30. ファラゾア駆逐艦
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■ 10.30.1
ファラゾア駆逐艦を見た達也の第一印象は、クイッカーに似ている、だった。
勿論、大きさのスケールが全く違う。
全長20mに満たないクイッカーに対して、アジュダービヤー降下点跡地上空に浮くその駆逐艦は、全長600mもある巨大な船だ。
しかし大きさは別にして、その全体的なデザインは確かにクイッカーに似ていた。
先細りですらりと僅かな曲線を伴って真っ直ぐに伸びた艦首、幅が100mほどになろうかという艦体後部の両脇には、横に張り出すようにして本体とは別ユニットに見える箱形の構造が存在する。
凹凸が一切見えないなめらかな艦体表面は白銀色に艶やかで、SF映画などでよく見かける宇宙船のようなごちゃごちゃとした表面構造物や接合線など一切存在しない。
エンジンの噴射ノズルのような不細工な構造物など艦体尾部に何も見当たらず、少し角張り僅かに先細りの形状をした構造物が後ろに突き出して、艦体全体のデザインを損なうこと無くまとめている。
それは地球人の感覚からすると―――少なくとも達也の美的感覚では―――無駄なくすっきりとまとまったデザインのとても美しい船だった。
その美しい船が、破壊の限りを尽くされこの世のものとは思えない荒れ果て半ばガラス化した赤茶けた大地の上に、遠く光る碧い海と青い空を背景に静かに並んで浮かぶ姿は、もはや幻想的とさえ言えるほどの光景であった。
この宇宙のどこかでファラゾアは想像も付かないほどに大規模な戦争を行っており、大量破壊と大量製造を繰り返すその戦いの結果、ファラゾアが用いるあらゆる全ての機械は、生産性と機能を最優先するある意味究極に削り込まれ研ぎ澄まされた機能美を持っているのだ、と666th TFWを集めた説明会で聞かされた記憶があった。
その機能美が具現化した存在が空に浮いていた。
しかしその美しさは、つい見とれてしまえば即座に命を奪われる、恐ろしく危険なものでもあった。
「先に突っ込んだ2475TFSは全滅した。たったの10秒だ。高度を上げるな。下から突っ込む方がまだマシだ。」
「接近しすぎるな! 距離300まで突っ込んだらシールドにやられるぞ!」
「1624TFS、続け。こっち側の奴に絶対一泡吹かせてやr・・・」
「ノッチオーラリーダーダウン! 02が指揮を引き継g・・・」
「02ダウン! 駄目だ、全機反転! 距離を取れ! ランダム機動を忘れるな!」
「アージア? アージアはどこだ!?」
「ブリーニオ、アージアはさっきやられた。馬鹿野郎、お前も早く逃げろ!」
「クソ、アージア! くそォ、許さねえ。絶t・・・」
「ブリーニオ!! クソッタレ!」
アジュダービヤー降下点地上施設攻撃後の航空機による制圧には、イタリア、ギリシャなどのヨーロッパ方面地上基地所属機が八百五十二機、アラビア半島、西アジア方面地上基地所属機が六百五十三機、機動艦隊から移動し、ヨーロッパ南岸基地から飛び立った艦載機部隊が四百八機の、総勢千九百十三機もの戦闘機が参加していた。
このうち、Zone02からZone00まで移動する間に撃墜された百二十六機を除いた千七百九十七機が、アジュダービヤー降下点跡地上空に陣取った三隻のファラゾア駆逐艦に向けて殺到した。
僅か三隻の駆逐艦隊との戦闘開始後、ごく初期の地球側の戦果は惨憺たるものであった。
地球側の部隊は大きく分けて二方面から降下点跡地に突入した。
北側からは、地中海を越えて降下点跡地に到達した、ヨーロッパ方面地上基地所属部隊と、機動艦隊艦載機部隊。
そしてほぼ真東から陸地伝いにやってきた西アジア方面地上基地所属部隊は、中央アジア方面および南アジア方面での降下点制圧戦を終えて転戦合流してきた部隊を含んでいた。
戦闘空域となったアジュダービヤー降下点付近には、西アジア方面地上基地所属部隊が僅かに早く突入した。
正確には、陸地伝いにエジプト方面から突入した西アジア部隊の進路上の大気状態の方が、海側から突入したヨーロッパ部隊のそれよりもクリアであったため、ファラゾア駆逐艦隊の有効射程圏内に先に突入することとなったのだ。
大型の戦艦に較べて貧弱な武装しか持たない駆逐艦とは言えども純粋に戦闘能力を追求した所謂戦闘艦であり、当然のことながらその攻撃力、防御力は普段の戦場で相手にしているクイッカーなどの小型戦闘機械とは隔絶しており、また言うまでも無いことであるが地球人類の戦闘機とは比べものにもならないほど圧倒的なものであることが予想されていた。
その予想に違わず、西アジア部隊からの最初の被撃墜機はZone02の半ばほどまで進んだところで発生した。
250kmも彼方からの狙撃による被撃墜の発生は、予想される敵の遠距離射撃に対して十分に警戒しつつも、大気圏内にまで入り込んできた敵駆逐艦に目にもの見せてやろうと意気の上がるパイロット達の出鼻をくじくには十分なものであった。
各部隊の隊長は慌ててランダム機動の移動距離をより大きく取るようにそれぞれの部下に指示を下したが、1000mm程度かそれ以下の口径のレーザー砲とは言え、各艦に数十門も備え付けられた中口径レーザー砲の集中的な攻撃を受けて西アジア部隊の被害は拡大し、地球側戦闘機の攻撃可能範囲であるZone00に到達する頃にはすでに四十一機もの脱落を発生していた。
遠距離狙撃は西アジア部隊にのみ行われたわけでは無く、達也達666th TFWを含む艦載機部隊が合流したヨーロッパ部隊においても、地中海からアフリカ大陸北岸に到達して、アフダル山地の稜線を越えZone01外縁、即ち降下点からの距離200kmにさしかかったところで最初の被撃墜機が発生した。
もっともこのときヨーロッパ部隊は、アフダル山地に身を隠していた多数のファラゾア戦闘機の待ち伏せによる攻撃を受けており、味方機の撃墜が待ち伏せていた敵戦闘機の攻撃によるものなのか、或いは遙か彼方の敵駆逐艦によるものかなど区別することは、例え撃墜された本人でさえも出来ていなかったであろう。
いずれの攻撃部隊も、敵艦からの遠距離狙撃を受けて戦力を削られながらも、目標であるアジュダービヤー降下点跡地に向けて果敢に侵攻していき、前述の通り最終的に千七百九十七機がZone00へと侵入することに成功した。
しかしZone00に侵入することが彼らの最終目的では無い上に、またZone00、敵駆逐艦隊が存在するポイントゼロでは、さらに過酷な運命が彼らを待ち受けていた。
遠距離であれば、山や雲と云った身を隠すための遮蔽物を見つけることも出来る。
しかし高度4000mに停止した敵駆逐艦隊から僅か半径数十kmの範囲内で実質的に戦闘空間を区切られ、アジュダービヤー降下点に残存する敵を殲滅するという作戦目標を達成するためには敵駆逐艦隊を撃破、少なくとも撤退に追い込まねばならない彼らは、常に敵からの攻撃に身を晒した状態で敵艦隊の周囲を飛行し、レーザー砲を中心とした不可視の敵の攻撃がいつ自分に命中するかと常に怯えながらも、しかしどうにか敵の隙を見つけて敵駆逐艦を攻撃せねばならないのだ。
そして彼らは果敢にもその無謀とさえ言える攻撃を実行した。
しかし現実は残酷であった。
いわゆるファラゾア戦闘機と呼ばれる、ファラゾアの小型戦闘機械を地球大気圏内で撃破することを目的に設計製造された彼らの機体は、僅か口径200mm程度、出力にしても200MWに届くかどうかというレーザー砲しか装備していなかった。
光学砲はファラゾア艦船が周囲に常時展開している重力シールドを良く貫通し、確かに敵艦の艦体にダメージを与えることは出来るが、しかしファラゾアン・チタニウム合金と呼ばれる高強度合金を用いて形成され、小型戦闘機械であるクイッカーなどとは比べものにならない厚みを持つ戦闘艦の外殻にはたかだか幅数十cmの破壊痕をつけるのがせいぜいであり、ましてや全長600mもある敵艦に対してその程度のかすり傷では何の痛痒も与えることが出来ていないのは明白であった。
達也は、大型目標に対する攻撃のセオリーであるヒット・アンド・アウェーを行っている最中に、せめて少しでも与えるダメージを大きくするためにレーザー砲攻撃を敵の艦体の一点に集めようとして数kmの距離から敵艦を凝視している時、しばらく前にヒッカムの宇宙軍基地で教わった知識を思い出した。
それは本格的な宇宙戦闘機に初めて搭乗する者に対するレクチャーであり、且つ敵艦隊に攻撃を加える作戦に参加するパイロット達に対して与えられる、敵艦に関する最低限の知識でもあった。
桜花によって撃沈され、地上へと墜落した敵艦を可能な限り詳しく調査したことで判明したのは、戦艦や駆逐艦と云ったファラゾアの戦闘艦はいずれも、主砲と呼んで良い口径2000mm前後の大口径砲の他に、それよりも少し口径の小さい口径数百mm程度のレーザー砲も多数装備している場合が殆どであるという事だった。
その様な小口径砲は多くの場合、回転式の台座に乗った箱形のレーザー発振器本体、あるいは伏せた椀状の丸い船殻外部突起物の中に納められたレーザー砲の、ガンバレル先端部分に穴が開いた構造をしている事が、調査の結果明らかとなっていた。
特に回転台座上の箱形レーザーは未使用時には船殻内部に格納されているが、使用時にはハッチが開いて砲塔構造が船殻外部にせり出し、船殻平面に対して半球状の広い射界を有する回転砲塔となる。
椀状構造砲塔は船殻内部に格納されることはなく、常に外部に露出している。
射界も広くなく、椀状構造が回転することで得られる平面と、ガンバレル自体が僅かに可動する事で得られる狭い俯角可動範囲程度しか持っていない。
その構造から、椀状砲座は即応性、あるいは高密度環境下での使用を想定されており、本格的な攻撃は箱形の回転砲座を用いるものと、地球人類側では推測していた。
遠距離からの目視であり、また何もかもがファラゾアン・チタニウム合金の白銀色をしているため非常に目立ちにくい。
しかし全体が滑らかな平面で出来ている艦体外殻の所々に、目立たない僅かな突起ではあるが箱形回転砲座が露出している事に達也は気付いた。
思わず見とれてしまうほど美しい敵艦映像を、ズームで観察していて気付いたのだった。
「砲塔が分かるか? あれを狙え。」
達也はHMD上で砲塔と思われる部分の画像を拡大し、その箱形構造が回転していかにも砲座という動きをすることを見て確信した。
砲塔を潰されれば、ファラゾア艦とて攻撃は出来なくなるはずだ。
勿論他の攻撃手段はあるだろうが、連中が優先的に使ってくるレーザー砲は潰せる。
優先的に使ってくると言うことは、使い勝手の良い武器という事だろう。
それを潰しておいて損はない。
確か駆逐艦では、レーザ砲塔の総数が百を越えることは無かった筈だ。
艦の級にも依るらしいが。
「どこだ? 分からんぞ。」
「やっぱりあれが砲塔なのね。」
666th TFW部隊内の通信ではあったが、様々な反応が返ってくる。
「見ていろ。今から攻撃する。映像を回す。」
HMD上の視界左側に表示している映像ウィンドウを部隊内でシェアする。
可動し、自動照準機能を持つレーザー砲であるが、敵マーカであるTDブロックは敵駆逐艦全体を囲んでおり、小さなレーザー砲塔という構造物を攻撃目標として捉えられていない。
達也は両舷のレーザー砲をバレル固定モードに切り替え、照準をガンサイト中央に固定した。
10km以上も彼方から、全長600mの駆逐艦表面に存在するたかだか直径数m程度の砲座を、いつもより激しめのランダム機動を繰り返しながら狙うというのは、至難の業だった。
目視では当然見える筈も無い。
HMD画像をズームすると、一瞬で目標を見失う。
幾ら直進性の高いレーザー砲とは言え、その様な芸当は最早人間に出来る領域を越えている。
これは、巨大な目標である敵艦という構造物の上で、さらに特定の構造物を攻撃目標として設定出来、そしてその情報を部隊内でシェアしてAWACSにも送れる機能が必要だなと、レーザー砲塔に照準を合わせるのに四苦八苦しながら、頭の片隅で妙に冷静なことを達也は考える。
それを自動で出来る様になればなお便利だ。
大まかな狙いを通常のHMDガンサイト上で付ける。
レティクルと敵駆逐艦のマーカが完全に重なる。
全長600mあろうと、10km以上の彼方にあればまるで芥子粒の様だった。
HMD視野左側に表示している、レティクル部分を拡大している拡大画像ウィンドウを見る。
艦体本体両脇に取り付けられた様な箱形の構造物の前縁付け根辺りに、五基ほどのレーザー砲塔と思しき構造物が並んでいるのが分かる。
分かり易い場所にあるそれを攻撃目標とする。
しかし照準が定まらない。
僅かな震動ではあるが、画像が震動でブレてまるで安定しない。
そしてほんの少しの操縦桿操作で画像は大きくブレる。
機体が受ける気流が僅かに変わるだけでも画像は大きく飛んでしまう。
機体の安定を待ってじっくりと照準を合わせている暇など無い。
常にランダム機動を行っていなければ、自分が狙撃される側に回ってしまう。
ランダム機動の僅かな静止時間の内に、狙って照準を合わせるのは不可能だった。
上手く照準が合った瞬間を狙ってトリガーを引くしか無い。
だがそのチャンスは思いの外早く回ってきた。
流れる拡大画像の中に、数基並んだ砲塔が一瞬映る。
反射的にトリガーを引く。
戦果確認はできない。
その様な事をしていれば墜とされる。
再びランダム機動を繰り返し、その間に目標としていた砲塔を拡大画像で確認する。
果たして、達也が撃ったものであろうレーザー光による破壊痕が敵艦表面を一直線に走り、目標の砲塔五基の内、その直線上に存在した砲塔三基が破壊されている事を確認出来た。
破壊を免れた二基は元気に回転動作を続けていたが、融けて爆発し破壊された三基は完全に動作を止め沈黙していた。
敵艦の船殻上に刻まれたレーザー破壊痕は所詮表面を灼いただけに過ぎない様だったが、レーザー砲塔の様な複雑な構造物は船殻に較べて外殻の厚みが薄く、戦闘機のレーザー砲でも充分に破壊できることがこれで実践で証明できた。
「どうだ。分かったか?」
達也は部隊内の他のパイロットに訊いた。
これだけの映像があれば、どれが砲塔か特定出来ただろう、と思った。
が、部隊内通信で返ってきたのはよく分からない沈黙だった。
ややあって、レイラの声が聞こえた。
「・・・ああ。お前がオカシイというのがよく分かった。」
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
いや無理でしょふつー。
手動で15km先の直径5mの円を打ち抜けるか、とか。
閑話休題。
第一話の前書きにBGMに関して追記しました。
もしかしたら「知りたい」と仰る奇特な方もおられるかも知れませんので、ここにも書いておきます。
下記2番目の曲は、パトリシアの死に際してちょうど良かったヤツですね。
最初のやつは書いたとおり、BLUTENGELというソッチ方面ではちょっと名の売れたドイツのゴシックバンド(?)の女性ボーカルが独立したソロアルバムの一曲です。(ちょっと違うけど)
ゴシック色の残るアルバムですが、この曲は歌詞の内容と曲の雰囲気が本作にとてもよく合うので、よくBGMにして書いています。(今も)
BLUTENGELはゴシック、或いはインダストリアル・ゴシックに分類されるバンドですが、もうあんまり活動していない・・・と思ったら、youtubeにMV一杯上がってる。w
まだまだ元気だわ、このオッサン。w
********** 以下コピペ **********
今回は最初に書きます。
本作のBGMとして。(聞きながら書いてます)
・ Cinderella Effect / Standing (本来ゴシックな曲なのですが、曲と歌詞が本作によく合うので)
・ ATB / My Everything (場面を選びますが。)