23. 桜花改
■ 10.23.1
地球連邦空軍第3312戦術攻撃機隊(3312TTS:code 雷槍)所属六番機はその日、高島航空工業から納品された新型の対艦ミサイルの試作品を搭載し、ミサイルの発射試験を行うために、1030時に所属する三沢空軍基地を単機で飛び立った。
シベリアのノーラ降下点が四ヶ月ほど前に殲滅されてから、日本を含む極東地域の警戒レベルは大きく下げられた。
ノーラ降下点が無くなったことにより、この地域から最も近い敵降下点は遙か5000kmもの彼方にあるナリヤンマル降下点となり、もう殆ど降下点の脅威を気にする必要がなくなっていた。
希に降下点から湧き出し、降下点周辺で警戒を続ける味方戦闘機隊の監視をかいくぐって、予想も付かない場所に突然出現する所謂「ハグレ」が発生する危険性も無くなり、これまでの様に敵に発見され追撃されることを避けるために常に辺りをキョロキョロと見回し、息を潜め、怯えながら飛ぶ必要が無くなったのだ。
だからといって戦時下である現在、辺りを全く警戒せずに飛行することなど有り得なかった。
発射試験を行う予定の空域に向かう途中でも、雷槍06は常にCOSDERによって辺りに敵が居ないことを確認し続けていた。
そんな中、オペレータとしてCOSDER画面を睨み付けていた羽島幸範准尉がGDDに何かが引っかかったことに気付いた。
羽島は旧国連空軍に一般兵として入隊した。
パイロット適性試験では、憧れていた戦闘機パイロットへの道を進むだけの十分な成績を残すことが出来ず、しかし機器操作能力の高さを買われて航空管制隊勤務となった。
桜花ミサイルが実戦投入された後、さらにその母機である桜護が配備され、幾つもの攻撃隊が編制されたときにCOSDERオペレータとして攻撃隊に抜擢されたのだった。
桜花を抱えた桜護によって編制された攻撃隊の中で、COSDERオペレータがこなさねばならない仕事は多い。
格闘戦能力が戦闘機に遙かに劣る攻撃機を無事に目的地に辿り着かせ、基地に帰り着かせるために、敵に見つからないよう常に辺りを見回していなければならない。
戦場では、AWACSなどから送られてくる戦術情報と、自機のセンサー情報を突き合わせて、常に最新の正確な敵位置を把握しておかねばならず、また桜花発射をコントロールするオペレータに、精確且つ扱いやすい情報を受け渡さねばならない。
桜花を発射してしまえば仕事が終わるミサイルオペレータとは違い、無茶をやって戦場に突入した自機の周りの敵の動きを読み、最善の帰路を機長に示さねばならない。
宇宙空間に居る敵艦隊を迎撃するため桜護に与えられた、大型かつ高性能のGDDを伴ったCOSDERを駆使して、基地を出てから戻るまで、攻撃から退避まで、全てにおいて機長やクルー達が最善の意思決定を出来るように、常に精確な索敵情報を提供し続ける。
それが攻撃機に搭乗するCOSDERオペレータの仕事であり、そして羽島の密やかな誇りであった。
モニタ上にGDDのレイヤを呼び出し、重力波を探知した方向を詳細に調査する。
敵戦闘機は全て重力推進によって飛行している。
すなわち、GDDが何かを見つけたなら、どれほど些細な変化であっても決して見過ごしてはならないのだ。
僅かな見落としや、或いは気の緩みで無視した違和感が、後になって致命的な問題となって還ってくるという至極簡単な戦場の法則は、一度でも実戦を経験したものであれば骨身に染みて理解している。
何かがおかしいと思ったら、問題無いことが納得できるまで徹底的に調べ尽くす。
それが生き延びるコツであり、またCOSDERオペレータのやるべき事だと羽島は信じていた。
羽島はまず今から向かう先の方角を精密にスキャンした。
重力波はあらゆる方向からやってくる。
太陽や月などの天体、そしてすぐ足元の地球、さらには地球が自転することでも重力波の変動が発生する。
有効探知範囲内の僅か数百km先を飛行するファラゾア戦闘機を特定するのは、システムの自動検知がやってくれるが、その範囲の外からやってくる、他の外的要因による重力波と混ざり合った微弱なノイズレベルの重力波を同定するには、怪しい方角を集中的にスキャンしてやって、熟練した人間のオペレータの勘を織り交ぜながら特定作業を行うほか無いのだった。
しかしその集中スキャンを行っても、羽島は何も見つけられなかった。
それ自体は喜ばしいことであったが、やはりさっきから断続的に検知されている気になる重力波の説明とはならない。
羽島は次にノーラ降下点があった方角をスキャンする。
異常なし。
少しスキャン速度を上げて機体の周り360度を確認するが、やはり何も見つからない。
しかし引き続き重力波は検知されており、羽島は訝しげに眉を顰めてGDDウィンドウ脇に表示されているレベルメータと波形表示を睨み付ける。
何かが遠くで動いているはずだ。そんな気がして仕方が無い。
そこで羽島ははっと気付く。
スキャン方向を真上に向けると、果たして不自然な重力波が頭上から降り注いでいるらしいことが分かる。
波形分離とノイズ除去を重ね掛けして重力波発生方向を絞り込む。
同時に波形分離した特定重力波をシステムライブラリのパターンと突き合わせて同定する。
短い電子音と共に、システムが同定結果をGDDウィンドウの脇に表示した。
3000m級ファラゾア戦艦x2、ファラゾア空母x3、600~800m級ファラゾア駆逐艦x8。
その表示を見るやいなや、羽島は一瞬のためらいも無くコンソール上の緊急警報の赤い大きなボタンを拳で殴りつけた。
桜護改の機内に緊急警報の電子音がけたたましく鳴り響く。
機内スピーカだけでは無く、各クルーが着用しているヘッドセット内でも大きな音で警報が鳴り響く。
大音量の警報に、一瞬で機内の空気が変わり、緊張で満たされた。
「敵艦隊発見。接近中。頭上。距離4500km。戦艦二、空母三、駆逐艦八と同定。攻撃目標不明。大気圏内本機周辺に敵影なし。」
羽島はヘッドセットから伸びるマイクを掴んで口元に引き寄せ、敵艦隊の詳細を読み上げる。
「諒解。クソッタレめ。桜花改発射試験中止。様子を見る。AWACSとコンタクト。敵艦隊の動きを確認。」
機長の平尾圭介大尉からの指示が飛ぶ。
AWACSとコンタクトを取るのは羽島の仕事だった。
現在管制システムが認識している連絡可能な部隊のリストを確認する。
桜花改発射試験の間連絡を取り合うこととなっていた、同じ三沢基地所属の日本空軍の沿岸警戒機と現在の位置から通信が可能であるようだった。
「JDAF 601st SQ AWACS; EXCEL 03」と明るく表示されているボタンを押すと、相手はすぐに応答した。
「エクセル03、こちら雷槍06。上空からの敵艦隊接近を探知した。桜花改発射試験を中止する。敵艦隊情報詳細を送れ。」
「雷槍06、こちらエクセル03。敵艦隊はこちらでも認識している。ナリヤンマル攻略戦に釣られて出てきたらしい。GDDDSデータ送る。」
「ナリヤンマルに釣られて、なんでこっちに来るんだよ。」
「知るか。奴等に訊いてくれ。」
日本空軍機から送られてきたGDDDS情報と、自機で掴んでいるGDD情報を突き合わせる。
敵艦隊の位置については大きな差は無い様だった。
GDDDS情報では、敵艦隊はタタール海峡南部上空3000kmから4000kmに停止し、シベリアにある地球連邦軍のネリマ基地を攻撃する模様と予想されているようだった。
果たして、羽島達が固唾を飲んでCOSDER画面を見守る中、敵艦隊はタタール海峡南部上空約3000kmに停止し、おもむろに空母から軌道降下部隊を展開し始めた。
すぐに地上発射型と思われる桜花が地球引力の井戸を駆け上り、敵艦隊に襲いかかる。
それと同時に宇宙空間にも幾つもの重力波発生源が現れた。
いつ現れるとも知れない敵艦隊を迎撃するために地球周辺の空間にばら撒かれた桜花R3が起動した事による重力波だろうと、羽島は思った。
しかしその数が少なかった。
加速能力の限界から、地上発射型の桜花が敵艦に命中することは難しいものと思われた。
どれだけ速度が乗ろうと、遙か彼方から時間を掛けて接近してくるミサイルなど、迎撃されるか避けられるかのどちらかだ。
本命は、まさにその与えられた役割を全うしようとしている宇宙空間で起動した桜花R3だが、敵艦隊十三隻に対して桜花八発では、そもそも数が足りていない。
さらに言うなら、戦艦を撃沈するためには通常二発以上、戦果を確実にするならば三発以上の命中弾が必要とされている。
そして強固な重力シールドに守られた敵戦艦への桜花の命中率は平均40%ほどとなる。
即ち、八発全てを敵戦艦二隻に振り分けてやっと撃沈できるかどうかというところだ。
戦艦を墜としたければ軌道降下は止められず、軌道降下を止めたければ、必ず戦艦に撃ち漏らしが出る。
「敵艦隊周辺宙域で桜花R3八発が起動。着弾・・・今。」
地上から発射された桜花は、案の定全て避けられてしまった。
宇宙空間で起動した桜花R3は、敵空母を撃破し、戦艦にも一発ずつの命中弾を出した。駆逐艦も一隻か二隻撃破したようだった。
だが足りない。
空母は引くだろう。だが、戦艦は引かないだろう。
たかが一発の命中弾では、戦艦に与える被害などたかが知れていた。
「地上発射の桜花に命中無し。桜花R3に命中六。戦艦への命中弾は、各一発。敵空母三隻を大破。駆逐艦一大破。」
羽島は冷めた声で戦果を読み上げる。
たった八発の桜花R3で生み出したとは思えない大戦果だった。命中率は八割に迫る。
だが駄目だ。
いくら命中率が八割に達しようが、敵艦隊を引かせることが出来なければ意味が無かった。
敵艦隊が引かずに地上に攻撃を加え続け、基地や航空隊が全滅するようなら、それは防衛戦の失敗なのだ。
「敵艦隊、戦艦一、空母一撤退。残存有効戦力は戦艦一、駆逐艦七。駆逐艦、戦艦を囲みました。継戦の意志有りと認めます。」
「棗田、ウチの桜花改は撃てるか?」
羽島の戦果報告を聞いてすぐ、機長の平尾がカーゴルームに詰めるミサイルオペレータの棗田に訊いた。
機長のその問いに羽島は、機長が何をしようとしているかすぐに気付いた。
無理だ。載せているのは試作品だ。
・・・いや? 使い方によっては、案外イケるか?
機長は最前線での実戦経験のある男だった。
ハミ降下点に投入された、初めて編制された桜護による攻撃隊に配属されていたと聞いた事がある。
何度もロストホライズンが繰り返された泥沼の最前線で、信じられないほどの回数を出撃し、そしてその全てに生き残り、部隊としての総撃沈数は二十隻を越えると聞いた事があった。
大いに誇張されているであろう戦果については話半分に聞いておくにしても、最前線で長期間戦い生き残ってきたことは間違いが無かった。
お陰でこの機の機長は、試作機を試験する任務に就くには少々荒っぽすぎ、好戦的すぎるきらいがある。
だから、このような状況下で機長が何を言い出すか、羽島は簡単に想像が付いた。
「そりゃ撃てますよ。撃ちに来たんすから。弾頭はソフトウェア的に殺してあるだけっす。五分もありゃ全部生き返らせて見せますよ。」
「よし、やれ。四発全部だ。軌道計算はこっちに回せ。俺がやる。加藤、とりあえず針路高度はそのまま。羽島、AWACSに一言断っといてくれ。」
機長の平井大尉は部下に次々と指示を出した。
やっぱりやる気か、と羽島は思った。
発射試験の為に搭載してきた桜花改は、実際の使用条件と完全に一致させてデータを取るため、実弾頭を搭載してある。
棗田が言ったとおり、発射試験で爆発しないようにソフトウェア的に撃発を無効化してあり、何重にもプロテクトが掛けてある。
勿論ミサイルオペレータの棗田と、機長の平井はそのプロテクトを解除するためのキーを携えている。
そして自分は一番面倒な役割を押しつけられてしまったようだと、羽島は軽くため息をついた。
基地や司令部からの指示も無く、試験機をいきなり実戦投入して敵艦を攻撃して良いわけがなかった。
AWACSは絶対やめろと言い、基地と司令部には連絡がいくだろう。
しかし機長は絶対にやろうとするだろう。
もう一度溜息を吐いて、羽島は通信リスト上のエクセル03の名前を押した。
「エクセル03、こちら雷槍06。当機はこれより試製桜花改四発にて上空4500kmの敵艦隊を迎撃する。300秒後に攻撃開始。」
「雷槍06、こちらエクセル03。なんだって? 試作品で迎撃? 止めておけ。下手に目を付けられたら無駄死にするだけだ。」
「エクセル03、貴重な助言に感謝する。攻撃は継続する。当機はこれより作戦前無線封鎖に入る。幸運を祈ってくれ。以上。」
「ちょ・・・」
言いたいことを言うだけ言って、羽島は通信をカットした。この機長の下で仕事をして長い。こういう時の対処法はよく分かっている。
「機長。AWACSに通達完了。早めにお願いします。多分奴等真っ赤になって怒ってるんで、すぐにデータリンク切られます。時間が経過するほど索敵精度が落ちます。」
「諒解。軌道計算終了。ちょいと南の方に向けて打ち上げて、投影面積のでかい横っ面をフックでぶん殴ってやろう。四発全部戦艦でいいだろう。発射後はずっと従来の桜花と同じ1500Gで加速させて、着弾3秒前から3000Gでフル加速だ。フル加速の試験データも取れる。一石二鳥だな。棗田、急げよ。あとはお前だけだぞ。」
「分かってますよ。もうちょっと。」
何が一石二鳥だ、敵艦を迎撃できるとなって子供みたいに喜びやがって、と、羽島はまた溜息を吐く。
地上発射型の桜花が全て敵艦に避けられてしまった様に、敵艦隊が地上数千から数万kmの位置で停止して軌道降下や艦砲射撃を行う様になった昨今では、大気圏内で発射され、長い時間を掛けて敵艦隊に接近する桜花は避けられるか迎撃されるかして、極端に命中率が下がっていた。
そこを補うための桜花R3の登場であったのだが、いかんせん宇宙空間は広すぎて、満足な数の桜花R3を配備するには時間がかかりすぎる。
以前から桜花の加速度を向上させる改良研究は行われていたのだが、AGG/GPUのコンパクト化と大出力化のトレードオフの問題があり、加速力を向上した桜花改は未だ開発に成功していなかった。
そこにきて上述の喫緊の問題があり、少々強引な手を使ってでも加速力向上型桜花改を実戦投入せねばならなくなった。
そして「加速力を倍にしたければ、エンジンを倍にすれば良いじゃない」という酷く頭の悪そうな考えに基づいて設計されたのが、現在庫の機体に搭載されている試製桜花改であった。
従来型の桜花にて、AGGを一基動かす分には熱核反応炉の出力が有り余っているのを良い事に、AGG/GPUのセットをもう一基パラレルで追加した。
二機のGPUを重ね合わせて発生する空間の歪みは倍になり、加速力も倍になる、という訳だった。
そのお陰でミサイル本体の直径が僅かに大きくなり、そして燃料タンクが削られて航続距離が減った。
ミサイルが少々「太った」分には、とりあえずは胴体内ローダを使う事を諦めて翼下パイロンに懸架すれば良いだけの話だった。
航続距離が短くなったことについては、何も桜花で火星を攻撃しようとしている訳でも無く、地球周辺宙域で使用する分には何の問題も無かった。
「おっけ。四発全部プロテクト解除完了。んで、軌道データロード、っと。うわ、何すかこのエグい軌道。よくこんなんポンと思い付くな。性格悪。」
「何か言ったか、棗田?」
「は? なんか聞こえました? データロード完了。準備完了。いつでもOKっすよ。」
「ふん。加藤、針路12、高度25000mへ急上昇。高度250到達直前で全弾リリース。着弾は約20秒後。」
「諒解。針路12、高度250。」
「羽島、敵艦隊位置は?」
「変わりなし。」
「高度200。リリース用意。」
「リリース5秒前、3、2、1、全弾リリース。」
「全弾リリース完了。反転降下。高度30。あの雲の下に入れ。」
「諒解。」
暗灰色に塗られた大型の攻撃機の翼下に吊り下げられていた白く大きなミサイルが、母機を離れて行く。
ミサイルが離れるや否や、母機は大型の機体とは思えない動きで反転し、ほぼ垂直に降下していく。
一方分離された四発のミサイルは、炎を引きながらすでに遙か100kmもの上空を宇宙空間に向かって駆け上がっていく。
四発は地球大気圏を抜ける前からすでに同じ軌道をとっておらず、既にそれぞれの間隔が数十kmも離れている。
四機のミサイルは1500Gの加速度で増速しながら、一見意味の無い軌道で地球を離れていく。
一発目の桜花改は、ネリマ基地上空4500kmにて艦首を地球に向けて艦砲射撃を継続する戦艦の南方から突入した。
二発目は戦艦よりも北西方向、三発目は北東方向から、三発のミサイルがそれぞれ別方向から戦艦の逃げ場を塞ぐ様に突入する。
例えそこでファラゾア戦艦が地球から離れる方向、即ち後方に退避しようとしたとしても、四発目がほぼ真下、即ち艦首方向から突入する事で逃げ道を塞ぐ。
四発の桜花は1500Gの加速度で大気圏を突き抜け、ファラゾア艦隊に接近した。
そして目標である戦艦に突入する3秒前、全てのミサイルが突然さらに加速度を上げ、3000Gもの凄まじい加速と、200km/s以上の相対速度をもってファラゾア戦艦に襲いかかった。
この時、ファラゾア戦艦はその四発のミサイルを避けようとしていたのかも知れなかった。
しかしその回避機動を行う前に、ミサイルは突然急加速した。
そして四発のミサイルは艦体を包む重力シールドを高加速度で強引に押し破り、四発全てがファラゾア戦艦に直撃した。
戦艦を攻撃目標とした所謂「徹甲」モードでさえも眩い、白熱した核融合プラズマの火球が収まった後には、ほとんど原形を止めないほどに破壊し尽くされた敵戦艦の残骸が残されているだけだった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
「加速力を倍にしたければ、エンジンを倍にすれば良いじゃない」
ふふふ。至言だ。