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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十一章 PARADISE LOST (失楽園)
301/405

11. 満身創痍

 


■ 11.11.1

 

 

「ドリームキャッチャー、こちらサラマンダー03。こっちもダークレイスだ。ひとつ墜としたが、まだ五機居る。そっちに行った。パイフーもマントデアもやられた。済まねえ。頼む。」

 

 つい先ほど、東方に現れた六百機ほどのファラゾア戦闘機を押さえるために向かわせたサラマンダー隊から、息も絶え絶えにまるで末期の言葉のような通信が力なく届いた。

 傷付いているとは言え、AWACSは三部隊四十六機もの艦載機にダークレイスの撃墜を指示し向かわせたのであるが、迎撃に向かった戦闘機隊はわずか数十秒の交戦でその数を三十機にまで減らし、残った機体もなんとか飛行は可能であるが、とても格闘戦には耐えられないほどのダメージを負っていた。

 

「こちらドリームキャッチャー02。フェニックス、済まない、行けるか? 方位08、距離10、ダークレイス五機。急速接近中。」

 

「フェニックス、コピー。アスヤ、C中隊、続け。L小隊、出る。A中隊は引き続き攻撃機隊のエスコート。一時的にA中隊長に指揮権を委譲する。タツヤ、ユーハヴ。」

 

「04、コピー。」

 

「ちょっと待て。指揮権委譲は、拒否だ。」

 

 AWACSドリームキャッチャーからの出撃要請に対して、レイラは自分達L小隊と、C中隊で対応すると宣言した。

 ダークレイス五機に対して、A中隊、B中隊に較べて新人も多くどうしても実力で劣るC中隊のみの対応では心許なかった。

 ましてやC2小隊二番機のジルベルトが墜とされ、五機となったC中隊ではなおさらであった。

 とは言え、今までの間に出現した十一機のダークレイスに対して実質的にほぼその全てに対応したために、機体パイロット共に疲労と損傷が大きく蓄積しているA中隊を駆り出すのは流石に危険であると思われた。

 特に先ほど行った低空での超高速移動で、達也達A1小隊はいずれも機体を大きく損傷しており、主翼や尾翼などあちこちに脱落が目立つ彼らA1小隊がダークレイスとまともに戦える状態であるとはとても思えなかった。

 C中隊五機と、L小隊三機を合わせて八機いれば、それなりの被害を覚悟しつつも五機のダークレイスになんとか対応できるものと、彼女は考えた。

 しかし達也がそれに待ったをかけた。

 

「タツヤ、何を言っている。その状態で戦えるわけが無いだろう。バカも休み休み言え。」

 

 達也が指揮権委譲を拒否すると行った理由を理解したレイラが叱責するように言う。

 

「ひとの楽しみを勝手に奪うな。隊長は動かずドンと構えておけ。マリニー、優香里、行けるか?」

 

「余裕ね。」

 

「いつもの事でしょ。」

 

「沙美? A2は?」

 

「そっちより遙かにダメージは少ないわよ?」

 

「という訳だ。迎撃はA中隊が出・・・」

 

「バカヤロウ。認められるか。お前、左主翼が半分無いんだぞ。」

 

 達也の機体は、先ほどまでのダークレイスとの格闘戦の間に左翼中央付近に被弾し、破壊口が存在していた。

 それ自体珍しいことでは無かったが、損傷のある状態で高機動を繰り返した上、とどめとばかりに低空の濃密な大気の中での超高速移動によって機体に掛かる応力と熱とで、左翼の半分とエルロンが脱落していた。

 格闘戦はおろか、空力的にはまともに真っ直ぐ飛ぶことさえ難しい状態だった。

 そう、空力的には。

 

「あぁ? そう言えば鬱陶しいな。優香里、俺の右主翼の真ん中辺りを撃て。」

 

「は!? ・・・はぁ・・・常々頭のオカシイ奴だとは思ってたけどね。」

 

 優香里は呆れ果てたという声色でそう言うと、同時に数十mほど急上昇し機首を下に、即ち達也の機体に向けた。

 バレル固定モードで右舷レーザーのみを選択し、達也の機体の右翼中程に狙いを付け、一瞬だけトリガーを引く。

 達也の機体の右側で眩い光が発生し、その光が収まると達也の機体の右翼は半ばほどから先が消失していた。

 自分を撃てと言う達也も達也であったが、その意味を瞬時に理解し、何の躊躇いも無くそれを実行する優香里もまた大概であった。

 

「ふん。これで問題無いな。A中隊、遅れるな。針路08、速度M4.0。」

 

「おい、タツヤ、ちょっと待て!」

 

「敵は待ってはくれん。」

 

 まるで捨て台詞のようにそう言いながら、達也は機体を50mほど急上昇させると、そのまま左方向に向けて急加速した。

 速度を上げつつ機体姿勢を整え、針路と機首の向きを一致させ、そしてさらに加速する。

 A1小隊の残り二機が全く同じ機動で編隊を外れて左方向に急加速する。

 それに続いてA2小隊の三機が、急上昇1/4ループから270度へ回転(ロール)しさらに1/4ループの後に背面から順面に戻るという、インメルマンを途中で90度横に捻ったような機動をデルタ編隊で行い、高度を上げつつ針路を90度変え達也達A1小隊を追って東に向かう。

 

「大丈夫なの? 言われたからやったけど。」

 

 高速で向かってくるダークレイスに向けて加速しながら、優香里が少し不安げな声で達也に聞いた。

 本人からそうする様に言われたからと云って、まるで躊躇いも無さそうに味方に向けてトリガーを引いた優香里であったが、流石に不安な気持ちがあるようだった。

 もっとも彼女の後方を同じように東に向かって急行するデルタ編隊の中には、セクハラを受けたからと云って味方機に全く躊躇い無くレーザーを撃ち込んで、平気な顔をしていた女が混ざっているが。

 

「問題無い。左右のバランスが取れてちょうど良くなった。そもそも今時、主翼など邪魔な空気抵抗の塊でしかない。機動力と安定性を低下させるだけの、前時代の遺物だ。」

 

「いや、そういう飛び方すんのアンタだけだから。」

 

 呆れた声で優香里が呟く。

 マリニーの含み笑いがレシーバから聞こえる。

 とは言えこの二人も、達也の機動に追従できるという意味で同様の飛び方をしている訳であり、他のパイロット達に云わせれば「どっちもどっち」というところであろうが。

 

 達也は、例えばクルビットの様な機動を行ったとき、主翼が空気抵抗の固まりとなって機体安定性を低下させ、速度を急激に低下させる事を言っている。

 本来、重力推進を使うならば、クルビットであろうがコブラであろうが速度を低下する事無く行う事が出来るのだ。

 

 ジェット推進のみを用いた空力航空機では、クルビットやコブラ機動などは急激な速度低下と機動力の低下を招くため、実際のところ見た目が派手なだけの航空ショー用のパフォーマンスに過ぎず、実際の格闘戦中、とりわけファラゾアとの戦いの中で頻繁に発生する敵味方入り乱れての混戦状態の中で用いるのは致命的な悪手となる事の方が多い。

 ところが敵であるファラゾアは、進行方向と機首の向き、即ちレーザー砲の向きが異なるという機動を行い、進行方向に対して横や後ろに存在する地球側戦闘機を当たり前のように狙ってくる。

 敵が出来る事を自分が出来ないという事が圧倒的に不利であるのは当然であり、達也を中心としてST部隊パイロット達はその差を埋めるために、格闘戦中は重力推進を多用して空力飛行では不可能な機動を行い、ファラゾア戦闘機と似たような動きをする。

 その様な機動を行う場合には、ファラゾア戦闘機械の様な空力飛行を考慮していない形状の方が有利である事が多い。

 空力を考慮し、揚力を得るための巨大な主翼は、重力推進による機動時にはまさに今達也が言ったように、ただの空気抵抗の固まり、機体の挙動を不安定化させる邪魔な部品と成り下がる。

 例外的に、最近では四枚一組として働いて姿勢制御を担う尾翼と、機動力を向上させるためのカナード翼は、重力推進による機動の中にあっても姿勢制御を行うために十全にその機能を発揮する。

 

「こちらフェニックス02、タリホー。エンゲージ。嫌な配置だ。高度420に三機、高度80に横に広がって二機。A1は上の奴を叩く。A2は下の二機を確実に墜とせ。」

 

「05、コピー。」

 

 達也のHMDには、AWACSから飛んできたデータにより、DW-12から16として五機のダークレイスに付与されたマーカが表示されている。

 以前なら五機まとまって真っ直ぐ突っ込んできていたはずのクイッカーが、上下に分かれたなかなか嫌らしい配置で迫ってくる。

 ダークレイス、つまり地球人の生体脳を使用した機体は、従来のファラゾア戦闘機に較べて明らかに狡猾かつ高性能であり、好戦的だった。

 それはつまり、ファラゾア戦闘機という同じプラットフォーム上で比較した場合、ファラゾア人とその仲間達よりも、地球人類の方が狡猾、高性能、そして好戦的であるという事なのだろうな、とHMDシールドとマスクの下で薄笑いを浮かべながら機体を急上昇させる。

 

 達也達の高度20000mに対して、高度42000mから被せるようにして接近して来る三機のダークレイスDW-12、13、14が、達也達三機の急上昇に呼応したようにブレイクし左右に広がる。

 中央に残るDW-13は、高度を維持してそのまま達也達の上方を通過しようとしている様に見える。

 勿論、頭上を突破されては困る。

 

「正面を殺る。合わせろ。」

 

 敵も三機、こちらも三機。

 さっさと中央のDW-13を墜とし、左右の料理に取り掛からねばならない。

 残る二機は左右から包囲するように動いている。

 そしてDW-13はほぼ真正面から向かってくる。

 このまま真正面から三機密集してDW-13に射線を集中させる方が有利だ。

 達也は瞬時にそう判断し、そして通信を行ったわけでもなく、マリニーも優香里も同じ判断をした。

 

 機首を上げ、機体仰角を敵の移動に合わせて変化させながら、敵マーカをガンサイト内に捉えようと、通常のクイッカーよりも遙かに機敏な敵のランダム機動に合わせて機首を振る。

 達也達三機は、両脇からの攻撃を躱すために激しくランダム機動しつつ、しかしその軌跡は互いに大きく離れる事は無く、絡みつくようにまとまっている。

 

 DW-13がガンサイトを一瞬横切る。

 自動照準システムは瞬時にそれに反応し、敵マーカに照準を合わせようとする。

 DW-13がガンサイトから外れようとする瞬間、システムによるバレルの物理コントロールが追い付き、DW-13を示すマーカが僅か一瞬だけ明るく光る。

 達也はその一瞬を見逃さず、右手のトリガーを引いた。

 

 達也機から発せられたレーザーは、僅か数百分の一秒、DW-13の機体表面を薙ぐように横切り、敵機体表面を灼き爆発的に蒸発させて、一瞬の鋭い発光を生じる。

 敵機に大きなダメージは無く、そのまま大きく動いて逃れようとするが、そこをマリニーのガンサイトが捉えた。

 達也同様、一瞬の照準に反応してマリニーがトリガーを引く。

 再び敵機外殻表面が灼かれて白光を撒き散らす。

 次の瞬間、再び達也のガンサイトがDW-13を捉え、レーザーを叩き込む。

 明らかに敵の動きが鈍った。

 と知覚するのも一瞬、今度は優香里のガンサイトがDW-13を確実に捉える。

 優香里機から照射されたレーザーは、敵機を完全に捉え、二秒近い照射時間で敵機を破壊した。

 機体下面で爆発を発生したDW-13は、その爆発に吹き飛ばされるようにして回転しながら、ランダム機動を止め、高度40000mの高空から薄く煙を引きながらゆっくりと放物線を描いて落下していった。

 

「右だ。」

 

 左右の敵に、特に位置的な差は無かった。

 ただ、最初にブレイクしたときに、右の敵の方が僅かに動きが遅いような気がした。

 それが達也が右の敵、DW-16を次の目標に選んだ理由だった。

 

 左右の敵の中央を抜けて急上昇するような航路は変更せず、機首だけを右に向けて敵機をガンサイトに捉えようとする。

 先ほどのDW-13に較べ、DW-16の動きは角速度が大きく、距離も近付いているためなかなかガンサイトに捉えられない。

 背中になにかむず痒いような気持ち悪さを感じる。

 

「ブレイク。引き続き16に集中。」

 

 達也の号令で、まるで水が弾け飛沫が散ったかのように、三つの黒い機体が別々の方向に分かれて散る。

 その近くを、高度を下げてきた、左側にいたWR-14が通過する。

 

 三方向に散った達也達は、それぞれ別の方向に進みながらも、機体姿勢を変えて機首を遠ざかるDW-16に向ける。

 DW-16が、まるでその追撃を知っているかのように、急加速し、高度を上げつつ北に向かって逃げるような機動を行った。

 そこを優香里のガンサイトが捉える。

 運良くガンサイト中央にDW-16を完全に捉えた優香里機のレーザーは、DW-16の外殻を一秒以上にわたり捉え続け破壊した。

 一撃で致命的に破壊されたDW-16は、加速を行ったままの軌道で直進し、ゆっくりと機体を回転させながら地上に向けて落ちていった。

 

 残る一機、DW-14は、高度40000mから敵を迎え撃った僚機がいずれも短時間で撃墜されてしまった事に恐れをなしたか、DW-16が撃墜された直後から急速に高度を上げた。

 

 敵機のその行動を見て軽く舌打ちした達也は、すぐさま敵を追うように急上昇を始める。

 しかし、損傷が大きく気密に不安のある機体で宇宙空間にまで敵機を追いかける気にはなれなかった。

 

「気密は大丈夫か?」

 

「グリーン。」

 

「イエロー。」

 

 優香里の機体はコクピットの気密に不安があるようだった。

 達也も同様に、自身の期待の損傷具合から、コクピットの気密には不安があった。

 

「高度400を維持。狙撃する。」

 

 達也は後ろを振り返って、沙美達A2小隊がすでに片方のダークレイスを片付けている事を確認すると、大気圏上層部で静止し、逃げるDW-14を遠距離からの狙撃で片付けることを選択した。

 

 高度40000mに達したところで逆加速し、上昇を止めるとランダム機動はそのままにDW-14をガンサイトに納める。

 DW-14はすでに高度100km近くに達していた。

 距離が離れたことで、DW-14のランダム機動はガンサイトから大きく外れることが無くなっている。

 空気の薄いこの高度であれば、200mm/180MWのレーザー砲の射程は1000kmを確実に超えるはずだった。

 三機それぞれ二門ずつ、計六門のレーザー砲が、未だ高度を上げ続けるDW-14に向かって次々と浴びせかけられる。

 DW-14のランダム機動と、重力推進とは言え僅かながらも存在する振動により初弾命中という訳にはいかなかったが、何度目かにトリガーを引いたところでガンサイト内からマーカーが消滅した。

 後ろを振り返れば、地表を背景にして表示されているのはA2小隊の三機だけであり、どうやらこちらも割り当てられたダークレイス二機の排除は終了しているようだった。

 

「ドリームキャッチャー、こちらフェニックス02。指示された目標は排除した。原状に復帰する。」

 

「フェニックス02、こちらドリームキャッチャー02。感謝する。ご苦労だった。アタッカーはすぐにミサイルをリリースする。貴隊も急ぎ洋上へ離脱せよ。放射線シャワーが発生する。降下点から距離を取れ。Zone07以遠推奨だ。」

 

 達也は一瞬自分達A中隊の状況を考えてから返答した。

 この高度で、反応弾が撒き散らす放射線のシャワーを浴びたいとは思えなかった。

 

「諒解。フェニックスA、洋上へ離脱する。」

 

 この後ファラゾア戦闘機の残党狩りが発生するものと考えられたが、すでに機体は限界を迎えていた。

 楽しいボーナスタイムは、諦めるしか無いだろうな、と達也はマスクの下で溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 降下点に近づいてミサイルをリリースするまでの僅か数分間の出来事がなかなか終わらない・・・


 年内は多分これが最後の交信となると思われます。

 今年一年お付き合い戴きありがとう御座いました。

 新年も引き続き宜しくお願い申し上げます。

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[良い点] いつも次の話を読むのが楽しみです。更新も早くてありがたいです。 [気になる点] モブのパイロットの声はいつもオッサンの冒険者口調なのが気になりました。女性パイロットも多いでしょうし、損耗率…
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