19. Operation 'Арктическая метель' (「北極の吹雪」作戦)
■ 10.19.1
Same time, United Nations of TERRA Forces Central General Administration Headquaters (UNTF-CAH), Strasbourg, France
同時刻、フランス、ストラスブール、地球連邦軍参謀本部
プロジェクト「ボレロ」の第七段階である、ナリヤンマル降下点攻略作戦「アルクティチェスカヤ・ミテル(Арктическая метель : Arkticheskaya metel:北極の吹雪)」が開始されると同時に、参謀本部ビル地下四階に設けられた中央指令室の中はにわかに騒然とし始めた。
それは開始された作戦の戦況を読み上げるオペレータの声であったり、現場に近い方面司令部から、或いは現場そのものからの行動指示の問い合わせであったり、同様に参謀本部の指揮下にある連邦空軍と海軍などの四軍の間を取り持つための連絡であったり、多数のオペレータやマネージャの様々な会話や指示が、それぞれの声のボリュームはさほど大きくなくとも、数十、数百と重なり合って巨大な司令室の中にそれらの音が反響することによるものだった。
地球連邦軍の事実上最高位である参謀総長のフェリシアンは、多くのオペレータ達がモニタに向かい、或いは忙しく歩き回るフロアから数段高くなった場所に設けられた司令官席に、参謀本部長であるロードリックと、同じく参謀本部の作戦部長であるエドゥアルトと共に座っていた。
フェロシアンの席は、司令官エリアの最奥に一段高くなった場所に置かれており、左側にロードリック達参謀本部の司令官達の座る席があり、反対の右側にはこのエリアに座る司令官達からの直接指示でモニタのコントロールを行ったり、彼らから発せられた様々な質問に対する答えを見つけて報告したりする役割を与えられたオペレータ達が六人ほど座っている。
「キッカ三十六機、大気圏突入開始しました。」
そのオペレータから現在の戦況の読み上げが聞こえる。
戦況は壁面に多数設置された大型モニタに映し出されており、司令官エリアに座る重鎮達の手元のモニタを切り替えることでも表示できる。
そこに表示された情報を理解できないような者はこの場には居ないが、VIPの近くに解説者が居て逐一状況を読み上げるのは、軍の司令室における一種の様式美のようなものだった。
モニタ上に表示された、菊花ミサイルを表す青色の三角形のマーカが、大気圏と地球表面を示す同心円に次々と接触し、消えていく。
別のモニタには、赤色の四角で示されたファラゾア地上施設のマーカを重ねて表示させたナリヤンマル周辺の地形図が表示されており、軌道上のOSVから観測した着弾状況を元に、地図の上に着弾地点を示す青い丸が次々と表示されていく。
「キッカ、三十一機着弾。撃墜五。ファラゾア地上施設四十三基の内、三十二基の破壊を確認。大破六、中破五。」
「キッカ着弾によるペチョラ河河口付近湿地帯の消失を確認。同位置のナリヤンマル市街地の消滅を確認。」
「キッカ着弾によってバレンツ海に高さ20mの津波発生を確認。時速約120kmで進行中。バレンツ海に展開中の機動艦隊位置への到達は約4時間後と推定。機動艦隊への影響なし。」
「キッカ着弾による多重衝撃波の発生を確認。秒速約1200mで拡散中。地上物への致命的被害範囲は、Zone03以内と推定。着弾点周辺での火災発生を確認。多重衝撃波の拡大と共に火災地域拡大中。一次火災発生範囲はZone02以内と推定。」
「キッカミサイルの誤射は?」
オペレータ達が戦況を読み上げる中、エドゥアルトが質問を発する。
「キッカミサイル、誤射ありません。全て所定の位置に着弾。誤差範囲内です。」
「ふむ。よろしい。」
そう言ってエドゥアルトは満足げに頷いた。
「今回は誤射を発生させる訳にはいきませんからな。」
とロードリックが低く呟く。
「そうですね。再発防止策は講じたと通達してありますから。」
「あれは不幸な事故だった。」
と、二人の会話にコメントするフェリシアン。
前回のファラゾア降下点攻略作戦「ヴォズヴラシーニェ・ルナンシェラ」において、カザフスタン領内のアクタウ降下点に向けて菊花が対地攻撃を行った際、一基の菊花が本来の軌道を大きく逸れて、ロシア領内エカテリンブルグ北方300kmほどの森の中に落ちたのだった。
たった一発の菊花であったが、たまたま着弾点に存在したロシア陸軍の古い演習場を跡形も無く吹き飛ばし、周辺の森で広い範囲にわたって大規模な森林火災を発生した。
着弾の衝撃波は300km離れたエカテリンブルグにも襲いかかり、多くの建造物で窓ガラスが割れたり、人体を含めた、固定されていなかった様々な物品が吹き飛ばされ転げ回るなどの被害を生じ、エカテリンブルグや周辺の大小の市街で民間人の負傷者数百人を生んだ。
当然ロシアは、その様な失態を犯した地球連邦軍に対して猛烈に抗議した。
「あれからロシアは何か言ってきましたか?」
「いや。大人しいもんさ。まあ、また裏で何かやっているかも知れんがね。」
「ロシアはよく黙りましたね。何と返したのですか?」
「ん? 『居住者の居ない筈の軍用地に落下したのは不幸中の幸いだった。再発せぬようお互い慎重に行動すべき』と返してやったよ。」
「傑作ですな。」
フェリシアンのとぼけたような口調に、薄笑いを浮かべながらロードリックが視線を返す。
「機動艦隊、艦載機隊発艦開始しました。」
彼らの会話に割り込むようにして、オペレータの声が響いた。
「機動艦隊に何か障害は?」
と、エドゥアルトがオペレータに確認する。
早春のバレンツ海で潜水機動艦隊を展開し、さらには作戦開始後に浮上して迅速に艦載機隊を発艦させるという作戦内容については、この時期まだ多量の流氷が漂う海域での作戦行動について参謀本部内でもかなりの議論が行われたのだった。
「現在の所、特に報告は上がってきておりません。」
「ならば良し。」
フェリシアンは満足げに頷いた。
バレンツ海の流氷の問題の他にも、以前のカリフォルニア半島沖での戦いで多くの艦が酷く傷つき、修理を終えたばかりの艦、或いは補充された新造艦で多く構成された潜水機動艦隊については、いわゆる初期不良のようなトラブルが発生することが懸念されていたのだった。
「スカンディナヴィア半島方面飛行隊、Zone05を越えて侵攻中。」
「中央アジア方面部隊、同じくZone05を越えました。時間通りです。」
「ふむ。今のところ問題ないよ・・・」
「GDDDS感有り! 太陽L1ポイント停泊中の敵艦隊から、戦艦二、駆逐艦五が加速開始。マークPF1。」
「来たか。艦隊PF1の攻撃ポイント割り出しを急げ。各攻撃隊に通知。」
作戦が時間通りに進行していることに安堵したエドゥアルトの声を遮るようにして、オペレータの警告が鋭く響いた。
エドゥアルトはすぐさま、ナリヤンマル降下点攻撃隊を砲撃するものと思われる敵艦隊の攻撃予想位置を割り出すようにオペレータに指示する。
「GDDDS感あり。 太陽L1ポイントの敵艦隊から、戦艦二、空母三、駆逐艦八が加速開始。マークPF2。」
さらに追加の分艦隊が加速開始したことをオペレータの声が知らせる。
「なんだと? 奴等何をする気だ? 艦隊構成からPF2は軌道降下を行う可能性大だ。PF2攻撃ポイントの割り出し、最優先。」
眉を顰め険しい表情となったエドゥアルトがさらに指示を出す。
ナリヤンマルに向けて軌道降下を行い反撃するというならば、PF1とPF2を分けた理由が分からなかった。
地球上のどこか他の地点に対して軌道降下を行う意図がある事を恐れた。
降下点の攻略を終えた地方には、以前ほどの航空戦力は残っていない。
世界中のあちこちから航空戦力を掻き集めて、各降下点の攻略作戦に投入していっているのだ。
今や後方となった東アジアや北米大陸に軌道降下を行われると、以前に比べて防御の壁がかなり薄いこととなってしまう。
勿論、PF1、PF2共にナリヤンマルに攻撃を加え、こちらの攻撃目標を分散させ、敵艦隊の被害を低下させるという狙いの動きとも考える事は出来るが。
「分艦隊PF3を確認。構成は戦艦二、空母三、駆逐艦八。PF2と構成同じ。」
クソ、奴等は一体何隻艦を持っていやがるんだ、とエドゥアルトは頭の中で毒づき、拳を握る。
主に桜花ミサイルによる迎撃で、大小数十隻というファラゾア艦を今まですでに破壊してきたはずだ。
しかし敵はこうやって事も無げに、次から次へと艦隊を投入してくる。
まだどれだけの艦を持っている? どこに隠し持っている? どこから供給されている?
或いは太陽系内に戦闘艦の製造拠点もあるのか?
当時その様な技術は無く仕方の無いこととは云え、どれだけの艦が太陽系内に侵入したのか全く掴めていないのは痛い。
今や地球人類はGDDDSで太陽系中を監視しているが、しかしそもそも重力推進を用いずに停泊している艦はGDDDSで探知するのが難しく、また太陽や月、他の惑星などの大質量と方向が重なると、ノイズが大きく探知精度が大きく低下してしまうのがGDDDSの最大の欠点だった。
そして海上を航行する船舶が島影の入り江を停泊地とするように、どうやらファラゾア艦の多くは惑星の周回軌道を中心に泊地を選んでいるようだった。
そして重力波探知対策なのか或いはただの省エネルギーなのか、ファラゾア艦は停泊地では消費エネルギーをほぼ最低まで落としており、また緊急の移動以外は、各惑星や太陽重力を利用した軌道航法も多用しているようであった。
それが原因で、GDDDSという探知方法を得た今でも、地球人類が目を皿のようにして奴等の動きを全て追おうとしているが、未だもってファラゾア艦隊の全容は掴みきれていなかった。
「分艦隊PF1、加速度2000、予想進路は月公転軌道外側、地球から40万kmにてナリヤンマル直上。分艦隊PF2、PF3は加速度1500、攻撃地点は不明。」
「針路モニタに出せるか?」
「出ます。十二番です。」
エドゥアルトの求めに応じて、オペレータが現在の地球周辺宙域の概略図を壁面大型モニタに投映した。
PF1と書かれた赤い敵艦隊マーカは、画面の外から侵入してきて、月軌道の僅か外側で止まることを予想された、点線の予想航路上を進んでいる。
PF2とPF3と書かれたマーカは、PF1とは異なる軌道で画面の外から侵入してきており、未だ予想航路の点線が描かれていなかった。
「PF2、PF3の攻撃点割り出しまだか?」
「まだです。現在システムリソース優先度最大にて解析中。」
「十二番モニタ画像、立体で回転出来るか?」
「回転させます。」
オペレータの返答に合わせて、月公転面に対して垂直に北極方向から投映されていた平面図が、うねうねと立体的に回転し始めた。
エドゥアルトはぐるぐる回って、見つめすぎると目が回りそうになるその映像をじっと睨み付けて敵の意図を探る。
分艦隊が二隊、いずれも空母を含んでいるという事は、ナリヤンマルの他にももう一箇所、或いはナリヤンマル以外のどこか二箇所を目標として軌道降下を仕掛けてくるつもりだろう。
少なくともその内の一箇所が、既に敵降下点の攻略を終えて手薄になってしまっている地域である可能性は非常に高い。
もし二箇所ともがそうであれば、随分面倒なことになる。
戦線の後方にいきなり大量のパラシュート降下兵が降りてくるようなものだ。
戦場の大混乱は必至であり、そしてその被害も大きなものになるだろう。
最大の問題は、その「戦場」という言葉が指し示す対象が、我々が住んでいるこの地球という惑星全体である事だ。
我々人類はとうとう、直径12000kmのこの地球を僅か数秒で通り過ぎる様な速度を出せる乗り物を作り出すに至った。
そして「我々に出来る事は敵にも出来る」のだ。
僅かな航路変更で簡単に数百kmを移動する連中の航路を予想するのはとても難しい。
「敵分艦隊PF2、PF3航路予想、攻撃点予想出ました。」
エドゥアルトの思考をオペレータの声が遮った。
その声色から、あまり良い知らせでは無い様だとエドゥアルトは直感した。
「どこだ?」
「敵分艦隊PF2、現在の航路であれば北緯0度、東経100度付近。1000km圏内に、シンガポール、クアラルンプール、カリマンタン島の一部が含まれます。到達予想時間約100秒後。
「敵分艦隊PF3、現在の航路であれば北緯50度、東経140度付近・・・極東シベリア、ネリマ基地です! 到達予想時間同じく約100秒。」
クソ、やられた。最悪だ。
それが、オペレータの報告を聞いたエドゥアルトの最初の思考だった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
作戦名、ベタです。
軍隊に命名センスとか求めないで下さい。 (と、上手く責任転嫁するw)
「一発だけなら、誤射だ」とは、まさにこの事。w
ちなみに、公式に計上されることの無い実際の死者は、ロシア陸軍兵士約100人(軍属含む)、民間人約1500人です。