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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十一章 PARADISE LOST (失楽園)
299/405

9. 残心


■ 11.9.1

 

 

「ダークレイス距離20、高度300を維持。真上から来るぞ! 接触まで10秒。アタッカー、ランダム機動。上を警戒しろ! 戦闘機隊、もう良い、迎撃せよ! 無駄に死ぬな!」

 

 高度30000mを攻撃隊のほぼ直上まで接近してきたダークレイスは、十分に接近してから確実に攻撃機隊を撃墜するつもりのようだった。

 通常のファラゾア機ならば遠距離での狙撃を始める距離50kmでは攻撃機隊に向けて一切攻撃を行っていなかった二機のダークレイスであったが、直線距離が30kmを切った辺りから、桜護改八機からなる攻撃機隊に向けてレーザーを撃ち込み始めた。

 

 南太平洋上の潜水機動艦隊を発した艦載機部隊であるライカン、ヴァンパイア、ソーサラーの三部隊が互いに翼が触れ合うほどの間隔で重なり合いながら攻撃機隊の真上に占位し盾となり、その身をもって攻撃機隊をダークレイスの狙撃から護っているため、攻撃機隊には未だ致命的な損害を受けた機体は一機も存在しなかった。

 その代わりに、捨て身の防御を行っている艦載戦闘機隊には一機、また一機と被弾撃墜される機体が発生してその数を徐々に減じており、文字通り命を賭けた彼らの防衛も、もうそれほど長くこのまま続けられないことは誰の眼にも明らかであった。

 

 唯一の救いと云えば、高度30000mを高速で接近してくるダークレイスは、攻撃隊からの距離50kmの位置で一度撃破されつつも、残機をかき集めて死に物狂いで追い縋り後方から攻撃を加え続けるグリフォン隊(0202nd TFS)への対応で安定した射撃位置を確保することが出来ず、グリフォン隊からの攻撃を常に躱し続けながら、五月蠅くつきまとうグリフォン隊に牽制の攻撃を加えつつ、その合間に本来の目標である地球人類側の攻撃機隊に向けて遠距離攻撃を行うという煩雑で余裕の無い攻撃を余儀なくされているため、攻撃機隊へのレーザー砲攻撃はダークレイス本来の攻撃精度を全く欠いており、攻撃の間隔も間延びしたものであれば精度も低いために、攻撃機隊を構成する桜護改への命中弾が未だ一発も出ていない事であろうか。

 

 それでもこれほどまでに近づかれては、もうこれ以上命中弾が出ないなどという事は有り得なかった。

 

「こちらドリームキャッチャー02。ドッグウッド、カゲザクラ、Zone05内縁、リリース地点まで全速で前進せよ。リリース後は海上に退避。」

 

 AWACSドリームキャッチャーは、ダークレイスから狙われている攻撃機隊を前進させ、攻撃機隊の被害が大きくならないうちに対艦ミサイルをリリースさせるつもりのようだった。

 ダークレイス二機に50km以内にまで接近されてしまった現在、その処置がどれだけ有効かかなり疑問の残る対応ではあったが、そもそも三重四重に備えた迎撃を全て物の見事に短時間で突破されたのは、ドリームキャッチャーにしても誤算であった。

 

 作戦「セリノ・フォト」におけるダークレイスの恐ろしさを聞かされてはいたものの、大気圏内であればもう少し地球人類側に有利に事が進められるであろうと、ダークレイスの脅威を幾分過小に評価してしまっていたのだ。

 

 指示を受けドッグウッド、カゲザクラ両隊はAGG出力を上げ、加速する。

 同時に、攻撃機隊の周りをエスコートする残りの艦載機隊もそれに追随する。

 ダブルデルタ翼という、攻撃機としては特異な形状をもつ桜護改は、空力的にも有利なその形状を生かして高度10000mの重力推進下でM4.0を越える速度で安定して巡航することが可能である。

 

 攻撃機隊が加速するに伴い、我が身を犠牲にしてその後方を盾のように護っている艦載機隊、ライカン、ヴァンパイア、ソーサラーもそれに追従して加速する。

 ダークレイスの遠距離攻撃から、身を挺して攻撃機隊を守ろうとするその行動により、当初四十九機で構成されていたその「盾」はすでにもう三分の一程が脱落し三十五機となってしまっていた。

 

 しかし自殺志願とさえ取られかねない行動を取ったこれら三隊の被害がいまだその程度で抑えられているのは、迎撃を突破されながらも反転追撃し、部隊の半数を失いつつも敵機の後方にしつこく食い下がるグリフォン隊の残存九機、最後の砦とばかりにほぼ真上にまで迫った敵機を迎撃する事を指示された艦載機隊、ミサゴ、シウリウ、アクィラの三隊五十一機の計六十機が、攻撃機隊の真上にまで達したダークレイスを執拗に追い回し、攻撃機隊を狙う暇を与えていないからであった。

 しかしながらこの四隊からなる最終防衛線も、たった二機のダークレイスに翻弄され、いまだ一機も敵を撃墜出来ていなかった。

 

 攻撃機隊が南に向けてダッシュすると、それを追うダークレイスも混戦状態から抜けて南に向かおうとする。

 それを行かせまいと押し止めるように攻撃を仕掛ける艦載機隊。

 地球側の戦闘機パイロット達は、自分達が抜かれればもう後が無いことを強く意識しており、敵が包囲網から抜けようとする動きに対して、相当な無理をしてまで自分の機体を滑り込ませ、敵機を攻撃する射線を強引に作り出そうとする。

 その様な無理な機動が祟り、一機また一機と撃破され、薄い煙を引きながら地上に向けて落下していく、或いは空気の希薄な高度30000mの高空で爆散する。

 

 南に向けて囲みを突破しようと、地球側の戦闘機に圧をかけ続けていた敵機が突然向きを変え、囲みの薄かった北方に進路を取って急上昇した。

 大きく意表を突かれた地球側の戦闘機は瞬時にそれを追うことが出来ない。

 パイロット達がやっと反応し、予想外の動きをした敵機に追い縋ろうとそれぞれ急上昇を始める。

 しかし一瞬で高度45000mに達したダークレイス二機は、地球人パイロット達の予想をさらに裏切り、通常のファラゾア戦闘機が取る行動とはまるで逆の動きをした。

 高度45000mからほぼ同時に垂直に急降下した二機は、瞬く間に対地高度1000mに達し、地上に激突するのでは無かろうかという高速垂直降下から一瞬で水平飛行に移行した。

 一旦北側上空に抜けて地球人類の戦闘機の包囲を易々と突破した二機は、未だ高空にいて対応できない地球側の戦闘機群を嘲笑うかのように直角に向きを変えて針路を南に取って加速する。

 

 対地高度1000m弱、即ち大気高度約5000mの濃密な大気の中でM5.0にも達する速度を出し、地上に超音速衝撃波を叩き付けるようにして二機のダークレイスが、南に向かって逃げる地球側の攻撃隊を追う。

 それに対して、ダークレイスの奇異且つ急激な機動に翻弄され、上空に取り残された形となった地球連邦軍機は、慌ててこれを追おうとするも、濃密な大気の壁に阻まれて思うように速度が上げられない。

 ダークレイスと同高度で彼等に追い付く速度を出そうとするならば、濃密且つ大量の空気から発生する断熱圧縮熱によって機体表面の各種センサーやアンテナ類、或いは機体表面そのものが大きなダメージを受ける事が予想され、例えダークレイスに追い付いたとしても、その後の継戦能力を大きく喪失してしまう事が明らかであった。

 

 そもそもが空力飛行を念頭に置いている地球連邦軍機の形状が、大気の濃い低高度で超高速を出すには不向きであるという問題もあるが、単純に機体表面に用いられている各種合金の耐熱性の問題でもある。

 冶金技術において、ファラゾアと地球人との間の技術的な隔絶は未だ大きく、埋める事が出来ない差が存在する。

 

 そして当然、ダークレイスから逃げるようにして南下する攻撃機隊にも同じ事が当てはまる。

 

 アンデス山脈東部山岳地帯よりもさらに東側で待ち伏せを行っているファラゾア戦闘機からの長距離狙撃を避けるため、さらには大気圏内に侵入しカア=イヤ降下点上空に陣取るファラゾア駆逐艦隊が、予想もしていない長距離狙撃を地球大気圏内で行える様な兵器を万が一持っている可能性を考慮して、攻撃機隊は東部山岳地帯の山陵の陰に隠れるため、対地高度を1500m以上上げる事が出来ない。

 即ち、戦闘機よりも大柄で、より大きな空気抵抗を持つ桜護改八機は、速度をM3.0以上に上げる事が出来ず、北方から迫るダークレイス二機に急速に追いつかれようとしていた。

 

 攻撃機隊の後方にあって、盾役を買って出た艦載戦闘機隊三隊の残り三十二機は、増速して南に向けひた走る攻撃機隊の直後になおも陣取り、ほぼ同高度となったダークレイス二機からの攻撃から攻撃機隊を護るべく、さらに翼を重ね合わせる。

 

「ミサゴ、シウリウ、アクィラ、グリフォンの各隊。こちらドリームキャッチャー02。目標DR-09およびDR-11は攻撃機隊同高度にて急速接近中。距離02。接触まで20秒。いや、そもそも奴等の射程内に既にバッチリ入っている。早く奴等を墜としてくれ!」

 

 攻撃機隊の最後尾に今も追従するAWACSの、悲鳴のような指示が辺りの戦闘機に響き渡る。

 

 上空を追い縋る地球連邦軍の戦闘機隊は、ダークレイス二機に引き放され遠すぎて、少しでも差を縮めようと機体限界に近い速度を絞り出している機体震動の中、レーザーを撃とうにも狙いが上手く定まらない。

 

 攻撃機隊の直後に展開する盾役の戦闘機が、また一機火を噴いて脱落した。

 残るは二十四機。

 既に盾の数は足りず、後ろから八機の桜護改の後ろ姿がはっきりと見える。

 攻撃機がまだ一機も失われていないのは、ただ単に幸運の産物であるに過ぎない。

 

 桜護改の一機が、右翼から火を噴く。

 爆発の衝撃で翼を揺らし、一瞬大きくバランスを崩しかけた攻撃機は、どうにか持ち直して再び僚機と翼を並べる。

 

「ドッグツリー03、右翼が火を噴いている。大丈夫か?」

 

「右のジェットエンジンと翼を半分持っていかれただけだ。ここに来てジェットエンジンなんざ使わん。問題無い。」

 

 その様な会話が交わされている間にも、後ろの盾役の戦闘機がまた一機、爆散して空中に黒煙と機体の破片を撒き散らす。

 

 さらに一機、また一機。

 赤い炎を空中に撒き散らし、黒煙を引き分解しながら地上に向けて落下していく戦闘機。

 或いは、ダークレイスは邪魔な「障害物」を先に排除しているだけなのかも知れない。

 残り十五機。

 ダークレイスとの距離、僅か10km。

 

「こちらドリームキャッチャー02。ミサゴ、シウリウ、まだか!? ほぼ真後ろに付かれている!」

 

 戦闘機は、その小さな機体ではもう攻撃機の巨体を覆い隠す事など出来ず、攻撃機隊の後方から桜護改の後ろ姿がはっきりと見える。

 その桜護改の内、一機が胴体上部に眩い光を発する。

 極めて浅い角度で命中したレーザーが、機体表面を灼き蒸発させながらも反射された時に発生する、機体表面金属の発火光。

 

 だめだ。

 次は当たる。

 攻撃機隊の誰もがそう思った。

 

 黒く霞む影が一瞬、ダークレイスの前を斜め上から下に向けて横切ったように見えた。

 次の瞬間、東側に斜め上方に逃げようと急速に進路を変えるDR-09。

 その前を再び黒い影が横切る。

 さらにもう一つ。

 

 あれほどに地球側戦闘機を次々と爆散させ、多くのパイロットの命を散らし、それでいて自身は被弾さえせず涼しい顔で戦場を飛び回ったダークレイスが、爆発し吹き飛ばされて独楽のように空中で回転しながら、薄墨の煙で放物線を引きながら地上に向かって落下していった。

 

 突然攻撃機から興味を失ってしまったかのようにDR-11が急上昇する。

 それも僅か200mほど。

 急加速の勢いをそのままに、クイッカーの白銀の機体が爆散し、薄煙を残しながらそのままの勢いでしばらく上昇した後、徐々に速度を失いこれも見事な放物線を描いて地上に向けて落下していった。

 

 余りの突然の出来事に、誰も声さえ上げられなかった。

 一瞬の後、皆の脳に思考が戻り、まさに文字通り悪夢のような強敵を立て続けに二機も葬った、非常識な味方機を探した。

 

 標高3800mに位置する砂礫の地上から僅か数十メートル。

 高温によりあちこち歪んだ機体から未だ陽炎さえ立ち上らせ、しかしその機首をまるで兵士が掲げる槍の穂先の様に天空に向けて静止する、黒灰色の地球連邦空軍機色に塗られた艦載機が三機。

 決め手を放った剣豪が残心の姿勢を保ったまま時を止めたかのように、空中に浮かんでいた。

 

「ドリームキャッチャー02。こちらフェニックス02。ダークレイスは排除した。安心してミサイルリリース位置に進んでくれ。」

 

「・・・・・フェニックス02。助かった。礼を言う。」

 

「泣き言を言うときはラジオ切っとけよ? 遙か彼方まで泣きベソがまる聞こえだ。」

 

「う、うるさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。

 また、誤字報告、感想戴き、ありがとうございます。

 

 誤字報告、自分のチェックの甘さをさらけ出すようですが、でもとてもありがたいです。

 感想を書いて戴いている皆様。

 ここのところ執筆時間さえ思うようにとれず、ましてや戴いた感想に返事を書いている時間なんて全然取れないのですが。

 それでも戴いた感想は全て拝読しております。

 拙作をお読み戴いている皆様から、感想という形で反応があると、確かにとても嬉しく励みになります。


 突然ですが、以上この場を借りて御礼申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今までに出てるダークレイスって一般人の脳ミソ製なんだろうか?そのうちエース級の脳ミソ製のも出てくるのかな。なんだかコイツの挙動を知ってるぞ!とかになったら嫌だよなあ。
[良い点] 美味しいところを持っていきますなぁ。 [気になる点] 高温状態って、どれだけのスピード出してきたのやら。 [一言] やっぱりこいつらオカシイ。
[一言] 友軍は落ちまくるけど最近は味方が全滅せんな まぁこの局面でST部隊全滅する展開来たら人類終わる気がするけど
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