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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十一章 PARADISE LOST (失楽園)
295/405

4. ダークレイス (Dark Wraith)


■ 11.4.1

 

 

「ドリームキャッチャー02、諒解した。フェニックスはダークレイスを叩く。針路08、ヤナカチ上空。フェニックス全機、続け。」

 

 AWACSからの指示を聞いたレイラの行動は早かった。

 指示を復唱するとすぐに操縦桿を引き、艦載機部隊ばかりが残っている攻撃隊の上空に出る。

 すぐさま左ロールして、急激に左旋回。

 針路が08に合ったところで旋回をやめて機体姿勢を水平に戻す。

 と同時にGPUスロットルを開け、大加速。

 HMDに表示されている速度計が流れ落ちるように急激に速度が上がり、視野の隅に表示されているマッハ計が4.0を示す。

 高度10000m以下でこれ以上の速度を出すのは危険だった。

 機体表面温度が一気に跳ね上がり、500℃に達する。

 もう少し速度を上げれば、機体は炎を引き始めるだろう。

 ここに来て初めてレイラは後方を確認する。

 連中がちゃんと付いて来ていることは分かっている。

 操縦の作業に余裕が出来たので、一応確認するだけだ。

 

 果たして、振り向いたレイラのHMDには、すぐ後ろにいるポリーナとヴィルジニーの機体のマーカが大きく表示され、ポリーナの向こう側にタツヤと彼が率いるA中隊、ヴィルジニーの向こうにはレイモンドと彼のB中隊のマーカが遅れること無く付いて来ているのを確認した。

 ポリーナとヴィルジニーの間には、C中隊長のアスヤの機体を示すマーカが定位置にピタリと付いている。

 ポリーナの右にはA中隊長の達也、ヴィルジニーの左にはB中隊長のレイモンド。

 そしてそれぞれの中隊長の向こうには、各中隊の所属機五機のマーカが連なる。

 一瞥で麾下の機体が全て「まだ」大人しく後ろを付いて来ていることを確認したレイラは、視線を正面に戻し、AWACSの指示にあったヤナカチという村に立てられたナビゲーションポイントMの位置をHMDで確認した。

 

 AWACSによって立てられたNAV Mの位置は、攻撃隊の進行方向に対して十時の方向に当たる。

 ただ単に、ファラゾア軍ヒエラルキーの中で底辺に近い筈の地球人CLPU(Central Living Processing Unit:生体脳ユニット)を持つダークレイスが、捨て駒のような使われ方をして真っ先に敵と接触するその位置を指示されて待ち伏せをしていたのか、或いは他の戦闘機群に混ざって待ち伏せしていたが、目端の利くダークレイスどもが地球側攻撃隊の後ろに回り込もうと移動したものか。

 そのどちらなのかレイラに分かろう筈も無かったが、いずれにしても攻撃隊の本体である攻撃機部隊から100kmを切る位置にまでダークレイスに接近されている事はゆゆしき問題であった。

 

 ダークレイスというのは地球人のCLPUを用いたファラゾア小型戦闘機械に付けられた名称であるのは前述のとおりである。

 地球人の生体脳を使用したCLPUを組み込んだことで、ダークレイスと呼ばれる個体は他の標準的なファラゾア小型戦闘機械に対して1.5倍速い反応速度を有している。

 他のファラゾア戦闘機とは異なり、その素早さを生かして目にも止まらぬ動きをし、例え照準を合わせてもスルリと逃げられる。

 動きの速さを生かして死角に付かれ、撃たれたことさえ気付く間もなく、見えない位置からの攻撃でやられる。

 

 僚機をやられ、その報復とばかりに撃墜してやろうと追いかけようとも、本来のファラゾア戦闘機が持つ地球側の戦闘機に対する性能的優位性と素早さを十全に生かし、捉える事が出来ずに逃がしてしまう。

 外観上は通常のファラゾア戦闘機と全く異なるところは無く、他の多数の戦闘機の群れの中に紛れているので、特定も難しい。

 その掴み所の無さと、狙われたら確実に墜とされるヤバさ、不気味さから、「グレイゴースト」あるいは「ダークレイス」の名を付けられて前線パイロット達から恐れられていた。

 昔同じ名前を冠した戦闘機が米国に存在したことから「グレイゴースト」という名称を避け、地球連邦軍が半ば公式に「ダークレイス」の呼称を採用したため、それが定着したのだった。

 

 実のところ、地球連邦軍、或いは地球連邦政府は、地球人の生体脳をCLPUに使用したファラゾア戦闘機がダークレイスであると発表した事は無い。

 それどころか、ファラゾア戦闘機械には生体脳を使用したCLPUが搭載されているという事実、そしてそのCLPU用の生体脳を得るためにファラゾアは地球に侵攻してきたのだ、という彼等の推定さえも秘匿されたまま、一般に公開はされていない。

 その事実と推測を公開する事によって一般の兵士達、或いは民間人の間で恐慌や暴動が生じ広がる事を恐れたためである。

 即ち一般の兵士達にとってダークレイスとは、ファラゾアの戦闘機群の中に少数存在する特殊個体、或いは少数であるが最近投入され始めたらしい高性能な改良型、という認識でしかなかった。

 

 もっとも、ファラゾア戦闘機械にCLPUが搭載されているという事実が、撃墜されたファラゾア戦闘機を眼にする事があり、場合によっては接近して間近で観察する事もありうる最前線のパイロット達に、実際のところどれ程隠し通せているかは、連邦軍情報部でさえ疑問視しているのだが。

 ファラゾアの勢力圏下でさえ少数の民間人が未だに居住しており、集団でさえ無ければ陸上移動によってファラゾア勢力圏の相当奥深くにまで侵入出来る、という事実が有る限り、民間人が撃墜されたファラゾア戦闘機械の残骸を手に入れるのはそれほど難しい事では無く、ある程度の機械設備が整った町工場、あるいは個人の工房であっても、ファラゾア戦闘機を分解してその中を調べる事は不可能ではないからだ。

 ファラゾア戦闘機械の中にCLPUが存在する事を知り、その内容物について想像がつけば、それらの情報からファラゾアが地球へ侵略してきた目的を推察する事は、ある程度考察能力がある者であればそれほど難しい事では無いだろう。

 

 達也達666th TFWは、AWACSドリームキャッチャーの指示により、東西10km近い幅で広がっている攻撃隊の上空を一気に飛び抜け、さらにアンデス山脈の東部山岳地帯をも飛び越える。

 ボリビアの首都であったラパスの街並みが眼下に広がり、右舷には白く雪を被ったイイマニ山がひときわ高く聳えている。

 前方を睨み付けるように注視している達也の被るHMDのスクリーンには、重力推進を用いている多数のファラゾア機が存在することを示す紫色の円に重なって、距離が近いために個別識別され始めたファラゾア機のマーカが重なって表示されている。

 

「A中隊、B中隊、高度を下げて接近しろ。L小隊とC中隊はおとり役だ。このままの高度で真っ直ぐ突っ込む。ランダム機動を忘れるな。ダークレイスらしき動きを見つけたら一気に突っ込め。」

 

A(アリスン)、コピー。」

 

B(ベリンダ)、コピー。」

 

 レイラからの指示を聞いてすぐ、達也は操縦桿を左に倒し、左ロールで旋回して編隊を離れながら背面降下で急激に高度を下げ、山並みの谷間をめがけて急降下する。

 同様にレイモンドの機体が右ロールで右に逸れながら背面降下する。

 それぞれの中隊の五機が、一糸乱れぬ動きでリーダ機を追って同じ動きで左右に分かれ、急速に降下していく。

 AWACSから指示されたNAV M、即ちヤナカチの街まではすでに50kmを切っている。

 これだけ近くてはすでにこちらの動きは敵に気付かれており、例え山陵の谷間を移動したとしても隠遁の効果があるとは思えない。

 A中隊とB中隊の行動は、隠遁と云うよりもどちらかというと三方向から目標を囲むように接近し、敵に狙いを絞らせない、或いは逃走を阻止するために包囲する事に主眼を置いている。

 

 レイラ率いるL小隊三機とその後を追うC中隊の六機は、NAV Mまでの最短直線コースを取ってラパス上空を通過する。

 彼女達のHMDにはすでに敵機が個別に認識されて表示され始めており、九機ともランダム機動を行いつつ、ガンサイト内に入り、自動照準システム(ASS: Automatic Sighting System)が敵機に照準を合わせるごとに機載レーザー砲を浴びせかけるように撃ち込んでいた。

 それは、九機の戦闘機が一塊になってレーザー砲を撃ちまくりながら真っ正面から突っ込んで来ている形となり、非常によく目立つ。

 実際、東部山岳地帯上空で味方と交戦しているファラゾア機は明らかにこちらに注意を向け始めており、レイラ達九機を迎撃する動きを見せる機体も現れ始めた。

 

「こちらフェニックスリーダ。ダークレイスが特定できない。他に行ったか?」

 

 レイラのHMDにはすでに多数の敵マーカが個別に表示される所まで敵の集団に接近しているが、周りに較べて動きが速い、或いは明らかに動きの良い機体は認められなかった。

 

「フェニックス、油断するな。奴等は狡猾だ。集団の中に紛れていて、突然動きが変わる。」

 

 増援を求めながらもダークレイスに壊滅状態に追い込まれた、先ほどのブルホーンの戦いをモニタしていたドリームキャッチャーがレイラに警告を発する。

 

 事実ブルホーンを壊滅させた後、ダークレイスと思しき機体は全て東部山岳地帯上空で戦う大量のファラゾア機群の中に再び紛れ込み、今やドリームキャッチャーが備えている戦闘機よりも遙かに精度の高いCOSDERをもってしても特定できなくなっている。

 それを意図して行ったのかどうかまでは分からないが、遠距離であったり山陰に隠れられたりすると追跡できなくなってしまう光学シーカーと、これもまた遠距離で多数の重力推進器が重なるように存在すると個体の区別があやふやになってしまうGDDの、それぞれのセンサー特性の隙を突かれた様な形で、ダークレイスは再び上手くその身を隠していた。

 もとより電波式のレーダーは、ステルス性の強いファラゾア機を捉えるには向いていない。

 

「諒解。忠告感謝する。」

 

 そう感謝を口にすると、レイラは先ほどまでよりもさらに視野を広げ、敵の群れの中の僅かな異常な動きさえも気づけるように集中しながら、ランダム機動を繰り返し、レーザー砲で次々に敵機を墜としつつ急速に敵襲団に接近する。

 後続の部下達にわざわざ警告を発する必要は無い。

 自分とAWACSとの間の交信を聞いて同様の対応をしているだろう。

 

 AWACSが指定したNAV Mを過ぎ、敵集団に肉薄したレイラ達は、三つの小隊に分かれて乱戦状態に突入した。

 デルタ編隊を組み、小隊長機が正面方向、後ろに付く二機がそれぞれ左半球と右半球を警戒しつつ、三機の火力を合わせて進行方向の敵を排除し、時に左右に機首を振って両脇に存在する敵にも攻撃を加えながら敵の集団の中を突き抜けて、単機では有り得ない効率で次々に敵を撃墜していくという、対ファラゾア機群格闘戦の基本に忠実な戦法である。

 

 敵の集団の中に突入すれば、ほぼ全球に存在する敵の動きに注意を払わねばならない。

 対して人間が視覚で感知できる範囲は、どれほどのベテランパイロットであろうとも、視点が向いている方向の半球のみである。

 666th TFW C2小隊二番機のジルベルト・ミューレルがその様な死角からの攻撃を突然受けたのは、各小隊に分かれてデルタ編隊を組み、東部山岳地帯の上空を好きに飛び回るファラゾア機群の内、ちょうど正面に居た二十機ほどの集団に突入して蹴散らし、C2小隊のデルタ編隊が反転して次の敵集団に食らい付こうとしていた、まさにその時だった。

 

 勿論油断などしていなかった。

 ST部隊にては新参者であるにしても、何年もファラゾアと戦い続け、所属基地でのトップエースの座を何度か獲得したほどの腕は持っている。

 それだけの技量を持ち、その技量を買われてST部隊入りしたのだと自負していた。

 その矜持は油断では無く、戦闘中のジルベルトの態度と行動に余裕と自信を持たせるものだった。

 

 C2小隊長であるファルーク・イルハームの機体が機首を上げる。

 ジルベルトもそれに倣い機首を上げてファルーク機に追随し、周囲を警戒しつつも前方に存在するファラゾア機の集団を観察する。

 ファルークの好みからすると、多分左上方手前の二十機ほどの集団を選ぶだろうな、とジルベルトは予想し、ファルークがいつ急激に進路変更しても良いように、隊長機の動きにふと注意を向けて、視線を正面から外した。

 

 いきなり巨人のハンマーで殴りつけられたような衝撃が下から上へ襲い、ハーネスが肩に食い込み、視野に火花が飛ぶ。

 軽くなったはずのHMDバイザーの重みで首が無理矢理曲げられる。

 視野が一瞬真っ白になり、鼻の奥に鋭い痛みが突き刺さる。

 すぐに視界は戻って来たが、世界が揺れていて視線が定まらない。

 何より、キャノピーの外の光景がぐるぐると凄まじい勢いで回っており、どうやら機体が錐揉み状態になっているらしい。

 機体の回転を止めようにも、平衡感覚が失われていて、どちらにロールすれば良いのか分からない。

 

 多分ファルークだろう、誰かの声が自分の名前を呼んでいるのが聞こえる。

 衝撃で操縦桿から離れてしまった右手を上げて操縦桿を握ろうとするが、錐揉みの遠心力か、思うように手が動かない。

 早く立て直さないとまずい。

 そう言えば、突撃のために高度は低めだった。

 下は山岳地帯の筈だ。

 まずい。時間が余り無い。

 

 次の瞬間、一瞬見えた赤い岩肌が視野を覆って、さらに激しい衝撃を受けてジルベルトの意識は一瞬で途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 ダークレイスの名前は、チョットだけF23に配慮してみました。(笑)

 なんか地味で特徴の無いラプたんよりも、ホントにイっちゃってるデザインのグレイゴーストの方が好きです。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば、作中にF-35が登場してないけど、作者はあまり好きではないからなのかな?
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