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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十章 Κήπος της Αρτέμιδος(アルテミスの庭)
269/405

13. 無線封鎖


 

 

■ 10.13.1

 

 

 達也達666th TFWが、新たにロードされた敵艦隊攻撃用シーケンスデータに基づいて衛星軌道を離れる数十秒ほど前に、もともと太陽L1ポイント付近に停泊していた戦艦四、駆逐艦八からなるファラゾア艦隊は、月からの距離約12000kmの地球と月を結んだ直線上にて、対地球相対速度をほぼゼロとして攻撃態勢に入った事が確認された。

 ファラゾア艦隊が目標としているのは当然のことながら、現在進行中であるアクタウ降下点攻略作戦ヴォズヴラシーニェ・ルナンシェラに参加して、アクタウ降下点周辺に駐留していた戦闘機群を駆逐しようと激しく戦っている地球側の戦闘機部隊であるものと推察されている。

 

 これに対して、アクタウ降下点攻略に参加する戦闘機部隊に敵艦隊による攻撃が行われるものと予想していた地球連邦軍参謀本部は、カデナ(嘉手納)、ヤル・スプ、エクサンプロヴァンス各宇宙軍基地を発進した連邦宙軍戦闘機部隊百三十五機と、ハワイ・ヒッカム宇宙軍基地から出撃した、潜水機動艦隊艦載機部隊からの出向パイロット達で編成された戦闘機部隊九十八機からなる総勢二百三十三機の迎撃戦闘機隊を編成して、この艦隊に対抗しようとしていた。

 

 一番槍、というわけでも無いのだろうが、この敵艦隊攻撃部隊の中で真っ先に敵艦隊に接触する予定であるのは、宇宙軍の戦闘機部隊だった。

 宇宙軍戦闘機隊は同じ衛星軌道上でも、比較的敵艦隊の方を向いている側からの作戦開始となり、敵艦隊との距離も短い上に、その航路も直線に近く距離が短いものであった。

 そこには、デビュー戦を華々しく飾るため、敵艦隊に真っ先に突撃させることで好印象を稼いだ上に、全ての敵艦が無傷で残っている状態の中に突撃させることで敵撃破数を最大限稼がせようという、半ば政治的な配慮と思惑が見え隠れしていた。

 

 それに対して達也達666th TFWを含む潜水機動艦隊からの出向部隊は、月が地球の地平線に沈むかどうか、或いは地平線の向こう側へと隠れてしまってから、大きく迂回するような航路を取って敵艦隊に接近する。

 長い距離を移動しなければならないだけ当然宇宙軍の部隊よりもかなり遅れて敵艦隊に接近することになる。

 宇宙空間での実戦経験の殆ど無い宇宙軍戦闘機部隊が敵艦を多く撃ち漏らしてしまったら、多少なりとも実戦経験が有る者がそれをフォローするという形になっているのだろうと理解する。

 但し達也達は、大きく迂回し長時間移動している間に機体が充分に加速されるため、宇宙軍の戦闘機部隊が相対速度1000~1500km/s程度で敵艦隊とすれ違うのに対して、潜水機動艦隊艦載機出向部隊は1500~2000km/sという高速で敵艦隊に肉薄する。

 相対速度が高ければ、当然それだけ的に弾を当てるのは難しくなる。

 随分期待され、高い要求を求められたものだな、と達也は口許だけで皮肉な嗤いを浮かべてコンソール上に表示された航路概略図を眺める。

 

 既に衛星軌道を離れて110秒ほど経過している。

 地球は10万kmの彼方で、しかし敵艦隊までまだ30万kmの距離がある。

 これほど離れているというのに、既に敵艦隊の有効射程圏内に入っているため、敵艦隊への突撃シーケンスによる自動航行に加えて手動でランダム機動を行わねばならない。

 まだ敵艦隊との距離は往復2光秒ほど離れているので、それ程神経質にランダム機動を行う必要は無かった。

 これが距離が縮まって往復1光秒、即ち敵艦隊との距離が15万kmを切るようになると、ランダム機動を行う為だけに数十から100Gを割かねばならなくなる。

 

 この辺りの戦術戦技レベルでの情報は、前回の月軌道の向こう側の敵艦隊への突撃攻撃の際にデータを得られていた。

 遠距離からではあるが、地上のGDDDSと、軌道上の多数のOSVから詳細なモニタを行っていた上に、生還した戦闘機に搭載されていたレコーダのログを解析することで、地球人類にとって未知の戦場である宇宙空間での戦闘について様々な知見が得られていた。

 犠牲の多い戦闘ではあったが、敵艦隊を撃破した以外に何も得られなかったという訳ではないのだ。

 

 さらに一分近く時間が経ち、宇宙軍の戦闘機隊よりも遅いタイミングで加速を始めた達也達STを含めた機動艦隊からの出向戦闘機部隊は、敵艦隊への最近接点までの行程の約半分をこなした。

 先に加速を開始した宇宙軍の部隊が、そろそろ敵艦隊に肉薄し始める頃合いだった。

 遙か20万kmも彼方の状況ではあるが、HMDには赤い敵艦隊のマーカに対して、青い味方部隊のマーカが思いの外速い動きで接近して行くのが表示されている。

 エリアズームを行うと、敵艦隊の各艦船が個別に表示され、それに対して連邦宇宙軍の戦闘機部隊がそれぞれ個別に表示されるようになった。

 

 先頭を切って突撃していっているのは嘉手納基地を発した三部隊、9040TFSヴァンガード、9041TFSジュノー、9042TFSマーキュリーであるようだった。

 ほぼタイミングを同じくしつつも僅かに遅れて、ヤル・スプを発した三部隊、エクサンプロヴァンスを発した残り三部隊がそれぞれ別の方向から、似たような軌道を採って急接近していっている。

 三集団の間に存在する僅かな接敵タイミングの差は、三段構えでのミサイル飽和攻撃を行おうという意図なのだろうと達也は理解した。

 それが正しい事なのか誤った事なのかは、宇宙空間でファラゾア艦隊と戦った経験が余りにも少ない地球人類にとって判断の付かない、むしろ今回の突撃の結果を評価することで判明する情報であった。

 

 それに対抗してファラゾア艦隊は、戦艦から出撃した三百機強の艦載機を周囲に展開していた。

 接近する地球連邦軍の戦闘機部隊に対する迎撃措置であると思われた。

 敵戦闘機隊は母艦の周囲に展開していわゆる管制射撃のような迎撃を行い、接近してくる地球側の戦闘機隊に集中砲火を浴びせかけているようだった。

 艦砲射撃による迎撃では無くとも、彼らのホームグラウンドである宇宙空間において三百機を超える戦闘機によるそのような迎撃行動は、地球人類側の攻撃部隊にとって十分すぎるほどに大きな脅威である事は間違いが無かった。

 また、この作戦の主目的のひとつであるアクタウ降下点周辺の空軍部隊に対する艦砲射撃による攻撃の阻止が、今の時点で成功しているかどうかまでは分からなかった。

 

 加速を続ける宇宙軍の部隊はさらに増速し、敵艦隊との距離を急速に縮めていく。

 そして彼らと敵艦隊の間の距離が近くなるにつれて、宇宙軍部隊のマーカにそれぞれ張り付いているタグに表示されている機数が減り、撃墜された機体が出始めていることを冷徹に知らせる。

 最大二十一機の特殊編成となっている達也達艦載機戦闘機隊からの出向部隊に比べて、宇宙軍の部隊は通常の十五機編成で構成されている。

 その数字がパラパラと減っていき、例えば先頭を切っているヴァンガード隊(9040TFS)などは、敵艦隊最近接まであと10秒近い距離を残している現在で、すでに十一機にまで減ってしまっている事がHMD表示から見て取れる。

 他の部隊も似た様なものであり、そしていずれの部隊もその編成機数をさらに減じ続けている。

 

 達也は違和感を覚えた。

 宇宙軍の戦闘機隊は、達也達艦載機部隊のように選りすぐりエースによって構成されている訳では無く、機種転換訓練によって知識と技術を詰め込まれた元空軍一般兵士によって構成された通常の部隊であるとは言え、その被撃墜数は予想よりも少々多すぎた。

 とは言え、敵艦隊までの距離が5万kmを切るまでは無線(ラジオ)封鎖(ディスエーブル)を指示されているため、地球大気圏内から戦域管制を行っているAWACSに問い合わせる訳にも行かなかった。

 達也に可能である事は、コンソール表示を眺めて少なすぎる情報から原因を推定するか、或いは各戦闘機パイロットの不安に気付いた気の利くAWACSオペレータが状況説明をしてくれることを期待するしかなかった。

 

 今から突入していく危険な状況と、不足している情報に焦れながらコンソール上に表示されたカウントダウンと、HMD上にて刻々と進行していく状況表示を睨み付ける。

 

「・・・の飛び出してるヤツだ! 飛び出して逆進してる奴を狙え!」

 

 焦れる達也の耳に、突然通信音声が飛び込んでくる。

 突然の怒声に少々驚きつつ、達也は一瞬で状況を理解する。

 多分、だが、クイッカーばかりと思っていた敵艦載機の中に、攻撃力の高い機種が混ざり込んでいたのだろう。

 それ故の宇宙軍戦闘機部隊の消耗状況と、今の怒声の台詞だと思われた。

 宇宙軍の中で気の利いた誰かが咄嗟の判断で、状況を後続の達也達出向者部隊にも広く知らせる為に、クローズドな通信回線であるレーザー通信からオープンである電波通信に媒体(チャンネル)を切り替えたのだろう、と思われた。

 

「ヴォストーク07ダウン! ジオット、そっちから狙え! そっちに行ってる!」

 

「クッソ、当たらねえぞ、畜生! クソ速ぇえ!」

 

「こちらヴァンガード、ミサイル発射位置にと・・・ぐあぁぁ!」

 

「ヴァンガードリーダ、ダウン! こちら02、ヴァンガード全機、FOX2、FOX2!」

 

「こちらマーキュリー03、敵戦闘k・・・」

 

「その後ろに行ってる奴だ! 09、そいつだ! そいつだけでも絶対墜とせ! クソッタレが!」

 

「マーキュリー03ダウン! 06、いや05、指揮を!」

 

「ミサイルだ! 気をつけろ! 敵がオーカ迎撃用に山ほどミサイル撃ってるぞ!」

 

「マーキュリー全機、FOX2、FOX2。」

 

「インテグラルリーダ、ダウン! 02、指揮を執る。」

 

「ジュノー全機、FOX2、フォ・・・」

 

「ジュノー02、ダウン! ジュノー全機、FOX2! 表示に従え!」

 

 宇宙軍の戦闘機隊のかなりの数が通信を電波に切り替えた様だった。

 そして、10万km彼方の宇宙空間には、どうやら予想以上の難敵の存在による阿鼻叫喚の状況が広がっているようだった。

 ファラゾア艦隊が出撃させた戦闘機部隊の個別表示はなく、また桜花迎撃用に大量に発射されたというミサイルもまたHMDには表示されていない。

 しかしどうやら敵艦隊周辺宙域では、予想以上の戦闘力を持つ機種の戦闘機と、戦艦か或いは攻撃機から発射された大量の敵ミサイルが溢れかえり、敵戦闘機部隊の積極的な迎撃行動によって宇宙軍戦闘機部隊の面々は相当に苦戦を強いられている・・・いや正確には、壊滅的な損害を受けつつあるようだった。

 

 遙か彼方の戦いの概要を表示するだけのHMDの情報ではなく、より詳細な情報が必要だった。

 達也はおもむろに左手を伸ばして、コンソール上の「通信(ラジオ)OFF」のボタンを押し、電波通信をアクティブ化した。

 

「ドゥルガー、こちらフェニックス02。戦況の詳細を教えろ。相当やばいことになっているぞ。」

 

 公然と命令無視を犯し、達也は大気圏上層部に居るであろう現在位置から一番近いAWACSを呼び出した。

 軍人として有り得ない思想であるが、理不尽、或いは無意味な命令に従う必要など無いと達也は常に考えていた。

 物事には優先順位というものがある。

 命令に従い全滅するのと、命令を無視して戦果を挙げるのと、どちらが良いのかは馬鹿でも分かる話だった。

 

 通信のために電波を発すると敵に機位を特定される?

 馬鹿馬鹿しい。重力推進を使用している時点で、敵に機位はバッチリばれている。

 電波を発せず少しでも身を隠そうなどと、そんなものはただの誤差でしか無い。

 その僅かな差にこだわり追求すべき時も確かにあるが、今はそれよりも重要な情報がある。

 

「フェニックス02、馬鹿野郎、無線封鎖中だ。通信OFFにしろ。」

 

「馬鹿はどっちだ、このマヌケ野郎。このまま突っ込んでも被害が拡大するだけだ。本気で敵艦隊を殲滅する気があるなら、連中の状況を教えろ。今すぐに、だ。」

 

 達也は電波で通信を発し、AWACSも同じく電波で返答を返してきている。

 通信は全ての機体に聞こえているはずだった。

 

「なんだと、ふざけるなこの野郎。貴様のせいで作戦が失敗したら命令違反で軍法会議・・・」

 

「フェニックス02、こちらアシェラト03。要点だけ伝える。敵艦隊は艦載機三百五十機を周辺空間に展開中。敵艦はアクタウ降下点攻撃隊への攻撃を継続中。敵艦載機と駆逐艦が中心となって、地球側の攻撃隊への迎撃行動を取っている。敵艦載機は大部分がクイッカーと思われるが、一部高性能な機種の戦闘機或いは攻撃機が存在する模様。高性能機の機種は不明。最大でも数十機と思われる。高性能機による迎撃で、宇宙軍戦闘機隊は現在五十一機ロスト、38%が損耗。発射したオーカミサイルの半数以上が敵ミサイルにより迎撃されており、現在の所敵艦隊の損害は戦艦小破一、駆逐艦撃沈一、中破三のみ。敵ミサイルによる迎撃は、オーカミサイル進路上で爆発して破壊、或いは進路を逸らすタイプだ。他に聞きたいことは?」

 

「アシェラト03、何やってる。お前まで命令違反の片棒担ぐ・・・」

 

「アシェラト03、こちらフェニックス02。詳細な情報感謝する。ありがたい。敵艦載機は艦隊の周りを覆っているだけか? 敵の迎撃ミサイルは反応弾(ニューク)か?」

 

「敵艦載機の大部分は艦隊周囲に展開中だが、一部高加速で我方の戦闘機隊にベクトルを合わせる個体がある。これらの個体が高性能機と推定する。敵の迎撃ミサイルは通常のファラゾアミサイルの様だ。ただしヘッジホッグのものより加速性能が遙かに高い。なめてると食われるぞ。」

 

「諒解、アシェラト03。感謝する。会うことがあれば、一杯おごるぜ。」

 

「オーケイ、フェニックス02。貸しひとつな。覚えとくぜ。」

 

「貴様等、命令をなんだと思っとるんだ! フェニックス02、ログは残ってるぞ。帰還したら軍法会議に・・・」

 

「レイラ、聞こえたな。敵戦闘機に妙なのが混ざっているようだ。見つけたら優先的に撃墜した方が良い。」

 

「あたしまで巻き込まないでよ。軍法会議がどうの言ってるわよ。」

 

「馬鹿は放っておけ。軍法会議もなにも、生きていればこそ、だ。」

 

「ったく・・・フェニックスリーダより各機。聞いての通りだ。敵艦隊距離5万kmより敵戦闘機隊への攻撃を開始する。異常な動きをする個体があれば、優先的に狙え。七面鳥撃ちに夢中になって、オーカ発射を忘れるなよ。」

 

 そしてこのやりとりの間に、敵艦隊との距離は6万km強にまで縮まっていた。

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 達也がもし日本の小学校に通っていたら。

 通知表の「協調性」「団体行動」などの欄は「1」だったと思われ。


 ・・・何を隠そう、作者もそうでしたが。ふふふ。

 通知表を持って帰る度に、親から小言を言われたもんです。

 反省も後悔も学習もしてなかったけどな!w

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― 新着の感想 ―
[良い点] この地球では、結果が全てですなぁ。 [気になる点] ついに来てしまったか? [一言] まぁ、平均的に反射速度が速くても、エースの反射速度には勝てないだろうなぁ〜。
[一言] 軍隊における規律の重要性が重々承知だが『次』が無い文字通りの人類存亡をかけた戦いの最中に優先順位を間違うのは現場意識に欠け過ぎじゃないのかな ここで情報共有しなかったら全機未帰還でもおかしく…
[一言] この高性能機とやら。もしや、ついに… いつも楽しませて貰ってます。夏バテにお気をつけて!
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