外からの艦隊の侵入時に必ず姿を現し、毎度圧倒的な物量で太陽系を「護って」いた、エッジワース・カイパーベルトに隠れる数千隻にも達しようかという、彼等三人によって「守護者」と皮肉られた存在がこのマップには一切登場していなかった。

 

「彼等は、まだ居るのだろう? 彼等が太陽系からどこかへワープして去って行ったという記録は無いのだろう?」

 

「無いね。元々千隻以上居た筈だが、2049年06月に千六百隻余り増援があって、今では三千隻前後の勢力になっている筈だ。最後の侵入は去年の三月だったが、その時には四百隻の侵入艦隊に対して二千五百隻余りの守護艦隊が出動して、一瞬で壊滅させている。普段は推進器さえ止めて息を潜めてじっとしているから、GDDDSじゃ全く探知出来ないけどね。」

 

 自分達が暮らす太陽系の外縁を、三千隻以上もの有力な艦隊で包囲されている。

 それが敵か味方か判然としない。

 ソル太陽系は、破滅的に危険な状況下にあるのだ。

 その三千隻が全てファラゾアの3000m級戦艦であるならば、その艦隊が一斉に地球に襲いかかってくる状況など、恐ろしくて考えたくもなかった。

 

「今回の侵入者は守護艦隊の味方か? いや、そんな筈は無いか。どうにもややこしい話になってきたな。」

 

 ヘンドリックが再び壁に投影された戦術マップに目をやりながらぼそりと呟いた。

 

「同意するよ。ただ、私は今回の駆逐艦隊の侵入は、実に多くの情報を我々にもたらしてくれたと思うよ。」

 

 そう言いながらトゥオマスはソファから腰を上げ、壁際におかれたキャビネットの上に常備してあるポットに近付いていき、部屋の主であるヘンドリックに断りを入れる事も無く勝手知ったる他人のオフィスとばかりにコーヒーカップをキャビネットから三つ取り出して、カップに湯気を立てるコーヒーを注ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 そいえば、潜水機動艦隊を一度も宇宙に上げませんでしたね。

 まあ、必要無いのですが。

 上げたところで、フライトデッキが使えるわけでも無し。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここで混乱と新たな謎を呼ぶまさかの第4勢力?! 太陽系って10万年単位で放置される辺境だと思ってました・・・ [気になる点] 「夜空」を読んでいる人だったら「守護艦隊」については心当たりあ…
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