14. 炎華
■ 10.14.1
俗に宇宙戦闘機と呼ばれる、大気圏外空間用戦闘機ミョルニルは、30m近くある大型の機体を生かして、大気圏内用の航空戦闘機では望むべくもない様々な高性能な機器を搭載している。
実質的な超高高度対地偵察機であり、且つ地球周辺宙域監視網を形成するOSV(軌道監視艇)が搭載しているものにも匹敵する大型のGDD(Gravitational wave Displacement Detector:重力波変位探知器)もそのひとつである。
搭載された大型GDDは、同様に大パワーを誇るレーダーと、機体各所に取り付けられた高精度の光学センサーによって得られる情報を合わせて、機載の索敵システムにより統合され、いわゆるCOSDER(COmpexed Sensor Detecting And Ranging:複合探知器)として、史上類を見ないほどに精密且つ正確な索敵情報をパイロットに提供する。
索敵情報が正確且つ精密で、しかも相当に遠距離にまで届くというのは、古今東西兵器を運用するオペレータやパイロット達の長年の夢を具現化したような索敵システムだった。
特に索敵の方向が月の公転面或いは太陽の黄道面から角度的に離れれば離れるほど、GDDに対するバックグラウンドノイズを低下させることが出来るため、月公転面に対して約60度の角度で敵艦隊に向けて突入する航路を取っている達也達666th TFWの各機は、地球という重力井戸の至近から観測を行っているAWACSやOSVなどが単機で探知するよりも遙かに高精度且つ遠距離の索敵が可能となっており、約5万km先の敵艦隊とその周囲に展開する敵艦載機の集団を精度良く個体識別可能となっていた。
ちなみにAWACSやOSVの場合は、複数機のネットワークを形成して探知情報を共有し積算して、ネットワークされた機体が広範囲に広がっているほど探知精度を上げられるという、電波望遠鏡やGDDDSが採用しているものと同じ様な探知方法を行うことが可能である。
最前線で戦う戦闘機には、敵の電子戦機によるクラッキング防止のためこの機能は搭載されていない。
ただしこのファラゾアとの戦いにおいて徹頭徹尾一貫している「反応速度以外、地球人類に出来ることは全て、ファラゾアはそれ以上に上手く出来る」という認識に基づいて、どの様な探知方法を用いようとも地球人類側の索敵能力が敵のそれを上回ることは無いと考えられていた。
即ち、こちらから敵が見えているとき、敵からこちらは確実に見えている、という事であり、達也達の乗機のセンサー類が敵艦隊周囲の戦闘機群を個別に探知できている今、当然敵もこちらを探知し個体識別しているものとして、潜水機動艦隊からの出向部隊九十八機は油断なく敵艦隊に接近していた。
それは裏を返せば、すでに敵に探知されている以上無意味な隠遁行動を取る必要は無く、電波であろうが光であろうが、必要なだけ使用して互いに通信を行うことが出来る、という意味でもあった。
「フェニックスリーダより各機。敵艦隊距離5万を切った。敵戦闘機への攻撃を開始せよ。特異的な行動を取る個体を優先して集中的に狙え。」
もともと敵艦隊までの距離が5万kmを切ったところで無線封鎖を解いて良い事になっていた為、666th TFWリーダであるレイラももはや積極的に電波を使用して部隊内外とのコミュニケーションを取っている。
達也は、前回のラグランジュ・ウェッジ出撃前に整備兵のオットーからもたらされた情報である、ミョルニルに搭載されている240mmx300MWレーザーは、実は公式に発表された真空射程距離5万kmよりも長い実射程を有しているという話をもとに、敵艦隊まで5万7千km、機載のGDDが敵戦闘機を個体識別し始めてすぐに攻撃を開始していた。
オットーからもたらされた情報は多分正しく、攻撃を開始し始めてすぐ、半ば試し撃ちのつもりで敵艦隊周囲の艦載機を撃破したときの感覚では、敵機の破壊に僅かに長い時間かかるような気がするだけで、特に大きな問題なく敵機を撃破することが可能であった。
これは当たり前と言えば当たり前の話であり、レーザー光回折による光の拡散によってレーザー砲の威力が低下する宇宙空間において、5万km先の敵を撃破可能なレーザー砲は、敵との距離が5万5千kmになると突然使えなくなってしまうわけでは無いのだ。
射程5万kmという数字は、一般的なファラゾア戦闘機であるクイッカーを標的として、両舷のレーザー砲計二門が共に命中した場合に平均1秒以内に標的を撃破可能である距離が5万kmなのであって、例え標的までの距離が6万kmあろうとも、レーザーの照射時間を2秒取れるのであればやはり同様に敵機を撃破することが可能なのだ。
ただ常識的に、自機も敵も激しく機動している戦闘中においてのんびりと2秒もレーザーを照射する時間など取れる筈も無く、一応の目安として1秒間のレーザー照射時間という基準値を設けた上で、期待された破壊性能を得られる距離が5万kmである、という数字が上述のレーザー砲の有効射程として用いられているのだった。
5万km彼方のたかだか15m程度しかない大きさの敵機に、人間が手動で狙いを付けられるはずなど無い。
敵艦隊周辺空間に展開する戦闘機が「敵戦闘機群」とまとめて雲のようにHMD上に表示されている部分を50倍ズームする。
円形のガンサイトの内側全体にズームアップ画像が表示される。
50倍したとしても5万km先の敵戦闘機の姿を肉眼で捕らえることは不可能であり、ズーム画像の中に表示される敵マーカのみが頼りだった。
達也はめまぐるしくズーム倍率を変えながら、宇宙軍戦闘機隊に大打撃を与えたという高性能な敵機を探す。
探しながらも、操縦桿上部に取り付けられたゲーム機のコントロールスティックのような形状をしたターゲットセレクタを操作して、次々と敵戦闘機を血祭りに上げていく。
相対速度2000km/s弱で接近する達也達666th TFWと敵艦隊の距離が急速に縮まる。
桜花R3発射位置まで残り10秒を切った。
宇宙軍の戦闘機部隊をあれだけの阿鼻叫喚の渦に叩き込んだ高性能機が、未だ行動を起こさないのが不気味に思える。
その時。
次々とめまぐるしくズームを切り替え、視野を切り替えて敵機を映し出すガンサイトの中に、他とベクトルの異なるマーカが一瞬映ったような気がした。
視野とズームを慌てて戻すが、その機体はもう捕捉できない。
敵機に狙いを付けるのを自動照準に任せきり、ズームを下げて広範囲を映す。
居た。
その機体は、達也達666th TFWとは異なる角度で敵艦隊に向けて突入しようとしている0182nd TFSが接近する反対方向に急加速して逃げようと動いているように見えた。
ほぼ同じベクトルで動く機体が他に数機存在する。
その動きは、今まで達也が目にしてきたファラゾア戦闘機のどの動きとも異なり、明らかに異質であった。
違う。
達也は瞬時に理解した。
こいつらはキャソワリから逃げようとしているのでは無い。
キャソワリの進行方向に大加速して相対速度を下げ、高精度で攻撃できる時間を稼ごうとしている。
その動きはまるで、大きな群れの中に飛び込んだ異物。
つまり、自分達666th TFWを狙って同じ事をしている奴がいるはずだ。
どこだ?
対処しなければ、宇宙軍の連中と同じ運命が待ち受けている。
1500Gで加速しているなら、一瞬で敵艦隊の向こう側に突き抜けているか。
キャソワリを狙う個体を叩き落とし、達也は僚機に警告を発する。
「フェニックス全機。俺達と同じ方向に加速している奴が敵艦隊の向こう側に居る筈だ。探せ。絶対墜とせ。」
「何? どういうこと?」
レイラの声が聞こえた。
分からない奴に説明している暇は無い。
達也はHMDのズームを調整し、敵艦隊の向こう側、自分達の進路上、敵戦闘機群から飛び出して逃げるように加速している筈の個体を探す。
居た。
五機の敵戦闘機が編隊を組むことも無く、こちらの進路上に居て加速している。
ほぼ同時に、ミサイル接近を知らせる警報が鳴り始めた。
敵駆逐艦が放った大量のミサイルが進路を横切ろうとしている。
ターゲットセレクタを回し、ガンレティクルを敵艦隊の向こう側の敵機に合わせる。
トリガーを引く。
撃破確認できていないが、桜花発射までの残り時間3秒の表示を見て継続攻撃を諦め、機種を桜花発射の軸線に合わせる。
カウントゼロと同時に桜花リリース。
HMD上に表示される指示に合わせて、立て続けに計四本の桜花をリリースした。
耳元のレシーバではミサイル警報が鳴り続ける。
密集したミサイルの雲のような塊が進路上に広がる。
避けようと思って避けきれるものではない。
ミサイルに当たりにくそうな場所を探し、そこを通るようにランダム機動の動きの中で進路を調整する。
再び敵艦隊の向こう側の敵機に照準を合わせる。
次の瞬間、目の前で数百もの白熱した火球が発生した。
真っ暗な宇宙空間に、一面に咲いた花のような火球が広がり、急速に接近する。
多数撃ち出された桜花を逃がすまいと、それはまるで一枚の板に敷き詰められたかのように隙間なく広がる。
照準を合わせた敵機が、火球とその光に遮られて見えなくなった。
どのみち火球を突き抜けてレーザーは通らない。
達也は、無数に膨れ上がり、一瞬で目の前に迫ってきた火球の間の隙間を探す。
外部光学モニタを灼く様に、視野を埋め尽くし真っ白になった画像の中、一瞬前の記憶を頼りに達也は広がる爆炎と衝撃波を避け、隙間に機体を滑り込ませる。
爆発によって飛び散ったミサイルの弾体が機体表面を打つ。
相対速度差1500km/sにもなる勢いで叩き付けられた細かな金属片は、着弾の衝撃によって生じた熱エネルギーで瞬時に眩く輝き、弾丸以上の破壊力と貫通力をもって機体を貫通し、破壊する。
僅か一瞬でミサイルの爆発による濃密な弾幕を通り抜けた機体は、しかし長時間の機銃掃射でも受けたかのように穴だらけとなり、あちこちがささくれ立ち捲れ上がっているスクラップ一歩手前の様な姿へと変わっていた。
まるで壁のように立ち塞がったミサイル爆発による弾幕を抜け、その一瞬後には敵艦隊とそれを取り巻く艦載機群のすぐ脇を通過した。
桜花の着弾であろう幾つもの眩い光が視野の端で沸き起こるが、着弾とその戦果を確認する余裕などない。
機体のあちこちが破壊され、警告サインとエラーシグナルで埋め尽くされたコンソールに眼を走らせる暇もなく、達也は進路上に居る筈の敵戦闘機を探す。
僅か数千km先に、四機のクイッカーが飛ぶのを見つけ、機種を向ける。
敵マーカにガンレティクルが合い、明るく光った。
達也はトリガーを押し込み、そのまま握り続ける。
コンソール上でレーザー砲身過熱ゲージが時計回りに急速に増加するが、構わずトリガーを押し続けた。
敵機が破壊される炎が肉眼でも見え、敵マーカがひとつ減る。
次の敵にレティクルが飛ぶが、同時に敵マーカが消滅した。
レティクルは一瞬で次の目標を探し当て、再び照準を合わせた。
レティクルがハイライトするのももどかしく、再びトリガーを引く。
敵マーカは消えず、トリガーを引き続ける。
レーザー砲身過熱警告が電子音を発し、トリガー信号を強制的に遮断してレーザー照射を中断させた。
しかし敵マーカはまだ消えていない。
ランダム機動で避けられたか。
その様な細かな動きは、数千kmも離れていては分からない。
1500km/sもある相対速度差は、666th TFWとその敵機との距離を急速に縮める。
砲身過熱警告が消えた。
丸いガンサイトの中に、四角いレティクルに囲まれ明るく光るマーカがひとつ。
敵マーカが横に流れるように動く。
機体姿勢を変えて機首を向け続け射線を追従させる。
マーカはガンサイトの中に維持されている。
レティクル脇に表示され、流れるように変わる数値は850程度。
850kmから急速に増加する。
達也は機首を敵に向けガンサイトに敵機を捉え続けながら、追い抜きざまにトリガーを引いた。
暗い宇宙に明らかに飛び散る火花。
火花を散らし、射線を回避し、急速に後方に遠ざかっていく。
敵機がさらに眩く輝き、明らかに爆発の炎が散った。
ガンサイトから敵マーカが消え、レティクルがセンター位置に戻る。
「他に居るか?」
「後方、居ないようだ。クリア。」
レイモンドの声が応える。
「北極方向クリア。」
「前方クリア。」
「南極方向クリア。」
マリニー、ナーシャ、ウォルターの声がさらに応えた。
先ほどの敵の最後は、敵が発する光の光量が段階的に何度もめまぐるしく変化したように見えた。
自分の撃ったレーザーだけではなく、今応答を返してきた連中が同じ敵を狙って射線を集め、高速なランダム機動で狙いを外してくる敵機を何本ものレーザー砲で削るようにして撃破したのだろう、と達也は理解した。
達也はいつの間にか無意識に止めていた息を大きく吐いて、シートに括り付けられた不自由なパイロットスーツの中で、大きく身体をシートに沈めた。
前回の作戦は、何が起こっているのか理解しないうちに、自動シーケンスでいつの間にか終わっていた。
実質今回が本格的に宇宙空間で戦った初めての作戦だった。
敵のホームグラウンドでの戦いは、これほどまでに厳しいものか、と思った。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
後半、レイラの台詞から後は、実質10秒程度の間の出来事です。
宇宙空間の戦闘は相対速度がありすぎて、あらゆる事が一瞬で終わってしまうのが難点ですね。
月-地球間のたかだか40万kmの空間ですらこの調子なのですから、距離の単位が億になる深宇宙方面、或いはさらに大きくなる太陽系外での戦闘って・・・
余り考えたくないです。W
この辺まで来ると逆に、光速という制限速度がありがたく思えてくるようになりますね。W