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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十一章 PARADISE LOST (失楽園)
296/405

6. TGT 06


■ 11.6.1

 

 

 それは空戦の常識、否、航空機の常識から考えても異様な光景だった。

 

 達也率いる666th TFWのA中隊は、666th TFW飛行隊長であるレイラから、アンデス山脈の東部山系上空で味方戦闘機隊と交戦中のファラゾア機群に対して、北側に大きく回り込みつつ、山岳地帯の地表に沿う様に低空から接近する事を指示された。

 それは山間に隠れ敵の眼を逃れて低空から接近する、或いは666th TFWが中隊ごとの三つに別れて接近する事で、敵の目を逃れる事は出来ずとも、敵の注意を分散させる事で生存率を僅かでも上げようという意図である事を達也だけで無く、指示された全員が理解していた。

 そして、そこまで慎重に接近せねばならない警戒の対象が、一般に「ダークレイス(見えない死霊)」という不吉な名前で呼ばれる、地球人の生体脳をCLPUに使用した敵戦闘機である事も理解している。

 

 その敵は「見えない死霊」という名に反して、他のファラゾア機と全く区別が付かない外見、即ち白銀色のファラゾア合金で作られたクイッカーの形状をしている事がはっきりと確認されている。

 他のファラゾア機同様に、GDDにより駆動重力波は検出され、光学シーカーで観察でき、レーダーにも僅かながら反応する。

 

 「見えない」と言わしめるのは、戦闘空間に数百数千と存在する他のファラゾア機に紛れ区別する事が出来ず、しかしこちらが隙を見せた瞬間に、こちらからは確認できない死角の中の絶好の位置に瞬時に移動し、こちらが大破或いは爆散するまでしつこくその位置を維持し続けながら立て続けにレーザーを浴びせ掛けてくる事にある。

 他のファラゾア機のように、数十機もの集団を作って包囲殲滅しようと回り込むわけでもない。

 逃げ回る地球連邦軍機を集団で追い回すわけでもない。

 ただ一機、或いは多くとも数機の小集団で、後方や下方などのパイロットの死角となる空間に滑り込むようにしていつの間にか接近し、突然立て続けに攻撃を加えて確実に目標を破壊する。

 

 目標を撃破した後は、まるで何も無かったかのように他のファラゾア戦闘機の集団の中に再び紛れ込んでその姿を消す。

 或いは、墜とされた仲間の仇を討とうと目を皿のようにしてその個体を追跡し、執拗に追い回そうとすれば、ファラゾア機の高い機動性とファラゾア機にしては異常に早い反応速度を生かして逃げ回り、攻撃しようにもガンサイトの中に捉える事さえ出来ない。

 どこに居るのかまるで見分けが付かず、突然急所を狙った攻撃を仕掛けてきたと思えば、すぐに消えて行方が分からなくなる。

 或いは、執念で敵を見失わず、逃げ回る敵を追撃していると思っていたのが実はただ単に釣られておびき出されていただけであり、僚機から離され味方の支援が望めない所まで上手く誘導された後に、一瞬の隙を突かれ返り討ちに遭う。

 呆れるほどに素早く、信じられないほどに狡猾で、そして手が届かず捉えることも出来ず得体が知れない。

 

 まさに見えない死霊の如くであるが、実際のところを知らず偶然であったとしても、そのファラゾア機を表すのに「Spirit(精霊)」や「Ghost(幽霊)」ではなく、「Wraith(死霊)」という言葉が名付け親たる一般兵士達によって用いられたのは、地球人生体脳を用いたCLPUが搭載された小型戦闘機械の特徴をまさに良く言い当てており、痛烈にブラックな皮肉の効いた命名であったと言うほか無い。

 そしてダークレイスの出自を知っている者達は、CLPUが地球人の生体脳に取り換わっただけで、あの「トロい」と馬鹿にしていたファラゾア機がこれほどまでに手に負えない難敵になることを思い知らされ、皆戦慄し恐怖した。

 

 そのダークレイスを撃破するため、達也達はAWACSに指示されたNAV Mに向かう。

 V字型に切れ込み、乾燥した冬の風が吹き抜ける峡谷を、飛び出た岩肌や葉が落ちた低木を掠めるようにして高度を低く維持し、敵に気付かれないように、少なくとも高くそびえる山陵に身を隠し、遠距離からの狙撃を受けることを避けながら。

 

 敵の集団に接近するに当たって、判別しにくいダークレイスを特定したら瞬時に反応してレーザーを打ち込めるように、峡谷の底を這うように進みながらも機首は常に上を向き、GDDと光学シーカーで敵機の動きを追い続けている。

 六機全てが谷底に沿った進行方向に対して直角に近い方向に機首を向けており、それでいて精確に峡谷の地形をトレースし、まるで一匹の蛇が谷底を這い進むかの如く、流れるように僚機の後を追従して連邦空軍機色である黒灰色に塗られた機体が飛行する。

 

 すぐ頭の上の上空で激しく格闘戦が行われているのだ。

 いかに谷底を這うように進んでいようとも、この位置で敵に発見されていないなど有り得なかった。

 ならば急峻な山陵を遠距離狙撃を防ぐための遮蔽物として割り切り、探知されようとも重力推進を用いて機首を持ち上げて、ダークレイスを発見したならば瞬時に反応し攻撃可能としている方が有利だとの達也の判断であった。

 

 進行方向の岸壁を視野の端に捕らえ、それに対応して操縦桿とGPUスロットルを細かく調整しつつも、視野の中心は常に上空の敵機群に向いており、自分達に攻撃を加えようと動くものは無いか、またその中にダークレイスと思しき異常な動きをするものが居ないか見張り続けている。

 これだけのことを同時に長時間行うのは、いかな達也達ST部隊のパイロットであろうとも相当に大きな負担だった。

 これは、敵の群れの中で異常なベクトルで動く個体を検知して警告を発するような機能を索敵システムに組み入れてもらった方が良いかもしれないな、などと考えながら達也はダークレイスを探す眼を休めない。

 

 今は谷沿いに超低空飛行を行っているので下半球に殆ど注意を向ける必要は無いが、乱戦になれば全球を監視しつつ格闘戦を行わねばならないのだ。

 どれほど集中して監視しても死角は必ず出来る。

 どれほど気合いが入っていようとも、いつかは必ず疲れて集中力が途切れる。

 そして当然、敵はそこを突いてくるのだ。

 

「タリホー、ダークレイス。方位13、俯角72、距離03。スプールAを追っかけてる三十機ほどの集団の中に、多分三機居る。反応が他より僅かに速い。」

 

 優香里が抑揚の無い声でダークレイス発見の知らせを呟いた。

 戦況を俯瞰的に観察したり、全体の中の異常個体を探したりと、この様な作業をさせると本当に優香里は上手い、と達也は感心しつつ、優香里が示した敵の集団を探す。

 達也達が身を隠している谷底から南東の方角に30kmほど離れた上空で、北米から南下してきた部隊を追いかけている敵集団を見つけた。

 

 六機の味方機の中隊を、三十機ほどの敵が追いかけ、包囲しようとしていた。

 当然味方機は包囲されないよう、その包囲網を突破する動きを見せる。

 敵集団との位置関係を僅かでも有利にしようと、何度も針路を切り返し、曲芸飛行まがいの飛び方で、ともすると口を閉じかける包囲網に捕まる事無く、どうにか逃げ続けているようだった。

 だが、その様な余裕の無い機動は、当然死角を生み隙を生む。

 このまま放置すると多分、五分もしないうちにスプールA中隊は半壊し、その後は戦力差から一気に全滅させられるだろう。

 

 達也がHMD表示を確認しているうちに、三十もある敵のマーカの内三つにそれぞれ「TGT 01」「TGT 02」「TGT 03」と赤文字の警告キャプションが追加された。

 優香里が手元で操作して、中隊内全機にデータを回したものと思われた。

 今達也達は、互いの機体の間の距離が近く、レーザー通信を使って簡単にデータリンクできる状態にある。

 

 すぐに叩かないと拙い、と達也は思った。

 放置しておくとスプールA中隊が全滅してしまう、からでは無く、スプールA中隊を全滅させたダークレイスがまたどこかに行って見失ってしまう、という意味で。

 

「A2、沙美。データは行ったか? あれを叩け。やり方は任せる。」

 

 達也がA2小隊長である沙美に指示を出す。

 ダークレイスとは言え、三機程度ならば、A2の三人で充分だろう。

 スプールA中隊の六機も居ることだし。

 スプールは囮にしてしまえば良い。

 獲物を狙って隙を見せているところで、さらに後から叩くのだ。

 

「A2、コピー。真っ直ぐ突っ込む。付いて来て。」

 

「16、コピー。」

 

「17、コピー。」

 

 ほぼ一列になって谷底を這うように進んでいたフェニックスA中隊の後半三機がほぼ同時に突然飛び上がった。

 長く同じ小隊で戦ってきた沙美、ジェイン、ナーシャの三人だ。機動のタイミングはお互いよく分かっているだろう。

 南東方向に向けてカーブを描きながら三機は高度を上げ、尾根の向こう側に見えなくなるが、GDDマーカは山肌に重なり三機を表示し続ける。

 三機は目標とした敵集団に急速に接近する。

 接近している間も敵を攻撃し続けているのだろう、三十機を少し越える機数がいた筈の敵集団が、その距離が短くなり、近付いてくる三機に対して明らかに迎撃の態勢を取り始める頃には二十機ほどにまでその数を減じていた。

 しかし優香里がマークしたダークレイスのマーカキャプションは未だに表示されている。

 沙美達は敵に充分に接近してから一撃で仕留めるつもりらしかった。

 遠距離からのレーザーは機体震動でどうしてもブレる。

 命中率が下がり、当たったとしても光線がブレてしまい、目標を完全に破壊できない事がある。

 

 達也達が装備している200mm口径/150MWクラスのレーザー砲は、威力だけに着目するなら100km先のクイッカーを撃墜できる能力がある。

 が、それは所謂カタログスペックという奴だった。

 実戦では、大気中の雲や霞、機体の震動などの問題があり、戦闘機動中に100km先のクイッカーを撃ち抜くなど、まず不可能だった。

 現実は、50kmで「当たる事がある」、30kmまで近付いて「数発撃てば一発はだいたい当たる」というのが達也の実感としての命中率だった。

 確実に命中させるためには、10km以下、理想を言えば3km以下が望ましかった。

 3km以下の距離であれば、例えフュエルジェットをリヒートモードで動作中の震動が激しい状態での戦闘機動中であっても、まず確実に一撃で敵を墜とす事が出来る。

 

 HMD上の表示では、ダークレイス三機のマーカと、沙美達A2小隊の三機を示すマーカが重なり合うところまで接近していた。

 すれ違うほどにまで接近しているんじゃないか、と思った時、二機のダークレイスの表示が消え、少し遅れて残る一機も消えた。

 どうやらすれ違いざまにまるで通り魔のように、突然横を向いて攻撃を加えたようだった。

 ジェインは自分の割り当てを撃ち漏らし、それに気付いた沙美とナーシャが、敵が逃げ出す前に慌てて追撃した様に見えた。

 

「ダークレイス、五機。方位12、俯角35、距離05。C中隊、L小隊と交戦中。他通常個体五十。C中隊にロスト1。これは確実にダークレイス。他と動きが明らかに違う。」

 

 どうやら優香里が追加を発見したようだった。

 本当に頼りになる「眼」だった。

 HMD上に「TGT 04」から「TGT 08」までの五つの赤い文字が現れた。

 

「諒解。A1はこれを狙う。A2、そっちに片が付いたら合流しろ。」

 

「10、コピー。」

 

「11、コピー。」

 

「A2、コピー。」

 

 既にダークレイスと思しき個体を撃墜し終えている沙美達は、アフターサービスのつもりか、残る二十機ほどの通常個体の始末に掛かっていた。

 スプールA中隊はすでに被撃墜一機を出しており、確かに追撃する敵を一掃してさっさと離脱させた方が良いほどにはダメージを受けているようだった。

 

 達也は沙美達A2小隊の状況に一瞥をくれると、GPUスロットルを開け、一気に7000mまで上昇した。

 元々飛行していた谷底の標高が4500mほどであったので、僅か2500mほどの上昇であり、また周囲にはイイマニ山やムルラタ山などの超6000m急の高山がある為、7000mと言えども山陵近くの低空を飛行している、と感じる。

 

 優香里が見つけたダークレイス五機は、約50kmほど離れたところで囮役を買って出たレイラ達L小隊とC中隊と交戦している様だった。

 たかがちょっとすばしこいだけのファラゾア機五機に、レイラ達が苦戦はすれども撃墜されるようなことは無いと達也は思うが、不意を突かれたのかC2小隊に最近配属されたばかりのジルベルトがすでに墜とされているようだった。

 その情報を、所詮は最近ST部隊に配属されたばかりの経験の浅い兵士だと切り捨てることも出来るが、ST部隊での経験の浅い兵士とて、666th TFWに来る前はどこかの最前線基地ではエースを張っていたそれなりの熟練パイロットであったに違いないのだ。

 

 僅かな胸騒ぎを感じながら、さらに高度を上げて10000mに到達した達也は、GPUスロットルを開けてさらに増速してM5.0に到達する。

 50kmを僅か30秒ほどで駆け抜けつつ、達也はターゲットセレクタを回しガンサイト中心に合わせた、「TGT 06」と赤文字で表示されているダークレイスのマーカを選択する。

 針路も照準もダークレイスにピタリと合わせたまま、M5.0の高速で達也はレイラ達と五十機ほどのファラゾア機が乱戦状態になっている空間に向かって突っ込んでいく。

 距離が10kmを切り、トリガーを引こうとした瞬間、HMDの視野の中心に捉え続けていたはずのダークレイスのマーカが流れるようにふっと消えた。

 達也は慌てて周りを見回し、先ほどまで照準を合わせていたはずのダークレイスの姿を探す。

 針路から遙かに右に外れ、八機の味方機が舞うように飛ぶその外側、10kmほど離れた場所にそのマーカが存在した。

 針路をそのままに機首だけを旋回させて再びダークレイスをガンサイトの中心近くに捉えた。

 次の瞬間、再びマーカは流れるように消えて、遙か右に現れた。

 

「なるほど。一筋縄ではいかない、って事か。」

 

 達也は誰に聞かせるでもなく酸素マスクの下でぼそりと呟き、楽しげに唇を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 かなり前の話で、ST部隊と、十倍の戦力の極東方面の連邦軍戦闘機部隊がDACTを行いましたが。

 普通のパイロットと、姿を現して本気モードになったダークレイスが格闘戦で戦うと、要するにアレと同じ様な結果になる、ということです。

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