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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十章 Κήπος της Αρτέμιδος(アルテミスの庭)
281/405

25. 鹵獲品


 

 

■ 10.25.1

 

 

 22 May 2052, Transport fluvial et aerien sur le Rhin, Strasbourg, France

 A.D.2052年05月22日、フランス、ストラスブール、ライン河川航空運送

 

 

 ヘンドリックのオフィスには、いつもの三人が集合していた。

 部屋の主であるヘンドリック、副局長であるシルヴァン、そして技術顧問のトゥオマス。

 三人は、つい数日前に行われたナリヤンマル降下点跡地に対する現地調査の成果について確認を行っていた。

 ナリヤンマル降下点は、ファラゾア情報局が存在するストラスブール、そして連邦軍特殊部隊である第666戦術戦闘航空団陸戦隊の拠点が存在するシュツットガルトから最も近い降下点であることから、今回の現地調査にはファラゾア情報局の技術陣からも各分野の専門の調査員十名が同行して現地入りしていた。

 

 技術的知識に乏しい連邦軍兵士が、現地で眼にした「使えそうに見える物」を適当に選んで回収し、「重要そうに見える物」の映像を適当に取得して持ち帰って来るのでは無く、その道の専門家が現地入りしてプロフェッショナルの目で観察し、有用な物を選別して回収して来るのとでは、現地調査で手に入る資材や情報の量、そして質が桁違いに異なった。

 大量の物資と映像情報、そして現地情報をほくほく顔で持ち帰ってきた技術陣調査団は、そのままの勢いで得られた鹵獲品と情報の分類を一気に行い、そしてその報告の第一報として鹵獲品および取得情報の一覧表がヘンドリックの元に届けられたのがつい先ほどであった。

 

 いつもの三人でその内容確認を行い、調査の方向性の大枠を決めてしまおうとヘンドリックのオフィスに集まった。

 ヘンドリックにしてもまたシルヴァンにしても、届けられたリストを読み進めるに従って、専門化チームによる現地調査の大成果に満足の度合いを上げていたのだが、技術顧問であるトゥオマスは満足という言葉では言い表し足りない程にエキサイトしていた。

 

「素晴らしい! これを見たまえ。敵基地内防衛機構であるテトラを二十五機も捕獲しているぞ。なんと、そのうち四機は機能している状態のものを『生け捕り』しているじゃないか。流石特殊部隊だね。各国軍の陸軍一般兵とはひと味もふた味も違うね。君達ならこれがどれほどの知識を我々にもたらしてくれるか想像が付くだろう? あの高出力低温核融合炉と超小型重力推進器が完全動作状態で手に入ったのだよ。素晴らしい! 家電製品から重力浮遊車まであらゆるものに応用が効くのだ。なんてことだ。しかもCLPU(Central Living Processing Unit:生体脳ユニット)も完全動作状態なのだよ。生きているCLPUだよ。これでCLPUのプロトコル解析が格段に進むことだろう。彼等はどうやって敵の防衛ユニットを生け捕りしたのだろうか? 攻撃用レーザーと重力推進を何らかの形で無効化しなければならないはずだよ。非常に興味深いね。いや、今そんな事は考えるべきじゃ無いね。さらに何と言ってもCLPU用の生命維持カプセル(Life Support Nutrients Capsule)も大量にある。生きたCLPUを殺さずに済む。何ということだ。やはり専門家が現地調査に入るのは極めて有用だよ。次回からも必ずこうするべきだよ。いや、その前に第二次調査団を組むべきだね。なんなら私もその調査団に加わってもいい。いや、是非加わりたいものだ。ヘンドリック、次の調査団はいつ出せる? どんなことがあっても必ず参加してみせるよ。何という宝の山だろう。現地で実際にファラゾア施設を見る事が出来れば・・・」

 

「あー、トゥオマス? 差し支えなければ、この先のリストの確認を先に終えたいのだが?」

 

 おもちゃの山を前にして暴走状態の子供の様になってしまったトゥオマスを、この打ち合わせの目的を忘れていないヘンドリックが遮る。

 彼らがやらねばならないことは、手に入れた数々の有用な鹵獲品の中から、解析の優先順位の高いものを見つけ出し、その解析の方向性を技術部門に指示することであり、まだいつになるか計画もされていない第二次調査隊に思いを馳せることではなかった。

 

「そうだな、その通りだ。彼らは他にも沢山面白いものを鹵獲してくれているに違いない。その通りだよ、ヘンドリック。」

 

 どう考えても自分が言ったことの真意を理解していない、ハイギアで飛ばし続けるトゥオマスの満面の笑みを見て、ヘンドリックはシルヴァンと苦笑いを交わす。

 

 それでも、多少立ち位置が異なろうとも、目指している方向性は同じであることに変わりはなかった。

 何よりも、こういう状態になったときのトゥオマスの推進力は、他の追随を許さないものがある。

 ヘンドリックが止めなければ、寝食を忘れて何日もぶっ続けで解析チームと共にノンストップで鹵獲品に夢中になる事がこれまで何度もあったのだ。

 「教授(プロフェッサ)」というあだ名の通りの暴走ではあるが、しかし彼らのその様な情熱的且つ集中的な解析研究によってファラゾアに関する様々な情報が詳らかになり、またSF映画から飛び出してきたような兵器が生み出されてきたこともまた事実なのだ。

 

「ああ、これを見たまえ。地上施設内通路天井面に設置されていた、防御用小型レーザー砲だと! これは以前ファラゾア地上施設を脱出してきた、初期のチャーリー達が言っていたものだね。素晴らしい。これで攻撃用レーザー砲の小型化技術に目処が立つというものだ。

「何だと! 君達、四十五番を見てみたまえ。生体脳加工ラインと思しき場所で見つかった、スチロールに似た有機系材料で作られた、大量のカートリッジ状部品と、それを満載したコンテナだ。これは・・・もし私の想像が間違っていないとしたら、このカートリッジは間違いなくバイオチップかそれに関連する何かだよ。彼らもそれを分かっていてこれを拾ってきたに違いない。

「ふむ。しかし困ったな。これがバイオチップであるという事を証明するために、さすがに生きた人間を使うわけにはいかんだろう。かといって実際に脳内で展開できることを証明せねばならん。死刑囚でも使うか・・・そうか。ヘンドリック、チンパンジーを大至急数十匹手配してもらえないだろうか。チンパンジーの脳を使えば、人間のそれに近い環境を再現できる筈だ。ふむ。運が良ければ、チンパンジーとの意思疎通さえ可能にするかも知れんぞ、これは。

「素晴らしいな。素晴らしいとしか表現できない。どうやら今回の調査隊が調べたのは、人体を加工して生体脳を取り出し、CLPUへと組み込むための製造ラインを格納した地上施設だったようだね。

「まさにこれだよ。これまでの降下点跡地に残った地上施設の調査隊は、この人体加工施設を調査できなかった。正確には、降下点殲滅攻撃のあと残存していた地上施設が、今回運良く人体加工施設だった、という訳だな。

「ヘンドリック。従来の考察から判明している彼らのやり方から考えて、今回調査した地上施設と寸分違わず同じ大きさの地上施設を、他の降下点でも見つけることが出来るはずだよ。当然、これまでの降下点殲滅攻撃の後に行われた現地調査で調査された、今回のものとは異なる大きさの地上施設も同じ事だ。同じ機能を持つ地上施設は、寸分違わず同じサイズであるはずだ。軍に依頼して、次の降下点殲滅攻撃の際には、これまで調査したことのないサイズの地上施設をミサイルの標的から外してもらうようにしなければならん。同じものばかりを調査しても意味は無いからね。次の攻撃でそういったサイズのものを残してもらうことで、私たちはまた別の機能を持つ地上構造物を調査することが可能となるだろう。

「各降下点の殲滅攻撃を行う前の状況は、作戦開始前に行っているOSVからの高高度偵察のデータが残っているはずだよ。そのデータと、過去の調査データを突き合わせて、どのタイプの地上施設は調査済みで、どのタイプが未調査か、次はどのタイプを残して欲しいか、即ち、ミサイルの標的から外して欲しいか、そのリストを早急に作成して軍に持って行かなければならないね。次の『シロッコ』の作戦詳細は大詰めの状態だ。あと二十日も残っていない。これは急いでやらなければいけないね。抽出作業は調査班の事務局にやってもらうとして・・・」

 

「・・・トゥオマス?」

 

 再びオーバードライヴ状態になったトゥオマスを、ゆっくりとした低い声でヘンドリックが止める。

 

「ここでこのリストの確認を続けるかね? それとも今の案件を持ち帰って早速取りかかるかね?」

 

 即ち、変な暴走の仕方をして一つの案件に拘り続けるなら、他の案件からは外すぞ、と脅しているのだった。

 

 色々と奇抜な行動も多いトゥオマスだが、大学教授を務めていただけのことはあり、その辺りの政治的駆け引きが出来ない訳ではなかった。

 むしろ、普段の冷静な彼であれば、冷徹な判断を下すことが出来るという意味を含めて、その様な政治的な問題を処理する事は、得意な方であると云って良いだろう。

 

「ふむ。済まないね。今回の鹵獲品はどうにも素晴らしい物が多くて、ついつい興奮してしまうな。やはり専門家が現地に入って、プロの目でピックアップするのはひと味違うね。第二次調査隊が編制される場合は、是非私も参加したいところだ。気に留めておいてくれ給え。

「さて、次に移ろうか。どこまで行ったかな。そうそう、47番のバイオチップカートリッジと思しき有機素材の小片で満たされたコンテナ、までだったね。

「次、48番から、52番は飛ばして良いね。先ほどのコンテナのローディングシステムだろう。

「55番。気になるね。位置と構造的に、バイオチップカートリッジ用のインジェクタじゃないかね、これは? ブラウンシュヴァイクの連中は興味を示すだろう。バイオチップの種をどこに挿入すべきか解析できるかも知れない。

「それとこの付属のプローブらしき物も気になるね。これがバイオチップの種だとすれば、その展開と成長をコントロールするための物じゃ無いかね? インターフェイスの問題だけで無く、分子レベルでのバイオチップの生成のコントロールと、初期段階でのインターフェイスの機能も無ければならないだろう。

「というコメントを添えて、これもブラウンシュヴァイク送りだね。 ああ、もし類似の物があれば、そうだね、GEかIBMのナノラボにも声をかけてやった方がいいね。多分、ナノレベルでの駆動機構や分子コントロール技術の展覧会みたいなデバイスの筈だよ。彼等も徐々に復活してきて、そろそろ暇を持て余しているだろうからね。」

 

 「まとも」に戻ったトゥオマスが、本来行うべき確認作業に戻った。

 

 そうなればそうなったで今度は、もともとが技術屋でも無く、またSF小説や映画を嗜む趣味も持っていなかったヘンドリックとシルヴァンは、トゥオマスの口から次々と溢れ出てくる専門用語の羅列について行くことが出来なくなる。

 その点については、ヘンドリックはもう諦めていた。

 そもそも、その様な彼等では太刀打ち出来ないファラゾア技術の解析や考察を行う為にトゥオマスはここにいるのだ。

 トゥオマスが重要であると云う物について、その重要性を一般的な情報に置換え噛み砕いて説明させて、その上で判断を下せば良いのだ。

 

「うん?」

 

 ヘンドリックとシルヴァンがただただ押し流されていくだけの、理解できない情報の濁流を生み出していたトゥオマスが、突然言葉を止めて押し黙った。

 

「どうした? 何か気になるものがあったか?」

 

 眼を細め、眉間に皺を寄せて、まるでリストを睨み付ける様に黙り込むトゥオマスの様子が尋常では無く、シルヴァンも訝しげな顔でトゥオマスの次の言葉を待つ。

 

「・・・大金星だ。125番から148番まで。同じ部屋から採取した、というか、どうやら隠し部屋を捜し当てて、そこにあった物をそっくり持ち帰ってきたのかな、これは。本当に素晴らしい働きだな、今回の調査隊は。

「いや惜しむらくは、手に入れたとしても今の我々の知識と技術ではこれを生かし切れないのが悔しいな。いやむしろそこの突破口になってくれる事を期待するか・・・」

 

「トゥオマス?」

 

 自身の中の思考の海にはまり込んで浮き上がって来ないという、先ほどと同様の暴走状態ではあるのだが、先ほどのオモチャを与えられた子供がただ単にはしゃぎ回っていただけの様な状態とは全く異なり、同じ暴走でも真剣且つ深刻なその雰囲気は、明らかに何か極めて重要な物を発見したことの証左であろうと、ヘンドリックとシルヴァンは固唾をのむ。

 

「ああ、済まないね。私だけが納得しても仕方が無いね。君たちにも等しくこの楽しみを分かち合ってもらおう。

「彼等はとんでもない物を持ち帰ってきたよ。これまで連中の墜落した戦艦や、半ば破壊された地上施設を一般兵が捜索する程度では、どうしても手に入れられなかった物だよ。存在は知っていたが、どうやっても手に入らなかった。」

 

 トゥオマスはいったん言葉を切って、二人の顔を交互に眺めながら、手にしたレポートの表面を伸ばした指の先で何度か弾いた。

 紙が立てる乾いた音が静かな室内に響いた。

 

「彼等はあの地上施設のコントロールユニットを見つけた様だ。そのCLPUとCEPUをそっくり全部持ち帰ってきた様だ。CLPUが死なない様に処置をした上で、ね。」

 

 トゥオマスの顔から表情が消えた。

 

「その顔は、何を言っているか理解できていない様だね。要するに、生きたファラゾア人の脳を持ち帰ってきたのだよ、彼等は。この戦争での捕虜第一号、というところかな。

「ふふふ。ファーストコンタクトの、やり直しが出来るかも知れないね、これは。」

 

 銃を持つ兵士でもなければ、戦闘機を操るパイロットでも無いトゥオマスである筈が、二人は彼の表情を見て、発せられる殺気に背筋に冷気が走る思いがした。

 表面上は笑いを貼り付かせて静かに語ったトゥオマスの言葉だが、本心と異なっている事は明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 テトラをどうやって生け捕りするか?

 やっぱり、網投げて、しびびびび、とか?

 とりもちの付いた棒でピトッとか?

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― 新着の感想 ―
トリモチでピトッって捕らえられる超文明の自律防衛装置、、。シュールだな〜((
[一言] ついにファラゾア本体の捕虜が そして一切のAIが使われてないことも判明する? もう出ていたかな? テランの特異性の中でも重要な一面である人工知性との共生の始まりもそろそろネタになるはず
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