10. 不死鳥
■ 11.10.1
ダークレイスによって甚大な損害を与えられたとは言え、未だに百機を超える戦闘機のエスコートに囲まれたドッグウッド隊、カゲザクラ隊の、桜護改八機から成る攻撃機隊がアルティプラノ平原を南下する。
攻撃機隊の周りを固めるように指示を受けた者以外は、今も断続的に襲いかかってくる、アンデス山脈のあちこちに隠れて待ち伏せているファラゾア戦闘機の迎撃へと奔走している。
砂塵を含んだ風がアンデス山脈の東部山岳地帯から吹き下ろし、くるぶしほどの深さしかないポオポ湖の湖面に無数のさざ波を立てている。
湖畔には多くの水鳥が餌を求めて集まっており、時折響いてくる超音速衝撃波の重低音や、雷の音に似た爆発音に怯えた様子を見せながらも、全体的に見ると平和で穏やかな湖畔の風景を形成していた。
数万年、或いはそれよりも遙か昔から続いてきたその風景は変わること無く、ただ人間だけが風景の中から完全に姿を消していた。
水鳥たちと共に岸辺で生活を営んでいた人間達は皆姿を消し、今この瞬間にも湖の上空数千mの空域で、機械と金属でできた翼を纏い、己の命と種の存続を賭けて外宇宙からの侵略者達と激しく刃を切り結んでいる。
作戦「サンタ・クルス」発動と同時に現れた二十五隻もの敵駆逐艦に迎撃され、軌道上に配置された菊花によるカア=イヤ降下点殲滅攻撃は、本来の予定よりも遙かに小規模なものとなってしまい、低木の生い茂る森林地帯におかれたファラゾアの地上構造物は、半数以上がその形を保ったまま未だ地上に存在していることが、しばらく前に軌道上のOSVから報告されていた。
ましてや二十五隻の駆逐艦のうち二十隻が大気圏内に突入し、撃ち漏らした大量の駐留戦闘機と共に実質的に未だ生き残っている降下点上空に陣取っているとなっては、現在地球上に存在するどの様な有人兵器もカア=イヤ降下点に接近することさえ不可能であることは、誰の眼にも明らかであった。
まずは想定外の敵大戦力となっているカア=イヤ降下点上空の駆逐艦隊を追い払い―――あわよくば、殲滅し―――この状況を打破した後に、航空戦力によってカア=イヤ降下点周辺に多数待ち伏せている敵駐留戦闘機群を排除して、その後事態を本来の予定通りに戻すために再度カア=イヤ降下点に対して殲滅攻撃を加える。
それが作戦予定の変更を余儀なくされた地球連邦軍参謀本部が立てた、作戦「サンタ・クルス」の修正案であった。
途中、ファラゾア戦闘機の高性能特殊個体、通称「ダークレイス」による襲撃で、戦闘機部隊に予想外の大きな被害を受けることとなりはしたが、多数の対艦ミサイルを擁する攻撃機部隊は未だ一機も欠けること無く健在であり、指示された修正案の第一歩を南米大陸中央部に力強く印すため、今もアンデス山脈の山中を低空で南に向かって進んでいるのであった。
「空域の全機。こちらドリームキャッチャー02。攻撃機隊はポオポ湖北端に到達。リリース地点まで100km。リリース150秒前。カウントダウン開始。」
攻撃機隊の直後にいまだ追従するAWACSドリームキャッチャーから、戦闘機隊を含めた攻撃隊全機に対してミサイルリリースまでの残り時間が知らされた。
「方位14、距離16、新たなファラゾア戦闘機隊が出現。数380、高度90、針路32、速度M2.5。A308、A310、A311、迎撃せよ。疲れているところを悪いが、頼む。繰り返す。数380、方位14、距離16・・・」
(Direction one-four, distance one-six, additional Pharazoren fighters coming. Three hundread and eighty foes, altitude niner-zero, heading three-two, speed mark two-point-five. Squadron ai-three-zero-eight, ai-three-ten, ai-three-eleven, go and intercept. Sorry for calling you are exhausted. Say again. Three hundread and eighty foes, direction one-four, distance one-six....)
「A308、諒解。」
「A310、諒解。」
「・・・A311、諒解した。」
アルティプラノ平原を南下する攻撃隊の北方で、攻撃機隊に襲いかかろうと現れたファラゾア戦闘機群との交戦を終え、しばらく前に攻撃隊に再合流を果たしたばかりのアメリカ空軍部隊が上昇して攻撃隊の集団から離れ、さらに加速して攻撃隊を追い抜いていく。
二機一組で分隊、二分隊四機で一小隊、四小隊一六機で構成されたアメリカ空軍の航空隊であるが、たった今集団を離れていった三つの航空隊はすでにその規定の構成を全く満たしておらず、A308th TFSは十二機、A310th TFSは十五機、A311th TFSは十三機がそれぞれ残存していた。
未だ生存している機体についてもあちこち損傷が目立ち、翼や胴体の外装に明らかに被弾した跡であろう大穴が開いているものや、主翼先端部分が消失しているもの、尾翼が一枚脱落しているものなど、いずれも満身創痍の状態ではあるのだが、次々と襲いかかってくるファラゾア戦闘機の待ち伏せに対処するためには、その様な満身創痍で脱落の目立つ飛行隊であっても迎撃を指示して再び戦わせるほかなかった。
当然のことながら、AWACSオペレータは損害が少ない飛行隊を選んで迎撃に投入しているのだが、数百機程度の集団で次々と断続的に現れ襲いかかってくるファラゾア戦闘機群に順次対応していくうちに、「生きの良い」飛行隊はとうに使い切り、何度も交戦を経験して数の減った傷だらけの飛行隊でさえ再び迎撃に投入せねばならないほどに、攻撃隊は戦い疲れ、そして数を減じていた。
この時点で、攻撃隊は当初の1/3以上の戦闘機をすでに失っており、中米地域の地上基地を発した八百八十九機中四百七十機生存(54.8%)、潜水機動艦隊を発した艦載機は出撃時四百二十一機に対してこの時点で三百十六機(75.1%)が生存していた。
しかし生き残っている者達もその多くが無傷ではあらず、大なり小なり機体に損傷を抱えており、攻撃隊はまさに満身創痍と言って良い状態であった。
米空軍に所属する四十機が攻撃隊を離れ、前方から接近してくるファラゾア戦闘機群を迎撃するために東部山岳地帯の山陵の向こう側に消えた後、AWACSはさらに新たな敵の一群が南方から現れたことを察知した。
「こちらドリームキャッチャー02。さらに次の来客だ。数420、方位16、距離20、高度80、針路34、速度M3.0。遠方だが、攻撃機隊のミサイルリリース前に接触する可能性大。アパッチ、ボブキャット、バイソンはこれを迎撃せよ。繰り返す、数420、方位16・・・」
AWACSの指示を受けて、今度はダークグレーに塗られた地球連邦空軍機が三十七機、高度を上げて急加速し、攻撃隊を追い抜いていく。
速度を上げ、少しでも早く攻撃隊からできるだけ遠い位置で接敵して、万が一にも攻撃機への損害が発生しないようにとの配慮であった。
「・・・クソッタレめ。さらに別の敵だ。数600、方位08、距離23、高度80・・・いや100、針路24、速度M4.5。ギリギリ追いつかれる。パイフー、マントデア、サラマンダーはこれを迎撃せよ。しばらく押さえるだけで良い。攻撃機隊のミサイルリリース時間を稼げ。繰り返す。方位08、距離23、高度100・・・」
吐き捨てるように毒づいたAWACSオペレータの指示に従い、攻撃隊の戦闘機群から三つの集団が急上昇し、その勢いのまま高度を稼いで針路を東に向けてさらに増速する。
本来なら合計六十機を超える戦闘機から構成されるはずの艦載機の三部隊であったが、今東に向かった集団には四十六機の戦闘機しか存在しなかった。
北米大陸からやって来た部隊に較べて練度が高く、ヴェテラン揃いと言っても良い、潜水機動艦隊を発した艦載機部隊であったが、やはり同様に無傷とは行かず、編隊の中にあちこち空白が目立つ。
「クソ。降下点駐留の戦闘機群がどれもこれもピンピン生き残ってやがるじゃねえか。この調子で迎撃に向かわせてりゃ、こっちが丸裸にされちまうぞ。クソッタレが。」
通信を切った状態で、目の前のCOSDAR画面を睨み付けながらAWACSオペレータが苦々しげに呟く。
プロジェクト「ボレロ」のこれまでの成果によって、地球上にはあと僅か二カ所の降下点が残存するのみとなっている。
それは即ち、防衛側であるファラゾアは地球人の攻撃隊がどこを攻めるか簡単に予想が付くという事でもあり、カア=イヤ降下点周辺にはそれを見越したファラゾアによって通常よりも多くの駐留戦闘機械群が存在するであろう事は、もともと予想されていた。
のみならず作戦開始直前に現れた二十五隻もの駆逐艦に迎撃され、半数以上が撃墜された菊花による大気圏外からの地上殲滅攻撃は本来期待されていた効果を十分に発揮し得ず、カア=イヤ降下点の地上施設のみならず降下点周辺に大量に存在するファラゾア戦闘機群も相当数が無傷のまま残り、接近してくる地球側の攻撃隊を降下点周辺で待ち伏せていた。
「ドリームキャッチャー、こちらボブキャット02。ダークレイスだ。ダークレイスが少なくとも四機は混ざっている。抑えられない! ・・・・済まん、抜かれた! ダークレイス四機、そっちに行った! 頼む!」
攻撃隊から見て南方に出現したファラゾア戦闘機群を迎撃に向かわせたボブキャット隊からの、悲痛な叫びにも似たダークレイス出現の報に、ドリームキャッチャー02のオペレータが彼女の前に幾つも並んでいるモニタを確認すると、確かに方位16(南南東)、距離180km付近に、こちらに向かって急加速する四機の敵を発見した。
「野郎ども、残念なお知らせだ。ダークレイス四機、方位16、距離18、高度180、針路34、速度M3.5・・・フェニックス、行けるか?」
ダークレイスを合わせて十一機ほど迎撃するため激しく戦い、さらに通常のファラゾア機をも片付けて先ほど戻って来たばかりのフェニックス隊を再び投入するのは気が引けた。
特にA1小隊の三機は、迎撃を突破して攻撃機隊に肉薄した三機を墜とすために、相当な無理をした事が分かっている。
大気の濃密な高度10000m以下の領域で、瞬間的ながらM8.0にも達する速度を出し、熱と衝撃波によるダメージでセンサーが破壊され機体が歪むほどの損傷を抱えているはずだった。
A1小隊以外の機体に関しても、パイロット、機体共に相当な疲労が溜まっているのは分かっていた。
しかしダークレイスを確実に墜とすためには、彼等の力を借りるしかなかった。
熟練パイロットを集めた機動艦隊の艦載機部隊でさえ、ダークレイスに対するキルレシオは、味方:敵が五対一を越えて悪化する。
北米大陸から攻撃機隊と共にやってきた地上基地所属の戦闘機隊であれば、酷いときには十対一以下の惨憺たるキルレシオになる事さえある。
ところが、ST部隊と呼ばれているトップエース集団であるフェニックス隊、即ち666th TFWであればそのキルレシオをひっくり返し、味方有利なものとする事が出来るだけでなく、一機も被撃墜を出さずにダークレイスを殲滅して戻ってくる。
勿論彼らとて全くの損害無しというわけにはいかず、各機体それぞれに細かな損傷やパイロットの疲労が蓄積していっている事は承知しているが、それでもダークレイス迎撃に向かわせた戦闘機の半数以上が失われて戻ってこないという一般パイロットの部隊に較べれば、その損害は雲泥の差であった。
そしてもう一つ、彼等には特筆すべき特徴があった。
「ドリームキャッチャー02、こちらフェニックスリーダ。諒解した。レイ、B中隊行けるか?」
「愚問だな。任せろ。タツヤ達ばかり目立ち過ぎだ。俺達もちょっと格好いいとこ見せちまうぜ? B中隊、針路16。続け。」
彼等ST部隊のパイロット達は、ファラゾア機を墜とす事に異常なまでに固執していた。
自分達がどれ程ボロボロなっていようと、例え片翼をもがれ、パイロットが血を流していようとも、敵影を見つければ必ず戦いを仕掛けていった。
だから彼等は、攻撃を指示する事をAWACS側が躊躇うような酷い状態であっても、嬉々として敵の大群に向かい、喰らい付き、次々と敵を墜として行く。
そしてさらに深い傷を負ってズタズタの身体になろうとも、必ず還ってきた。
その姿はまるで、どれ程身体を損傷しようと歩みを止めないゾンビか何かが、敵を殺す事に異常な執着を見せる異常性格者の精神を兼ね備えている様にも、彼女には見えた。
そういう意味では、彼等に付けられた部隊コード「PHOENIX(不死鳥)」は、まさに言い得て妙とさえ言えるかも知れなかった。
「・・・フェニックス、感謝する。繰り返す。ダークレイス四機、方位16、距離16、高度180、針路34、速度M4.0、だ。必ず墜とせ。」
「フェニックスB、コピー。」
眼の前の大型モニタに表示されているCOSDAR画面の中を、急速に攻撃隊から離れて南下していく六つの青いマーカを彼女は見つめた。
その姿はとても頼もしく、心強いものであった。
同時に薄ら寒い何かを背中に感じたような気がした。
「攻撃隊全機に告ぐ。ミサイルリリースまで75秒。ドッグウッド、カゲザクラ各隊はミサイルリリース用意せよ。」
その違和感を振り切るように彼女は軽く頭を振ると、再びCOSDAR画面を見つめ、各隊への指示を行う作業に戻った。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ショットガンでドバー! ってやって、片付けたと思ったら不意に足首を掴まれて、見ると上半身だけになったゾンビが「あうあー」とか言いながら喰い付こうとしていて、もっかいショットガンドバーで頭を吹っ飛ばしても、まだ手首から先だけがガッチリ足首を掴んでる、ってアレですね。 d(^^)
ちなみに、攻撃隊に随行しているAWACSドリームキャッチャーですが、AWACS母機にはドリームキャッチャー02と04の二組のオペレータが乗り込んでます。現在02の方が女、04が男です。