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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第二章 絶望と希望
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14. 重力波変位探知機 (GDD)


■ 2.14.1

 

 

 遠近感がおかしくなるような一面白色で塗りつぶされた大地、灰色に低く垂れ込めた分厚い雲、濃い濃度で大気中水分の白い固体結晶を含んだ風。

 モニタ画面を透けて見える視野の中を雪が舞い踊り、白と灰色だけで染め上げられた世界に、緑色の線と文字であらゆる情報が書き込まれ表示されていく。

 首を動かして側方を見ても、それらの情報は違和感なく視野の中を追従してきて、さらに側方の索敵情報も正しく表示する。

 

 今、右を向いた実田の視野の中には、対気速度計や気圧高度計、ピッチラダーと云った飛行情報と供に、右翼に付いている僚機である若林機に対する友軍機のマーカーも表示されている。

 今彼等は高度5000mで雪雲のすぐ上を飛んでいるため、時々盛り上がった雲の中を突き抜ける以外は、肉眼でも若林機を確認する事が出来る。

 

「いかんな。こいつがイーグルだという意識が抜けない。イーグルでHMD情報が見えることに違和感を感じる。些細な事なんだがな。」

 

「いや、俺もです。イーグルなのに操縦桿がサイドスティックなのが違和感あって。サイドスティックなんてF3で散々使ってるのに、おかしいですね。」

 

 実田のぼやきに若林が答える。

 多くの戦闘機が右サイドパネルに操縦桿を置くサイドスティックを採用するのに反して、米ボーイング社は従来の両足の間に操縦桿を置く構造を変える事はなかった。

 パイロットが右手を負傷したときでも最悪左手で操縦できるようにとの配慮ではあったが、そもそもが機体が操縦可能な状態であり且つ、パイロットが右手が使用不能となった上で意識を維持している状態となるような損害を受ける確率がどれ程のものかという計算の元、日本軍はF15RJにサイドスティックの採用を決定した。

 高G機動の連続である格闘戦に於いて、両足の間にある操縦桿よりもサイドスティックの方が操作性に勝る事は実戦で証明されている。

 

 F15RJに新たに搭載された短距離用レーザー通信のお陰で、編隊内の音声が随分クリアに聞こえる。

 電磁波がだだ漏れとなる従来の電波通信に較べて指向性の高いレーザー通信であれば、遠距離にいるファラゾアから探知される可能性を少しでも下げられるのではないかと、半ば試験的に採用されたものだった。

 その代わり常に僚機の位置を特定出来ていなければならず、急激な機動などによって光学センサーが僚機を見失うと一時的に通信不能に陥る。

 もちろんその場合も従来のラジオ通信は可能であり、光学センサーが僚機を見失うような機動を行う状況というのはつまり既に接敵しているわけで、電磁波を探知されようがある意味問題のない状況と言える。

 もう一つレーザー通信は、濃密な雲の中に入ってしまうと使用不能となる欠点も持ち合わせている。

 しかしそれでも、僅かながらでも探知される可能性を下げる新たな技術の採用は、パイロット達に概ね好意的に受け入れられていた。

 

「イーグルだと思うからいかんのだろうな。下手にイーグルの操縦経験があるものだから、その意識が邪魔をする。すぐに上書き出来ないとは。いかんな。俺も歳か。」

 

「勘弁して下さい。似たような症状に悩んでて、隊長より若い俺はどう言い訳すりゃいいんですか。」

 

「ふん。素直に自分の不器用さを認めれば良いさ。」

 

「成る程。とすると隊長は不器用で且つジジイと。」

 

「年寄りは労れよ。次の交戦は俺は後ろで高みの見物だ。」

 

「新しい機体が泣きますよ。」

 

「若い才能を育てんとな。」

 

「育つ、というよりも調子に乗ってるのもいますが。アレは若いというよりただのガキですかね。」

 

 呆れた声を出す若林大尉のヘルメットが向いた先には、まるで曲芸飛行の様な挙動で自由自在にシベリアの空を舞うF15RJが一機。

 

「あれはあれで、習熟訓練という事で有りだろう。ああいうバカな挙動もやっておいて損はなかろう。なにせ戦闘中にコブラやる奴だからな。コイツでならコブラどころかクルビットも可能だろうさ。」

 

 そう言って実田も長谷川機の動きを追う。

 

「適当には止めさせますよ? 燃料もあり余っているわけじゃないんですから。」

 

「いやむしろ俺達も参加するべきかと考えているんだが。遊んでいるように見えるが、短時間で機体の挙動を掴むのに悪くない。」

 

「勘弁して下さい。ブルインでも目指す気ですか。急に曲芸飛行なんかしたら腰をやりますよ。」

 

「まったく、ジジイ扱いしやがって。みてろ・・・ん?」

 

 実田のHMD表示に、短く鋭い電子音と共に紫色の三角形が追加された。

 

「来ましたね。これはいいな。有り難い。」

 

 三角形の示す先の方向に首を曲げると、視野の中に同じ紫で円が示される。

 

 彼等のHMDに紫色のマーカーを表示したのは、これもまたF15RJに実験的に搭載された新装備である重力波変位探知機(Gravitational wave Displacement Detector: GDD)である。

 

 国連主導によるオーバーテクノロジー解析プロジェクトの中で、重力制御技術の解析と開発を割り振られた日本政府は、茨城県つくば市北部にある高エネルギー加速器研究機構(高エネ研:KIK)に隣接した農地を買収、筑波山の麓に国立重力研究所(重力研:National Institute of Gravity: NIG)を新たに設置した。

 重力研はもともとつくば市内に多数存在した他の国立研究所、特に産業技術総合研究所(産総研)、或いは前出の高エネ研などと強い連携のもと、さらには北関東三県に跨がって機械工業が連なる工業地帯とも深く協力関係を保ちながら、国連委託の巨大プロジェクトであり、また人類生き残りに向けての急務である重力制御技術の開発の中心となった。

 

 もちろん重力研の最重要任務は重力を制御する機構を開発することであるが、その研究開発過程にて幾つもの副産物の様な技術を生み出し続けた。

 世間一般的には余り用途の無い様な技術も多かったが、中にはすぐにでも利用可能、或いは利用することで世の中のどこか―――主に対ファラゾア防衛戦―――を改善する様な技術もあった。

 この度、実田達が受け取ったF15RJに搭載されたGDDもその様な技術の一つであった。

 

 搭載されたレーダーの強度と精度にも依るが、戦闘機に搭載されたレーダーで高いステルス性を持つファラゾア機を捉えることは難しかった。

 一般的に戦闘機のレーダーは、攻撃可能範囲である前方100~120度に特化して索敵範囲を設定しているため、もともと側方や後方の離れた所にいる敵機の情報を掴みにくいのだ。

 それがファラゾア戦闘機であれば、ほぼ見えないと言って良かった。

 レーダーが向いている前方でさえ、20kmも離れれば捕捉できなくなってしまうのだ。

 従来であれば、離れた所で戦闘空域全体をモニタしているAWACSからの情報でそれを補う事も出来たが、AWACSのレーダーでさえファラゾア機を掴みにくい上に、空中に存在する強烈な電波発信源は余りに目立ちすぎ、ファラゾアの装備する大口径レーザー砲で超長距離から狙い撃ちされてしまうため、今やAWACSを戦場に投入する事はそのAWACSを失う事とほぼ同義となってしまった。

 

 航空基地の近くに超強力な大型レーダーを設置して、ジャミングとステルス性を大パワーで打ち破る方式も採られてはいるが、いかんせんその索敵情報を遠く離れた最前線の戦闘機に届ける方法が無かった。

 基地からの通信はジャミングで攪乱され、中継局を作ればファラゾアに潰され、AWACSは前述の理由で飛ばす事が出来ない。

 さらには、電子戦に優れたファラゾアによってその索敵情報通信に割り込まれ書き換えられ欺瞞情報を垂れ流される危険性もあった。

 

 結局最も有効かつ普遍的な解決法は、戦闘機各個体に電子戦機並みの索敵能力を付与する事であると結論づけられ、各国軍および航空機メーカー、並びに航空電子機器(アビオニクス)メーカーは、索敵能力対機体重量という相容れない永遠の課題に対して果てなく厳しい挑戦をし続ける事を運命づけられてしまったのだった。

 

 その永遠のトレードオフの死闘に一石が投じられた。

 重力波変位探知機とは、その名の通り重力波の変異を探知する事でファラゾア機の位置を特定しようとする装置である。

 重力を制御する技術には未だ遠く及ばないまでも、重力研(NIG)による研究開発成果の第一号と言えるこの装置は、従来数百m~数百kmのアンテナ状のレーザー干渉計を展開せねば測定できなかった重力波検出を、僅か数十cm四方の重力波受容器(Gravitational Wave Receiver)で達成した。

 勿論その精度はまだまるで洗練されておらず、出来ることと言えばどの方角に目標物があるかを示す程度だった。

 

 GDDはその名の通り、重力波の変位を探知する。

 即ち、単位時間当たりの重力波の変化を検出し、その方向と強度を示すことが出来る。

 彼女達地球製の戦闘機が飛び回るのは、惑星地球の周囲を薄膜のように覆った大気圏内であり、地球重力は常に下方に向いているとしてこれを基準ベクトルとする。

 地球の周りで動くもの、即ち重力波の変位を生み出すものと言えば主に太陽と月であるが、これらは航法システムと連動した簡単な軌道計算を行うことで探知対象から外すことが出来る。

 ごく至近にある小型質量である友軍機については、レーダー或いは編隊内通信用の光学センサからの位置情報によって特定し、除外できる。

 それ以外で重力波変位を起こすものといえば、それ即ち重力制御推進機構を持つファラゾアの戦闘機であり、或いはその母船であると断定して構わなかった。

 地球はまだ重力制御推進どころか、人工的な重力を生み出すことにさえ成功していないのだ。

 

 前述の通りその性能はまだ大きく改善の余地を残しており、現在実田達が駆るF15RJに搭載されているGDDが出来ることと言えば、「あっちの方にファラゾアっぽいのが居る」と指差す程度であり、その距離や数といった戦術的に重要な情報を明示することなど一切出来はしなかった。

 しかしそれでも、これまで機載レーダーでは全くと言って良いほどに感知することの出来なかった遠方のファラゾア機の存在を、例えその方向だけとは言えども感知して指示することが出来るようになったのは、非常に大きな改善であった。

 特に、従来ではほぼ盲目と言っても良いほど探知不能であった、側方や後方の遠距離に居る敵の存在を知ることが出来るようになったのは劇的な進歩であった。

 これまで見えない方向・距離からの超遠距離狙撃に怯えながら、神経をすり減らし常に目視で全方位を警戒せねばならなかった、そしてそこまでしてもなお検出・視認範囲外からのアウトレンジ攻撃でいきなり撃墜されていた地球側戦闘機を駆るパイロット達の肉体的精神的負担を大きく減らし、彼らの生存率と敵の撃破数を大きく改善するであろうと期待されていた。

 

 その期待の新装備であるGDDが今まさにファラゾアの存在を捉え、実田達のHMDにそれを知らせる表示を行った。

 実田は何の予告もせずに編隊内通信を切り、僅かなレーザー光の漏れさえも排除して被発見率を下げる。

 紫の円がファラゾアの存在を指している辺りを凝視すると、実田の視線と挙動を感知した索敵システムが光学センサーを総動員し、GDDが示す円内を詳細にスキャンする。

 

 視界がクリアであれば可視光でファラゾアを確認出来る。

 少々の霞みであれば、赤外光が使える。

 ファラゾアとは云え大気圏内を高速で飛翔すれば、機体により押しのけられた大気が断熱圧縮で高温となり、周囲より多くの赤外線を発するようになる。

 実田と若林の機体の索敵システムがほぼ同時に、約120kmほどの距離、高度15000mで飛行している十二機のファラゾア戦闘機を捉えた。

 赤外線センサーが敵位置を特定したところで、光学センサーが大ズームを掛けて敵の特定を開始する。

 ズーム映像を一瞬見た実田は、システムが敵の機種を特定するよりも早く、クイッカー12機で構成される編隊であると見て取った。

 

 彼らと同じくGDDによる警告を受けたであろう長谷川大尉の機体がひらりと舞い降りてきて実田機の左側に占位した。

 翼が重なり合うほどの距離にまで接近してきた部下二人に、実田はハンドサインで指示を出す。

 折角完全な出力封鎖をしているというのに、わざわざ敵に気付かれる危険を冒す必要は無い。

 雲の中へ降下。高度3000m。所定の巡廻航路を維持。

 二人の諒解のサインを確認し、急激な挙動とならない様、雲の海の中に沈み込むようにして降下する。

 急激な挙動は思わぬ陽光の反射を発生して、敵に気付かれる可能性があるのだ。

 

 まるで潜水艦の様だな、と実田は思った。潜水艦に勤務した経験は無いが。

 敵に気付かれない様、遙か彼方で水面下に潜行し、何も見えない中を計器表示のみを頼りに息を潜めて進んでいく。

 雲の海と実際の海の違いこそあれ、やっている事はほぼ同じ様なものだった。

 

 高度3000m。雲の中で視界はほぼゼロ。

 ごく稀に一瞬訪れる雲の切れ間で僚機の位置を確認する。

 僚機は先行するこちらを、見えずともエンジン音で判別しているはずだ。二人ともその程度の芸当はやってのける。

 それ以外は対地高度計とCGで表示される地形図を睨み付け、頻繁に首を曲げて紫の円で示されるファラゾアの挙動を確認する。

 

 紫の円を確認する何度目かの動作で、円の下部に表示されている強度パターンの曲線と、その脇に表示される強度最高値を示す数値が変化している事に実田は気付いた。

 数値は明らかに先ほどより大きくなっており、強度パターンの波形の山が高くなっている。

 つまり、敵が接近してきているという事だった。

 機種変更習熟訓練を始める前に受けたレクチャーでは、重力波強度は距離の二乗に反比例するとの事だった。

 高校の物理で習った筈の引力強度の方程式などとうに忘れてしまったが、距離が近くなれば強度が強くなると云うのは感覚的に理解出来る。

 クソ。気付かれたか。

 

 120kmをM8.0で約45秒。

 迷っている時間は余り無い。

 先ほどの確認では十二機を視認できたが、実際は何機いるのか、そのうち何機がこちらに向かってきているのか分からない。

 十二機のクイッカーに三機で喧嘩を売るのは流石に厳しい。

 とは言え、本当に既に敵に発見されているのであれば、今更敵を確認する為に雲の上に出て姿をさらすのは自殺行為に近い。

 

 ・・・どのみち逃げきれるわけでも無いしな。敵の方が断然脚が速い。

 実田は半ば引きつるようにして皮肉な嗤いを顔に浮かべると、コンソールスクリーンに表示された通信封鎖のスイッチをタップした。

 

「気付かれた様だ。迎え撃つ。5km手前で突き上げるぞ。針路10、パワーミリタリー。高度そのまま。火器管制レッド。」

 

「05、コピー。」

 

「06。」

 

 実田は機体を右にバンクさせ、スロットルをアフターバーナー点火寸前の位置まで押し込んだ。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 やっとSFッポイものが出てきました。


 高エネ研の周りでは、サイクロトロンからの影響で肩こりが治るという噂を聞いたことがありますが、勿論ガセです。

 ちなみにつくば市のど真ん中にはH2Bロケットがぶっ立ってます。

 近所のスーパーの値段表示が英語だったり、レジのパートのオバチャンが4カ国語操ったり、スタバで後ろの席の客が量子力学を熱く議論していたり、ファミレスで周りのテーブルが全部日本語以外の言語で会話していたり、駅前に「ロボット通行注意」とか看板かかってたり、変なとこです。

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