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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十章 Κήπος της Αρτέμιδος(アルテミスの庭)
289/405

33. Κήπος της Αρτέμιδος(アルテミスの庭)


 

 

■ 10.33.1

 

 

 15 Jun 2052, United Nations of TERRA Central General Administrations Headquaters (CAH), Strasbourg, France

 A.D.2052年06月15日、フランス、ストラスブール、地球連邦軍参謀本部 (CAH)

 

 

「ファラゾアの対応が予想外に早い。従来に無い早さだ。お陰でこちらに余裕が無くなっている。」

 

 参謀総長であるフェリシアンが、ソファに深く座り組んだ脚の右膝を、掴むように乗せた右手の中指で叩きながら、僅かに苛立ちを滲ませた口調で言った。

 

「同意します。ロストホライズン対策として我々が反応弾を投入した時や、ロストホライズン時に現れる軌道上の敵艦への対抗策としてオーカミサイルを投入したときに較べて、今回の対応は『迅速』とさえ言える早さです。今挙げた例で云えば、我々が新たに戦場に投入した戦術級兵器に対して彼らが対抗策を採るのに、ロストホライズン時の反応弾については約二年、オーカミサイルに至っては三年近く彼らは被害を垂れ流し続けました。それに対して今回は、カリマンタン島の予備作戦から考えても僅か一年で彼らは対応策を打ってきた。」

 

「地球人生体脳が本格的に稼働し始めたという事でしょうか?」

 

 フェリシアンの問いに情報部長フォルクマーが答え、そして作戦部長のエドゥアルトが不安げな色を滲ませた声を上げる。

 

「それはあり得ませんな。」

 

 不安と疑念が広がるかと思われた場に、自信に満ちたトゥオマスの声が響く。

 その確信に満ちた力強い声に、部屋に居る全員が深くソファに腰掛けるトゥオマスの顔を見た。

 

「違う、と言い切れるのか?」

 

 その断言に対して、フェリシアンが鋭い眼光をもってトゥオマスに問う。

 

「我々はその答えを導き出すための情報をすでに持っておりますぞ。ファラゾアの戦闘機械の種類に対して、使用されているファラゾア人と彼らが従える種族の生体脳の分布を思い出して戴きたい。高機能かつ高火力、或いは戦術的に重要と思われる戦闘機械になるほどファラゾア人生体脳の割合が増加している、という調査結果が随分昔に報告されておりますぞ。即ち、支配種族であるファラゾアは重要な戦闘機械、或いは高いポジションを彼らのみで占有し、従族には低レベルあるいはほぼ消耗品として用いられるような戦闘機械への搭載しか許していない。即ち、戦術や戦略などの意思決定を行う様な高いポジションに、最も新参者である地球人の生体脳が用いられるとは到底思われませんな。

「当然でしょう。我々地球人の軍隊でも、作戦司令部の中枢にごく最近雇い入れたばかりの、海の物とも山の物とも、何所の馬の骨ともつかぬ傭兵部隊を入れるような真似はせんでしょう。」

 

「ふむ。しかし君は今ここで発言しているぞ?」

 

 フォルクマーはトゥオマスの言いたい事を理解した上で、反論した。

 軍出身でもない新参者であったとしても、顧問或いはアドバイザーのような役割で、意思決定をする高いポジションの会議に出席しているのがトゥオマスだった。

 そして論理的かつ有用な情報を会議の場に提供するトゥオマスの意見は、度々この会議の意思決定に大きく影響を及ぼしてきた。

 

「仰りたいことは分かりますが、それは若く活動的、且つ新しいものを受け入れることに抵抗の少ない我々地球人の軍隊の場合ですな。気の遠くなるほど長く大規模な戦いを続けてきて、高度にシステム化パターン化され無駄なく老練な彼らの軍隊では、その様なイレギュラーは認められんでしょうな。先ほどの参謀総長殿の問いにも、同源の根拠でお答えすることが出来ますぞ。」

 

「どういうことだ?」

 

 フェリシアンが引き続き眼を細めてトゥオマスを見る。

 

「私が以前から主張している通り、彼らの軍隊は長い戦いの歴史の中で高度にシステム化されパターン化されているものと思われます。ここからは想像の域を出ませんが、彼らはこれまで従族化する種族から本格的かつ効果的な反撃を受けたことが無いのではないでしょうかな。

「ファラゾア戦闘機械に搭載されている種々の従族の生体脳に関して、いずれも反応速度がファラゾア人と大差ないことが確認されております。知的生命体として言語を理解できるほどに進化し、ある程度の論理的思考が出来るようになったところでファラゾアは従族の『収穫』を行っているものと考えられます。

「翻って我々地球人は、ファラゾア人を含めて彼らが既知の種族の約1.5倍の反応速度で活動できる、非常にせっかちな種族だった。この度彼らがソル太陽系を訪れ我々地球人(テラン)を『収穫』するに当たって、彼らの予想では地球人はやっとある程度複雑な言語体系と火を手に入れた程度で、今だ住処である洞窟の壁に鹿や馬の絵を描いている程度のレベルだと思っていたのではないでしょうかな。多分これまではどの従族の場合も、大体その程度の進化レベルで収穫してきたのではないですかな。であるならば、石斧や黒曜石の矢でどれほど激しく抵抗しようが、ファラゾアにとってそんなものは抵抗の内に入りさえしない。

「ところが現実は、現地に来てみれば我ら地球人(テラン)は、石斧弓矢どころか、航空機に反応弾頭ミサイルで武装し、果ては彼らの科学技術を奪い取って宇宙空間にまで乗り出して抵抗するほどに文明レベルが進んでいた。地球人の文字通り死に物狂いの抵抗によって、彼らの『収穫』作業は頓挫した。前例の無い状況に、彼らはどの様に対処すれば良いか戸惑い、困惑した。下手に高度にシステム化パターン化されているが故に、前例の無いことには対処できず、柔軟な対応を取ることが出来なかった。」

 

 そこでトゥオマスは一旦言葉を切り、ソファから身を乗り出してテーブルの上に乗っていたすでに冷め切ったコーヒーを取り上げ、一口含んで喉を湿した。

 

「彼らが戸惑いまごついている間に、我々は彼らの技術を模倣し、それなりに効果的な反撃を行うだけの武器を手にした。宇宙空間に乗り出し、彼らの土俵に登り、もはやこの地球周辺では、何所をとっても彼らにとって絶対安全と言い切れる場所は無くなった。

「しかしながら。我ら未熟な地球人(テラン)は新たな技術を得て、侵略者と戦うことが出来るようになり有頂天になっていたが、実はそれこそが我ら地球人にとっての大きな落とし穴だった。

「地球人が宇宙へ進出し、彼らの土俵で戦えるようになったという事は、翻ってファラゾアの立場からしてみれば、今まで散々手こずらせてくれた地球人が、自分達のホームグラウンドにわざわざ乗り込んできたに等しい。そうなると彼らファラゾアは、これまでに積み上げてきた経験を十全に生かすことが出来るようになる。

「主に宇宙空間を中心に戦っている彼らは、惑星の大気圏内のみが戦場という極めて限定的な状況下での戦いは経験が無くとも、宇宙空間からマスドライバーで攻撃を受けつつ、惑星の表面に沿って飛来する多数の小型戦闘機械から、惑星表面に設営した地上施設を防衛する、という戦いの経験は腐るほど豊富に持っていたのではないですかな。

「即ち、各降下点の地上施設がキッカミサイルで宇宙空間から攻撃され、降下点を中心とし制空圏が大気圏内の航空戦力から侵攻を受ける、プロジェクト『ボレロ』の各段階の作戦のようなパターンであれば、過去事例を参照選択して速やかに対処することが出来るようになった。

「つまり我らは、遙かに進んだ科学技術を持った強大な敵と戦うための武器や手段を手に入れはしたものの、それは同時に知らずして、ファラゾア自身でさえ意図していない様な、わざわざ敵が戦いやすくなるようなステージへと自ら駒を進める事に他ならなかった、という訳ですな。」

 

 そこでトゥオマスは言葉を切り、長い台詞の間右手に持ち続けていた冷めたコーヒーをまた一口飲んだ。

 

「勿論、全て推察に過ぎませんがね。もしかしたら情報部長殿の仰るとおり、革新的かつ機動性に溢れる戦術を編み出すために彼らの参謀本部に当たる部署が地球人ブレインの大量雇用に踏み切ったのやも知れませんな。或いは本星に居る上司から『製品』の納期遅れとプロジェクトの停滞について厳しく叱責された太陽系方面担当司令官が、怠惰な勤務態度を改め、心を入れ替えてやる気を見せただけなのやも知れません。我々はその本当の理由を知り様は無いのですからな。

「ただいずれにしてもこれだけは間違っておらんでしょう。我々地球人は、これからさらに厳しい戦いを強いられる。今までどおりの敵の圧倒的な物量と、SF小説の中にしか出てこないような未知の兵器に苦しめられ続ける上に、さらには今まで『トロい奴等』と馬鹿にしてきた敵が、勤勉且つ有能な司令官に率いられた精強な軍隊として襲いかかってくるわけですからな。」

 

 そう言ってトゥオマスは右手のコーヒーカップをあおり、中に残っていたコーヒーを全て飲み干した。

 

「我々は寝た子を起こした可能性がある、ということか? 或いは知らぬ間に自ら進んで猛獣の檻の中に入り込んでいた、と。

「我々は早まりすぎた、とでも言いたいのかね? もっとゆっくりと時間を掛けて、十分に戦力を整え、彼らから奪えるだけの技術を十分に奪い自分達のものにしてから、宇宙へ出るべきだった、と?」

 

 参謀本部長のロードリックが、どこか飄々としたトゥオマスの表情を見ながら苦々しげに言った。

 それに対してトゥオマスは。

 

「まさか。我々にそんなのんびりしている時間的猶予などないのはご存じの通りですぞ。地球人ブレインが投入された宇宙空間での惨憺たる戦闘結果はいまだ記憶に新しい。奴等がこれ以上我々の同胞を雇用しないうちに、一刻も早く奴等の『原料』集積基地と生産工場を全て叩き潰す必要がある。そこにどんな障害があろうとも、我々には突き進む以外の道は有り得ないですぞ。」

 

 いまだ空になったコーヒーカップを手に力強く断言した。

 少しの時間ではあったが、部屋の中を静寂が満たす。

 

「わかりきっていたことだ。遙かに進んだ技術と気の遠くなるような物量を持った敵と、自らの生存を掛けて徹底的に戦うと云う道を選んだときから。常識的に考えて勝てるはずの無い敵に殴りかかり、いつか必ずこの太陽系から奴らを追い出すと決めた時から。主に我々地球人類側の損害となるだろうが、血で血を洗う様な、血みどろの凄惨な戦いになるであろう事は。何を今更怖じ気づいているのか、という話だな。」

 

 一時部屋を支配した静けさを破り、フェリシアンが獰猛な笑顔を浮かべて部屋に居る皆の顔を見回す。

 その視線に応えるように、再びトゥオマスが口を開いた。

 

「先ほど申し上げた現状について悲観する必要は無いと思いますぞ。奴等を漏れなく太陽系から蹴り出すためには、これは避けては通れない必ず通る道でしょう。いつか必ず宇宙に出て行って、奴等と正面から本気で殴り合いをしなければならんのです。それが少し早いか遅いかの差でしかない。むしろ今まで、奴等の苦手とする大気圏内を中心に戦ってきたことで、地球人は絶滅すること無く奴等から技術を奪い、奴等の弱点を探し、対策を練ることができる時間を稼ぐことが出来たのは僥倖、と考えるべきでしょうな。今までの時間があったからこそここまでの準備が出来たのだと、私は思っております。

「来月には、我々地球人が建造した初めての戦闘用宇宙船である『ドラグーン(Dragoon)』が竣工する事はよくご存じでしょう。その後も『ラーン(Rán)』、『アマツカゼ(天津風)』、『フィッツジェラルド(Fitzgerald)』と、続々と駆逐艦クラスの艦艇が進水するのですぞ。予定では、来年の今頃には初の戦闘空母も進水するはずですな。

「各々方。我々には絶望している暇など無いのですよ。そんな暇があるくらいなら、次々と生み出される新しい兵器の用法と、それらを用いた戦いの戦術・戦略を考えねばならんのです。

「我々は、やっとここまで来たのですよ。彼等と同じ土俵に立ち、彼等が本拠地とする宇宙空間で戦うための力を手に入れた。無論、連中が擁する巨大な戦艦や宇宙艦隊と較べれば、まだまだ子供のお遊び程度の力かも知れない。それでも、奴らが居る宇宙に手さえろくに届いていなかった十七年前とは違う。戦い方次第ではそんな貧弱な戦力でも、連中が無視できないような戦果を上げる事が出来るのだという事を、奴等に現実として叩き付けてやる必要がある。我々のことを家畜か何かと間違えて認識しており、未開の穴居人程度に考えていたあのクソ野郎どもの尻を蹴り上げ、この太陽系から叩き出す第一歩をようやく踏み出したのです。絶望している暇など無い。奴等の殲滅に向けて進むための次の一歩を考えねばならんのですぞ。」

 

 そこまで言ってトゥオマスはようやく、右手に持っていた空のコーヒーカップをソーサーの上に戻した。

 トゥオマスが話し終え、再び静かになった部屋の中に陶器が立てる音が響いた。

 

「トゥオマス。色々多才だとは思っていたが、君は人を扇動する才も持っているのか?」

 

 僅かに間を置いて、フェリシアンがなんとも言えない笑いを浮かべながら言った。

 

「何を言っておられるのですかな、参謀総長殿。私の仕事は物書きですぞ。文章を用いて、自分の考えを他人に理解させ、印象操作し、読んだ者の感情までをも操る。それが作家というものですぞ。」

 

「次の演説の原稿は君に書いてもらった方が良さそうだな。」

 

 フェリシアンの笑いが、他の面々にまで広がる。

 

「胡散臭いSF作家の書いた文章で良ければ、どうぞ。」

 

 そしてトゥオマスも笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 済みません。また一回飛ばししました。まだ状況が改善しません。1回/週の投稿を最低ラインとして、最低限このタイミングは死守しようと考えて降ります。

 勿論、状況改善させて元のペースにとっとと戻したいのですが。


 トゥオマスオンステージ、トゥオマスワンマンショー、イッツショータイム、なお話しでした。

 ちょっと蛇足が過ぎるところもチョコチョコありますが、まあ繰り返しによる刷り込み、という事で。w


 長くなってきたので、そろそろ章を変えますね。

 

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