24. ナリヤンマル降下点ファラゾア地上施設突入
■ 10.24.1
20 May 2052, Vacant Site of Nariyan-Mar Pharazoren Descently Poinnt, Nenets Autonomous District, Russia
A.D.2052年05月20日、ロシア、ネネツ自治管区、ナリヤンマル降下点跡地
黒灰色の地球連邦空軍機色に塗られた小型の輸送機が四機、音も無く澄み渡った青空を駆け抜けていく。
一日の平均気温がやっと零度を超えたばかりで、まだまだあちこちに白い根雪の残る風景は見る者に寒々しい印象を与えるが、この地方に住む者にとっては季節は間違いなく春を迎えており、そして沼の多い湿地帯を覆う灌木の枝々を観察すれば、確かに若緑色の新芽が芽吹いているのを見て取ることが出来る。
四機の小型輸送機はいずれも、最近になって実戦投入され始めた最新鋭機であるボーイング C10D「Quail (クエイル)」である。
少しずんぐりとした機体は、左右の主翼にそれぞれ一発ずつ、水平尾翼の付け根に左右一発ずつの計四発のモータージェットを持っている。
機体尾部には熱核反応炉とAGG/GPUを格納しており、機首から尾部まで全体的にずんぐりもっさりとした太めの印象を受ける。
しかしその機体性能はあらゆる面で小型輸送機としてトップクラスであり、装甲兵員輸送車程度であれば搭載可能なカーゴルームは大きく、兵員を直接搭乗させれば六十人もの兵士を簡易シートに座らせて輸送可能である。
重力推進を有しているため当然の事ながら垂直離着陸可能な機体は、カーゴルームに搭載する物資の重量を問わず飛行可能であり、貨物の制限は唯一カーゴルームに入るかどうか、強いて言うならば地上で格納した時に床が抜ける重量で無いことが積載貨物の上限である。
また、四発のモータージェットは主翼或いは尾翼の軸を中心に前後方向に200度回転可能であり、また機体の外側に向けて開くy軸方向にも±15度の可動範囲をもつ。
重力推進とこの自由自在に動くモータージェットの組み合わせによってクエイルは、小型輸送機ながらも無補給で二万kmを越える航続距離を持ち、着陸する場所を選ばず、まるでヘリコプターの様に空中に浮きつつ繊細な動きで狙ったとおりの場所に正確に着陸することが可能であり、またずんぐりとした機体形状の限界はあるものの音速を軽く超える速度を叩き出すことが可能という非常に高い性能を有している。
その代償として、複雑な機体構造による整備性の低下や、余りに高レベルの機体操作が可能であることによって要求される非常にデリケートな操縦性といった欠点を持つが、戦闘機のエンジンとして長くモータージェットを作り続けてきた経験によるメンテナンスフリー化や、複雑かつ繊細な操縦操作に慣れている元戦闘機パイロットを採用するなどして、この欠点を補うことで運用されている。
特に、今ナリヤンマル降下点跡地に向けて急行するD型は、モータージェットエンジンのファンブレード形状などを改良して静粛性を向上し、機首に複合センサーユニットを追加することで夜間を含めた探知性能を底上げし、また主翼形状を変更した上で強度を向上することで、翼下パイロンへの武装搭載能力および高速飛行能力を向上した、敵地深くへ強行突入する特殊空挺部隊仕様への改良型である。
第666戦術戦闘航空団第一陸戦大隊A中隊長のゴルジェイ・イシャエフ少尉は、機長の気配りによってカーゴルーム内のモニタにデータ転送されている機首外部光学センサ、即ち前方カメラの映像を不機嫌そうな顔で睨み付けていた。
ロシア陸軍特殊任務部隊出身のゴルジェイは、これまでの軍歴の中で幾多の輝かしい戦果を上げた叩き上げの士官として、隊員達の恐怖と尊敬と忠誠を全て一手に引き受ける、まるで映画やTVドラマの中に出てくる典型的な強面の中隊長のような存在であった。
「機長よりA中隊。あと五分ほどで到着する。降機用意。」
モニタに映し出される眼下の景色が、まばらに生える灌木が芽吹き始めた早春のペチョラ河流域の湿地帯から、橘花による地上殲滅攻撃によって発生した衝撃波に何もかもが打ち倒され吹き飛ばされた無残なものに変わり、降下点に近付くに連れてさらには高温の衝撃波によりあらゆるものが焼き尽くされ吹き飛ばされた地獄絵図のような惨憺たるものに変わってしばらくして、パイロットを兼任する機長からの連絡がカーゴルーム内に響いた。
「各小隊、降機用意。」
スピーカーから流れてきた連絡を聞いて、ゴルジェイはモニタから視線を外し、カーゴルーム内に設置された簡易シートに座る部下達を見回しながら短く指示を飛ばす。
拠点であるシュツットガルト航空基地を出発して以来、常にM2.0を維持するという輸送機にしては極めて非常識な高速で行程をこなし、ほぼ定刻通りに四機のクエイルはナリヤンマル降下点跡地に到達しようとしている。
「アリスン小隊、準備完了。」
「ブレンダ小隊、準備完了。」
「クリス小隊、準備完了。」
もとよりほぼ定刻到着であれば、彼等の降機準備が完了していないはずも無い。
ゴルジェイの指示に対して待ち構えていたかの様に間髪入れず、準備完了の答えが返ってくる。
「こちらA中隊。降機準備完了。いつでもいいぞ。」
ゴルジェイはモニタのすぐ脇に設置してあるマイクに向けて怒鳴った。
「A中隊、降機準備完了。諒解。
「あー。機長より、ご搭乗の皆様にお知らせ申し上げます。当機はこれより着陸態勢に入り、約45秒後に目的地でありますナリヤンマル降下点跡地へ強行着陸致します。これより着陸までの間、『お家に帰りたい』を含め、一切の進路変更要求は受け付けなくなります。また、乗客の皆様におかれましては、安全のため今一度シートベルトをご確認戴けます様お願い申し上げまっす。えー、到着地ナリヤンマルの現在時刻は午前11時25分、天候は晴れ時々ミサイル、気温はだいたい雪が溶ける位でございます。だんだん春めいてきた此の頃、ミサイルの着弾でツンドラの雪も溶け・・・おっと喋りすぎた。時間だ。」
機長がふざけた口調で、機内の放送を使って民間航空機のアナウンスを真似る。
所々に織り交ぜた冗談が飛び出す度に、カーゴルームに座る陸戦隊員達の間に笑いが起こる。
自分の部下達が笑い声を上げる姿を横目で見つつ、ふざけた女だ、とゴルジェイは思った。
この機のパイロット兼機長は、昔最前線で戦闘機パイロットだったという中国人の女だった。
これまでも強行着陸などの作戦で、何度か世話になった事があった。
まあ、ふざけたアナウンスで隊員の間に僅かに残っていた緊張も取れた事だし、それにふざけてはいても機長は相当に腕の良いパイロットであるという事は知っていた。
目くじらを立てる様なことは無いだろうと、ゴルジェイはカーゴルームに笑いの渦を広げるアナウンスを聞き流した。
「皆様次回ご搭乗の際も空挺航空機隊 (Airborne Aircraft Corps)三番機をご利用戴けます様よろしくお願い申し上げます、っと。
「着陸十秒前。総員対衝撃用意。」
機長がくだらないことを喋って居る間に、機体はナリヤンマル降下点跡地、即ち橘花によって地表が掘り返され焼き尽くされ、クレーターだらけにされた場所に到着しており、モニタに映し出されている前方カメラ画像には、この世のものとは思えないほどに荒れ果てた黒々としたダイチが映し出されていた。
橘花の着弾によって作られた巨大なクレーターには、ペチョラ河の水が流れ込んで巨大な円形の池に変わっているものもある。
流石に殲滅攻撃から二四時間近く経った今、着弾地点周辺では煙の類いを認めることは出来なかったが、これまでにこなしてきた同様の降下点跡地調査の経験から、未だ直接手を触れれば火傷をしてしまうような温度の場所があることをゴルジェイは知っていた。
前方に黒い土を大量に被った白く巨大な箱が見える。
ゴルジェイの乗った輸送機はそこに向けて真っ直ぐ突っ込んでいく。
衝突してしまうのではないかと恐怖を感じるほどにまで近づき、前方モニタ画像が突然青い空に切り替わった。
四機のクエイルは一気に高度を下げながら、音速を超える速度でナリヤンマル降下点跡地に残されたファラゾアの地上施設に急速に近づいた。
そして重力推進を逆転させて急ブレーキを掛けつつ、四発のモータージェットを-90度、即ち真下に向けて主翼付け根の二発のエンジンのみの回転数を急激に上げた。
機体は急減速しつつ機首をほぼ垂直に持ち上げる。
その姿勢のままでさらに高度を下げ、地上施設の100mほど手前、高度30mでほぼ静止した。
尾翼付け根の両舷エンジンをひと噴かしして機体姿勢を水平に戻すと、それまでの気が狂ったような無茶苦茶な機動から一転、ふわりと柔らかく地上に着地した。
着地と同時にカーゴルームのオペレータが、機体後部のハッチを開ける。
「皆様、当機はただいまナリヤンマル降下点に到着いたしました。お降りの際にはお忘れ物等御座いませんようお手回りの品をご確認ください。特に最近は、アサルトライフル、携帯糧食などのお忘れ物が・・・」
「全員ベルト解除。起立!」
「アリスン小隊、降機開始! 続け! 走れ、走れ、走れ!」
「ブレンダ小隊、降機用意! アリスンに続け。」
「クリス小隊、降機待て! ブレンダに続く。」
「走れ、走れ、走れ! 奴等が宇宙から狙ってるぞ! 時間を無駄にするな!」
「アリスン小隊は、PGS (Pharazoren Ground Structure:ファラゾア地上構造物)方向に展開。安全確保。」
「ブレンダ小隊、機体左側に展開。後続機に注意!」
「クリス小隊、降機開始! 機体右側に展開。安全確保! 後続機に注意しろ!」
さらに悪ノリして、着陸後もくだらない機内放送を続ける機長のアナウンスを完全に無視し、シートに着いていた兵士達が一斉に立ち上がり、整然と行動し始めた。
金属製の床を踏み鳴らして数十の足音が後部ハッチを抜けて機外へと駆け出して行く。
機外へと走り出た兵士達は適当に距離を取って散開し、ニーリングの姿勢でC.G.ハエネル製MK648cアサルトライフルを構え、周囲に油断なく視線を走らせる。
橘花による殲滅攻撃を受けた降下点跡地で、兵士達が警戒対象とするような地上の敵が存在するとは考えられないが、万が一ファラゾア地上施設内からテトラやボールと云った対人攻撃ユニットが施設外へと浸透してきている可能性を考慮しての警戒態勢である。
機体周辺に散開した小隊長から次々と安全確保の報告がゴルジェイの元へ届く。
「こちらA中隊。機体周辺に展開完了。敵性目標無し。前方のファラゾア施設に入り口を開けてくれ。」
後続の三機が全て地上に着陸したことを確認し、ゴルジェイは電波式の無線を使用して輸送機の機長にファラゾア地上施設を攻撃するよう要請した。
「こちらシュウェッツ03、諒解。カウント30でファラゾア地上施設正面外壁にレーザー照射を行う。アリスン小隊、退避せよ。30秒前、28、27・・・」
「30秒後に輸送機が地上施設外壁に攻撃を行う。アリスン小隊、輸送機前を開けろ!」
アリスン小隊長の号令で、輸送機の前方に展開していたアリスン小隊の兵士達二十名が、左右に割れて退避し、輸送機の正面に射線を通す。
ファラゾア地上施設への攻撃を宣言したクエイル、シュウェッツ (梟)03の操縦席両側に設置されている180mm/180MW旋回光学砲の内、左側の砲塔が回転し、高透度結晶化ガラスが填め込まれた砲口をファラゾア地上施設へと向けた。
「・・・4、3、2、1、ファイア。」
カウントダウンの終わりと同時に、旋回式のレーザー砲塔から、敵施設外壁を爆発させないように出力を抑えたレーザーが撃ち出され、施設外壁の一部を見る間に赤熱させて融かし切る。
レーザーは縦横10mほどの四角い部分を切り取ったが、穴が空いた訳では無い。
「A中隊、これより高出力レーザーで入り口外壁を吹き飛ばす。全員伏せろ。」
輸送機の機長が地上の兵士達に防御姿勢を指示するが、入り口を切り取るためのレーザー照射が始まった時点で兵士達は皆地面に伏せていた。
兵士達全員が伏せていることを確認し、輸送機は切り取った部分の真ん中辺りに向けて最大出力のレーザーを一瞬だけ撃ち込んだ。
レーザーの照射点の外壁が高熱により爆発し、先に切り取った四角い部分が施設内側に向けて吹き飛ばされた。
後には、冷えて微粒子化した金属蒸気を含んだ金臭い熱風が吹き、そしてファラゾア地上施設外壁には10m四方ほどの破壊孔がぽっかりと黒い口を開けた。
「敵地上施設内部直近に重力波反応無し。光学にて敵影なし。」
「諒解。アリスン、破壊口両側を確保。まだ熱いぞ。気をつけろ。ブレンダ、クリスはアリスンに続け。前進。」
ゴルジェイの指示により、輸送機両側に退避したアリスン小隊が左右に分かれたままファラゾア地上施設に近づき、破壊孔の両側に張り付くようにして陣取った。
そのすぐ後ろに他の二小隊が続く。
「ライトボール投入。」
破壊孔に一番近く位置取った兵士が、腰のクリップからライトボール弾を引き抜き、破壊口内部に放り込んだ。
ライトボール弾は施設内部の床で一度跳ね、何かが擦れるような音を立てながら眩く真っ白に燃え始めた。
真っ白い光は破壊口から数m入ったところで燃え続け、辺り一面に真っ白い光を撒き散らしている。
「アリスン、四人突入。」
ゴルジェイの指示に従い、アリスン小隊の四人が破壊口から内部に突入していった。
「クリア。」
「よし。アリスン、ブレンダ、突入せよ。クリスは破壊口を確保。シュウェッツ03。安全を確保した。調査隊を呼んでくれ。」
「シュウェッツ03、諒解。」
自分達が乗ってきた輸送機の向こう側、後続の輸送機からルーフの無い小型車に乗った調査隊が吐き出されるのを確認して、ゴルジェイはきびすを返しファラゾア地上施設に向けて歩き始めた。
あの日、遙か遠くから眺めるだけで手が届かなかったこの地上施設の中を発く日がやって来た。
二度と還ることの無かった仲間達を想いながら、ゴルジェイは不敵な笑みを浮かべ、まだ熱を発し続けている破壊口をくぐり地上施設内部へと足を踏み入れた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
気付いては居たのですが、面倒なので、ファラゾア地上施設内部の床面は外の地上と同じ高さとしました。
ロープ掛けたり穴掘ったり面倒なんで。
「野郎ども、略奪の時間だ! 存分に奪い尽くせ!」
「ヒャッハー!」
というのを入れようかと思ったのですが、やめました。w