27. 地球連邦海軍第四潜水機動艦隊壊滅
■ 10.27.1
六隻の駆逐艦から地表に向けて投射されるレーザーは、ジブラルタル海峡の西端から東端までの間、約100kmの区間の海面を、正確になぞる様に灼き続けた。
レーザーで灼かれた海面は瞬時に沸騰し、泡立ち、爆発的に高温の水蒸気を発生した。
水蒸気爆発は付近の海水も巻き込み、大量の海水と水蒸気の柱を大気中に打ち立て、その高度は2000mにも達するほどであった。
実のところ、ジブラルタル海峡を通過中であった第四潜水機動艦隊の各艦が、ファラゾア駆逐艦から発せられたレーザー砲の攻撃によって受けた被害は、意外にも限定的であった。
宇宙空間から照射されるレーザー光は地球大気に突入したところで、地球大気そのものによる吸光減衰、空中に存在する雲や塵などの微細な粒子による拡散吸光減衰、そしてレーザー光のエネルギーの一部を受け取った大気が温度上昇することで発生する気体密度の高低による拡散減衰などの多くの邪魔な物質と現象に遮られて、約100kmの大気圏を突き抜けて地表に到達する頃にはそのエネルギーのかなりの部分を失ってしまっている。
それでも地表を一瞬で数万度かそれ以上に加熱することが可能であるレーザー光は、ジブラルタル海峡に横たわる海水を着弾点において瞬時に沸騰させ、大規模な水蒸気爆発を発生する。
爆発的に発生した水蒸気はほぼ全て、上方かつ物質密度の低い空気中へ向けて放出されるため、海中に伝播する衝撃波は全体の一部でしかない。
また、大量の高温水蒸気が大気中で冷やされ結露して発生する水粒子や、単純に爆発によって巻き上げられた大量の水が爆発地点上空に濃密な雲を形成するため、強烈なレーザー光はこの雲によって完全に遮られ、継続的に海面に到達する事が出来なくなり、同じ場所で短時間のうちに連続して水蒸気爆発が発生することはない。
その為本来であれば、常に海中数百mもの深度を航行している潜水艦に対して、宇宙空間からレーザー砲で攻撃を行ったとしても、与えられる被害は限定的なものとなる。
しかしこの時、地球連邦海軍第四潜水機動艦隊は運悪く、平均水深350m弱、最小幅15km弱という、極めて特殊かつ、また潜水艦にとって一般的に非常に不利な地形のジブラルタル海峡を、戦隊ごとに縦列となって約100km程の長い列を為して通過している真っ最中であった。
通常であれば、深度500mもの海中に潜む現代の潜水艦に対しては無視して良い程の僅かな艦体の歪みを発生する程度、艦体外殻の外に突き出した各種センサー類を歪める、或いはへし折る程度、或いはただ単に、強烈な衝撃波音で艦内の乗員の鼓膜に多大な負担をかける程度の、レーザー砲着弾による海中衝撃波である。
しかしながら第四潜水機動艦隊がレーザー砲撃を受けた場所は、前述の通り浅く狭いジブラルタル海峡であった。
海上の水蒸気爆発による水中衝撃波は、僅か300mほどしか無い海底との間を一瞬の間に何往復もして反響し、さらに連続して撃ち込まれる砲撃による爆発が発生する。
狭い海中を何度も跳ね返る衝撃波に新たな衝撃波が加わり、共鳴を起こし、海面から海底までの水中を激しく掻き回した。
艦体船殻に直接的な破壊は発生せずとも、あらゆるセンサー情報は激しく攪乱され、共鳴した衝撃波により破壊されるセンサーや、吹き飛ぶ艦内の圧力弁が次々に発生する。
何重にも重なり合う衝撃波が艦内に浸透する事によって発生したあらゆる波長の音波が、乗員の鼓膜や三半規管に甚大なダメージを与え、まともに立ってさえいられない酩酊状態へと追い込んだ。
第四潜水機動艦隊の内、まさに海峡の最も狭い部分を通過していた第402から第406潜水空母戦隊の潜水空母とその随伴艦である潜水駆逐艦は、艦体に目立った大きな損傷は発生しておらずとも、その内部にて操艦する乗務員の多くが深刻なダメージを受けた為、艦の能力を十全に発揮できない状態へと追い込まれていた。
執拗に続くレーザー砲撃の合間を縫って、ファラゾア駆逐艦から発射されたミサイルが地球に到達する。
ミサイルは地球大気の中に突入する前に数km/s程度の速度まで十分に減速した後、さらに減速しながら大気圏の中に深く潜り込む。
海中を駆け巡る衝撃波の嵐に翻弄される第四潜水機動艦隊の各艦は、自分達に向かって接近しつつあるそれら二十発のミサイルに気付くことが出来ない。
しかし彼らにとって幸運であったのは、アフリカ大陸北端に設置されたアジュダービヤー降下点に対抗する為に、ヨーロッパ亜大陸南岸の地中海沿いには幾多の航空基地が配置されており、それらの基地の防空システムが完全に機能していたことであった。
地表から約3000kmの高度で駆逐艦から放たれたミサイル二十発は、その推進器が発する重力波をGDDDSがすぐさま捉え、近傍の航空基地や沿岸哨戒AWACSの大型高精度GDDによっても個別に捕捉された。
そのミサイルが正確に何を目標にしているかはすぐに分からずとも、地表に向けて放たれたファラゾアのミサイルは勿論無条件に迎撃対象となり、地形や天候によって条件が整わなかった一部の基地を除いて、イベリア半島からイタリア半島にかけての数十もの軍事拠点が持てるあらゆる対空兵器を用いて迎撃行動を取った。
百を越えるレーザー砲や重力レールガンが上空数千km彼方を迫り来る二十機のミサイルに対して熾烈な迎撃砲火を浴びせかけたが、地球大気圏の最深部から打ち上げるレーザー光は大きく減衰しており、また打ち上げられた80mm砲弾は熱による弾体の崩壊で軌道を大きく逸れる。
対してファラゾア艦からのミサイルは当然の如くランダム機動を繰り返し、地球側の迎撃が狙いを定めることを難しくする。
ファラゾア駆逐艦から発射された二十発のミサイルは、地球大気圏に到達するまでに十六発にまで数を減じ、距離が近くなったことで迎撃の命中精度が上がり、最終的に僅か六発のミサイルがジブラルタル海峡の海面へと到達した。
わずか六発のミサイルではあったが、偶然にもその着弾点はジブラルタル海峡の中央から両端までに広く分散していた。
海峡の東側アルボラン海にかけて三発、海峡の最も狭い部分に二発、西側の大西洋への出口に一発のミサイルがそれぞれ着弾し、レーザー砲撃によって沸き立ち爆発を続ける海面へと着水した。
第四潜水機動艦隊にとってさらに不幸なことに、クルー達は絶え間なく連続する衝撃波に襲われほぼ人事不省に陥っていたが為に、自分達に向かって遙か空の彼方から放たれた必殺の攻撃に彼らは気付くことが出来なかった。
着水したミサイルは泡立ちかき混ぜられる水中深くへと沈んでいき、そして水面下数百mの海底に到達した。
これまでのファラゾアとの戦いの中で地球人類がファラゾアのミサイルと認識してきたものは全て、ヘッジホッグやスピナーと云った全長20m程度の小型戦闘機械に分類されるミサイルキャリアから放たれたものであった。
それらのミサイルキャリアから撃ち出されるミサイルは、直径0.3m強、長さ1m程度の小型のものであるが、しかしそれらの小型ミサイルでさえ戦術核並の爆発力を持ち、小さな村程度であれば一発で吹き飛ばすほどの破壊力を持つ。
今回ファラゾア駆逐艦がジブラルタル海峡に向けて放ったミサイルは、直径約0.6m、長さ2.5mほどのサイズで、まさに勇猛な駆逐艦が巨大な戦艦と対峙し、おのれの十倍もある巨艦を撃破せんと戦いを挑む時に用いる、桁違いの威力を持つ艦載ミサイルであった。
ジブラルタル海峡中央部で爆発した二発のミサイルは、反応弾同等のその爆発力を、僅か20kmに満たない水路の水深400mの海底部で開放した。
爆発は海底を抉りつつも、爆発力のほぼ全てを上方に向けさせることとなった。
何百万tという量の海水が爆発により持ち上げられ、吹き飛ばされた。
そこには運悪く、一発のミサイルがほぼ真下で爆発した第404潜水空母戦隊の旗艦「杭州」とその随伴艦「ナデヨン」「イチョン」が、そして狭い海峡で逃げ場も無く爆発に巻き込まれた第405潜水空母戦隊旗艦「エカテリンブルグ」とその随伴艦「黄山」「岳陽」が含まれていた。
彼女達の艦体は、爆発により吹き飛ばされ持ち上げられて海面よりも高く放り上げられ、爆発による衝撃波と、海面に叩き付けられたときの衝撃でいずれも艦体が破壊され、僅かな時間のうちにバラバラに引き裂かれた。
それらの艦の乗員達は、爆発により艦体が大きく持ち上げられたときに壁や床に激しく叩き付けられ、みな意識を失うかあるいは命を失っており、自分達に何が起こったのか、誰一人として理解することなく死んでいった。
海峡東端からアルボラン海にかけて三発のミサイルが落下し、アルボラン海深部に向けて急激に深度を増す海底で爆発した。
水深の浅い海峡部での爆発の様に、海底が見える程にまで海水が持ち上がり吹き飛ばされる様な事はなかったが、その分爆発衝撃波の多くは周囲の海中に伝わり、同海域を航行していた第401潜水戦隊、第402および第403潜水空母戦隊の各艦に甚大な損害を与えた。
比較的水深の浅い海域を航行していた第403潜水空母戦隊は、戦隊の進行方向至近深度450mの海底での爆発に巻き込まれた。
戦隊旗艦である潜水空母「ジェラルド・R・フォード」とその随伴艦である潜水駆逐艦「磯風」「春風」は、突き上げる爆発の衝撃波によってほぼ一瞬で圧壊した。
第402潜水空母戦隊旗艦「山東」、随伴艦「パクトンジン」「チョチョンヒョン」は、戦隊の左舷1500m、深度600mでの爆発に巻き込まれた。
爆心から広がる水中衝撃波に叩きのめされ、600mの厚さの海水とその水圧を突き破って空中に吹き上がろうとする高温水蒸気の流れに巻き込まれ、艦の上下さえも失って逆立ちする程に激しく翻弄された。
各艦の乗務員は、爆発の僅か一秒後に艦内を突き抜けていった爆発衝撃波による衝撃と気圧変化によって中耳を破壊されるか、脳震盪を起こして皆意識を刈り取られており、続く急激な水蒸気の膨張を回避する様な繰艦を全く行う事が出来なかった。
衝撃波によってあちこちに歪みと細かな破断が発生していた艦体を、爆発による水蒸気の膨張とその奔流が激しく揺さぶり、上下を失うほどに無茶苦茶に翻弄する。
歪みと破断はさらに大きくなり、破断口から高圧の海水が急速に艦内に侵入する。
1気圧の艦内空間に数十気圧の海水が一気に浸入した結果、艦内の空気が急激に圧縮され、断熱圧縮で艦内温度が急上昇する。
意識を失いながらもまだ息のあった乗員は、100℃を超えて急上昇した艦内温度に蒸し焼きとなり、高温と高圧で全員が死亡した。
操縦する乗組員を全て失った艦は、爆発の渦に巻かれてアルボラン海の暗がりへと消えていった。
第四潜水機動艦隊旗艦「福州」を戦隊旗艦とする第401潜水戦隊は、戦隊後方に着弾したミサイルの爆発によってアルボラン海へと押し出される様な爆圧を受けた。
一昔前のスクリュー式の推進器であれば、この爆圧によって推進器に異常をきたしていたのであろうが、プロベラやタービンの様な脆弱な外部構造物を持たないH-Jet推進器には大きな損害を生じなかった。
とは言え無傷とはいかず、第401潜水戦隊に所属する潜水巡洋艦「福州」、潜水偵察艦「赤峰」、対空ミサイル艦「安阳」の三隻は、爆発衝撃波によって艦体のあちこちが歪み、艦体外殻に多数の亀裂を生じていたが、応急処置によって航行可能な状態を維持していた。
海峡西端、大西洋との接続水域に落下したミサイルの近傍には、第406潜水空母戦隊が存在した。
ミサイルの爆発は406戦隊から数km離れた深度600mほどの海底で発生したため、406戦隊の被害は他の僚艦に較べると随分軽微なものであった。
しかし戦隊旗艦でもある潜水空母「蘭州」は全長400mもある巨体に、真横方向から水中衝撃波を受ける形となってしまい、艦内の歪みゲージ計に眼で見て分かるほどの歪みが表示される程のダメージを艦体に受けた。
沈没は免れてはいるものの、本作戦終了後に速やかにドック整備を受けなければならないことは明白だった。
第四潜水機動艦隊の中で唯一殆ど被害を受けなかったのは、第407潜水対空戦隊のみであった。
戦隊旗艦である対空潜水艦「湘潭」以下、「チャンボゴ」「イオッキ」「ホンボムド」の四隻は、今からまさにジブラルタル海峡へと接近しようとして、第406戦隊の後方で四隻の並びを整えようとしている最中だったのだ。
407戦隊から至近のミサイル爆発点まではたっぷり10km以上離れていたため、突然盛大に賑やかになった前方から伝わってくる様々な騒音と衝撃波から、自分達の前をいく第四潜水機動艦隊の主力に何らかのトラブルが発生したものと推測はしたが、彼等自身は特に被害もなく、また爆発による騒音に邪魔されて現場の状況や、僚艦の安否を探ることさえも出来ないでいた。
戦略的プロジェクト「ボレロ」の第九段階「シロッコ」の作戦開始日を僅か二日後に控えたこの日、ボレロを成功裏に進行していくために必要な、地球連邦軍の虎の子兵器である潜水機動艦隊の一角、第四潜水機動艦隊はこの様にして壊滅した。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ファラゾアの手の届かないパラダイスだったはずの海中が、とうとう安住の地ではなくなったというオハナシです。
艦名にチョコチョコ矛盾が発生していますが、まあそこはソレ、地球人の未来が掛かった期待の星、潜水機動艦隊だから、ということでひとつ。