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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十章 Κήπος της Αρτέμιδος(アルテミスの庭)
278/405

22. 40mmTGRG(40mm連装重力レールガン)


 

 

■ 10.22.1

 

 

 ロストホライズンが発生した場合、降下点から溢れ出るように大攻勢を掛けるファラゾア戦闘機の群れを押し止めることが出来なければ、まるで津波のような敵戦闘機群はやがて地球人類側の防衛拠点である航空基地にまで達し、その航空基地を彼らの持つ膨大な火力をもって瞬く間に火の海に変えてしまうことがこれまでの経験上知られている。

 「火の海」とは比喩的な表現ではなく、彼らが装備する高出力のレーザー砲が航空基地の敷地内に間断なく万遍なく照射され、何もかもを焼き尽くし融かし落とし、後に残るのは、そこに存在したありとあらゆる物を融かして混ぜ合わせた不気味に赤く光るマグマの海であることを直接的に示している。

 

 ファラゾア戦闘機の約70%以上を占める、戦闘機としては中口径程度のレーザー砲しか持たないクイッカーでさえ、数千機も集まれば巨大な航空基地を瞬く間に融けた地面のマグマ溜まりに変えてしまうことが出来る。

 ましてや、ファイアラーと呼ばれる、小型戦闘機械には似つかわしくない大口径のレーザー砲を備えた攻撃機が敵の集団に存在していた場合、基地がごった煮の坩堝へと変わる時間はさらに短くなる。

 

 これまでのロストホライズンにおいて、敵が地球人類側の航空基地に攻撃を加えるのは、航空基地上空がほぼ全て敵の戦闘機械軍に覆われた後のことであった。

 その頃には基地から出動した戦闘機はとうに全て撃墜されるか、或いはロストホライズンの侵攻圧力を抑えることが出来ず前線を大きく下げ、すでに遙か彼方に退避しているかであり、また接近する大量の敵機の群れにせめて一矢報いようと攻撃を加えた対空砲座やSAM陣地もとっくに焼き払われており、空を埋め尽くす敵機は悠々と基地上空を飛行しながら、次々と地上に向けて攻撃を加えて、建造物や滑走路を含めてそこに存在するありとあらゆる物を赤くドロドロに溶けた溶岩の海に沈めていく。

 

 今回の攻撃においては起動降下を始めた当初から、ある意味敵機群は基地上空を覆っている状態であるため、敵がどこまで基地に接近すれば、即ち高度を下げれば、その様な完全殲滅攻撃を開始するのか全く見当が付いていなかった。

 

 基地上空3000kmで動きを止めた敵空母が、数千もの戦闘機を放出した当初から、基地防衛用のレーザー砲による迎撃行動が行われていたが、状況が進行するに従いさらに様々な兵器が、真上から急速に接近してくる敵戦闘機群を迎撃するために投入された。

 

 一つはいわゆるSAMのランチャーであり、基地内に八基、敷地の隅に分散するように設置されていた。

 SAMとは言えども一昔前の固体ロケットを噴射してM5程度の速度で飛翔するものではない。

 その様な旧世代のSAMは、飛翔速度が遅すぎて敵機の機動に追いつけない、或いは敵機に向かって接近している間に迎撃されてしまうなどの理由により、命中率が5%を切るような惨憺たる戦果しか残せず、時代遅れの無用の長物としてとうの昔にスクラップとして処分されている。

 今ネリマ基地内で起動し、飛び上がるタイミングを今や遅しと待ち構えるSAMは重力推進を持つ。

 

 ただしそれらはSAMと呼称されはするものの、実際の所は本来AAMミサイルとして開発された蘭花を、地上発射可能である様にミサイルランチャー内に格納したものに過ぎなかった。

 旧来のSAMであれば、速度ゼロ高度ゼロの状態から上空の敵機に追い縋り撃墜するために、ハードウェアもソフトウェアもそれ専用のものを用意する必要がある。

 しかしながら重力推進を持ち、また旧来のSAMの様に敵機を撃墜するために目標に着弾あるいは近接する必要のない蘭花にとっては、目標が存在する正しい方向に向けて打ち出す為の機構さえあれば、飛行する戦闘機から撃ち出されようが、地上のランチャーから撃ち上げられようが、初速がゼロであるかそうでないか程度の差でしかない。

 

 十二発の蘭花が格納された格納塔が、上空から急速に接近してくる敵機の群れを狙って小刻みに動く。

 そして、長さ100kmにも達する敵機の巨大な群れの先頭がさらに降下して高度100kmを越えた瞬間、箱形の格納塔から最初の蘭花が撃ち出された。

 撃ち出された蘭花は、敵機群めがけて急速に高度を上げる。

 その後を追うようにして次々と後続の蘭花が打ち出される。

 基地内に設置された八基のランチャー全てからそれぞれ六発ずつの蘭花が撃ち出されたところで、とりあえずミサイルの放出が一旦終了する。

 

 地上を飛び立った四十八発の蘭花が、文字通り地球の引力を振り切って群れを成し大気圏を駆け上がる。

 その様はまるで、何千という獲物の魚の群れに食らい付こうとする肉食魚の如く。

 大気圏内を突っ切るため加速を制限しつつも、それでも地上を発してから僅か六秒足らずで敵戦闘機の群れの中に突入した蘭花は、手近な敵機に接近しては、しかし衝突することなくすぐ脇をすり抜け、すぐに次の目標を見つけて接近するという動きを繰り返す。

 

 重力共鳴(Gravity Resonance : Gv-Res)という特異な現象にて敵機の重力ジェネレータを暴走させて破壊或いは動作不能に陥らせ、敵機の飛行能力を奪うという攻撃方法を採る蘭花の攻撃範囲は、AGG(Artificial Gravity Generator:人工重力発生器)最大出力時にて半径約3kmと言われている。

 即ち、敵機から3km以内の空間を通過するだけで、敵機の重力推進器に不調を発生させ、場合によっては破壊して、その飛行能力を奪うことが出来るのだった。

 

 この「攻撃範囲3km」という能力が問題であった。

 大気圏内での戦闘であれば、敵機同士の間隔は数十から数km程度であり、また濃密な地球大気によって行動を大きく阻害される敵機の運動能力は低く抑えられており、蘭花はその燃料が尽きるまで、或いは熱による崩壊で致命的な損傷を受けるまで、敵機を墜とし続ける事が出来る。

 

 しかし戦場が宇宙空間に移ると同時に、敵機同士の間隔が最大で数十kmも離れてしまい、また機動に制約のない敵機は持てる最大の機動能力を発揮して、接近して来る蘭花を回避することが可能となる。

 また敵機と蘭花との間の相対速度も大気圏内とは比べものにならないほど大きなものになる。

 宇宙空間で敵機から3km以内の距離に「ニアミス」するのはかなり難しく、そのため攻撃の効率が極端に下がってしまうのだった。

 それは蘭花に強引な改造を行いAGG能力を無理矢理引き上げて、攻撃範囲を5kmや10kmにしたところで大きく改善出来るものでは無く、その様な改造を行った試験の結果はただ単に兵器コストを上昇させるだけ、或いは蘭花の戦闘継続時間を極端に短縮するだけの結果に終わった。

 

 重力推進式対空ミサイル蘭花は、その攻撃方法だけに着目すれば圧倒的な兵器のようにも見えるが、実は大きな落とし穴のある中途半端な能力しか持たない、使用する状況が限定される「使いづらい」兵器なのであった。

 

 だが今、四十八発の蘭花が放たれた戦場は、まさに彼女達の為に用意されたような空間であった。

 三隻の空母から放たれた軌道降下中の戦闘機群は、密集した状態で幅50km、長さ100kmほどの大きさの群れを作り、充分に減速して約3km/sという低速で地球大気の中に突入しようとしていた。

 敵機の集団はゆっくりと地球大気の中に潜り込む進路を取っており、状況が進行すればするほど蘭花にとってより有利な条件へと変わっていく。

 四十八発の蘭花は、まるで餌となる小魚の群れを追い立て回り込み突入して獲物を食らう肉食魚の様に、軌道降下するファラゾア戦闘機の群れの中で縦横無尽かつ存分に暴れ回った。

 

 基地周辺に設置されたGLT、LTA、そしてSAMによって、3000kmの彼方から降下してくる八千機の敵機はかなり数を減じたものの、軌道降下中の戦闘機群の先頭が高度50kmに到達した時点でその総数はまだ四千機を超えていた。

 そして敵機群との距離が50kmを切ったことで、最近接防御システムが作動した。

 

 ネリマ基地の敷地内に六基設置された、異様な形状の物体が旋回する。

 それらの内二基は、砲身を断ち切ったごつい戦車砲塔の上面に大きな円柱状の燃料タンクのようなものを乗せた様な形状をしている。

 残る四基は、さらにごつい砲塔の上面左右に二つの燃料タンクを乗せた様な形状を持っていた。

 いずれも敵戦闘機群の接近に伴い、それに照準を付けるかのように動き、最終的に不格好な戦車砲塔に見える部分が元の状態から約90度上向きになって静止した。

 

 次の瞬間、周囲を震わすほどに連続した超音速衝撃波音が撒き散らされ、その振動によって周囲の地面から土煙が激しく沸き立ち、砂礫が吹き飛ばされる。

 不格好な戦車砲塔から、白熱した火球が次々と炎の尾を引いて目を疑う速度で真上に向けて打ち上げられる。

 発射間隔が余りに短いので、火球の尾と次の火球が繋がって見え、まるでその砲塔と思しき物体が天に向けて真っ直ぐに炎の線を吹き出した火炎放射器の様にも見える。

 

 それは40mmTGRG(Twin Gravitation Rail Gun:40mm連装重力レールガン)と呼ばれ、火薬の爆発では無く、バレル内に形成した重力場によって砲弾を撃ち出す構造を持った砲塔であった。

 ネリマ基地の近距離防空システムとして配備されているのは、連装の40mmGRGと、単装砲の方は80mmGRG(80mm単装重力レールガン)である。

 

 不格好な戦車砲塔に見える本体内にガンバレルとAGGを格納し、燃料タンクのようにも見える交換可能なマガジンドラム(1800発)を砲塔上方に設置する。

 砲塔本体後方地下にリアクタを備えており、熱核融合反応炉から取り出した膨大な電力を用いて、二基のAGGを駆動する。

 レールガンであり発射用の火薬が不要である為、弾頭は薬莢(カートリッジ)を持っておらず、リリースベルトに直接弾頭のみが固定されており、40mmGRGは僅か直径1m強x長さ2.5m程度のマガジンドラムに1800発もの弾頭を格納できる。

 

 40mmGRGのガンバレルは砲塔構造内部に65mm口径x1.6m長の砲身のほとんどを格納しており、砲身の先端部分が僅かに砲塔構造の外部に覗いているだけである。

 AGGはこの砲身内部に強い重力場(空間の歪み)を形成することで、マガジンドラムからガンバレル内にリリースされた40mm砲弾を最大10km/sもの速度で発射することが可能となっており、発射速度は960発/分(単砲身)を誇る。

 なお、最大弾速である10km/sを達成するためには僅か1.6mのバレル長では流石に長さが足りず、重力場を砲口からさらに直線的に伸ばし、砲塔前方約50mもの空間を使用して弾丸を加速する。

 

 40x310mmというその弾体サイズがかの有名なボフォース40mm機関砲と似通っていたため、特に40mmGRGについては「スーパーボフォース」という愛称で呼ばれることが多い。

 また80mmGRGは80x470mm砲弾を用いており、発射速度780発/分の能力を持ち、マガジンドラム一本に960発の砲弾を格納する。

 これらGRGの特徴は何と言っても、40mm砲弾であれば一発当たり約1kg、80mmであれば数kgにもなる砲弾を前述の発射速度と弾体初速で撃ち出しつつも、重力による加速であるので一切の反動を発生しないことにある。

 弾速が弾速であるので、連続で発生する超音速衝撃波により砲塔周辺は人が長時間生存できないほどの酷い有様となるが、その派手な見た目に反して砲塔自体が受けるダメージはほぼゼロに等しいのだった。

 

 「弾体」が光速で目標に着弾し、リアクタが動いている限りは半永久的に打ち続けることが出来て弾切れの無いレーザー砲が既に実用化されており、主要な兵器として航空機や船舶などに数多く搭載される現在において、実弾体を発射する重力レールガンはいかにも時代遅れで能力不足、あるいは運用する場面を限られてしまう汎用性に欠ける兵器といった印象を受ける。

 

 しかしながら実体弾を撃ち出すレールガンは、実体弾を撃ち出すこと自体に意味と優位性があるという事に地球連邦軍の兵器開発陣は気付いたのだった。

 

 分厚く雲が垂れ込める曇天において、或いは眼を開ける事さえ困難な猛吹雪の中において、もしくはしとしとと絹の様な雨が降り続き、沸き起こる霧で視界が数百mも確保出来ないとき。

 レーザー砲であればその様な状況では敵に着弾することはおろか、砲を発射することさえ危険行為となる場合がある。

 それに対して実弾体を用いる兵器は、例え足元が水に浸かってしまいそうな土砂降りの中でも、伸ばした手の先さえも見失いそうな濃霧の中でも、目標に狙いさえ付けることが出来れば、実弾体はその様な障害の中を突き抜けて飛び確実に目標に到達する。

 そして数km/sもの相対速度で目標に到達した実体弾は、ファラゾア戦闘機程度の大きさと強度の目標であれば、僅か一瞬で完全に粉砕する。

 例え直撃ではなくとも、実体弾の持つ膨大な運動エネルギーによって敵機は大きく破壊され、本来の軌道を外れて大きく翻弄される。

 

 これらGRGはいわゆるCIWS(Close In Weapon System)として、主に50km圏内にまで入り込んだ目標の迎撃に用いられる。

 光の速度で着弾するレーザーに対して、僅か10km/sにも満たない弾速ではいかにも遅く感じるが、こと目標が反応速度の遅いファラゾア戦闘機であるならば、僅か数秒で砲弾が目標に到達する50km圏内では十分に有効な攻撃方法である。

 

 六基のGRGが次々と弾体を吐き出し、撃ち出された弾は炎を引きながら高温でその構造を崩壊させつつも敵機に襲いかかる。

 敵機を捉えた実体弾は一瞬で敵機を粉砕し、後には敵機を構成していた細かな金属片が空中に飛び散るだけで何も残さない。

 数十基あるレーザー砲塔も、それぞれに敵機に狙いを付け撃墜し、或いは次々とレーザー光で構成された必殺の円錐を空に向けて描き敵を切り刻む。

 ミサイルランチャーに残っていた蘭花が全弾撃ち出され、レーザー光と火球となった実弾体の間を縫って敵機を迎撃する。

 そのさらに外側で、スクランブルによって飛び出していった地球人類側の戦闘機が、基地の防空システムから零れるように逃れ出た敵機を追い回し撃墜する。

 ファラゾア艦隊が戦闘機による起動降下を開始したとき八千機いた敵機も、今やその数はすでに半数を大きく割っていた。

 敵機群が基地に接近してきたお陰で、防空システムによる迎撃の効率も向上している。

 このままなんとか大きな被害を出さずに基地を守り切れるか。

 誰もがその様な思いを抱き始めたとき。

 

 巨大な光の柱が天から地上に向けて打ち立てられ、そこにあったありとあらゆる物を焼き払った。

 地上を撫でるように移動した光の柱は、その移動に伴い地上に線を描くように被害の範囲を広げていく。

 未だ3000kmの上空に留まっているファラゾアの戦艦と、その周りを固める駆逐艦からの艦砲射撃が、徹底的な破壊を地上に叩き付ける。

 

 それはまるで、目標に損害を与えるどころか、攻撃位置にさえ到達できずに削られるようにして撃墜され消耗していく不甲斐ない戦闘機群の体たらくに焦れた本体が直々に乗り出してきたように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 新兵器が活躍する戦闘回にしようと思っていたら、新兵器の解説(しかもたった2種類)だけで終わってしまったでござる。

 40/80mmGRG、ちょっと設定に無理があるのは承知の上で。

 実体弾が使いたかったのです。別に伏線とかそんなの関係無しで。ロマンだぜ。

 ちなみに第一宇宙速度を軽く超え、頑張れば第二宇宙速度にも達しそうなので、地上から月の表面とか金星とかを狙撃できます。(笑)

 ・・・やらないよ?

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― 新着の感想 ―
[一言] 最近このお話の更新が生きる糧の一つになっている。 SF分はビタミンより重要 やっぱ実弾兵器はロマン! 宇宙規模の砲撃しましょう!
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