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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十章 Κήπος της Αρτέμιδος(アルテミスの庭)
271/405

15. 強大にして狡猾なる敵


 

 

■ 10.15.1

 

 

「戦果は戦艦撃沈一、大破一、小破一、駆逐艦撃沈三、中破一、小破二。対して当方の損害は、宇宙軍戦闘機百三十五機出撃中五十八機喪失、空軍出向パイロットによる戦闘機九十八機出撃中二十一機喪失。損害率計34%、か。

「アクタウ降下点攻撃隊に艦砲射撃を加えている敵艦隊を追い払う、という作戦目的は一応達成したものの、どうにも勝ったとは言い切れない数字だな、これは。」

 

 そう言ってフェリシアンは渋い顔をしながら、壁に掛けられたスクリーンに投映された先の敵艦隊迎撃作戦「セリノフォト」の戦果を表した数字を眺める。

 

「勝ち負けで言えば、むしろ負けたと言って良いでしょう。パイロットの損失は大きい。戦艦二隻と駆逐艦三隻と引き換えに、八十人ものの熟練パイロットを失っていたのでは割に合わない。大打撃だ。」

 

 地球連邦軍参謀本部作戦部長のエドゥアルトが、こちらもまた渋い顔で不機嫌そうに言った。

 

「最新鋭の戦闘機と、トップレベルの熟練パイロットを揃えてこれだ。今後戦場が宇宙空間に移っていくことになるが、この状況は改善出来る予定があるかね?」

 

 フェリシアンが部屋の中の男達を見回しながら言った。

 

 ここは連邦軍参謀本部内の、参謀総長であるフェリシアンのオフィスのすぐ脇にある、十人ほどで一杯になりそうな小ぶりな会議室だった。

 そこに参謀総長のフェリシアン、参謀本部長のロードリック、参謀本部作戦部長のエドゥアルト、連邦軍情報部長のフォルクマー、そして地球連邦政府情報分析センター耐ファラゾア情報局、即ち「倉庫」の局長であるヘンドリックと、その技術顧問かつ幾多の技術開発プロジェクトに名を連ねているトゥオマスの、計六人がテーブルに着いていた。

 他にはプロジェクタ操作と、質問を受けた場合に詳細情報を説明する役割を押し付けられた不運な女性事務官、作戦部の少尉が彫像のように固まってプロジェクタスクリーンすぐ脇の席に座っている。

 

「ご存じの通り、この状況を打開することを目的に多数のプロジェクトが進行しております。しかしながら、この状況を速やかに改善出来るだけの成果が我々の手元に出揃っているかとなると、まだありませんな。甚だ遺憾ながら。」

 

 ここが自分の出番とばかりに、誰もが発言を厭う重苦しい空気を敢えて全く読まずにトゥオマスが現実を突き付ける。

 

「時期尚早なのか? 我々はまだまだ宇宙空間に乗り出していくだけの技術と力を持っていないのか? 時間を掛けて力を蓄えてから行くべきか? で、それはいつになる?」

 

 フェリシアンが僅かに苛立ちを滲ませて、誰もがその答えを知りたいと思っている問いを早口に投げかける。

 

「技術も力も足りないのは明らかですが、待っている時間はありませんな。ファラゾア情報局と我々の解析は共に、この度の戦闘で地球人ブレインをCLPUに使用したものと思われる敵戦闘機個体を同定しております。

「当然の事ながら、その反応速度は一般的地球人とほぼ同等。それにファラゾア戦闘機の機動力と火力が備われば悪夢でしかありませんが、その悪夢が現実に現れ始めました。

「今回の戦闘中に確認された個体は十八機。当然今後その数は増えていくものと思われます。

「これ以上奴等に地球人の脳を与える事の無い様、降下拠点は次々と潰していっています。しかし既に何億という地球人の脳が奴等の手元にある。それが使われることの無いよう、無理にでも宇宙に乗り出し、火星の戦闘機生産工場を叩くのは今のタイミングを置いて他ありません。遅くなれば遅くなるほど、状況は急速に悪化するでしょう。」

 

 情報部長のフォルクマーが、ショッキングな内容に反して全く感情の起伏を見せずに淡々と報告した。

 

「この損害が、その地球人ブレインの機体によって生み出されたと言うのか? 従来のファラゾアブレインを搭載した、機体性能が高い新型機である可能性は?」

 

「勿論その可能性も考えました。しかしながら生還した戦闘機隊のガンカメラとシステムログに残っているのですよ。クイッカーの姿をした、とんでもなく素早い奴が。GDDDSとOSV、AWACSの監視網でも裏が取れています。その機体の機動の際に放出される重力波パターンはクイッカーのものとほぼ完全に一致しました。

「余りに素早くてその姿をまともに捉えられないことから、宇宙軍パイロット達はその機体を『グレイ・ゴースト』或いは『ダーク・レイス』と呼んでいる様ですな。地球人ブレインの機体を指すコードネームにそのまま採用しようと考えております。もちろん、『ダーク・レイス』の方を。」

 

 トゥオマスとはまた別の方向性で、空気を読まずに必要な事を言いきったフォルクマーの発言の後、再び重苦しい沈黙が部屋の中に横たわる。

 

「戦術的に採れる策は無いか? とにかく一機でも一人でも犠牲を少なくせねばならん。このままでは間違いなく、ファラゾア戦初期の兵損耗率を上回ることになる。あの悪夢のような絶望的な戦いなど、二度と御免だ。」

 

 長射程のレーザー砲や、重力推進など、ファラゾアから奪った先進的技術の導入により、最近の兵年間損耗率は30%を確実に下まわるようになってきた。

 毎年三割の兵が死んでいく状況さえ、ファラゾア来襲以前の近年の戦いの中では異常な数字ではあるが、入隊した新兵の七割は次の年を迎えることが出来ない、熟練兵でさえ半数が消えていったあの当時の絶望的な戦いに較べるならば、随分と改善され、やっとまともな戦争と言えるところにまで漕ぎ着けたのだった。

 

 これが主戦場が敵のホームグラウンドである宇宙空間になった途端、再び損耗率が急増し、どころか以前の状況よりもさらに悪化して、たった一度の作戦で熟練兵の三割を失った。

 もしこのままの数字が続いたとして、一年間に十回の作戦を宇宙空間で実施するならば、年間兵生存率は1%を下まわる事になる。

 すなわち、年の初めに百人居たはずの兵士が、その年の終わりには全員居ない、全員別の兵士に置き換わっているという意味の数字だった。

 この状況で、新兵の年間生存率など予測計算するだけ無意味というものだった。

 

 熟練兵でさえ一年後には誰も残っていない。

 その空席を埋める新兵も、ほんの数回の戦闘で全員死亡する。

 既に戦争として成り立つ数字では無かった。

 

「打てる手は限られています。宇宙空間という不慣れな戦場であり、利用できる地形や遮蔽物なども殆ど無い。探知能力、格闘能力、兵器の性能全て敵方がこちらを上回っている。状況を打開するような新兵器が手元にある訳でも無い。

「我々作戦部から現在提案できるものは、古代の戦場のような陣形を組むことです。何も無い宇宙空間は、立体的に広がる平原の戦場のようなものと捉えることが出来ます。宇宙空間で利用するために手を加えた何らかの陣形を組み突撃を行う事で、幾らか被害を抑える事が出来るものと考えています。

「ただ・・・」

 

 作戦部長エドゥアルトが悲痛な表情で提案を行い、そして自信なさげに語尾を消した。

 

「ただ?」

 

 フェリシアンが消えるように終わったエドゥアルトの発言の先を促す。

 

「我々の戦闘機隊は、平原に展開された古代の戦場で言うならば軽装歩兵です。軽装歩兵が幾ら陣形を組もうとも、その戦場に騎兵や戦車(チャリオット)、弓兵や長槍騎兵などが投入された場合、ましてや銃や火砲が存在するならば、それらの強力な部隊は軽装歩兵の陣を一瞬で蹂躙できることでしょう。

「そして我々の手元には、カエサルが有していたような、頑強な陣を組み上げ、斃れても次々と補充できるだけの数十万もの軽装歩兵は居ないのです。」

 

 エドゥアルトの眉間に刻まれた皺はさらに深さを増し、それに応じたかのように部屋の中の空気にも重さが増した。

 

「その軽装歩兵を重装歩兵に、或いは騎兵に仕立て上げ、バリスタや火砲を開発して戦場に投入するのが、我々プロジェクトの役割、という訳ですな。」

 

 再び故意に空気を読むこと無く、トゥオマスが場にそぐわない声で言った。

 そのトゥオマスの顔に、幾つもの視線が集まる。

 

 勿論、皆知っている。

 開発中の新兵器が今日明日に投入できる訳も無く、例え投入できたとしても技術的に遙か先を行くファラゾアに対して、劇的に戦況を覆すだけの力は望み得ないという事を。

 

「プロジェクト『金の弓』で開発中の設置型砲台については、大口径フェイズドアレイレーザー砲の重力レンズ制御に問題が残っており、投入にあと半年と言ったところですかな。RAGUDTで開発中のアドヴァンスドAGGも、同様の時間が必要ですな。同じくRAGUDTで開発中の重力レールガンですが、こちらの方が開発が先行してしまっており、こちらは今月末に試射試験の予定ですな。力技で対応中のオーカミサイルの高推力化については、試作機での試験実施中。ちなみに、本件に直接関係は無いのですがね、プロジェクト『アンタレス』で建造中の艦船については、一号艦、五号艦が来月にも艤装を終了。その他小型艦についても順次。目玉の三号艦建造は、工程に約八週間の遅れにて、進水式は来年半ばにずれ込む予定。八号艦は、少々遅れが目立ちますな。現場からは人手と資材の不足について情報が上がってきておりますので、対応中、と言ったところですかな。それぞれ詳細については、逐次上げておる報告書を確認戴きたい。」

 

 連邦軍主導にて行われている多くの兵器開発プロジェクトの、主要なものほぼ全てに名を連ねるトゥオマスは、今やこの不定期且つ頻繁に開催される連邦軍首脳会議のレギュラーメンバーにして、兵器開発担当の地位を確固たるものとしていた。

 勿論ファラゾア情報局技術顧問としての仕事は続けており、ファラゾアの兵器や科学技術、戦術や行動様式全般についての第一人者の一人でもある。

 

「ところで、ひとつ、宜しいですかな?」

 

 言葉を切ったトゥオマスが、一拍置いて切り出した。

 その表情から、どちらかというとこれから切り出す話の方が元々話題として挙げたかったものであろう事が想像できた。

 お互いの表情や話し方でそれくらいのことが察せるほどには、皆長い付き合いになっていた。

 

 この場の最高位者であるフェリシアンがトゥオマスに視線を向け、片眉を上げて先を促した。

 時々突拍子もない事を言い出す「教授(プロフェサ)」トゥオマスであったが、それらいずれの意見も最終的にはファラゾアに関する解析、或いは地球人側の新たな兵器や戦術に繋がっていくものである事は皆承知していた。

 頭の良い者に特有の、他人には理解できない論理の「飛び石」があるだけで、彼の頭の中ではあらゆる全ての事柄がこの戦いに勝つ方法を紡ぎ出す為に複雑に絡み合いつつも整然と並べられ、目的に向けて収束していっているのだろう事は、この場の誰もがよく理解していた。

 

「戦場が宇宙空間に移って以来、こちらが繰り出す戦術に対するファラゾアの対応速度が劇的に向上しております。お気づきですかな?

「従来、地球大気圏内で戦闘を行っている間、我々は長く首を捻っておったものです。例えば、オーカミサイルに散々蹂躙されつつも、いつまで経っても軌道降下型のロストホライズンを行う事。ロストホライズン対策として我々地球人側が反応弾を持ち出したときも、当分の間彼等は後のSTである『始末屋』達が戦線に叩き込む反応弾にやられ続けた。

「いつまでも同じ事を繰り返してやられ続けて、ファラゾアはもしかして馬鹿なのじゃないか? 或いは無人機を投入して、遙か彼方で高みの見物をしているような、地球人を舐めきったやる気の無い怠惰な戦いをしているのではないか? という様な噂が立ち、前線兵士達がそこはかとなくファラゾアという存在を舐め始めたのも、この彼等の対応の遅さや反応の鈍さが原因ですな。」

 

 トゥオマスは一瞬言葉を切り、その場の五人の顔を見回した。

 皆が話について来ていることを確認したトゥオマスは先を続けた。

 

「それに対して、ですよ。

「先の『ラグランジュ・ウェッジ』作戦で我々は月L2ポイントに停泊中の敵艦隊を攻撃しましたな。その作戦中だけを見ても、月表面を掠めるように飛び抜け敵艦隊に肉薄しようとした我が方の戦闘機隊の航路に対して、月表面に対して上から被せて押さえ付けるような布陣で艦載機部隊を投入し、我が方の戦闘機部隊の航路を妨害してきましたな。結果的には、熟練のパイロット達が衝突を恐れずその敵艦載機隊のど真ん中を突っ切るというなんとも凄まじく豪胆な選択をしたために、敵の目論見は外された形にはなりましたが、その代わり当方の戦闘機隊に甚大な被害が発生しましたな。」

 

 全員が頷きながら神妙な顔つきでトゥオマスを見ている。

 皆覚えがあるのだった。

 GDDDSやOSVネットワークから送られてきた索敵情報にて、月を飛び越えた味方戦闘機隊の前方に広がり、敵艦隊へ寄せ付けまいと明らかに地球側戦闘機隊の航路を塞ぎ迎撃に出てきた敵艦載機群の位置が確認できたときの驚きと焦燥に。

 トゥオマスの言う前線兵士達だけでは無かった。

 心のどこかでファラゾアを舐めている自分達がいた事に強烈に気付かされた。

 

「今回の『セリノフォト』について。敵艦隊は150万kmも彼方の太陽L1ポイントに停泊しておりましたな。月L2に較べて遙か彼方、我々がなかなか手を出しにくい、或いは攻撃隊を出したとしても到着までに長時間かかり、どうとでも対処できる遙か彼方の泊地ですな。

「そして彼等は、アクタウ降下点攻略が始まると同時に、攻撃隊を艦砲射撃するために月軌道の内側まで突入してきましたな。よりにもよって、地球と月を結んだ直線上、月L1ポイントの外側、月との距離僅か1万kmの位置へ。」

 

 トゥオマスが再び言葉を切る。

 地球-月直線上、月から1万kmの位置、という意味を誰が理解しているかと確認する為に。

 幸い全員がその意味には既に気付いており、そして今トゥオマスが言わんとする事の関連性に気付いたようだった。

 ダメ押し、或いは誤解の無いように確認のため、トゥオマスはその先を続けた。

 

「月まで僅か1万kmの直線上。最悪の位置ですな。オーカミサイルは勿論のこと、戦闘機隊にとっても、最大効率、最短時間で敵艦隊に肉薄するための直線航路が取れない。もしそれをすれば減速或いは回避が間に合わず、確実に月に激突する。

「お陰で我が方の戦闘機隊は、わざわざ時間のかかる曲線航路を取らざるを得なくなった。その為に敵艦隊に接近する速度が殺され、襲撃に対応する時間を敵に与えてしまった。」

 

 何か言いたそうにしたエドゥアルトを視線で制して、トゥオマスは続けた。

 

「奴等はトロい間抜けでも、応用の利かない頑固者でもありませんぞ。一度の作戦で得た情報に対して、すぐさま最適な対応をしてきた。相当狡猾な敵ですぞ。当たり前のことですが、我々はもう一度思い出さねばなりませんな。敵は我々よりも遥かに先に進んだ技術を持っており、我々が想像つかない程大規模で且つ長く続く戦争を、宇宙規模で戦い続けている者達である、という事を。

「そしてもう一つ。大気圏内での戦いに対してあれほど反応の鈍かった敵が、戦場を宇宙空間に移した途端鋭敏に対応して来た、という事実。『敵のホームグラウンドだから』という陳腐な言葉で片付けてしまうと、見えるものも見えなくなりますぞ。」

 

 そう言ってトゥオマスは、鋭い視線でその場に居る全員をもう一度見回した。

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。



 絶望をもう一度。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いな。宇宙は敵のホームグラウンドか。こういう視点でみると火星は遠いな。この短距離でやられるのならば全部迎撃されてしまう。
[一言] 話は聞かせてもらった。 人類は滅亡する!
[一言] 精鋭ベテランパイロットを数回の出撃で大量に 失ってるのは痛い。 まあ戦闘機隊は突撃して近接して攻撃して離脱 という半ばパターン化した攻撃だし、無人機化 でもしないと致命的な損耗回避は無理だろ…
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