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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十章 Κήπος της Αρτέμιδος(アルテミスの庭)
284/405

28. エレウシス空軍基地


 

 

■ 10.28.1

 

 

 六月のアテネはすでに乾期に入っており、三十度を越える気温と真上から照りつける太陽と、酷く乾燥した空気でまさに灼熱の地という印象を受けた。

 またしても暑い気候の中の地上基地で出撃準備を進める達也は、右手の袖口で額の汗を拭いながら、雲ひとつ無い空で輝く太陽を愛用のレイバン越しに見上げた。

 乾燥した気候の中で照りつける夏の日差しもさることながら、国連軍時代からなぜか変わることの無い黒色のパイロットスーツが、体温を急上昇させることに一役買っているのは間違いなかった。

 その名を聞けば心まで涼やかに潤い快適に変わりそうな気がする、エーゲ海からの海風が滑走路上を常に吹き抜け続けているが、その実灼け付く日差しに熱された滑走路の熱を抱え込めるだけ抱え込んだその風は、達也自身の身体を含めてあらゆるものに熱量を分け与え温度を上昇させることにしか役立ってはいない。

 

 流氷の隙間から飛び立って雪解けのナリヤンマル降下点を攻略し、異常な環境下の作戦で疲れ果てた身体に鞭打ってその足でそのままヨーロッパを横断し、666th TFW本拠地のあるシュツットガルト空軍基地まで帰還したのが約半月前。

 ゆっくりと骨休めをする間もなく追い立てられるように再び飛び立って、北海に展開した機動艦隊に帰還したのがその僅か三日後。

 巨大な葉巻のような艦内に押し込められて、作戦前隠密行動とのことで浮上することさえ許されず、一路地中海を目指したのが六日前。

 ジブラルタルを抜けるところで、前を行く第四潜水機動艦隊が3000km上空の敵駆逐艦隊から猛攻を受け壊滅し、大西洋上空の雲の中で空母を飛び立ったのが四日前。

 その日のうちに地中海を横断し、ここアテネ近郊のエレウシス空軍基地に到着。

 元々それほど大きくない基地に、第七潜水機動艦隊所属の艦載機百二十機が突然転がり込んできて、基地は大混乱の様相を呈している。

 大西洋で暇を持て余している母艦から整備兵達が、ヨーロッパ各地のMONEC社の工場から整備用資材が大量に運び込まれてその混乱に拍車をかけ、身動きも取れないような状態の中で露天整備を強行して、どうにか作戦開始までに整備を完了させたのが昨日。

 そして今日、作戦「シロッコ(Scirocco)」実施当日。

 

 突然やって来た宿無しの戦闘機隊百二十機を収容するに十分な格納庫などこの基地には存在せず、ちょうど季節が乾期に突入していたために、雨天を気にすること無くまるでガレージセールさながらエプロンに店を広げて露天整備を行う羽目となった。

 つい数日前までは、500mもの深く暗い海中で外を見ることも出来ない潜水艦の腹の中、手を伸ばせば届きそうなダークグレイに塗られた潜水艦の内殻の天井と、常に頭の上に覆い被さって重苦しい閉塞感を与え続ける僚機のシャトルパレットの裏側を見上げながら、青白いLED照明の下でぶつくさ文句を言いながら行っていた機体整備が、なんと突然健康的な青空の下、海から吹き続ける風を遮る建物も無く、夜露をしのぐ為の天井さえ無い開放的すぎる空港エプロンで百二十機仲良く翼を並べて、今はジリジリと照りつける太陽に照らされて出撃命令を待っている。

 

 唯一の利点は、整備を行っていた駐機スポットから殆ど移動すること無くそのまま離陸できるので、シャトルパレットとエレベータで一機ずつ移送されて飛び立ってくる僚機を待って艦隊上空を飽きるほどぐるぐる旋回させられる待ち時間が殆どなさそうなこと位だな、と達也は百二十機もの戦闘機がひしめくエプロンを見回して溜息をついた。

 

「そろそろだぜ。」

 

 青空整備場という劣悪な環境で不平不満をまるで隠そうともせず、整備の間中ありとあらゆる気に入らない事に毒づきながらも、口の悪さとは裏腹に完璧な整備をやってのけた、達也の機体の整備チームのリーダーであるスライマーンが顎をしゃくり達也に乗機を促した。

 

 ジブラルタル海峡で第四潜水機動艦隊が壊滅し、慌てた参謀本部は残る四つの機動艦隊にジブラルタルからの緊急退避を指示した。

 その指示を受けて、第五から第八潜水機動艦隊は針路を反転し、ファラゾアからその位置を特定されないように北大西洋の深海へと身を潜めた。

 とは言え、本来の計画では機動艦隊から作戦「シロッコ」に参加する予定であった、ジブラルタルの海底に消えていった第四潜水機動艦隊所属の百二十機を含めて六百機全てが作戦に不参加となるのは余りに大きな戦力減であった。

 

 苦肉の策として参謀本部は、潜水機動艦隊所属の残る全ての戦闘機隊を陸上に上げることを決定し、南ヨーロッパ、地中海北岸の陸上航空基地へと割り振り、その陸上航空基地から出撃して作戦に参加するようにと、艦載機部隊に迅速な移動を指示した。

 部隊の移動と移動先での機体の整備に必要な日程を考慮して作戦「シロッコ」の決行日程は後ろ倒しされたが、それは僅か二日のみという信じられない暴挙であった。

 

 プロジェクト「ボレロ」の基本コンセプトが、新しい戦局に立たされたときに常に対応力の低さを露呈し続けるファラゾアが、降下点を殲滅し地球上から一掃するという地球人類の新たな作戦目標に対して対策を打ってくる前に、電撃的に敵降下点を次々と攻略して、可能な限り多くの―――理想としては、全ての―――降下点を殲滅するというものであったため、ファラゾアに対応の為の時間を与えないよう計画の後ろ倒れを極力避けたい参謀本部が決定した延期日程が僅か二日間であったのだ。

 

 その参謀本部からの指令に基づき、五百機の戦闘機に乗ったパイロットと、各空母に搭載されている中型輸送機に限界まですし詰めにされた整備兵達の怨嗟の声を地中海に撒き散らしながら、残る四つの機動艦隊所属の全ての戦闘機とその整備兵がヨーロッパ南岸の航空基地に移動した。

 収容能力を大きく超えた大量の急な来客を迎えて大混乱に陥りつつも、こちらも四日後に作戦の決行を通達された各航空基地はこれになんとか対応し、エプロンや誘導路の一部、果ては駐車場までをも提供して、機動艦隊所属の戦闘機達に駐機と整備のための場所を提供した。

 その様な劣悪な環境にもめげず整備兵達は仕事をやり遂げ、作戦決行当日の今日という日を迎えたのだった。

 

 スライマーンに促され、達也は自機のコクピット脇にかけられたラダーをよじ登る。

 コクピットに身体を納め、ラダーの上に上がってきたスライマーンに手伝ってもらいながら、ハーネスを締めてシートに身体を固定する。

 

「できる限りのことはやっておいたが、ネットワークが使えなかったから整備後のシステムシミュレーションが出来てない。今回の整備でシステムのソフトやモジュールはいじってないから大丈夫だとは思うが、な。」

 

 機体管制システムを中軸に高度にシステム化された最新鋭の戦闘機は、機体整備後のチェック項目として、ネットワーク上に設定された仮想空間内で、様々な条件のもと実際の飛行状態を再現してシステムシミュレーションを行ってシステムの動作チェックを行う必要があった。

 ジョリー・ロジャーなど潜水空母の艦内には当然その為のネットワークが設置してあるが、大混乱の青空整備場にその様なものが存在する筈も無かった。

 

「前回もちゃんと飛んだんだ。問題無いだろ。ベストを尽くしてくれたのは理解している。恩に着る。」

 

 そう言って達也は左手の拳をスライマーンに向けて突き出した。

 どことなく苦笑いを含んだ笑顔を浮かべたスライマーンも、左手の拳を突き出して軽く打ち付ける。

 

「今回も無事帰ってこい。降下点の制圧はもう慣れたもんだろ。」

 

「海越えや、砂漠での作戦も、な。」

 

 達也が笑い返すのを見て、スライマーンも今度は普通の笑みを浮かべてラダーから降りていった。

 ラダーが外され、達也はキャノピを閉じる。

 

 キャノピが閉じている間、ふと気になって斜め前方の機体に目をやった。

 L小隊三番機のコクピットでは、遙か月の向こう側でMIAとなったセリアの代わりに、補充兵として入ってきたヴィルジニーが、コクピットを覗き込む整備兵とまだ言葉を交わしている。

 達也の機体のキャノピが閉まり終える頃には、ヴィルジニー機の整備兵もラダーを滑り降り、機体から離れて行った。

 

 ボレロが始まった後だけを考えても、666th TFWからすでに六名の戦死者が出ていた。

 このまま戦い続ければ、さらに多くの戦死者が増えることだろう。

 今、翼を並べている連中も、いつまでそうやって共に戦えるのか分からない。

 そもそも自分がいつまで生きていられるのかさえ分からない。

 戦死者は消え、新たな顔がやってきてその穴を埋め、そしてまた消えていく。

 自分だけが死なないなど、あり得ない。

 いつかは自分も戦死者の仲間入りをするのだろう。

 楽観する気は無いが、悲観する気も無い。

 ただこうやって、まだ死んでない内は、存在していること自体が気に入らない奴等を墜としていくだけだった。

 多分自分は、死への恐怖だとか、親しい者を失った哀しみだとか、戦いから来るプレッシャーだとか、その様なものを全て、心の底から憎み恨んでいるファラゾアを撃ち墜とす快感で打ち消し合って、精神的なバランスを取っているのだろうな、と達也は出撃に向けて機体を起動する操作を続けながらHMDバイザーの下で軽く嗤った。

 

 

■ 10.28.2

 

 

 エレウシス空軍基地を南に向けて飛び立ち、針路19へと変更するとすぐにペロポネソス半島に差し掛かる。

 半島を抜けて再び海上へと出る頃には、そこはもうすでにアジュダービヤー降下点に対するZone06-15エリアとなる。

 足元には青々とした地中海が広がる絶景を眺めつつも、バルカン半島を飛び立った地球側の戦闘機隊は、自分達がすでに戦場に居る事を意識し始める。

 

「フェニックス、こちらネプチューン04。Zone06へと進入した。警戒を厳にせよ。作戦開始まで45秒。」

 

 エレウシス空軍基地を飛び立ってまだそれほど経ったわけでは無かった。

 少しでも作戦開始を敵に気取られないために、500km/hのモータージェット巡航速度で約二十分。距離にして約150km。

 しかし地中海の北岸一帯は、いまだに地球人類側の制空権を保っていた。

 ボレロで計画された一連の作戦で、今現在次々とファラゾアの降下点を殲滅していっているが、ボレロ決行直前の状態でZone06を人類側の制空権として保てていた降下点がどれだけあっただろうか、と達也は思い返す。

 

 殆ど全ての降下点では、ファラゾアの猛攻によって徐々に戦線を押し戻され、Zone06はすでにファラゾアの勢力圏下に落ちていた。

 Zone06を占領されることが致命的な防衛力の低下に直結するノーラ降下点極東方面だけが唯一、Zone06から05にかけてのエリアで熾烈な防衛戦を続けていたに過ぎなかった。

 達也達が長く戦っていたハミ降下点周辺地域も、地球人類は結局Zone07以遠へと後退させられていたのだ。

 そういう意味では、現在実質的に地球人類の生存圏の中心地と言って良いヨーロッパのお膝元と言えるこの地中海北岸地域は、さすがの鉄壁の防衛力を誇っているのだと達也は感心しつつ、敵マーカが表示されていない戦術マップを眺めていた。

 

「Operation 『Sirocco』スタート。対地ミサイルによる敵降下点殲滅攻撃開始。戦域を飛行中の全機は着弾衝撃波に注意。全飛行隊は別命あるまで現在の針路速度を維持せよ。」

 

 作戦が開始されたことを知らせるAWACSからの通信がすぐに聞こえてきた。

 目をこらして前方を見ていると、大気圏に突入する菊花による煌めきが一瞬見えたような気がした。

 

「戦闘空域の全機。太陽L1ポイントから敵駆逐艦三隻の接近を探知。作戦目標周辺への艦砲射撃が予想される。注意せよ。」

 

 さらに続けてAWACSからの警告が流れる。

 その通信を聞いて、今回は随分素早い対応だな、と思った達也は、AWACSからの通信内容に違和感を感じ、そしてすぐにその違和感の正体に気付く。

 艦砲射撃を行うにしては、戦艦が居ないのはなぜだ?

 もちろん、駆逐艦にも大口径のレーザー砲が装備されていることは、達也も承知している。

 駆逐艦からの艦砲射撃も、十分な脅威である。

 

 しかしこれまで聞いた事のある情報では、駆逐艦に装備されている大口径レーザー砲は数門程度であり、2m近い口径を持つ大口径レーザー砲を数十門も装備する戦艦と較べて余りに攻撃力が違いすぎる。

 ここ数回の降下点攻略時には、必ず数隻の戦艦が降下点上空数千~数万kmにまで接近してきて、大気圏内の航空機隊に凄まじい量の艦砲射撃を浴びせかけてきたのだ。

 これまでとは違う、何をしたいのか分からない今回のファラゾアの行動に、達也は首を傾げる。

 

 その疑問は案外とすぐに答えを得られた。

 

 アジュダービヤー降下点に向けて侵攻する攻撃隊がZone05の境界線を越えてZone04にする頃、橘花の着弾衝撃波を難なくいなした彼らに再びAWACSからの警告が発せられた。

 

「アジュダービヤー降下点ポイントゼロに向けて進行中の全機。駆逐艦三隻からなる敵艦隊が地球大気圏内に突入する。敵艦隊の目標予想はアジュダービヤー降下点上空大気圏内。降下点を確保する突撃隊と思われる。注意せよ。」

 

 その余りに予想外の敵艦隊の行動を聞かされ達也は眉を顰めた。

 

「おいおい。マジかよ。」

(Hey, C'mon...Are they sure?)

 

 編隊内通信で流れてきたレイモンドのぼやきが、多分皆の今の心境を端的に言い表していると、それを聞いた達也は思った。

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 投稿遅くなり申し訳ありませんでした。

 

 毎回同じパターンだと、飽きてきちゃうので。

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― 新着の感想 ―
[一言] 戦闘機相手に大口径レーザーは不要だから中口径レーザーを増やした防空艦タイプとか?
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