4. 無謀
■ 11.4.1
「こちらトマホークリーダ、方位16に敵戦闘機群。距離20、高度250。A430、A431、迎撃せよ。バッファロー、左翼が薄くなってきた。カバーに入れ。」
トマホークリーダの指示に従い、攻撃隊の左翼端を飛んでいた米空軍の二部隊が集団を離れ、前方に向けて急速に加速していく。
一方、攻撃隊の中心部にいる攻撃機部隊のすぐ右側を飛んでいたバッファロー隊が、一瞬で高度を500mほど稼ぐと、緩く編隊を保ったまま攻撃隊の上空を西側から東側に向けて横切り、先の二部隊が敵戦闘機群の迎撃に向かった為に出来た攻撃隊左翼側の穴を埋めるように滑り降りた。
攻撃隊の構成が自分の指示通りに組み変わった事を見届けると、トマホークリーダは視線を前方に戻した。
そして新たな敵戦闘機群を示す紫色の円表示がHMDに現れていることを発見する。
「方位10、新手だ。距離22、高度300。A547、A550、A557、迎撃せよ。かなりの数だ。百機は居る。油断するな。クソッタレ、バイソン、コヨーテは左翼に移動だ。」
「ヘイ、ボス。コヨーテはとうの昔に左翼に移ってるぜ。」
「あ? ああ、済まん。オセロットはどこだ?」
「まだ右翼に居る。左翼に移りゃ良いんだな?」
「そうだ。頼む。」
「オセロット、諒解。野郎ども、席替えだ。敵が良く見える特等席だ。行くぞ。」
今度は三部隊四十四機が、ダイアモンド編隊とデルタ編隊を組んだまま、機体を左にロールさせて急速に旋回しつつ、重力推進を使用して加速しながら上昇していく。
そして米軍部隊が抜けて出来た穴を、攻撃隊の東側に陣取っていた連邦軍の飛行隊が移動してすぐさま埋める。
「クソッタレが。俺の仕事はAWACSじゃねえぞ。もうどの部隊がどの辺にいるか分からなくなってきたじゃねえか。畜生め。」
攻撃隊のリーダであるため、AWACSが接近できない最前線での部隊のやりくりを任されることになってしまったトマホークリーダがぼやく。
攻撃隊は、南米大陸北部に存在する地球側制空圏から、数千kmも南方に向けてファラゾア圏内に突出した形で侵攻してきている。
AWACS母機と子機の間は主にレーザー通信で接続されるが、レーザー通信の到達距離は大気の澄んだ条件の良いときでさえ500kmに届けば良い方であり、ましてや1000kmを越えることなど有り得なかった。
もしAWACSが、戦況の詳細を把握するために子機を戦線の近く、攻撃隊のすぐ後ろに配置しようとするならば、オペレータを多数乗せたAWACS親機も、未だ制空圏が確保されたわけではない南米大陸に数千kmも入り込まねばならない。
敵を撃墜するための兵装や素早い逃げ足などの身を守るすべを持たないAWACS親機にとってそれはただの自殺行為でしかない。
途中まで共に南下してきたAWACSは、しばらく前に北に退避してレーザー通信の範囲外に消えていった。
その辺りの事情を良く理解しているので、トマホークリーダは最前線での慣れない航空管制の真似事を進んで引き受けているのであるが、刻々と変化する状況は気を配らねばならないことの量を殺人的に増加させており、戦闘機の探知能力とコンソールモニタを使ってという劣悪な作業環境での彼の処理能力を既に完全に超えていた。
「いくら何でも泣きが入るのが早すぎるんじゃないの? 新兵でもこの三倍はイケるわよ?」
「あぁ? 誰だお前ェ? ざけんな手前ぇやってみろ。」
ぼやいているところに突然割り込んで来た揶揄うような通信に、トマホークリーダの血液が一瞬で頭に昇り、反射的に反論する。
「諒解。戦闘空間管制を引き継ぐ。こちらドリームキャッチャー02。カア=イヤ降下点攻撃隊の全機に告ぐ。管制はドリームキャッチャーが引き継いだ。AWACSマザーは攻撃機隊の後ろに付く。か弱い乙女だ。守ってくれよ、ナイト諸君。」
やはり揶揄うような笑いの色を帯びた女の声が、攻撃隊の全ての機体のレシーバに届く。
トマホークリーダが慌てて後ろを振り返れば、「AWACS /M; DREAMCACHER」の表示を付けた青色のマーカが上空から滑るように降りて来て、六機で二つのデルタ編隊を組む攻撃機隊のすぐ後ろに重なるのが見えた。
「バカヤロウ、丸腰のくせに何で出てきた?」
「最前線で頑張ってるオヤジが可哀想になってきてね。か弱いアタシの声じゃ遠すぎて届かないのよ。苦手な宿題はこっちでやってあげるから、お外で遊んできなさいな。」
「・・・ちっ。感謝する。後は任せた。おい野郎ども、左翼へ移動だ。人にやらせてばっかりってなあ性に合わねえ。行くぞ。付いて来い。」
攻撃機隊正面前方に陣取っていたトマホークリーダの機体が急激に上昇しながら左ロールし、大きく左に旋回する。
リーダの動きに従い他の十四機が同じ動きをして、五つのトライアングル編隊が綺麗に形を整えたまま、濃紺の空を背景に攻撃隊の上を左に横切っていく。
「こちらドリームキャッチャー02、グリズリー、ボブキャット、グレイウルフ、A558、A560、A575各隊は左翼攻撃隊前方へ移動せよ。左翼前方を強化して、突発の接敵に備える。アポロ方面に敵戦闘機群出現。数四百。上昇中。リンクス、A487にて迎撃する。リンクス、針路12、高度160、速度M3.0にて横っ面を叩け。A487、針路16、高度250、速度M4.0にて敵正面を抑えろ。リンクス、前に出すぎるな。タイミングを合わせろ。ウォルヴェリン、左翼最前部に進出。リンクスとA487のカバーに入れ。」
攻撃隊に合流したAWACSが矢継ぎ早に指示を出す。
傍目にも、AWACSが合流して管制を行い始めた事で、攻撃隊全体の陣形が明らかに効率的に組み替えられていくことが分かる。
AWACSオペレータの前には、戦闘機のコンソールに表示される戦術マップの数倍の大きさのモニタが何枚も置かれ、全体のマップと各飛行隊の詳細情報を選択して瞬時に切り替えて表示できるようになっている。
そもそも、AWACSオペレータは機体を操縦する必要が無い。
どちらがより効率的に戦術管制を行うことが出来るか、較べるまでも無い事であった。
「ドリームキャッチャー、こちらティターニアリーダ。生きの良い隊を貴機のエスコートに付ける。休んでばかりじゃ申し訳ない。サラマンダー、ドリームキャッチャーの下方で・・・」
「ティターニア、こちらドリームキャッチャー。不要だ。エスコートは充分居る。いや、そうだな・・・ユァンツェン、当機上方100mにてエスコートを頼む。他に行かなくて良い。しっかり守ってくれよ。」
「・・・ドリームキャッチャー、こちらティターニア。感謝する。」
攻撃機隊のすぐ前方には、最終防衛ラインとも云うべきエスコートの戦闘機隊が二部隊張り付いている。
攻撃機隊のすぐ後ろに付けるAWACSは、同じくこれらの戦闘機隊に守られているため、本来専用のエスコート部隊は必要無い。
しかし武装を全く持たないAWACSが、攻撃隊の混乱を見かねて交通整理のために危険を冒してまで最前線に進出してきてくれたその心意気に応え、AWACS母機の安全をより確かなものにするために攻撃隊後方で一息入れていた艦載機部隊から比較的損害の少ない部隊を固定のエスコートとして供出しようと、艦載機部隊のリーダでもあるティターニアリーダは申し出た。
ところが、ドリームキャッチャー02のオペレータはその提案を却下し、代案として艦載機部隊の中でも最も損耗の激しい部隊であるユァンツェン隊をエスコートとして指定してきた。
つまり、ここまで戦いながら北上してきた彼等の中でも最も疲弊しているであろう部隊を、エスコートという名目で一時的に戦闘から外す心遣いであることをティターニアリーダは理解したのだった。
「ドリームキャッチャー04より攻撃隊全機。まもなくボリビア国境だ。ボリビア国境でカア=イヤZone08に突入する。その先100km、Zone07に突入してすぐ、ファラゾア距離単位の200億倍(20TPLU:20 Tera Pharazoren Length Unit(s))に到達する。Zone07外縁付近から敵の迎撃行動が熾烈になる事が予想される。全機警戒せよ。」
※ 過去の観測・測定による経験則から、人類側は約3.95mmがファラゾアの最小距離単位であると推定している。
管制機が前線直下に突入し、千機を超える攻撃隊の管制を一手に引き受けたことで、攻撃隊全体の動きが以前に比べて明らかに良くなっていた。
その攻撃隊に向けて次々に指示が飛び、また同時に重要な情報も的確にもたらされる。
ちなみに無謀にも最前線直下に突入した管制機は、パナマ市郊外のインテルナシオナル・パナマ・パシフィコ航空基地を飛び立った連邦空軍6181th ACS(Air Control Squadron:航空管制隊)所属のボーイングAEM-5EE「ブルージェイ(Blue Jay:青カケス)」二番機である。
四機のAWACS親機を擁する6181ACSでは、一番機に奇数番01、03のオペレータが乗っており、二番機に偶数番の02、04のオペレータが搭乗している。
ボーイング「ブルージェイ」は、胴体内に六機、翼下パイロンに四機のAWACS子機を搭載することが出来る。
また、ブルージェイ専用に開発されたAWACS子機である、情報収集用AWACS子機AED-6SF「ペルーラ(Parula:アメリカムシクイ)」、通信用AWACS子機AES-7UE「チッカディー(Chickadee:アメリカコガラ)」はそれぞれペルーラが全長6m、チッカディーが3mほどの機体長になるよう改良小型化されており、母機の各子機搭載数を変える事無く母機を小型化する事に成功している。
ブルージェイ専用という意味は、母機ブルージェイの機体内格納庫形状がチッカディーを格納する専用形状をしているという意味でしかなく、AWACSシステムとして他のAWACS母機とデータリンクを確立する事に問題は無い。
勿論その逆も可能であり、例えば潜水機動艦隊のピケット艦が放出したAWACS子機とブルージェイがデータリンクを確立することもできる。
旧国連軍主導で開発が行われた、AWACSの被撃墜率を改善する為の親機/子機システムは、他の全ての航空機のハードウェア、ソフトウェア同様に標準基本仕様が決められており、例え戦場でAWACS親機/子機のいずれかが撃墜されようとも、すぐさま至近の親機/子機が―――例え所属部隊や製造メーカが違えども―――その穴を埋める事が出来、激しい戦いの中で管制機不在の空白時間を生じて兵士達が無駄に死ぬことの無い様、また延いてはその僅かな隙間が戦局を不利に傾けることの無い様に、少しでも空白時間を短縮出来るように考慮されているのだった。
潜水機動艦隊の艦載機が合流した上に管制機を加えて、戦力を増した上に動きの良くなった攻撃隊はなおもアンデス山脈沿いに南米大陸を南下する。
「ドリームキャッチャー02より攻撃隊全機。まもなくチチカカ湖南岸を越える。即ち、Zone07に突入する。来るぞ。気合い入れろよ。」
六機の桜護改による攻撃隊を中心に、南北に10km近く広がっている攻撃隊の先頭を切る戦闘機隊がチチカカ湖南岸を越え、鋭く半島状に湖に突き出した低い山陵に沿って湖畔の田園地帯上空を横切る。
以前は牧草地、或いは広い畑が広がっていたのであろうステップ気候の丘陵地は、今や手入れをするものも無く、伸び放題に伸びて枯れた雑草が冬の乾いた山風に揺れていた。
「ドリームキャッチャー04より全機。盛大なお出迎えだ。方位10、イイマニ山東方200km周辺から大量の敵機が上昇中。推定千百機。攻撃機隊エスコートのカウボーイ、ロデオ以外の全地上基地部隊でこれを叩く。撃ち漏らすな。艦載機隊は待機。攻撃機隊の前面に移動し展開。」
300km近く彼方の敵部隊を肉眼で視認する事は不可能であるが、AWACSオペレータの前に据えられているモニタのみならず、全ての戦闘機パイロット達の被るHMDスクリーンには、大量の敵機が重力推進を用いている事を示す紫色の円が表示されている。
攻撃隊を構成していた戦闘機達が、進行方向左翼、即ち東の端から次々に左ロールして旋回を始める。
部隊毎、十五機ごとに緩くまとまって翼を大きく傾け機体の腹を見せて、乾燥した岩肌の山脈を背景に加速しながら数百機もの機体が遠ざかっていくその姿は、場違いながらも優雅に戦闘機が空を舞っている様にも見え、そしてその余りの数の多さに幻想的な光景でさえある。
「こちらアックスリーダ、タリホー。まるでロストホライズンだ。千より多いんじゃないか? オールアックス、FOX2、FOX2。エンゲージ、ガンファイト。野郎ども、やっちまえ。」
AWACSオペレータの向かうモニタ上でも、味方機を示す青いマーカと、ファラゾア戦闘機群を示す紫色の円が急速に接近して混ざり合う。
一度混ざり合ってしまえば、後は二次元のモニタ上で細かく区別する事は困難になる。
敵味方入り乱れて、総勢二千機からなる戦闘機による大乱戦である。
味方機による敵の押さえ込みが弱いところは無いか、敵が集中して味方部隊が窮地に陥っている所は無いか、或いは味方機を突破してこちらに接近してくる敵は居ないか。
入り乱れる重力波により探知精度を低下させながらも、AWACSオペレータは不測の事態を見落としていないか、目を皿のようにして戦闘空域を拡大したモニタ上の情報を隅から隅まで読み取っていく。
ミサイルの一斉放出が終わり、ドッグファイトが始まって数十秒経っただろうか。
AWACSオペレータのレシーバに、悲痛な叫びが届く。
「テイラー! おいテイラー! クソッタレ! あれだ、アイツだ! ベイキー、上だ! ブレイクレフト! ブレイクレフト!」
「上!? 見えない! どこだ!? ジェリー、カバーしt・・・」
「ベイキー! クソッタレが! ドリームキャッチャー、こちらブルホーン04。絶対ダークレイスだ! ダークレイスが混ざってやがる! こっちに数回してくれ!」
※ ダークレイス: 地球人生体脳(CLPU)を使用した小型ファラゾア戦闘機械。主にクイッカー。
「ブルホーン04、こちらドリームキャッチャー02。ダークレイスは何機?」
「ドリームキャッチャー、ダークレイスは十は居る。あちこち飛び回りやがって、正確に掴m・・・」
「ブルホーン?」
「こちらブルホーン06。04ダウン。とにかく早く増援を回せ。ヤバい!」
「ドリームキャッチャー、コピー。」
通信用コンソールモニタに表示された部隊名の一つを指先で押し、レーザー通信回線を開いたオペレータがマイクに向かって固い声を発した。
「フェニックス、こちらドリームキャッチャー02。出番だ。ダークレイスが確認された。叩き潰せ。一機も残すな。方位08、ヤナカチ上空周辺。急行せよ。」
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
投稿遅れて申し訳ありません。
相変わらずのリアル生活です。
飛行隊「ティターニア」の名称を、英語っぽく「タイテーニア」(※地球連邦の第一公用語はデファクトスタンダードで英語)にしようかと思ったのですが、カッコ悪いので止めました。
建前上は「オリジナルの言語の発音に近い形で表記する」というところで。
それ言うと、作戦名に使われている「エリシオン」は「パルディース」にしろや、とか言われそうですが。
いいんです。格好良さが優先。(開き直り)