1. Operation 'SANTA CRUZ' (サンタ・クルス作戦)
■ 11.1.1
潜水空母の内部を艦載機を載せて移動するシャトルパレットにハーネスで固定された自機のコクピットで、達也はコンソールの表示を眺めている。
核融合炉動作正常、出力4%、AGG(人工重力発生器)動作停止中、GPU(重力推進器)動作停止中、モータージェットタービン動作正常、出力0%、回転数6rpm。
リアクタ外部温度280℃、正常。放熱効率マイナス4%。リアクタ温度上昇中。
無線通信受信可、レーザー通信動作正常、艦内ネットワークとの信号送受信中。
レーダー動作正常、電波発信不可、外部光学モニタ動作正常、照準用前方光学モニタ動作正常、GDD動作正常。
発艦許可未受信、アイドリング指示中。
周辺の敵影、無し。上空敵情報、敵影無し。
作戦目標周辺の敵情報、無し。作戦目標までの距離、1361km。
自機のタービンが低回転で回るノイズに混ざって、機体伝いに母艦の推進器の低いうねりの音が聞こえる。
視線を前に向けると、100m以上離れた前方に、HMD上で味方機を示す青色のTDブロックに囲まれたL小隊三番機であるヴィルジニーの機体の後部が見える。
彼女の機体が固定されたパレットのすぐ上には、フライトデッキ待機位置に止まっている666th TFW編隊長のレイラの機体が固定されているパレットがある。
同じように、達也の頭上にまるで天井のように見える構造物は、実はL小隊二番機であるポリーナ機が載るパレットの裏側が見えているのだ。
作戦開始前、母艦がまだ海中を航行しており、発艦準備を終えていつでも飛び出せる状態で待機状態におかれている今は、余りの暇さ加減に思わず漏れてしまう欠伸をかみ殺す以外にやることが無かった。
母艦が海面に浮上し航空甲板が展開された後は、一秒でも早く飛び立つために打って変わって大忙しとなるのだが、母艦が浮上したというアナウンスはまだ無く、当然発艦作業開始の指示も未だ出されてはいなかった。
「現在深度50m。浮上まで30秒。」
何度目になるか分からない欠伸を噛み殺したところで、レシーバから艦内放送音声が流れた。
「浮上まで10秒。総員耐衝撃準備。」
航空機の激しい機動に耐えうるように、ハーネスでシートに固定されたパイロットは何もすることが無い。
出来ることと云えば、機体をパレットに固定しているハーネスが、何かの拍子に吹き飛んで自機がパレットから転げ落ちたりしないように祈るくらいだった。
すぐに機体ごと掬い上げられ揺り動かされるような、大きな動揺が伝わってくる。
それは母艦がゆっくりと海上に顔を出し、浮上時の衝撃をいなして海上航行を始めた事を示している。
「ジョリー・ロジャー浮上。航空甲板展開開始。格納庫要員は機体搬送用意。」
動揺が収まり、船が海上の波を切り裂いて進む大きなうねりに変わるとすぐに、航空甲板が展開する重く賑やかに響く機械動作音が格納庫内に響き渡る。
一連の重厚な機械動作音がひときわ大きな硬く重い音を響かせると、辺りに静けさが戻った。
すぐに別の機械動作音と共に暗い格納庫に鋭く明かりが差し、航空甲板のエレベータハッチが開き始めたことが分かった。
「艦載機発艦作業開始。フェニックス全機発艦急げ。敵影無し、視界良好、天候晴れ、波高2.5、風速7.0、風向2時。」
格納庫内に差し込む陽光がさらに明るさを増していき、しばらくすると先ほどまでよりも遙かに近くで、硬い機械動作音が響き始めた。
明るくなった格納庫が、再び暗くなる。
頭上のポリーナ機を乗せたパレットが航空甲板に出て、開口部を塞いだのだった。
「フェニックス02、航空甲板待機位置へ移動。02格納庫要員は安全地帯へ退避せよ。」
ガチャリと大きな音と共に機体が揺れる。
機体を載せたパレットはゆっくりと格納庫の中を上昇していき、再びポリーナ機のパレットのすぐ下で止まる。
すぐに頭上のパレットがスライドして後方へ移動していき、再び開口部から陽光が差し込んできて、暗い艦内に慣れた目に眩しい。
大きく開いたエレベータハッチの向こうに、雲ひとつ無く青い空が見える。
「フェニックス02、航空甲板へ移動。」
(Phoenix 02, move to Flight Deck)
再びガチャリと機械動作音がして、ガチャガチャとやかましい音を立てながら自機の乗ったパレットが上昇していく。
大きく開いたエレベータハッチの中に向けて機体と共に達也は上昇していき、やがて航空甲板と目線の高さが合うと一気に視野が広がった。
僅かに波立つ群青の海と水色の空に囲まれ、機体は校区甲板の上に迫り出す。
左右両脇前方に白く波を立てて同航する、随伴艦である潜水駆逐艦「雪風」と「イッレクイェート」の姿が見える。
少し見回せば数kmの彼方に、同じ第七潜水機動艦隊に所属する他の潜水空母とその随伴艦達が白い航跡を残して海上を進むのも見えるだろう。
だが、フライトデッキに移動した達也にその様な暇はなかった。
「パレットハーネスリリース。リリース確認。フライトデッキ要員はハーネス格納を確認。フェニックス02、発艦せよ。」
「こちらフェニックス02。発艦する。」
パレットが待機位置から航空甲板に向かって上昇している間に、達也はAGGとGPUを起動し、いつでも重力を発生できるように準備した。
甲板上の強風に煽られて機体がふらつかないよう、エレベータとエルロンとカナードを上げ、風を受けて機体がパレットに張り付くようにする。
同時にモータージェットスロットルを少し開けて、風に対抗しつついつでも回転数を最大に出来るよう準備する。
甲高いジェットタービン音が、回転数が上がることでさらに高い音を発し始める。
そして発艦の指示が出ると同時にGPUスロットルをマイナス位置にまで開けて、同時にモータージェットスロットルを開け、操縦桿を僅かに引く。
地球の引力から解き放たれた機体は、エレベータやエルロンが下がると同時にふわりと浮き上がり、抵抗の無くなった機体はモータージェット出力に応じてゆっくりと前に出る。
着陸脚が完全に甲板を離れ、高度が30mに達したところで達也はジェットスロットルを容赦なく一気に開けた。
ジェットノズル内でリヒートが点火した爆音が響き、さらに高まるタービン音と共に機体がぐんと前に押し出される。
同時にGPUスロットルを押し込み、さらに機体を加速させる。
達也の機体は高度を上げながら、母艦ジョリー・ロジャーの艦首に向けて急激に増速する。
一瞬で母艦を追い抜き、そして機首を大きく上げた達也機は、さらに増速しながら雲ひとつ無い青い空に向かって一気に駆け上がっていく。
艦載機を発艦させ続ける艦隊の2000m上空で直径20kmほどの円をゆっくりと描いて旋回し、全ての機体が発艦し合流するのを待っていた666th TFWは、全ての機体が揃ったのを確認して針路を方位08に取った。
ほぼ同時に、第五、第六、第七、第八各機動艦隊から発艦した全四百二十一機、二十三部隊の戦闘機が同じく針路を方位08に取り、太平洋上から南米大陸を目指す。
彼らは機動艦隊から飛び立った太平洋を発し、かの有名なウユニ塩湖の脇を通ってアンデス山脈を越え、ファラゾアの降下点が存在するグラン・チャコ・カア=イヤへと至る航路を指示されている。
ウユニ湖の東端辺りでカア=イヤ降下点のZone05に到達し、降下点から約350kmの所謂ファラゾア防空圏はアンデス山脈の山並みが最も険しい辺りから始まる。
アンデス山脈を越えれば背の低い森に覆われたグラン・チャコの真っ平らな平原が広がり、その平原の中、サンタ・クルスの街の南東約200kmの地域を中心にファラゾアの地上施設が森の中に散在する。
ファラゾア降下点にほぼ隣接するサンタ・クルスの街は当然のことながらすでに住む者は無く、派手に戦闘を行ったとしても民間人の被害を恐れる必要は無い。
しかし何よりも問題なのは、アンデス山脈を東に越えた途端広がる真っ平らな何も隠れるところの無いグラン・チャコ平原であり、乾燥したこの地では遮蔽物となるような雲の発生も期待できない。
また、先に行われた戦術プロジェクト「ボレロ」第九段階作戦「シロッコ」によるアジュダービヤー降下点攻略の際にファラゾアが取った迎撃行動である、戦闘艦の大気圏内降下も本作戦遂行に当たっての懸念材料のひとつであった。
従来のファラゾアの行動パターンから、三隻の駆逐艦投入による降下点防衛に失敗したファラゾアは、次回の降下点攻略作戦、即ち今現在進行中のカア=イヤ降下点攻略作戦「サンタ・クルス」において、前回の失敗を力業で改善しようとしてより多くの戦力を大気圏内に投入してくる可能性が高いものと予想されていた。
降下点周辺の地形が、大量のレーザー砲で武装したファラゾア艦が展開し迎撃行動を取るのに適した真っ平らな地形である事も、このファラゾアの迎撃行動の脅威をより高いものとすることに一役買っている。
もっとも、カア=イヤ降下点に向かって侵攻する地球側航空機戦力は機動艦隊を発した艦載機隊のみでは無く、北米大陸から進出してきて、南米大陸の北端エクアドル、コロンビア周辺に橋頭堡となる空港を確保した、約九百機の戦闘機隊を中心とした陸上基地航空戦力も投入されることとなっている。
それは片道数千kmにもなる、以前では考えられないような戦闘機による長征であるが、今や全ての戦闘機は熱核融合炉を搭載しており、水を燃料として地球を何周も回れるだけの航続距離を有しているので、パイロットの疲労を別にすれば全く無理な計画というわけでも無かった。
そしてこの北米方面から乗り込んでくる地上基地航空戦力は、大量の敵艦の大気圏内降下という、想定される最悪の事態にも対応するため様々な種類の新型兵器を装備しているのだと、達也達は聞かされていた。
その新兵器の詳細が当然気になったのだが、それは尋ねても答えを得られなかった。
チャーリー(ファラゾアにバイオチップを埋め込まれた地球人)という存在が明らかになり、またそのチャーリー達による破壊工作が実施されて後、地球連邦軍は彼らが組織内に紛れ込んでいる可能性について過敏とも言えるほどに慎重な態度を取るようになっていた。
以前であれば、所謂特殊部隊に相当するST部隊である達也達には、作戦で用いられる予定の新兵器の情報は余さず知らされていたものだったが、連邦軍参謀本部襲撃事件以降、その手の情報は一般兵士同様詳細を知らされなくなっていた。
アリカ沖約400kmほどの南太平洋上で機動艦隊を離れ、例によって作戦前の無線封鎖、重力推進封印状態にて、モータージェットのみを推力として800km/hで方位08に針路を取り、約30分でチリ西岸に辿り着いた。
カア=イヤ降下点から直線で600kmほど離れているこの地域であるが、有力な航空戦力を有する国家が存在しなかったため、降下点から全方位に向けて広がるファラゾア勢力を押し止める者は無く、ファラゾアが来襲した後すぐにファラゾア勢力圏下へと組み込まれていた。
住み易い土地とは言えずとも少なくない数の住人がいたこの地域であるが、ファラゾアの来襲に続く所謂「始まりの十日間」の間に発生した大混乱のうちに多くの住人がファラゾアに捕獲され行方不明となり、幸運にも捕獲されなかった残る全ての住人は陸づたいに中米、北米方面へと逃げ出していた。
現在公式にはこの地域の人口はゼロとされている。
海岸線から内陸に向かって、いきなり緑のひとかけらさえ存在しない礫砂漠地帯が続く。
礫砂漠はそのまま傾斜を増し、これもまた緑ひとつ無い岩肌が続く山岳地帯へと変わり高度を上げていく。
荒涼として何も無い、まるでしばらく前に近くを飛んだときに見かけた、岩と砂だらけの月世界のようだった。
しかしそこには手入れする者もおらず利用する者も居なくなった、砂に埋もれかけた道路や、海岸線沿いの僅かな平地にまるで海から打ち寄せられたゴミのようにかたまって寄り添うように建つ僅かな建造物が存在し、かつてこの様なところにも人の営みがあったことを砂と風でかき消されかけた小さな声で物語っている。
それらの人工物に一瞥をくれ、すぐに達也はHMDに表示されているナビゲーションポイントに視線を戻した。
軌道上のOSVからの光学偵察情報を元に、この降下点周囲の地域は細かな地形までもが解析され、詳細なナビゲーション情報として提供されていた。
それは敵の降下点そのものについても同様であり、降下点に存在する地上構造物の数、大きさ、形状までもが全て詳細に解析され、作戦立案のために提供され、そして当然達也達現地の部隊にも与えられていた。
長距離空対地ミサイルを抱え、レーダーさえカットして闇雲に敵降下点に向かって突入して行っていた、バクリウ基地時代の戦いと較べると隔世の感があった。
南太平洋から南米大陸に侵入した、四百機を超える地球側戦闘機は皆、対地高度を1000m以下に抑え、重力推進をカットしてモータージェットのみでさらに内陸に向けて突き進む。
礫砂漠と岩山が続く足元の大地は、さらに高度を上げ、前方に霞んで見える急峻なアンデス山脈へと続いている。
アンデス山脈の山中で、Zone04へと突入することとなる。
荒々しい岩肌に刻み込まれた深い渓谷の多いアンデス山脈の山中には、例によって多数の敵機が潜伏している可能性が指摘されていた。
「緊急、緊急、緊急! 太陽L1ポイントから敵艦隊の一部が急加速し地球方面に移動中。作戦『サンタ・クルス』に対応したものと思われる。作戦に参加中の全機は敵艦隊からの攻撃、並びに大気圏突入に備えよ。敵艦隊詳細は現在解析中。繰り返す・・・」
作戦が始まったばかりで、未だ菊花による降下点殲滅攻撃さえも行われていないうちに、作戦の根幹を揺るがしかねないような情報がもたらされた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
新章です。
達也君が不倫して最後には毒ワイン飲んで自殺します。
・・・嘘です。
ユダヤ教、もしくはイスラム教、あるいはキリスト教の聖典であるところの旧約聖書の創世記の方の失楽園です。(正確には、イスラム教では「聖典」でなくて「啓典」だそうですが。違いが分からねえ)
兵器のネーミングや、プロジェクトのネーミングとか、もう色んな神話グチャグチャですね。w
そこは連邦国家となった地球全体から満遍なく取り上げている、ということでひとつ。
ちょっとアジア方面の神話の色が薄いかなあ・・・MONECがあるのがヨーロッパなので仕方ないのですが。