3. トマホーク
■ 11.3.1
それはまるで戦闘機による絨毯爆撃の様だった。
南太平洋に展開した四つの機動艦隊を発して南米大陸に到達した四百機の戦闘機が、アンデス山脈西部山系から東部山系の間に部隊ごとに横隊を作るように広がり北上する。
待ち伏せするヘッジホッグから次々にミサイルが放たれて、東西に大きく広がった戦闘機部隊に襲いかかる。
アンデス山脈に沿って北上しているため、同時に放出されるミサイルの数は、戦闘機隊が最初にアンデス山脈を西から東に向けて横断しようとした時に較べると随分少ない。
その代わりに、彼らが進行するに応じて次から次へと間断無くミサイル群が襲いかかってくる。
上空に大きく飛び上がり、覆い被さるように襲いかかってくるミサイル群を半ば撃墜し、半ば回避しながら戦闘機隊は脚を止めることなく北上し続ける。
同時に彼らは地上の様々な障害物を利用して姿を隠しているヘッジホッグ本体の居場所を次々と発き、愛機に装備されたレーザー砲でそれらを片っ端から射貫いて殲滅していく。
発見されないように重力推進を停止し、山岳地帯の谷間に身を潜め、川や丘などの影に姿を隠し、時には地面に穴を掘って半ば土に埋まるようにして隠遁するヘッジホッグを見つけ出すのは至難の業であるが、その様にして身を隠すヘッジホッグを探すことに慣れたパイロット達が、高い認識能力を誇る索敵システムと組み合わされた光学センサー(オプティカル・シーカー)を駆使して、驚異的な効率で地上のヘッジホッグを発見し確実に仕留めていくその様は、横に大きく広がり進路上に存在するあらゆる敵を綺麗に拭い取り掃除するように消し去っていくという意味において、地上に存在する全てを破壊しながら進んでいく戦略爆撃機の横隊による絨毯爆撃とよく似ていた。
その様に地上の敵を殲滅する様に命じられた彼らにとって不運だったのは、地上に隠れ彼らを待ち伏せするその敵が次から次へとうんざりするほどの量のミサイルを打ち上げてくること、そしてそのミサイルを迎撃しつつ、また自分達が撃墜されないように回避しつつその命令を実行しなければならないことであった。
それに加えて、大量のミサイルによる飽和攻撃を行って持てるミサイルを全て撃ち尽くしたヘッジホッグは、機体を地上に静止させていることで格段に命中精度の上がった状態で、クイッカーが装備する口径300mmの中型のものよりも火力の高い400mm弱の口径を持ったレーザー砲二門を使って地上から彼らを迎撃してくる。
さらに彼らの進行方向右手に広がるアンデス東部山系の向こう側にはこれまた大量のクイッカーが地上に降りて彼らを待ち伏せしており、近づくとその山陰に隠遁していた敵が、ヘッジホッグが打ち上げたミサイルの物量にも負けじと次から次へと大量に飛び上がり、東部山系の尾根を越えて北上する彼らを狙撃してくるのだった。
ミサイルを迎撃し或いは避けつつ、さらに地上のヘッジホッグと山脈の向こう側のクイッカーからの狙撃を外すために常にランダム機動を行いつつ、地上に隠れたヘッジホッグを探し、且つ横方向から後方にかけて突然現れるクイッカーを気にしながら、隠れたヘッジホッグを潰し襲いかかってくるクイッカーを迎撃する。
しかし基本的には僚機と共に常に北に向けて進み続ける、という殆ど曲芸かあるいはヘルモード設定のシミュレータのような戦い方を強いられながら、彼らは指示された目標である、アンデス山脈沿いに南下してくる部隊との合流を目指して北上し続けた。
東部山系沿いに約半数の二百機を配して東側からの攻撃を抑え、中央部と西部山系沿いにはそれぞれ百機ずつが飛んで地上に隠れた敵を中心に対応するという役割分担が自然に出来る。
AWACSから細かな指示が出ずとも、状況を見て自然とその様な役割分担が出来るというのも、歴戦の熟練パイロットを集めた機動艦隊艦載機部隊ならではと言える。
しかしその熟練パイロット達でもこの過酷な状況において無傷で耐え切ることなど出来ず、一機、また一機と削り取られるようにして撃墜されていく。
チチカカ湖を越え、クスコ上空で南下してきた部隊と合流する頃には、機動艦隊を発した四百二十一機の戦闘機隊はその数を三百五十六機にまで減らしていた。
むしろ、この過酷な戦闘を行いつつもたった七十機足らず15%程度が撃墜されたのみで1000km近い距離をよくぞ踏破した、と云うべきであろうか。
「キャリアボーン、こちらドリームキャッチャー01。遠路出迎えご苦労だった。とんぼ返りで申し訳ないが、南下する部隊の後ろに付いてくれ。後ろで一息入れてくれればいい。あんた等のお陰でこの先安全に進める。虎の子の攻撃機部隊も安泰だ。」
それなりの被害を出しつつも、要求通りに敵を掃討しながらアンデス山脈を縦断し、見事南下する米大陸部隊と合流を果たした艦載機部隊に、危険を冒して攻撃隊と共に南下してきた米大陸部隊のAWACSからねぎらいの言葉が飛んだ。
「ドリームキャッチャー、こちら第八潜水機動艦隊所属0198th TFS、ティターニア。道路掃除はしておいたが、まだ多少ゴミが残ってるかも知れん。油断するな。後は任せた。ケツでのんびりさせてもらう。」
機動艦隊を発した四百機以上からなる艦載戦闘機部隊のリーダは、第八潜水機動艦隊第802潜水空母戦隊旗艦潜水空母ACSS-056「レヴィヤタン」所属の第0198戦術戦闘機隊「ティターニア」の飛行隊長が務めている。
実力から云えば666th TFWが総指揮を取るべきであるのだが、作戦途中で有る無しに関わらず何かと特殊任務を押しつけられて戦線を離脱することがあるST部隊は、攻撃隊全体を率いるには不適とされてその任から外されていた。
北上してきた艦載機部隊と、南下してきた攻撃部隊が合流したのは、艦載機部隊が南米大陸に侵入した地点から1000kmも北に離れており、この辺りになると流石に山中に隠れた敵の伏兵も存在しない。
それでも十分に周囲を警戒しつつ、三百五十機余りの艦載機部隊は、南下部隊の上空を左右に分かれて逆航してすれ違った後に、ゆっくりと航路を反転して攻撃部隊の後方に付いた。
それに呼応するようにして、全方位から攻撃機を囲み守るように占位していた南下部隊の戦闘機隊が、護っていた攻撃機の前方に進出し、総勢千機を越える大所帯となった地球側航空機部隊の前面を守るように横に広がる。
「ドリームキャッチャー。こちらトマホークリーダ。艦載機部隊と合流した。引き続き山脈に沿って南下を続ける。」
カリブ海イスパニョーラ島に存在したサン・クリストバル降下点を殲滅し、メキシコ湾から中米地域の制空権を取り戻したことにより、南米大陸を逆侵攻してエクアドルに形成した航空基地から出撃してきた攻撃部隊を率いる戦闘機隊、5524TFS「トマホーク」から、部隊の後方に追随するAWACSに状況を知らせる通信が行われた。
現在、ファラゾア来襲時に放棄された航空基地を再占領して、南米大陸反攻の足がかりと出来ているのは、エクアドルやコロンビアと云った南米大陸北端に近い一部の地域のみである。
一部の地域であっても、「始まりの十日間」の間の一瞬とも言えるほどの短期間で占領されてしまった南米大陸を、その北端のみとは言え僅かな地域でも制空権を取り戻し航空基地を奪還再整備できるほどにまでになったのは、ひとつには先の「ボレロ」第四段階「ラムファスティアン・ショット」によってサン・クリストバル降下点が消滅したことによる中南米地域でのファラゾア勢力の激減がその大きな理由であったが、もう一つ、同じく始まりの十日間の間に軍事、通信、電力、輸送などのあらゆる分野で完膚なきまでに叩き潰された米国が、当時の国連から提供された熱核融合炉という新たなエネルギーを得て、放射能で激しく汚染され未来に渡って当分の間利用不能となってしまった地域に見切りを付け、西海岸を中心として新たに様々な産業を育て上げて、十五年もの長い時間をかけてあらゆる方面でズタズタに分断されボロボロに荒みきった国内をどうにか他国並みになるまで立て直した事により、軍事的、物質的に支援される側から支援する側に復帰したことに依るところも大きい。
大国としての復活を望む米国政府―――地球連邦となった現在では、正確にはアメリカ合衆国領自治政府―――のたっての希望により、ボレロ第三段階であるカナダ領シャマタワ降下点攻略作戦「ベルーガ・フロック」、および第四段階である、ドミニカ共和国領サン・クリストバル降下点攻略作戦「ラムファスティアン・ショット」は、連邦軍の虎の子戦力である水中機動艦隊の助けを借りること無く、急速に勢力を立て直している合衆国空軍を中心として、北米地域の地上航空基地に駐留する連邦空軍との共同作戦で実施され、成功裏に終了している。
これらの作戦に参加した航空戦力のほぼ1/3に、さらに米国軍を増強した部隊が、制空圏を奪還したエクアドル領、コロンビア領に派遣され、そして現在南米大陸を南下しているのだった。
ファラゾア来襲前には世界最大の軍事国家であり、大国としての存在感と発言力を誇示していた米国であるが、ファラゾア来襲後ごく短期間で国軆が完全に崩壊し、地球人類が最も苦しんだ時期に殆ど何の貢献も出来なかった彼等の発言力は、地球連邦政府、或いは地球連邦軍の中でも相当に低い位置にある。
特に、ファラゾア来襲前の時代に米国からの圧力に負け、軍事方面を米国に頼らざるを得なかった、或いは米国の庇護下にある事を半ば強制された国々にとっては、いざというときに全く頼りにならず、自国が一瞬でファラゾアに制圧されてしまった事の間接的な原因を作ったとも言える、そんな米国に対して冷ややかな視線を向ける各国の政府関係者や連邦代表も多かった。
地球連邦政府内でそれ程までに低下してしまった自分達の地位と名誉をどうにかして回復しようと、米国は現在持てる国力からすれば明らかに過剰過ぎる軍事的貢献とプレゼンスを周囲にアピールすることに必死であった。
大陸沿いに中米の地峡を越えて南下してきた攻撃部隊は、その米国空軍から提供された機体が五百二十一機、北米地域に駐留していた連邦空軍機が三百六十八機の、総計八百八十九機から成っている。
「A426TFS、こちらトマホークリーダ。山脈の上空、方位13、高度450に敵だ。見えてるか?」
「トマホーク、こちらA426。見えている。やるか?」
「A426、お待たせした。やっと出番だ。暴れてきてくれ。」
「A426、諒解。」
アルティプラノ高原から1000kmも北上したとは言え、ファラゾアが地球側の攻撃隊を見失っている筈は無かった。
流石にこの辺りまで来ると山中に隠れる伏兵は見かけなくなっているが、北上してきた艦載機部隊を追跡してきたか、或いは宇宙空間に留まっているという駆逐艦からの情報を受けたか、カア=イヤ降下点が存在する南方から敵戦闘機部隊が接近してきた。
トマホークリーダが視野を向けた左前方の空間には、四十機ほどの敵戦闘機の集団が、高空から高速で接近してきているという情報がHMDに投映されている
地上基地を発した攻撃隊のリーダーであるトマホーク(5524th TFS)からの指示を受けた、攻撃隊の中でも左翼端に近い位置に居た十六機の米空軍部隊が、四つのダイアモンド編隊を作ったまま、順次左ロールしながら旋回して急速に攻撃隊から離れて行く。
連邦軍主体の作戦である為、連邦空軍戦闘機隊である5524TFSが地上基地攻撃隊のリーダを割り振られている。
また同じく連邦軍主体の作戦であるという事から、重複を避けるため米空軍には部隊コード名が割り振られておらず、通信の中で部隊番号が使用されている。
米空軍(American Airforce)であるため部隊番号の頭に「A」を付け、A426th TFSと呼ばれているのはこの為である。
やがて旋回を終えたA426TFSの16機は、四つのダイアモンドを崩さないまま急加速しながら、敵戦闘機部隊目掛けて空を駆け上がっていく。
ジェット燃料を使わず、重力推進のみでの高加速である為、アフターバーナの炎も見えず、飛行機雲も発生しない。
数十kmも彼方に離れてしまえば、普通は各機体の姿など殆ど認識出来なくなってしまうのだが、ライトグレー(明灰色)の米空軍機色に塗られた十六機は、濃紺の空に描かれたダイヤモンドのドット絵の様によく目立った。
重力推進を使用した時点で、どのみちファラゾアには探知されているのだ。
そもそもそれ以前に、連中が急襲してきて以来、ファラゾアの探知能力は地球人類製の戦闘機のそれを常に大きく上回って来続けた。
今でもそれは変わらなかった。
ならば連邦空軍機のように、暗い目立たない色で機体を塗る必然性は無かった。
何色で塗ろうが、ファラゾアの眼はその僅かな誤魔化しをもたちまち看破してしまうのだから。
宇宙空間との境目に近い高空に向けて急速に上昇したA426TFSの機体は、戦闘に入る頃には流石に見えなくなった。
ただ彼等が進んでいった先の交戦空間で幾つかの小さな煌めきが発生し、アンデス山脈上空を低高度で南下し続ける攻撃隊のパイロット達にも、自分達は交戦が発生する空域に入ってきたのだと改めて自覚させることとなった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
また一回飛ばして済みません。投稿時間も遅くなりました。申し訳ないです。
「国軆」ですが、ワザと旧字体にしています。
新字体で「国体」と書くのを殆ど見かけない上に、某国民運動会とごっちゃになって違和感ありまくりなので。個人的な感覚の問題ですが。