31. 天使の囁き
■ 10.31.1
「フェニックスは一番北の奴に攻撃を集中する。左舷を集中的に狙え。」
敵駆逐艦に向けて接近し、レーザーを散々浴びせかけた後に反転離脱する達也の耳にレイラの声が届いた。
全長600mもの目標にレーザーを命中させるのは酷く簡単なことだった。
問題はその命中弾が、敵艦にろくな損害を与えていないということだった。
当たり前だった。
従来の地球上の戦争の常識に照らし合わせても、第二次世界大戦ではあるまいし、駆逐艦に戦闘機の機関砲で攻撃するバカは居ない。
600mもあるファラゾア駆逐艦に、たかだか口径300mm足らずの戦闘機のレーザー砲で攻撃を加えて、損害を与えられるわけなど無いのだ。
そこで達也が提案したのが、敵駆逐艦の対空砲座とも言える中口径レーザー砲座への集中攻撃であったのだが、周囲数百mに重力シールドを張った敵艦に不用意に接近することは出来ず、その為敵艦まで最接近しても数kmの位置から僅か5mほどの大きさの砲座を戦闘機のレーザー砲で打ち抜かねばならない、などという芸当は、いかなヴェテランパイロットを集めた機動艦隊艦載機隊であっても至難の業であった。
地球側の戦闘機にレーザー砲が搭載されるようになり、反動が無く実体弾が発射されるわけでも無いレーザー砲には二次元的に数度のバレル可動域が設けられたと同時に、そのバレル動作と連動した照準システムが搭載されるようになった。
これは、従来の20~30mm機関砲の射程距離が1000m前後であったのに較べて、レーザー砲の射程距離は遙かに長く、数十km先の敵を狙えるようになったことに対応して付加された機能であった。
どれほど眼の良さに自信のあるパイロットであろうと、30km先の全長僅か20m程度の目標を人間の眼で正確に捉え照準することなど出来るはずもなく、長射程距離を持つレーザー砲の性能を十分に引き出すためには重力、電波、光学といった様々な媒体で目標位置を正確に捉え、その位置情報を元に可動式バレルを持つレーザー砲を自動的且つ精確に照準するシステムが不可欠であったためだ。
その自動照準システムに頼り切りになってしまったから、という訳でも無いのだが、駆逐艦の艦体表面に存在する数m程度の大きさのレーザー砲塔に遠距離から肉眼で狙いを付けるのは人間にはほぼ不可能と言って良く、また地球製戦闘機に搭載されている索敵システムは敵艦そのものを攻撃目標として捉えているため、艦体から砲塔まで全てが同一素材、同一色で構成されているファラゾア艦の表面にある小さな砲塔を分離独立して、ひとつの攻撃目標として認識しマーキングすることもまた、システム的に不可能であった。
その為、ファラゾア駆逐艦の中口径回転砲座を攻撃破壊せんとするパイロット達は、自機のレーザー砲の可動機構を無効にして砲身を中央に固定し、艦体と同じ色で非常に見分けにくい小さな目標を目を皿の様にして探し、そして敵艦のシールドに接触しないように距離を取って、数kmという遠距離から手動で照準を合わせて射撃しなければならないという、人間には不可能な要求を突きつけられていた。
トリガーを引き続けていれば約2秒間の連続照射が可能である地球製戦闘機載のレーザー砲は一次元的な線制圧兵器と言って良く、少々甘めに照準を付けたとしても機体震動によってレーザーの射線は細かくぶれて、目標周辺を短時間のうちに何度も行き来するレーザー光が確率によって上手く目標を捉えることがあるのでどうにか命中が出ているという、なかば運任せ的な攻撃を行っているのが現状であった。
さらに重ねて云うならば、彼ら地球人パイロット達は以上の攻撃操作を全て、ファラゾア駆逐艦からのレーザー砲による迎撃を避けるための激しいランダム機動の合間に行わねばならないのだった。
そんな彼らの唯一の救いと云えば、より確実に砲台を撃破しようとしてファラゾア艦に接近したとしても、実体弾とは異なりレーザー砲では着弾までの時間が短くなるわけでは無いので、敵艦からの迎撃がより精度を増すという訳ではない点であった。
どころか接近すればむしろ敵艦から見た自機の移動角速度が増大し、ごく僅かではあるが撃墜される可能性が下がるというのが、シールドに接触してしまう危険と、目で見ることの出来ないレーザー光による激しい迎撃への恐怖と闘いつつ、巨大な敵宇宙船に肉薄して攻撃を繰り返す彼らの僅かな心の支えであると言っても良かった。
達也の視界の中で、白銀色のファラゾア駆逐艦が急速に接近してくる。
達也のHMDスクリーンには、視野の左側に常にガンサイト中央の拡大映像が投映してあり、レイラの指示通り目標の駆逐艦の左舷に攻撃を集中して浴びせかけつつ、常に左目の視野でその拡大画像を確認しながらランダム機動の合間の一瞬の静止時間を使っては敵艦左舷に設置された回転砲座に狙いを付け、ひとつでも多くの砲台を潰していく。
見たところ現在攻撃目標にしている艦は、片舷に三十基程度の回転砲座を持っているようであり、これまでの666th TFW全機による反復攻撃でその大半がすでに破壊されている。
片舷の殆どの砲座を潰したのなら次は反対側、右舷の砲座を潰しに取りかかりたいところではあるが、目標としている駆逐艦の右舷側には数km離れたところに別の駆逐艦が浮いており、二隻の駆逐艦に挟まれた空間に飛び込むのは、さしもの達也にも躊躇われる無謀過ぎる行為に思われた。
「レイラ、こっちの左舷は殆ど潰した。向こうの奴の左舷にしないか?」
またひとたび部隊全機でのヒットアンドアウェイの突撃を終え、反転して敵艦から遠ざかりながら達也はレイラに持ちかけた。
戦闘中の会話であるので、必要最低限の言葉だけを口にする。
現在集中攻撃目標としている手前側の駆逐艦の左舷に存在する砲塔は殆ど潰したので、次はひとつ向こう側に止まっている駆逐艦の左舷を狙って砲塔を潰せば、二隻の駆逐艦に挟まれた空間に入り込んで、手前側の駆逐艦の右舷にある砲台を攻撃できるようになる。
現在のそれら二隻のファラゾア駆逐艦の位置関係であれば、向こう側の駆逐艦の左舷を攻撃する位置は、手前の駆逐艦の右舷の砲台からは狙い難いので、比較的安全を確保しながら敵の戦力を削ぐことが出来る。
そして最終的に手前側の駆逐艦の両舷の砲台を潰せば、三隻のうち一隻をほぼ丸裸にすることが出来る。
いつまで敵駆逐艦隊が今の位置関係を維持するかなど分かる筈も無く、今現在集中的に使用している中口径レーザー以外に連中がどの様な兵器を持っているかなど分かりはしない。
しかし今現在の状況では、そうするのが最も安全に敵の戦力を効率的に削ぐことが出来る。
敵艦の位置関係や使用する兵器が変わるなら、その時にまた新しい状況に対処すれば良い。
・・・という事を言いたくて放った達也の台詞だった。
普通であれば、たったあれだけの言葉でそれほどの情報が伝わることなど有り得ない。
しかし666th TFW全員が同じ目的を共有し、同じ空間で同じ目標を攻撃している今なら、僅かな言葉で膨大な量の意思と情報を伝え合うことが出来る。
同じレベルの熟練パイロット達が、同じ状況下におかれたとき、同じ様に状況を判断する。
それだけの時間を共有してきたし、共に戦ってきたのだ。
「そうだな。フェニックス全機、攻撃目標を変更。北側の駆逐艦の左舷に火力を集中しろ。敵艦に対して7時の方向から突っ込む。」
(Agree. All Phoenix, change target. Targetting on left side of North DD. Attack from 7 O'clock to target.)
それでも意思疎通に齟齬を発生しないように、レイラから部隊内には具体的な指示が飛ぶ。
運の良いことに、Zone00に侵入して敵艦に直接攻撃を加え始めてからすでに二十分近くが経過しているが、未だ666th TFWの部隊内に撃墜された機体はいなかった。
だがそれは、トップエース集団である666th TFWが異常であるだけであって、他の全ての部隊はどの部隊もすでに複数の機体を敵駆逐艦からの迎撃で喪失しており、Zone00に突入した千七百九十七機の内三百四十四機、実に19%がこの時点で失われていた。
666th TFW全機はめいめいに、ランダム機動を含む高加速で敵艦から一旦30kmほどの距離を取った。
そのまま敵艦隊から距離を保ったまま、音速を遙かに超える速度で北側に回り込む。
距離を取ったとは言え、未だ敵の攻撃の範囲内であることに変わりは無い。
肉眼で視認することの出来ない敵の猛攻の中、二十一機のST達が翼を翻し、一隻だけ北に飛び出した形で空に浮かぶ駆逐艦の左後方から殺到する。
結果的に、レイラの下したこの目標変更の判断が、彼らの命を救う事となった。
変更した目標に対して突撃しようと彼らが進路を変更し、正面に新たな目標である駆逐艦の姿を見据えたとき。
つい先ほどまで攻撃していた駆逐艦の、まさに何度も突撃を繰り返していた左舷側の空間が、まるで空間そのものが光を発し爆発したかのように数十kmに渡って光の洪水に包まれた。
それはまるで、駆逐艦の左舷から突然轟炎が発生し、瞬時に広がりながら数十kmも伸びて、そこに存在したありとあらゆる物を炎で蹂躙した、その様な恐るべき光景に見えた。
その空間内に存在した地球側の戦闘機は、僅かな燃え滓さえ残さぬほどに破壊され分解して灼き尽くされた。
その周囲を飛んでいた機体も、衝撃波で吹き飛ばされ、分解して、まともな形を残しているものはおらず、飛行能力を失って地上へと落下していく。
その光景を見た瞬間、666th TFWの全機は各個人の判断で―――しかし結果的に全ての機体が―――瞬時に機体姿勢を変えつつ加速し、その巨大な爆発に機体尾部を向けて最大の加速力で退避した。
白い霧を噴いたような爆発衝撃波が彼らの後を追うが、達也達の逃げ足の方が速かった。
敵艦隊から50km以上の距離を取ったことで海上に出た達也達は、十分に安全な距離を確保したと判断して旋回する。
やや遅れて、機体ごと大きく揺さぶられるような衝撃波が彼らを襲ったが、この距離では機体が破壊されるほどの威力はもう無い。
「なんだありゃあ!? あんなモン食らったら絶対死ぬ。とんでもねえ隠し球持ってやがったな。こっちに来てなかったらヤバかったぞ。」
さすがにすぐに突撃を再開する気にはなれず、敵艦隊から距離を取ったところで旋回しつつレイモンドが声を上げた。
「数百機巻き込まれたな。」
「何が起きたか見た奴は居るか?」
「空間そのものがいきなり爆発したように見えたけど?」
「直接駆逐艦から爆炎が伸びたように見えたが。」
「ミサイルね。物凄い量のミサイルを撃ってるわ。それが全て一度に爆発してる。」
冷静な声で報告したのは優香里だった。
その口調から、カメラ映像を再生して確認しているものと思われた。
達也達666th TFWに散々集中攻撃され、艦体左舷の中口径レーザー砲塔を殆ど破壊されてしまった駆逐艦は、相も変わらず五月蠅くまとわりつく地球側の戦闘機を手っ取り早く始末するために、使い物にならなくなった中口径レーザーの替わりの手を用いたのだった。
優香里が確認している画像の中では、ヘッジホッグが発射するものとほぼ同等の小型ミサイルが数百発、レーザーを失った駆逐艦の左舷から一度に発射されていた。
発射されたミサイルは全て1000Gを越える高加速を行い、母艦から急速に遠ざかりつつ、駆逐艦から僅か1kmほどの場所から40kmほど離れた所まで、空間を埋めるように次々に爆発して、一帯をほぼ同時に爆発した火球で埋め尽くしたのだった。
「ヤバいな。こっちの奴も同じか? 迂闊に近寄れんぞ。」
知らなかったとは言え、つい今し方空間内に存在した全ての地球機を消し飛ばした辺りを、今まで何度も繰り返し飛び続けていたのだ。
先ほどまで目標にしていた駆逐艦をあのまま攻撃し続けていたらと考えると、背筋の凍るような思いがした。
「通常はレーザーを使うのだろう。レーザー砲台がほぼ全て潰されたから、別の攻撃手段を使ったのだろうが・・・」
レイラが苦々しげな、しかしどこか不安げな口調で呟く。
多分、レイラの見立ては正しいのだろう、と皆が思った。
だから、駆逐艦の片舷の砲台を殆ど全て潰すまでは、今までと同じように攻撃できるはずだ、と。
しかし確実にそれが正しいと、誰も断言できなかった。
レーザー砲台を全て潰すまでは大丈夫と思い込み油断していたら、予想を裏切って突然先ほどの殲滅攻撃を使われるかも知れないのだ。
いかなST部隊のパイロット達とは言えども、一瞬で数十km先までを爆炎で満たすような攻撃を避けられるとはとても思えなかった。
とは言え、安全な50kmも離れた場所から、自動照準を使わずに僅か5m程度のレーザー砲を撃ち抜ける筈など無かった。
かと言って、砲台に狙いを付けること無く漫然と敵の駆逐艦を撃っていても、敵に有効な打撃を与えることが出来ないのは明白だった。
手詰まりだった。
皆が、何か出来ることはないかと、戦闘中で思考能力の鈍った頭をフル回転させる。
「空域の全機に告ぐ。カウント30でアジュダービヤー上空の敵駆逐艦隊に対して大規模ミサイル攻撃を行う。全機Zone01以遠へ退避せよ。」
だから彼らには、強烈なバラージジャミングを撒き散らす敵駆逐艦の近くで戦う戦闘機達に、どうやってか通信を届けることに成功したAWACSオペレータの男のダミ声が、まるで天から響く心地よい天使の囁きにも聞こえた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
リアルの仕事の関係で、投稿を一回飛ばししました。すみません。
今後も時々こういうことが起こるかも知れません。
・・・給料変わらねえのに、なんで仕事増えるんだ。ちきしょー。