21. 軌道降下
■ 10.21.1
実際のところ、戦闘自体は比較的短時間で終了した。
それは、攻撃側も防衛側も、双方が相手側をごく短時間で殲滅可能なだけの攻撃力を持っていたからだった。
そして双方とも、その力を最大限に使って相手を殲滅しようとした。
戦闘が開始された後、敗者はごく短時間の内に決定的且つ甚大な損害を出してそれ以上戦闘を継続できなくなり、一方勝者の方も致命的な被害を発生しつつも辛くも勝利した、という結末に向けて状況が一気に進み、そして戦闘が終了したのだった。
太陽L1ポイントから三つの分艦隊が移動を開始し、そのうちPF1とされたものがナリヤンマル降下点を攻略すべく現在侵攻中である地球連邦軍の戦闘機部隊に向けて攻撃を加えようとしており、またPF2はプロジェクト「ボレロ」が開始されてすぐに殲滅された、カリマンタン島カピト降下点周辺への軌道降下、そしてPF3は北部極東地域最大の空海複合基地であり、且つ物資集積拠点でもあるシベリアのネリマ基地を目標とした軌道降下攻撃を行おうとしているものと、それぞれの分艦隊の攻撃目標が明らかになった後、地球連邦軍参謀本部(UNTF-CAH)から直接の指示が飛び、それぞれの敵分艦隊が攻撃のために静止或いは相当に速度を落として航行すると予想された宙域に設置されていた桜花R3を起動した。
そのうち、ネリマ基地に対して軌道降下攻撃を加えようとしていた分艦隊PF3に対する迎撃については、OSV (Orbital Surveillance Vessel)-81「イェニルメズ」がその信号を経由した。
今回のような軌道降下あるいは長距離艦砲射撃を想定して、敵艦隊を迎撃するために地球周辺宙域に多数の桜花R3が設置されていたのだが、カバーせねばならない空間は広く、それに対して桜花ミサイルの生産速度は十分ではなく、未だ満足のいく密度での桜花R3設置は達成されていなかった。
その為分艦隊PF3に対して有効な迎撃行動が可能な位置にある桜花R3はわずか八機と、戦艦二、空母三、駆逐艦八という構成のPF3に対して明らかに不足していた。
宇宙空間を漂っていた八機の桜花R3は、戦艦に対して各二機、空母に各一機、残る三機は駆逐艦へと割り当てられた。
桜花R3は主に宇宙空間に散布設置され、今回のような敵艦隊の攻勢に対して近い位置を漂っているものを充てて迎撃を行うことを目的としている。
桜花R3では、大気圏内発射型の桜花とは異なり、濃密な地球大気の中を高速で突っ切る必要がないため、弾体先端部分の耐熱構造が省略された構造を持つ。
また、様々な構成を取る敵艦隊の艦種に柔軟に対応出来るように、いわゆる桜花徹甲と桜花三式のどちらにも用いることが出来るよう、弾頭の激発タイミングを着弾と同時に爆発して敵艦内部に潜り込みながら同時に爆発するパターンと、着弾の一瞬前に爆発して高速に広がる核融合プラズマを敵艦に叩き付けるパターンを随時選択可能としている。
また、目標の指示や、目標への経路、起動タイミングの指示を遠隔で行わねばならない関係上、ファラゾアからのクラッキング防止策として、ファラゾア艦の放射する重力波パターンを敵として認識するよう、書き換え不可能な命令としていわゆるROMに焼き付けてある。
それぞれの桜花R3がユニークないわゆるワンタイムパスキーを各三個ずつ割り当てられており、そのパスキーの個数だけ、ファラゾアに割り込まれる危険性の低いコマンドを送信可能となっている。
OSV-81 イェニルメズからコマンドを受け取った桜花R3八機は、与えられた指示に基づき、八機がほぼ同時のタイミングで分艦隊PF3へと包囲肉薄するよう、それぞれ僅かずつ異なるタイミングで加速を開始した。
二隻の戦艦にそれぞれ二発ずつ向かった四機の桜花R3は、各戦艦に一発ずつ着弾し、残る二発は戦艦が展開するシールドに邪魔されて遙か虚空へと弾き飛ばされた。
着弾した桜花R3の内一発は、運良く戦艦中央部より僅かに後方にあたる部分に直撃し、反応炉や重力推進器が格納されている、いわゆるヴァイタルパートの一部を吹き飛ばした。
その爆発は六基あるリアクタの内二基を使用不能とし、二十二基あるジェネレータの内三機をこれも使用不能とした。
反応炉或いはジェネレータの総出力としては、この戦艦の戦闘能力を奪いきるほどのダメージではなかったが、着弾した場所が悪すぎた。
全長3000m余りの巨体のど真ん中やや後方に大穴を開けられた艦体は、その後に激しい戦闘機動を行えば艦体が大きく歪むか、最悪の場合前後に切断されてしまうであろう事が明らな損傷であった。
これ以上の戦闘継続は不可能とみたものと思われ、この戦艦は被弾後程なくして戦線を離脱した。
もう一方の戦艦は、艦首部分に桜花R3が着弾した。
艦体の中心線から外れて着弾した桜花R3の爆発は、艦首左側の船殻を大きく抉り取り、内部から爆ぜたような形で船殻を捲れ上げた破壊孔を発生した。
この損傷によって、艦隊砲撃戦を想定して艦首部分に多く集められた大口径レーザー砲を幾つも使用不能の状態にはしたものの、しかし見た目が悪いことに目を瞑れば、まだ十分に戦闘を継続できる程度の損害でしかなかった。
三隻の空母にそれぞれ一基ずつ向かった桜花R3三機は、二隻の空母を大破させ、もう一隻の艦載機格納庫部分に大きな損傷を与えることに成功した。
攻撃目標が空母であったため、いわゆる三式モードでの起動コマンドを受けたことで着弾の一瞬前に激発された反応弾頭によって発生した核融合プラズマは、各空母の展開するシールドによって軌道を曲げられながらも、十分な威力を持って空母艦体に着弾した。
背骨のような艦体骨格に格納庫である巨大コンテナを取り付けた構造を持つ空母は、反応弾の核融合プラズマの爆圧によって幾つもの格納庫コンテナを吹き飛ばされ、さらに艦体の中心である骨格に大きな損傷を受けた。
一隻の空母は艦体の前方1/3を切断されて失い、もう一隻はちょうど艦体中央部から折れ曲がるような歪みを生じた。
いずれの空母もこれ以上戦場に留まることは不可能と判断したとみられ、被弾の後速やかに戦線から離脱した。
残る一隻の空母については、桜花R3は確かに着弾はしたものの、その爆発プラズマは艦体の中心から完全に外れ、いくつかの格納庫を吹き飛ばしたのみに終わった。
吹き飛ばされたのはすでに艦載機を発進し終えた空の格納庫であったため、この空母は引き続き艦載機発進作業を継続し、全ての艦載機を戦場へと送り込んだ後に戦線を離脱した。
二隻の空母が艦載機を全て吐き出しきることなく戦線を離脱したため、本来であれば戦闘機一万二千機による軌道降下となるところが、八千機強の戦闘機群を投入するに終わることとなった。
軌道降下する戦闘機の数を2/3ほどにまで削ることが出来はしたものの、八千機の戦闘機群の持つ侵攻圧力と攻撃力はなお十分な脅威であり、ネリマ基地を一瞬で蹂躙できるだけの攻撃力を有していることに変わりはなかった。
八隻の駆逐艦については、一隻が桜花R3の直撃を受けて轟沈したものの、もう一発の桜花は戦艦に比べて小さな駆逐艦という目標を捉えることが出来なかった。
残存する七隻の駆逐艦は、未だ戦場に留まり今まさにネリマ基地に向けて砲撃を開始せんとする戦艦を囲むように位置を変え、大口径砲を多数備えた戦艦ほどではないとしても、ネリマ基地にとって十分すぎるほどの脅威である各艦載砲の砲口を地上へと向けた。
起動降下する戦闘機群は群れを成したまま高速で地球に接近する。
高度3000kmにて展開した戦闘機群が、地球大気に突入し、ネリマ基地上空に達するには約120秒ほど掛かるものと推定されていた。
いかなファラゾア戦闘機とはいえども、秒速数十kmもの速度で大気圏に突入するわけにはいかないのだ。
その間、ネリマ基地も手を拱いて敵の接近をただ待っていた訳では無い。
敵艦隊が約3000km上空に占位した事を確認した後、地上発射型の桜花を十二発発射した。
「地上発射型」と表記はされるが、ミサイルの本体自体はミサイル母機「桜護」から空中発射されるものと全く同じものであり、ただ単に地上から発射するためのランチャーに取り付けられているだけの事である。
地上発射型の桜花十二発は発射されたものの、実のところこの桜花の命中は期待されていなかった。
3000km彼方のファラゾア艦に桜花が到達する為には、フル加速でも約15秒かかり、大気圏内では速度をM10以下に制限されることを考慮すると、実際には到達に20秒程の時間がかかる。
地球人類から「トロい」と馬鹿にされるファラゾア艦であっても、20秒もかけてのんびりと接近して来るミサイルなど、例え弾着時の速度がどれ程速かろうとも、如何様にでも対処可能であった。
実際に、ネリマ基地敷地外に構築されたSSM(Surface to Space Missile)陣地からリリースされた桜花十二発は、着弾寸前に最大加速をかけた敵艦が横方向に数十km移動したことで簡単に避けられてしまい、いずれのミサイルも標的に着弾すること能わず、100km/sもの相対速度で敵艦とすれ違い、虚空へと消えていった。
ファラゾア製のミサイルに対して、追尾性に勝る地球人類製のミサイルとは言えども、桜花の最大加速力が1500Gであるのに対して、観測によって経験的に知られている3000m級戦艦の加速力は2500~3000G、800m駆逐艦で1500~2000Gの加速力を持っている。
ファラゾア艦に最大加速力で避けられると、加速に劣る桜花では追尾することが出来ないのだった。
またこれも基地の敷地内外、果ては内陸部に広がる山林地帯の中にまで隠されて設置された多数のレーザー砲塔が、ファラゾア艦隊による襲撃と軌道降下を告げられた後、臨戦態勢を取っていた。
ネリマ基地とその周辺には、光学砲として300mmGLT (三連300mmガトリングレーザー砲)、600mmGLT (同600mm)、600mmLTA (単装600mmアーム式レーザー砲)、900mmLTA (同900mm)が配備されている。
レーザー砲塔は弾切れの心配がなく、電力さえ供給しておけば半永久的に攻撃を行う事が出来、また航空機に搭載する程度の大きさの反応炉を併設すれば、太い送電線を敷設することも無く砲塔を設置できるという利点を持っている。
この為ネリマ基地は、その敷地内および敷地周囲だけで無く、基地から数十kmも内陸部に離れた山中に多数の独立した砲塔を設置していた。
これらレーザー砲は、迎撃の対象を軌道降下する戦闘機のみに絞っていた。
そもそも基地防衛用のレーザー砲塔は、基本的にロストホライズンなどでファラゾア降下点から溢れ出る敵戦闘機群を迎撃することを目的に設置されている。
2000mm近い口径のレーザー砲を多数備えるファラゾアの戦艦と、たかだか最大1m弱程度の基地防衛用レーザー砲が撃ち合いをする事など、想定されてはいないのだ。
(ファラゾア艦の大口径レーザー砲はフェイズドアレイ構造を持つため、砲口面積=砲出力の関係が成り立つ。即ち、2000mm口径のレーザー砲は、200mm口径のものの約100倍の出力を持つ)
ネリマ基地の防空レーザー砲は当然地上に設置してあるため、軌道降下のために接近して来る敵戦闘機群を狙う場合、地球大気による減衰を考慮せねばならなかった。
垂直方向へのレーザー発射によって宇宙空間に存在する目標を狙う場合、大気圏内水平方向約50km先の目標を狙うのと同等の減衰が起こるものと試算されていた。
300mmレーザー砲の晴天時大気圏内有効射程は100kmとされていたため、軌道降下する敵戦闘機群を狙うに充分な出力を持っていた。
3000kmの彼方から接近して来る八千機の戦闘機群に対して、前述のレーザー砲群が迎撃を行う。
900mmレーザー砲を受けてほぼ一瞬で爆散する敵戦闘機。
或いは、ガトリングレーザーのレーザー錘の内側に捕らわれ、何度も通過するレーザーに切り刻まれるように破壊されていく敵機。
しかし八千機もの敵機の数は余りにも多く、僅か120秒しかない猶予は余りに短すぎた。
敵軌道降下戦闘機群がいわゆる大気圏最上層部、高度100kmに到達した時、敵戦闘機群はまだ半数以上の数を残しており、そして防衛側に残された時間はあと僅か数十秒しかないのだった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
引き続き殴り合いです。まだ続きます。