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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十一章 PARADISE LOST (失楽園)
297/405

7. Veteran (熟練パイロット)


■ 11.7.1

 

 

 右舷に流れるように消えていった敵マーカを、強引に機首を右に向ける事でガンサイトの中に捉える。

 音速の五倍もの速度で直進しながら、GPUで強引に針路を固定し、空力を使って機体を回転させる。

 本来空力的には進む方向ではない向きに超音速で進んでいるため、轟々と鳴る風切り音と、機体表面で発生する乱流による震動が凄まじい。

 しかし目標としているダークレイスとの距離は僅か10kmにも満たない為、機体内でレーザー砲を支える震動吸収構造と、自動照準システムに組み込まれている震動除去機能の組み合わせによって照準が補正された射撃は、高い確率で敵機を捉えるはずだった。

 

 TGT 06と赤いキャプションの付いた、ダークレイスを示す敵マーカがガンサイトに入り、自動照準システムが自動的にダークレイスに照準を合わせ、マーカーが一段階輝度を増し、そしてトリガーを引いた瞬間、敵のマーカはガンサイト内から消失した。

 撃墜では無い。逃げられた。

 ほんの一瞬の間の急激な動きであったが、残像のように敵マーカが高速で動いてHMDの視野外に出て行く動きが見えた、その方向に敵マーカを追って首を傾げると、右上方にTGT 06の表示が存在するのが見えた。

 

 今のタイミングは明らかに、こちらが機首を向けた事を確認して攻撃を回避していた。

 可能性として低い推測、或いは考えたくない状況に直面し、達也は眉をひそめる。

 

 現代のレーザー砲の照準システムは、一昔前の機関砲のように目標に照準用のレーダー波を照射して敵位置を特定したりなどしない。

 GDDや光学シーカー、全方位レーダーなどの情報を統合するCOSDARにリンクした、周辺空間の敵味方全てを把握する索敵システムからのデータを元に照準システムが適切な目標を選択して、そこにレーザー砲脇に備えられたガンカメラからの光学情報を重ね合わせて敵位置精度を高め、砲身制御システムがレーザー砲の角度を調整して照準を合わせる。

 つまり照準用レーダー波など存在しないため、こちらが照準を合わせた、或いは会わせようとしていることを知る方法などありはしないのだ。

 

 ところが今達也が目標にして追い回している、TGT 06のマーカを付けられたダークレイスは明らかに狙いを付けた途端に逃げ出した。

 こちらからレーダー波などが出ていない以上、こちらの機体の向きを観察し、レーザー砲の射線、すなわちこちらの機体の機首が自分の方を向いた事を察知して回避行動を取ったのだろうと推測できる。

 

 厄介な敵だ、と思った。

 10kmも離れてしまえば、たかだか20m程度しか機体長のない戦闘機がどちらを向いているかなど肉眼では判別出来ない。

 投影面積の少ない正面から見る位置関係であれば、そもそもそこに戦闘機が居る事すら肉眼では分からない。

 

 ところがこのダークレイスは、距離が5kmそこそこであったとは言え、達也の機体が機首の向きを正確に自分に合わせた事を確認し、回避行動を取った。

 多分、達也機が自分を追跡している事を認識し、さらに地球側の戦闘機は基本的には正面にしかレーザー砲を撃てない事を理解した上で、光学シーカー映像から達也機の機首の向きを判断しているのだろう、と思われた。

 

 その様な判断を行うクイッカーなど、これまで見た事もなかった。

 それほどまでに狡猾なファラゾア戦闘機など聞いた事もなかった。

 たとえその様な判断をしていたとしても、瞬時に反応し離脱する敵機などこれまで存在しなかった。

 地球人の反応速度はファラゾア戦闘機のそれよりも1.5倍速いと、ずっとこれまで聞かされてきたが、どうやら頭の良さに関しても地球人の生体脳はファラゾア人のそれよりも遙かに狡猾であるようだった。

 

 面倒な敵を相手にしてしまった、と思いながら再び達也は空力機動で機体を回転させ、機首をTGT 06に向ける。

 ほぼ同時に再びTGT 06がガンサイト内から消える。

 周囲を他のダークレイスに囲まれていない事を確認しつつ、再び機首をTGT 06に向ける。

 最近ではこの高速失速状態とでも呼ぶべき、GPUを利用して機体を機首方向とは全く異なるあらぬ方向に継続的に飛ばすという、揚力というものを全く無視した飛行状態の中で、GPUではなくカナードや尾翼などの空力を使って機体姿勢を思うように制御出来る様になってきた。

 勿論、自機の機体管制システムのAIが達也の飛び方を学習してどんどん頭が良くなっていっているのもあるのだろうが。

 

 GPUを使用している飛行中に、GPU以外の力によって機体姿勢を制御できる事の恩恵は案外大きい。

 GPUスロットルを機体姿勢制御のために微妙に調整する必要がなく、つまり微妙な操作に神経を使い思考の一部を取られる事なく、進行方向にGPUスロットルを完全に固定したまま機体姿勢が変更出来る事が一つ。

 そして希に誤操作などで制御に失敗してしまったときに、GPUによる姿勢制御であれば針路自体も影響を受けて大きくふらついてしまい、立て直しにそれなりの時間と労力を有するところが、GPUスロットルが固定されているならば少なくとも針路がブレる事だけはない事だ。

 

 四枚の尾翼と、コクピット脇にある一対のカナード翼が微妙な動きをして達也の意志を機体に伝える。

 GPUが発生させる重力場に引かれ、空気の流れを完全に無視して、機体の向きに対してでたらめな方向に飛んでいる機体の姿勢が制御され、機首が持ち上がってTGT 06の方を向く。

 ダークレイスの位置を示しているマーカが、HMD視野の正面中央に表示されている大きな円であるガンサイトの中に入り中央に近付くと、突然マーカが消え、残像のように視野の下方に高速で移動したのが一瞬見えた気がした。

 

 間違いない、と思った。

 少なくともこの個体は、こちらの機首が自分の方に向いた事を確認して、射線を外すために高加速で移動している。

 達也は予想通りの敵の動きを見て口の端を歪めて嗤う。

 確かに面倒臭い敵だが、それはただ他の個体に較べて、という話でしか無い。

 即ち、生物として生存を逆に心配させられるレベルの致命的なトロさを誇るファラゾアが、人並みの知恵と素早さを身に着けただけの事だった。

 

 達也は酸素マスクの下で唇を歪めて嗤ったまま、操縦桿を一瞬強く倒し、右足でラダーを蹴り飛ばした。

 GPUが発生している重力場に引きずられるようにして飛ぶ機体が、一瞬の急激な操作で独楽のように周り、機首を右に振る。

 強烈な遠心力が掛かり、ハーネスが肩にめり込む痛みで思わず身を固くしそうになるが、意志の力でそれをねじ伏せる。

 身体に変な力を入れれば、圧力感知式の操縦桿は敏感にそれを検知し、機体が思いもよらぬ挙動を取る事がある。

 

 達也は僅かにレッドアウトする視野で、HMDの視野右側からTGT 06と書かれたダークレイスのマーカが急速に正面に向けて移動してくるのを観察している。

 赤い文字を伴うマーカが、一秒にも満たない短い時間で急速に正面に回り、ガンサイトの円内に入った。

 照準システムは、パイロットからの手動入力でこれまで何度も優先ターゲットとして指定されていたTGT 06の存在を記憶していた。

 ガンサイトに入った瞬間、照準が合う。

 達也はトリガーを引く。

 レーザー砲の過熱警告サインが時計回りに急激に増加する。

 その間も、TGT 06のマーカは、HMDの視野の中を右から左に向けて高速で横切っていく。

 僅か一瞬でHMD視野正面のガンサイトを横切ったTGT 06のマーカは、円の反対側に到達するとほぼ同時に消滅した。

 連続照射を2秒で強制遮断するレーザー砲過熱警告サインはまだ半分以上が残っていた。

 墜とした、という手応えがあった。

 勿論、手元に何らかのフィードバックが戻ってくるわけでは無い。

 しかし長く戦闘機パイロットをやっていると、照射時間や敵の位置や角度、動き方、消え方などから、光学シーカー画像をシステムが解析することによる推定撃墜判定の結果など見ずとも、敵を墜とせたか、或いはまだ足りないか、は感覚的に分かる様になるものだった。

 

 それでも一応、光学シーカー情報を元にした推定撃墜判定が表示されたことを確認してから、達也は周囲を確認する。

 この空域に残り四機。

 直前の認識では、右後方に一機、左後方に二機、上方に一機居る筈だった。

 辺りを見回すと、右後方に居るTGT 04はマリニーがほぼ一対一で格闘戦を行っており、左後方ではTGT 08を優香里とL小隊の三機が追い回している。

 TGT 05と07はそれぞれ、C1とC2小隊が追いかけているようだった。

 

 達也は再び空力を無視してその場で機体を反転させ、GPUで強引に針路を反転させてマリニーが対応している一機を目掛けて加速する。

 10km近い距離が一気に縮み、TGT 04が急速に接近する。

 引きつけて確実に撃ち落とそうとしたのだが、その前に接近に気付かれ、TGT 04は急上昇して達也の射線を完全に躱した。

 その動きを追いかけるように、横転させた機体を回転させ、機首を上に向ける。

 TGT 04がさらに逃げる。

 マリニーがその動きに連動し、回り込むように急上昇すると、TGT 04はその射線を外すように急旋回した。

 その動きは読めていた。

 先ほどのTGT 06の動きから推測して、マリニーに機首を向けられた途端、自分の後方に向けて動くだろうと達也は予測していた。

 その予測通りの動きに対応して、達也は機首を急激に持ち上げ、さらに半ば後ろ向きになるまで機体を回転させる。

 ガンサイト上方から一気に下がってくるTGT 04がサイトに入った瞬間、トリガーを引く。

 逃げられた。

 しかし、命中はしたはずだった。

 その達也の推測通り、達也の攻撃で機体の一部を破壊されたTGT 04はとたんに動きが鈍くなり、再びマリニーの射線に捉えられた後に打ち抜かれて、薄い煙を引きながら落下していった。

 

「助かったわ。ありがとう。なかなか捉えられなくて。」

 

「通常のクイッカーとは違う動きに惑わされるな。素早いだけで、回避行動は素人同然だ。よく見ていれば読める。」

 

 多分、と達也は推測する。

 大量にかき集めた地球人生体脳を、地球側の戦闘機よりも高性能なファラゾア戦闘機に載せたとしても、自分達地球人パイロットの様に養成訓練を施したりした訳では無いのだろう。

 脳を取り出し、生体脳の容器に入れ、電子脳の補助を与えて高性能の戦闘機に組み込む。

 大量の戦闘機をひとつの集団の戦力として戦術的規模で扱うぶんにはそれで十分だろう。

 だが、今のように一対一の格闘戦となったとき、どれほど電子脳からの補助があろうとも、支配的立場の生体脳の方の訓練不足が露呈し、素人臭い戦闘機動と稚拙な回避行動となって現れる。

 それに対して、自分達地球側のパイロットはそれなりの訓練を受け、さらに多くの経験を積んできている。

 つまり、最新鋭の戦闘機を与えられた子供と、旧式の戦闘機を与えられたヴェテランパイロットとの戦い、という訳だ。

 それならば、まだ勝てる、と達也は思う。

 

 ただ、相手がもし熟練パイロットの脳を使ったクイッカーだとどうなる?

 或いは、奴等の持つ超高度な科学技術を使って、無理矢理にでも生体脳に教育を施す様になったら?

 余り面白くない結果が待っていそうだった。

 

 だが、それがどうした、と思う。

 恐れようが泣き喚こうが竦み上がろうが、その状況がやって来るときには、どうやったって避けようがないのだ。

 自分達に出来る事は、ただ死力を尽くして目の前の敵と戦うのみ。

 どの様な敵が来ようと、ただ叩き落とすことのみを考える。

 そして、力が及ばなければ死ぬ。

 ただそれだけのことだった。

 あれこれと思い悩んだところで、未来が変わるわけでは無いのだ。

 

 マリニーはすでに、優香里とレイラ達が追い回しているTGT 08に向けて突っ込んでいった。

 達也は、優香里達の方は十分な戦力があるとしてC中隊の連中の方に加勢するか、或いはマリニーとともに優香里達の方に参戦して圧倒的戦力で一気に叩き潰すか、どちらにするか一瞬迷った後、マリニーの後を追うように操縦桿を倒した。

 

 四人がかりでこれだけの時間をかけてもまだ墜とせていないという事は、先ほどまでのマリニー同様に、動きが素早くいつもとは勝手の違う敵に翻弄されてしまっているのだろう。

 普通のクイッカーに較べて、少々すばしこくて、少しばかり頭が良いだけで、よく見れば素人同然のつまらない敵だ、ということを一度見せつけておく必要があると思った。

 優香里やレイラ達なら、一度見れば納得し、冷静に対処できるようになるだろう。

 達也はマリニーの後を追うようにして、TGT 08に向けてGPUスロットルを押し込んだ。

 

緊急(PAN)! 緊急(PAN)! 緊急(PAN)! ダークレイス三機が攻撃隊に急速接近中。トマホークとジェロニモが抜かれた。ヤバイ。エスコートは攻撃機を護れ。ダークレイスを近づけるな。攻撃機を絶対墜とさせるな。」

 

 達也達666th TFWのパイロット達が、AWACSドリームキャッチャー02の悲鳴のような緊急通信を受信したのは、達也とマリニーがTGT 08を鮮やかに撃ち落とした後、C中隊が翻弄されていた二機を優香里を加えたA1小隊が力業の連携で叩き落とし、自分達の獲物を始末した沙美達A2小隊が遅ればせながら合流してきた直後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 ダークレイスを「最新鋭機に乗せた子供」と言い切るオカシイ奴に一言。

 墜とされた一般のパイロット達に全力で謝れ。

 

 「それがどうした。墜とされた未熟な奴が悪い。」


 とか言いそう。w

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― 新着の感想 ―
[一言] 想定される連れ去られた地球人の数はどのくらいなんだろう?失われた地球人の数の大半は攻撃で死んでるんだと思うけど、それでも数億人分の脳ミソを持っていかれたのかな?
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