表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十一章 PARADISE LOST (失楽園)
302/405

12. 絶対均一時空間(Absolute Zero Space-time:Zero-Space)


■ 11.12.1

 

 

 攻撃機隊5628th TTS(第5628戦術攻撃機隊:ドッグウッド)と、5754th TTS(第5754戦術攻撃機隊:カゲザクラ)は、カア=イヤ降下点上空に占位した二十隻のファラゾア駆逐艦に対する攻撃地点、即ちカア=イヤ降下点から約500kmの位置にあるポオポ湖上空のミサイルリリースポイント(RP)に到達したときでさえまだ、各四機の桜護改で編成される攻撃機隊に一機の損失もなく、またミサイルリリースを困難にするほどの損傷を負った機体も存在しなかった。

 ファラゾアに対抗できるだけの十分な空軍力が存在しなかったこの南米大陸では、所謂「始まりの十日間」の間に大陸のほぼ全土がファラゾアの制空圏下におかれて以来、今日までその状況が継続しており、その様な敵勢力圏下に有効な対空攻撃手段を持たない攻撃機が深く入り込んでなお無事に存在出来ているのはひとえに、幾重にも重なり繰り返し押し寄せる敵の攻撃からその身を挺してまでも攻撃機隊を護り続けた戦闘機隊による決死のエスコートによるものであることは、八機の桜護改に乗る全ての乗員が良く理解していた。

 

 わずか八機の攻撃機を無事に目標値点に送り届けるために幾百のパイロットが命を散らしていったか、彼らはまさに目の前でその全てを目撃してきた。

 今はもうここに居ない彼らのその思いに応えるためにも、ミサイルリリースを必ず成功させ、カア=イヤ降下点上空に居座り続ける敵駆逐艦隊を殲滅せんとの熱い意志を全ての攻撃機乗員が強く心に抱いていた。

 

 傷付きつつもいまだ使命を全うせんと周りを固める三百余機の戦闘機に囲まれ護られた攻撃機隊が、ポオポ湖のほぼ中央に差し掛かる。

 攻撃機桜護改の胴体下部両舷に備えられたミサイルベイのカバーが、八機とも一斉に開いた。

 暗く開いたその開口部から、地球連邦空軍機色のダークグレイよりもさらに暗く、漆黒に塗装されたミサイルが機外へと放出され、引力にひかれ落下していく。

 左舷と右舷のミサイルベイから交互に、片舷約二秒間隔で勢いよく放出される黒いミサイルは数十m落下した後、まるで何かに弾かれたかのように急に加速を開始し、攻撃部隊を全て一瞬で抜き去り、東部山地の峰々を越えてその向こう側へと消えていく。

 

 この度のカア=イヤ降下点殲滅戦に参加した桜護改八機が搭載しているミサイルは、本来は戦闘機隊による降下点上空の制空圏確保行動時に、大気圏外に出現することを予想されたファラゾア艦隊を撃退することを想定したものであり、高島航空工業が開発した桜花改に関する技術提供を受けたMONEC社によって新たに開発された空対艦ミサイル「グングニル(Gungnir)」である。

 

 桜花改とは、AGG/GPUを二組搭載する事により従来の桜花のほぼ倍の加速力を叩き出す事が出来る様になった改良型であった。

 それは、最大1500Gの加速力しか(・・)出せない桜花の命中率を向上するための改良であった。

 特に宇宙空間での桜花ミサイルの使用は、十七年前のファラゾア来襲時に「無用の長物」と酷評された従来型の空対空ミサイル(AAM)同様に、遠距離から数十秒もの長時間をかけて目標に接近する間にファラゾア艦からの猛烈な迎撃砲火を受け、少なくない数が撃墜されてしまうという短所を露呈した。

 さらには、敵艦からの弾幕をくぐり抜けどうにか目標に到達した桜花でさえも、時間さえあれば極めて高い機動力を発揮するファラゾアの戦艦に、軽く避けられてしまう。

 敵艦目掛け数十秒という長時間かけて接近するミサイルの軌道は読みやすく、接近して来るミサイルよりも高い機動力を誇るファラゾア戦艦は、まるで猛牛の突進を華麗に躱すマタドールのように、高速で接近するミサイルを着弾寸前に避けて回避してしまうのだった。

 

 さらに云うならば、前回のアジュダービヤー降下点攻略の際に、大気圏内にまで降下してきた敵駆逐艦を撃破しようと桜花を使用した際、大気の断熱圧縮による高温でミサイル本体の崩壊を回避するため、最大でもM10(3.5km/s)程度の速度しか出すことが出来ない桜花は、敵駆逐艦が展開する重力シールドを突破することが出来ず、全てシールドに弾かれてしまい一切の命中弾を出すことが出来ないという弱点をも露呈した。

 これまで軌道上に現れたファラゾア艦隊を数多く屠ってきた桜花ミサイルが持つ思いも寄らぬ弱点に、地球連邦軍と兵器開発技術者たちは頭を抱えることとなった。

 

 即ち、大気圏上層部を飛行するミサイル母機から発射され、僅か数百kmという低軌道に留まるファラゾア艦隊を次々と叩き墜とした桜花の輝かしい功績はひとえに、発射から目標の到達までの時間が僅か五秒程度と短時間であり、反応の遅いファラゾア艦では回避あるいは迎撃といった対応が取れなかったため達成された、実際はかなり限定的な条件下での戦果に過ぎなかったのだ。

 

 実のところ、桜花の命中率が芳しくない問題は、以前から地球連邦軍上層部や兵器開発担当者の間で問題視されており、技術者たちの間でもその問題をどうにかして解決すべく議論と研究が重ねられていた。

 その問題に対するひとつの答えが、RAGUDT(Reserch Project of Artificial Grvity Usage for Defending Terra:地球防衛における人工重力利用研究委員会:日本の国立重力研究所および北関東工業地帯(R50IZ:R50 Industrial Zone)に所在する航空宇宙兵器関連工業、および周辺の研究機関によって結成された産官学共同兵器開発プロジェクト)が生み出した桜花改であった。

 

 桜花改は、これまで数多くの実績を持つ重力推進式対艦ミサイル桜花に、さらにもう一組の推進器を増設し、単純な加速力で約二倍の性能を叩き出す事に成功したミサイルである。

 桜花同様に1500Gの加速力で敵艦に接近した桜花改は、目標に到達する直前に突然加速度を倍増し、反応速度の遅いファラゾア艦がその突然の事態に対処できず、ミサイルを避けることが出来ないタイミングで目標に突入する。

 ファラゾア艦が展開する重力シールドは、倍加した加速度とさらに倍増した突入速度をもって強引に突破する。

 それが桜花改の設計思想であった。

 

 一方、MONEC(Machinary Organization Network of Earthwide Connection)は、全世界の機械産業ネットワークという特殊な組織形態を持ち、桜花や菊花を開発した高島重工業グループもその参画企業であるため、桜花改に関してもその開発の中心企業である高島航空工業(TASI:Takashima AeroSpace Industry)から技術供与を受けていた。

 そしてMONECは前述した桜花の欠点に対してTASIとは別の解を求め、その開発に成功していた。

 その成果が、この度カア=イヤ降下点攻略作戦「サンタ・クルス」に参加した攻撃機隊が搭載している新型対艦ミサイル「グングニル」である。

 

 グングニルは桜花改同様に二組のAGG/GPUを搭載し、単純な加速力であるならば桜花改と同じように桜花の倍、3000Gでの加速力を持つ。

 グングニルが桜花改と異なる最大のポイントは、時空間歪み正常化機構(Space-time Distortion Canceller:SDC)という機能がAGG(Artificial Gravity Generator:人工重力発生器)に組み込まれている点である。

 

 SDCとはその名の通り、時空間の歪み、即ち重力場を正常化する機構である。

 グングニルは高速で目標に接近し、桜花改同様に目標突入直前で二基の重力推進器をフル稼働させて最高加速度を得る。

 グングニルは高速高加速度のまま目標に突入するが、目標に突入する3/1000秒前に、二基あるAGGの内一基をもって時期の周りにSDCを最大強度で展開する。

 

 SDCとはその名の通り時空間の歪み、即ち重力場をキャンセル(正常化)し、ゼロ状態に戻す機構である。

 AGGにて空間の歪みを発生するスキームを逆転させ、指定された空間の歪みを「(なら)し」、歪みをエネルギーに変換してAGGで吸収する事によって、指定空間内の重力をゼロとする、即ち絶対均一時空間(Absolute Zero Space-time:Zero-Space)を生成する事が出来る。

 つまりSDCが展開された空間内は、原理上一切の歪みをキャンセルされてしまい、「平坦な」時空間となるのだ。

 

 目標のファラゾア艦への突入直前、即ちファラゾア艦が展開する重力シールドへの突入時にSDCを展開する事で、グングニルは自機の周りの極小範囲の空間をゼロ・スペースとし、敵が展開する重力シールドに局所的な「穴」を開けて、シールドに全く邪魔される事無く目標に真っ直ぐ突入する事が出来るようになるのだ。

 

 勿論、目標が展開する数千~数万Gの重力シールドを「均し」てゼロにする為には、そこに存在した空間の歪み分だけの膨大なエネルギーが発生する事になる。

 空間の歪みをエネルギーに逆転換するため、そのエネルギー即ち熱量はAGG内部に放出・蓄積され、一瞬でAGGを超高温にし融解させる。

 その熱エネルギーが破壊するのはAGGに留まらず、ミサイル本体、反応弾頭をも一瞬で融解させ、動作不能に陥れる・・・筈であった。

 

 実は、地球人類が開発したAGGには欠陥があった。

 それはAGG開発黎明期に成された膨大な量の数学的演算の中で見落とされた僅かなミスであったのだが、AGGによって人工重力を発生するという基本的性能に大きく関与する事が無かったため、気付かれる事無く見過ごされ、そのままAGG実用化に至ったのだ。

 

 人工重力の生成という技術が、一つには当時の地球人類にとって未知の技術であり、他方面からの検証を行ってミスをあぶり出すという事が出来なかったという事もある。

 また一つには、人工重力生成に関する要素理論、根幹技術のほぼ一切が、正体不明の第三者(地球人に友好的なファラゾア以外の地球外生命体、或いはファラゾア内部に存在する反乱分子の可能性が推測された)からもたらされた、言わば出所不明の理論と技術であった事も、このミスを発見し難くする事に一役買っていた。

 

 そのミスは小さなものであったが、しかし地球人類が開発した人工重力発生器(AGG)に、入力したエネルギー量から期待されるだけのものに対して、実際に発生する空間の歪みがかなり少ないという効率の悪さ、即ちエネルギーロスを発生させた。

 人工重力を扱い始めたばかりの地球人類は、開発されたばかりの初めて手にした技術に対して「その様なものである」と認識した為、エネルギーの変換効率の悪さ、即ちエネルギーロスの原因である理論上のミスに気付くのに長い時間を要した。

 入力したエネルギーがどこに消えているのか、という事についても、ミスに気付いていない人工重力技術開発当時、深く追求される事はなかった。

 そもそもが、エネルギー変換効率の悪さそのものに気付いていないのだ。

 

 同時にそのミスとエネルギー変換効率の悪さは、ファラゾアが使用する一般的な重力発生器とは異なる性質を、地球人類が開発したAGGに与えた。

 それが空対空ミサイル「蘭花」の開発の基となった、高出力状態のAGGによる重力共鳴作用(Gravity Resonance:Gv-Res)である。

 このGv-resという現象は即ち、リアクタで生み出されたエネルギーがAGGに導入され人工重力を発生する際に起こるエネルギーロスの事であり、ロスとなったエネルギーがAGGにより生じた空間の歪みを入口として我々の存在する四次元連続体とは異なる別空間を通り、近隣に存在する別のAGG内に存在する空間の歪みを出口として放出される現象の事である。

 

 SDCの動作時に、このワームホールとも呼ぶべき、本来ならば入力したエネルギーを外部に垂れ流すだけの悪役となる筈のエネルギーの短絡経路が、偶然にも大きな役割を果たした。

 つまり、SDCの動作によって空間の歪みがキャンセルされ、その結果発生した膨大な量のエネルギーは、AGG内部に蓄積される事無くこのワームホールを通って近隣のAGG、即ち攻撃目標であるファラゾア艦内部のAGGを出口にしてその殆どが吐き出される事となったのだ。

 

 勿論、膨大な量のエネルギーが通過していくため、グングニルに搭載されたAGGが全くの無事であるわけは無く、装置温度は急上昇し、超高温となったAGGは速やかに熱崩壊していく。

 しかしエネルギーの大部分を他に押し付けているため、崩壊に要する時間が本来の数百万分の一秒から、数十分の一秒程度にまで引き延ばされたことは、このグングニルに搭載されているSDCという機構の成立の可否を大きく左右したのだった。

 なぜならば、宇宙空間で400km/sかそれ以上の速度が出ている場合は当然のことながら、大気圏内で3.5km/s程度の低速で目標に突入しようとしている場合においても、1/100秒という時間はファラゾア艦が展開する重力シールド層を突破する為に充分であったからである。

 

 八機の桜護改から放たれた三十二機の黒いミサイルが、アンデスの東部山岳地帯を越え、背の低い広葉樹が生い茂る密林の上を、地形に沿うようにして対地高度500mを維持して音速の数倍の速度で東に向かう。

 ランダム機動を行って敵の攻撃を躱してはいるが、あるものは敵戦闘機からの集中砲火に灼かれ、あるものは距離が近くなった敵駆逐艦からの熾烈な迎撃を受けて撃墜され、最終的にカア=イヤ降下点上空に停泊する敵駆逐艦隊に到達したグングニルは十八機であった。

 

 十八機のグングニルは、相互に通信を行いそれぞれの目標を定めると、目標までの距離10000mの位置から二基ある重力推進器の出力を上げ、最終突入速度M20.0に達する加速を行った。

 

 対する二十隻のファラゾア駆逐艦隊は、たかだか7.0km/s程度の速度で突入してくるミサイルが、自身のシールドを突破する事が出来ない事を過去の膨大な戦闘経験の蓄積情報から知っているのか、レーザー砲門を開いてミサイル迎撃行動を行いはするものの、艦の位置を動かし回避行動を行う事まではしなかった。

 

 約20kmほどの広がりをもってカア=イヤ降下点上空に停泊する敵駆逐艦二十隻に対して、グングニルの最初の一発が着弾してから僅か2.5秒の内に、十八発全てのミサイルが敵艦の中央部に直撃着弾した。

 

 重力シールドを局所的に無効化され、護る者が全く無くなった敵駆逐艦に対して、槍の穂先の様に尖った黒色のミサイルが7.0km/sで着弾する。

 

 弾体は所謂ファラゾアン・チタニウム合金の艦体外殻の強度に大きく阻まれながらも、ここまでに稼いで来た運動エネルギーでこれを突破し、崩壊しながらも駆逐艦内部に深く潜り込む。

 

 弾体が艦内に完全に埋没し、その艦内の構造を破壊しながら食い進んだ後、桜花徹甲と同じ設定を与えられていた反応弾頭の爆発シーケンスが、その弾頭を激発し、敵艦内部に核融合の火球を発生した。

 

 核融合によって発生した膨大な熱量は、ミサイルが直撃した駆逐艦内部で発生した為に一部抑制されたものではあったが、駆逐艦の小柄な艦体ではそのエネルギーを抑え込む事など出来ず、艦体の一部を蒸発させ、他の大部分を爆発飛散させながら大気中に解放され、巨大な火球を産み、そして核爆発に特有の巨大なキノコ雲を成長させる。

 

 僅か2.5秒の間に、風光明媚と謳われた南米大陸の大森林グラン・チャコ・カア=イヤ国立公園に、十八もの核爆発が連鎖的に次々と発生し、同数のキノコ雲が互いに干渉して歪な形になりながらも、その巨大で不気味な姿を地上に打ち立てた。

 

 ミサイルの直撃を受けなかった二隻の駆逐艦は、至近距離で発生した多数の核爆発から放射された熱量によって灼かれ一部機能不全に陥りながらも、地球大気圏内で許される最大加速をもって急上昇して戦場から退避し、かき消すようにカア=イヤ降下点上空からその姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。

 明けましておめでとうございます。

 今年もお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。


 拙作「夜空に瞬く星に向かって」の中で何度も語られた、地球製ジェネレータの「ミス」と、将来ホールドライヴを生み出す基礎技術に関する解説でした。

 やっとここまで来たか、という感があります。w


 人工重力と重力推進に関する解説はムリです。

 そんな事が出来るぐらいなら、今頃ノーベル賞もらってます。(笑)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 空間の平坦化はあくまで近似的なもので、広げると無視できない誤差になるのでは?
[良い点] 「夜空に瞬く星に向かって」からの伏線回収。 なるほど、この頃からトンデモ兵器を使っていたと。 [気になる点] ホールドライブがある以上は、あんまり意味が無いけど、重力傾斜を均すって事は、…
[一言] 全滅だったら最高だったんだけどねぇ 新兵器の情報を持ち帰らえちゃうのかな? それとも全部撃墜してもリアルタイムで量子通信してるとかで隠すのは無理なんだろうか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ