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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十章 Κήπος της Αρτέμιδος(アルテミスの庭)
276/405

20. ネリマ基地


 

 

■ 10.20.1

 

 

 本来の「国家」という区分けではロシアの領土であるが、ファラゾアの降下と勢力圏の形成によってユーラシア大陸が東西に分断された後は、ウラル山脈以東の地域は実質的にロシアから半ば切り離された形となり、特にノーラ降下点が存在することによって人類の生存圏としては極東に切り離された陸中の孤島状態となったハバロフスク以東の、いわゆる「極東シベリア」と呼ばれるロシア領地域は、前述の理由によりロシア連邦の首都であるモスクワとの緊密な連絡を取ることが事実上不可能となり、地球連邦軍(当時の国連軍)極東方面司令部が置かれたウラジオストクを中心として、「極東シベリア」或いは単に「シベリア」と呼ばれる半独立地域として機能していた。

 

 ノーラ降下点以東に切り離されてしまったハバロフスク地方、沿海地方、マガダン州、サハリン州など極東シベリア地域の自治体は、生存のために一致協力することを決定し、「シベリア」という名の下に準国家的な独立行政区を形成した。

 このシベリア独立行政区の設立はロシア連邦中央政府に承認されることは無かったが、現実的にそこに人が住んでおり、有力な軍事力と行政力を持ち、そして何よりも全人類が一致団結して戦わねばならないファラゾアという脅威が存在するノーラ降下点とその周辺のファラゾア勢力圏に隣接して日々戦い続けており、そして周辺各国からの支援と協力を本当に必要としていたことから、日本や台湾を含めた東アジア地域の多くの国はこのシベリア独立行政区を事実上の準国家として対応していく方針を打ち出したのだった。

 

 地球連邦設立以前は、政治的には非常に緩い枠組みである国連軍という組織によって周辺各国と連携していた独立行政区シベリアであるが、ノーラ降下点に隣接し、常にその脅威から強い圧迫を受けている関係上、彼らのみでノーラ降下点からの侵攻圧力に対抗することは不可能であり、軍事的、物質的あるいは人的、政治的に頼ることの出来る連携先を必要としていた。

 2035年のファラゾア来襲当時、大都市ウラジオストクを含むロシア沿海地方知事であったニコライ・フレミーニンがこのシベリア独立行政区の暫定首長に就任し、その後正式に行政区代表となるのであるが、ニコライは若い頃に日本に留学し就労していた経験を持ついわゆる知日派あるいは親日派と呼ばれる政治家であったため、シベリア独立行政区はその創設初期から日本との緊密な連携姿勢を打ち出していた。

 

 対する日本は彼ら自身がファラゾアの降下点或いは勢力圏に直接接していないことから、同じく旧西側陣営であり歴史的にも関係が深く、また常に親日的な姿勢を示していた台湾と連携を取りながら、東アジアを中心とした周辺国への軍事的、或いは人的物質的支援を強化する政策をファラゾア来襲後早期に打ち出しており、この方針が彼ら自身の置かれた立場と上手く噛み合ったことで、シベリア独立行政区は日本と台湾からの強力な支援を受け取ることとなった。

 日本とロシア、或いは台湾との間にはいくらかの領土的な問題などが存在したが、ファラゾアという脅威に対抗することが最優先事項であるとして、これらの問題は一時的に棚上げされた形となった。

 

 そして日本が国連軍との緊密な連携政策を打ち出したことで、国家としては不安定な立場であった台湾とシベリア独立行政区は日本を通じて国連軍との関係を形成し、最終的には国連あるいは国連軍に参画する実質的国家として国連軍との連携を深めていった。

 シベリア独立行政区、台湾ともに、歴史的に属国であった統一朝鮮以外と殆ど連携を取ることの無い当時の共産中国からの支援を受けることが出来なかったため、特にシベリア行政区にとっては日本あるいは日本を通じた国連軍から受ける支援が、ファラゾアの侵攻に対抗する為の彼らの生命線であると言っても過言では無かった。

 

 その様な情勢の中、ノーラ降下点のファラゾアに十全に対抗するため、当時の国連軍はこのシベリア独立行政区内に独自の拠点を必要としていた。

 ファラゾア来襲後は大量輸送の中心的役割を担うこととなった潜水艦による海中輸送の荷揚げ場所として、或いはファラゾアと戦うための唯一の有効的手段である航空戦力の集積地或いはバックアップとして、ウラジオストクは確かに十分な規模の港と空港を擁しては居たが、それらはあくまでシベリア独立行政区に属するロシア軍の所有物であり、ハバロフスク地方の多くの空港に多数の部隊を配置した国連軍としては、迅速且つ的確な兵站とバックアップを形成するには少々身動きの取りづらい、効率の悪い拠点であった。

 

 アムール川などから流れ出る淡水によって、他の海洋に比べて塩分濃度が低いために冬期にはほぼ全面的に結氷するオホーツク海と、そこに接続するタタール(間宮)海峡において、比較的全面結氷することが少ない海域の北限沿岸である事且つ、ノーラ降下点から侵攻してくるファラゾアを押し止めるためにその当時戦略的に極めて重要な拠点となったハバロフスクへの直線的距離が僅か300kmと近いことから、「ネリマ」と名付けられたタタール海峡南端に近い沿岸に位置する人口数十人の小さな寒村は、極東地域に独自で使用できる拠点を欲していた当時の国連軍によって集中的開発拠点に指定され、巨大な複合軍事施設へと変貌した。

 

 ネリマからハバロフスクへは長いトンネルを伴ったほぼ直線の直通鉄道が敷かれた。

 最長でも100kmを僅かに越える程度の小型河川であるネリマ川の入り江付近には、巨大な防波堤を併設した岸壁が造成され、僅か数mの深さしか無かった浅瀬は徹底的に浚渫されて200m級の潜輸が複数直接接岸できる様になった。

 航空部品やその他大型の資材を荷揚げする必要がある波止場は大きく広く取られ、まるで国際的な巨大貨物港であるかと見まごうほどの様相を呈している。

 港には、寄港した潜水艦を補修可能とする乾ドックが併設され、最終的には300m級の輸送潜水艦を建造できるほどの能力を与えられた。

 海軍港の脇には、荷揚げされた荷物を空輸するためと、基地を守るための直援機を発着させるため、そして最前線で戦う戦闘機隊をバックアップするための予備戦力を運用するため、さらには万が一ハバロフスクを中心とした前線基地が陥落した際に多数の部隊が避難してきて、前線を再構築するために再編成を行えるよう、巨大な航空基地が建造された。

 そしてその最悪の事態に備えるため、多くの先進的な対空火器とその運用管制システムが導入された。

 

 極東地域において、ウラジオストクは各国軍であるシベリア独立行政区に駐留するロシア軍の最大の複合軍事都市であり、また地球連邦軍の極東方面司令部が置かれている。

 沖縄本島は連邦宙軍と連邦空軍が同居する嘉手納基地を擁し、また多くの日本空軍の基地も設置され、さらには太平洋を横断してくる海中輸送艦隊が最初に寄港する中継地でもある。

 連邦空軍と連邦海軍が同居するネリマ基地は、今やそれらの複合軍事施設あるいはエリアと比べても遜色が無いほどの規模を誇る、北部極東地域で最大の地球連邦軍複合基地であった。

 

 その様なネリマ基地に対して、ファラゾアは直接の軌道降下攻撃を行った。

 3000m級戦艦二隻、2000m級空母三隻、500m級から800m級の駆逐艦八隻からなるファラゾア艦隊は、ネリマ基地上空約3000kmに停止し、その位置で約12000機の戦闘機を軌道降下させた。

 ファラゾア空母から発進した戦闘機は、幅50km、長さ100km余りの大きな集団となって宇宙空間からネリマ基地に向けて突入していった。

 

 対するネリマ基地と言えば、勿論無策であった訳では無い。

 GDDDS探知情報から、太陽L1ポイントを発した三つの分艦隊の内、空母を擁するPF3とマークされたものがネリマ基地上空を目指していると進路予測されると同時に、その情報を受けた地球連邦軍参謀本部とウラジオストクにある極東方面司令部から、ネリマ基地に向けて警告が飛んだ。

 

 ノーラ降下点はすでに消滅し、降下点に肉薄する最前線基地を支えるバックアップ部隊基地としての役割を終えていたネリマ基地は、当日実行されるナリヤンマル降下点攻略作戦が遙か5000kmもの彼方、地球の反対側と言っても良い場所で行われることから、特にこれと言った警戒態勢も取られてはいなかった。

 半径数千km以内に敵の拠点も無く、ノーラ降下点で連日発生していた激戦も終わり、完全に弛緩した状態であったこの極東の基地の兵士達にとって、突然基地全体に鳴り響いた警報はまさに青天の霹靂以外の何ものでもなかった。

 

 一瞬の混乱の後、しかし僅か半年前までは最前線すぐ後方に存在する重要拠点であったこの基地に所属する兵士達は、やかましく鳴り響く警報を聞いて、少なくとも自分達の基地が何らかの脅威にさらされているのだと理解し、そしてその後の行動は目を見張るほどに素早かった。

 

 整備員やパイロット達はあらん限りの速度で格納庫に向けて走り、或いは手近に走っていた構内の各種作業車に掴まって、自分が搭乗すべき愛機、或いは担当する機体が格納されている場所に向けて移動する。

 管制官、或いはCICなどに詰めるオペレータは、食べかけの食事ややりかけの作業をすぐさま放り出し、僅か半年前まで毎日のように激務をこなしていた持ち場に走った。

 対空火器などを管制制御する基地防衛の担当オペレータ達は、殆ど初めての実戦の状況に多少混乱しつつも飽きるほどに行われた普段の訓練の成果を遺憾なく発揮し、上官の怒声とネットワークから絶え間なく流れ続ける敵情報の読み上げが響く中、緊張した面持ちで席に着き、そして手順通りに全てのシステムを起動していった。

 

 ネリマ基地全体に警報が発せられた後に、ファラゾア艦隊が遙か上空の宇宙空間に陣取り艦載機を大量に放出する頃には、ネリマ基地を防衛するための対空防衛システムの殆どは起動を終えて、ネットワークからロードされた情報を元に独自に敵艦隊とその艦載機群を追跡し始めていた。

 その頃にはスクランブル配備されていた戦闘機隊がAGG/GPUの出力を上げてエプロンから次々と大空に向けてその彼方の敵を睨みつつ飛び上がり始め、格納庫で翼を休めていた戦闘機についても稼働可能なものはリアクタを始動して次々にエプロンへと姿を現し始めていた。

 

 地上設置型の大型GDDは敵艦隊とその手前を移動する敵戦闘機群を探知し、ネットワークを通じて流れてくるGDDDS位置情報と照合した後に基地内ネットワークへとその情報を提供する。

 すでに敵が自分達を標的にして軌道降下を行っている以上、これ以上息を潜めて隠れておく必要などなくなり、従来はついぞ作動させることのなかった大パワー大型レーダーが、ファラゾアのバラージジャミングを打ち破るだけの強大なパワーでレーダー波を敵艦隊に向けてぶち当て、返ってくるエコー波を拾って敵位置を次々と特定し、重力波系の探知情報に重ね合わせることで探知精度をより向上させていく。

 

 300mm、或いは600mm三連GLT (ガトリングレーザー)がその砲口を垂直方向遙か彼方の敵に狙いを定め、900mmLTA(単装レーザー砲)がまるで戦う意思を露わにした毒蛇が鎌首をもたげる様に、ぐるりと回ってレーザー砲身をピタリと真上に向ける。

 サイロの中、或いはトーチカの中、或いは格納庫の屋根の下に隠されていたありとあらゆる対空兵器がその姿を現し、そのどれもが全て垂直に真上の空の彼方、宇宙空間からこちらを狙っている敵を睨み付ける。

 実弾体を撃ち出すレールガンの砲身が、地上発射型の対艦ミサイルを連ねたランチャーが、重力推進式のSAMを鈴なりにしたランチャーアームが、起動と同時にぐにゃりと複雑な動きを取り、そして防空管制システムからロードされた照準データに従い、全ての砲身と弾頭が真上の同じ方向を向いて止まる。

 

 それらの電子の眼には3000km彼方、青い空に霞む向こう側に浮いている敵の姿が見えている。

 

 唐突に重い機械音を発して、地上発射型の対艦ミサイルがランチャーから離れた。

 次の瞬間、ミサイルの姿はかき消すように見えなくなり、後には一陣の風と、ミサイルが音速を超えたことを示す超音速衝撃波の重い爆音が響き渡る。

 他のミサイルも次々とランチャーから離れ、そして全てが一瞬に消えていく。

 まるで爆弾を落とされたかのような連続した激しい爆音が響き、突風が渦巻く。

 

 300mm三連GLTが、そして600mm三連GLTが砲身を回転させ、頭上の敵に向けて必殺の円錐を投射する。

 工業用のロボットアーム先端に取り付けられた900mmLTAが、眼に見えないレーザー光を打ち上げ、レールガンから撃ち出される実体弾が火の玉となって大気圏を駆け上がる。

 

 現在地球上有数の防空システムを備える基地と、人類を悩ませ続けた大規模攻勢「ロストホライズン」時同等の攻撃力を持つ敵艦隊とその軌道降下部隊との間で、真正面からの殴り合いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 作中にも書きましたが、防空装備が充実してきて、初めての基地対艦体の殴り合いです。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ワクワクが止まらない。 [気になる点] 300年後は1800mmGLT(対デブリレーザー3門)が貨物船(?)に搭載されるようになるけど、さすがにこの時点では600mmGLTがせいぜいですか…
[良い点] ファラゾアの反撃が始まって人類が対応できるかドキドキしています [気になる点] 後書きの 基地対艦体 ↓ 基地対艦隊 かと思います。
[一言] ネリマってそっちか! でもこれで人類の対空装備でファラゾアを撃退 できるか実証出来るな。 でもロシアとファラゾアの繋がりって何がどう なってるんですかね?ロシアは武器や情報や人員を 提供して…
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