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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十章 Κήπος της Αρτέμιδος(アルテミスの庭)
267/405

11. Возвращение Лунаншира(ルナンシェラの帰還)


 

 

■ 10.11.1

 

 

「オペレーション『ヴォズヴラシーニェ・ルナンシェラ』(Возвращение Лунаншира:ルナンシェラの帰還)スタート。軌道上で待機中の全機は、フル・サイレント(全電磁波発信禁止、核融合炉(リアクタ)停止、重力推進停止、重力発生器停止)にて別命あるまで待機継続。」

 

 ユーラシア大陸のど真ん中に打ち込まれた杭のような、中央アジアで最大のファラゾア勢力圏を持つカザフスタンのアクタウ降下点に対する攻略作戦が始まった。

 

 これまでに連続して行われた降下点攻略戦により、ファラゾア側も対抗策を打って降下点の守備を固めているものと想定されており、降下点付近に駐留すると予想されている戦闘機数は、OSV(軌道監視艇)による軌道上からの観察および遠距離からの大型GDDによる観測結果を元に推測して約二万三千。

 さらにもしファラゾアが、これまで地球人類側が行ってきた、菊花による降下点の殲滅と航空戦力による追い打ちで残存敵戦闘機の殲滅を行うという攻撃パターンにまで対応してきているならば、駐留戦闘機群を降下点地上施設から200km以上離れた場所に配置しているものと予想されている。

 アクタウ降下点付近の敵戦闘機に配置によっては、菊花による攻撃では敵空中戦力に有効な損害を与えることは出来ず、地球人類側の航空戦力はロストホライズン発生時を越えるほぼ無傷の二万三千機の敵と正面から殴り合いをすることとなる。

 地球連邦軍参謀本部は前回のラパス降下点攻略戦時の経験から、さらに最悪に近い事態をも想定しており、圧倒的な数量の敵戦闘機群に苦戦する地球人類側の航空戦力に対して、さらに最大五十万km以上の彼方の宇宙空間から戦艦の艦砲射撃によるアウトレンジ攻撃が加えられるものとみていた。

 

 対する地球人類側の航空戦力は、先に行われたアフガニスタンのルードバール降下点攻略戦からの転戦四百二十六機を加えて、西アジア・アラビア方面から九百六十七機、すでに攻略され解放されたノーラ降下点或いはハミ降下点に対抗していた東アジア・極東方面各基地からの転戦増援を含め、中央アジア方面から七百二十六機の、合計千六百九十三機がこの作戦に参加する地球側の航空戦力であった。

 地球人類の存亡を掛けた一連の敵降下点攻略作戦にしては、二万三千機を予想されている敵との間に余りに大きな戦力差が存在していた。

 

 その戦力差は、これまで七回行われてきた降下点攻略作戦の中でも最大であり、そして地球人類が過去幾度となく辛酸を舐めさせられてきたロストホライズンの平均的規模をも大きく上回る。

 圧倒的規模の空中戦力とアウトレンジからの艦砲射撃によるバックアップ。

 それは絶望的に不利な戦いではあるが、しかしまたいつかは超えなければならない壁の一つでもあった。

 

 アクタウ降下点が内陸に存在することから、本作戦に対して400機の艦載機を擁する潜水機動艦隊の参加は作戦立案当初から見送られていた。

 一時は潜水機動艦隊を黒海に展開する事も検討されたが、アフリカ大陸の地中海沿岸近くにあるアジュダビーヤー降下点の存在が、潜水機動艦隊の地中海横断を躊躇わせた。

 特に作戦後、艦隊の大凡の位置が敵に知られている中で、ボスポラス海峡或いはジブラルタル海峡を抜けるために浮上あるいは浅深度航行しているところを宇宙空間から艦砲射撃に狙われてはひとたまりもなかった。

 

 その為艦載機隊は、この後主戦場が移っていく事になるであろう宇宙空間での戦闘に熟練するため、今回のアクタウ降下点攻略に関しては、確実に現れるものと予想されている敵艦隊への対抗策として、引き続き宇宙空間での戦闘に振り分けられた。

 先のL2ポイント停泊艦隊への攻撃は、新たに開発された戦闘機の実戦投入試験でもあった為、この度のアクタウ降下点攻略作戦「ヴォズヴラシーニェ・ルナンシェラ」の並行作戦として実施される地球至近宙域防衛が、戦闘機「ミョルニル」とそれらが配備された地球連邦宙軍戦闘機部隊の公式デビュー戦となった。

 

 大気圏内でアクタウ降下点を殲滅・占領する作戦を援護し、月軌道或いはそれ以遠に出現するものと予想されている敵艦隊を迎撃するこの作戦は、当初から宙軍戦闘機部隊のデビュー戦用に確保しておかれた作戦名「セリノフォト(月光:Σεληνόφωτο/Selinófoto)」の名を与えられた。

 なお、大気圏内で航空戦力をもって実施されるアクタウ降下点殲滅作戦「ヴォズヴラシーニェ・ルナンシェラ(ルナンシェラの帰還)」はプロジェクト「ギガントマキア」第一段階「ストラトスフェリク・ヘイズ」内戦術プロジェクト「ボレロ」の第八段階として実施されるが、それと同時に宇宙空間で実施される敵艦隊迎撃作戦「セリノフォト」は同「ギガントマキア」第二段階「キポス・ティス・アルテミドス(アルテミスの庭)」内の作戦として実施される。

 

 「ヴォズヴラシーニェ・ルナンシェラ」は地球連邦空軍を中心として実施される作戦であるが、「セリノフォト」は同宙軍が中心となって実施される。

 いずれも地球連邦軍参謀本部(GAH)によって統括される。

 達也達潜水機動艦隊の艦載機部隊は、空軍から宙軍への出向部隊として一時的に宙軍の指揮下に入る事で、指揮系統の混乱発生を防止している。

 

 その現実で戦闘機に搭乗して大気圏外高度500kmの低衛星軌道にて地球を巡りながら待機している達也の視野の中、青く霞む地平線よりも少し手前で、数え切れないほどの眩しく煌めく光が発生した。

 作戦開始と同時に、アクタウ降下点に向けて高速で突入していく菊花が、大気圏内に突入したところで光を発しているのだ。

 それら大気圏上層部で発生した眩い光は、遠目にはゆっくりとした動きで地球大気の中に深く潜り込み、数瞬の後さらに眩しく煌めいて消滅する。

 

 菊花の速度は、大気圏上層部に到達した時点で100km/s前後、地球大気の抵抗で急速に速度を奪われ、熱と衝撃で崩壊しつつも50km/sほどの速度を残したまま薄い大気圏を切り裂き駆け抜けて地表に達し、主に運動エネルギーのみを地表と周辺の構造物に叩き付ける事で、熱と衝撃波によって着弾点周辺数kmを殲滅破壊する。

 それはまさしく地球人類が史上初めて実用化した質量兵器、或いは運動エネルギー兵器と言って良かった。

 ファラゾアによって地表に設置されたさしもの構造物群も、非常識な着弾速度から生み出される圧倒的な物理的破壊力の前には為す術も無く崩壊し、周囲の地表構造と共に、破壊され燃え上がり蒸発し吹き飛ばされて巻き上げられる。

 

 リアクタを停止し、推進力も無いまま待機状態で愛機と共に衛星軌道を回っている達也は、たまたま作戦開始時にアラビア半島上空付近に到達しており、カスピ海マンギスタウ半島の中央部沿岸に存在するアクタウ降下点に向けた菊花による殲滅攻撃の光を目撃する事となったのだ。

 その光の下ではこの世のものとは思えない地獄の様な破壊の嵐が吹き荒れているという事を、達也はこれまで何度も実際に目にして知っていたが、しかし遙か1000kmも彼方から眺めるそれら破壊の煌めきは、ただ美しく輝いて見えるのみだった。

 

 達也によって目撃されたアクタウ降下点に対する菊花による対地殲滅攻撃であるが、これまで行われてきたいずれの降下点攻撃にも増して基地周辺に駐留する戦闘機数が多い事から、地球連邦軍参謀本部は、ファラゾアが降下点攻略に対して何らかの対抗策を打ってきたものと考えた。

 これに対応するために、作戦開始に先立って参謀本部はアクタウ降下点上空の軌道を通過するOSVに対して、光学観察によるファラゾア戦闘機の分布マッピングを行う様に命じた。

 OSVによる光学多重観察によって作成されたマッピングデータはほぼリアルタイムに参謀本部作戦部に送られた。

 作戦部ではその情報に基づき、突入させる菊花の攻撃目標を地上施設の殲滅破壊から、降下点周辺に駐留する戦闘機群を如何にして大量殲滅するかという方針へと転換した。

 とりあえず降下点周辺の大量の敵機さえなんとかしてしまえば、降下点の地上施設は空挺兵力で占領してしまえば、敵の技術と情報を手に入れることも出来る。

 地上施設からの対空攻撃が激しいようであれば、後追いで再度菊花を叩き込んで潰してしまっても良い。

 

 参謀本部のこの決定を受けて、このたびの菊花による対地攻撃をこれまで同様の降下点を中心に直径約40kmほどの円を描くように配置されているファラゾア地上施設に対する直接攻撃ではなく、その円の外側にまで広く存在する駐留戦闘機の群れに対するものへと変更した。

 常に数千機、必要に応じて万を大幅に超える数が配備される降下点地上施設を防衛するための戦闘機群は、非戦闘時にはその多くが地上に降りて待機状態となっていることが、これまでのGDDによる観測結果により明らかとなっている。

 ファラゾア機とて無限の燃料を搭載しているわけでは無い。

 不要な燃料消費を抑えるための処置であるものと理解されていた。

 

 衛星軌道をデブリの振りをして周回している数百もの菊花に対して、地上からの電波で起動信号が送出される。

 起動を指示された菊花が待機状態を脱し、指示(コマンド)待ち状態となる。

 選択された着弾目標地点に対して最適な菊花個体が選択され、それぞれの最適な加速とその方向が地上で計算され、その結果が軌道上のOSVにレーザー通信にてバースト送信される。

 菊花の制御情報を受けたOSVは、該当する菊花に対してそれぞれの諸元を個別にレーザー送信する。

 攻撃目標に関する情報を与えられた菊花は起動状態を維持ししたまま、待機状態時の軌道を維持したまま指定された発射時刻を待つ。

 発射時刻直前となり、指示を受けた菊花が次々と核融合反応炉に火を入れて完全起動状態へと移行する。

 そして発射時刻となった瞬間、菊花は重力推進器を全開にして指示された目標へと突進し始めた。

 

 高度数百から1000kmを周回していた菊花が、次々と攻撃目標に向けて殺到する。

 ほんの僅かずつタイミングをずらして、五十発もの菊花が続々と大気圏に突入し始め、眩い光を発して地上へと降り注ぐ。

 OSVによる光学観察に基づいて決定された攻撃目標、即ち地上待機中の駐留戦闘機群の密度が濃い地点に、地球大気による抵抗で大きく速度を減じつつも未だ50km/sという速度を保った菊花が着弾し、その運動エネルギーの全てを熱と衝撃波へと変換する。

 一発の菊花で数十から数百機ものファラゾア戦闘機が破壊され、膨大な熱量によって溶け、蒸発していく。

 

 地球周回軌道上で加速開始し地上に着弾するまで僅か数秒、長くかかるものでも十秒以内という菊花の攻撃に、地上で待機状態にあったファラゾア戦闘機群は対応できない。

 軌道上で突然沸き起こった数十もの重力波を探知し、待機状態を脱して重力推進器を起動させて地上を離れようとする頃には、遙か数百kmの上空から最大加速で大気を切り裂き灼熱した菊花の弾体が到達しており、着弾の爆発に巻き込まれて破壊される。

 しかしそれでも二万機を超える敵戦闘機の全てを破壊し尽くす事は出来ない。

 三十九発の菊花による対地殲滅攻撃が終了した後、アクタウ降下点周辺には未だ七つの地上施設と、七千五百機余りの敵戦闘機が存在していた。

 

 丸裸、とまでは言えないものの、作戦開始時点に較べれば大きくその防衛戦力を減じたアクタウ降下点に対して、インド、中東、ロシア各方面から千機を超える地球人類側の戦闘機が殺到する。

 隠遁性を高めるために作戦開始時点まではAGG/GPUを切り、モータージェットのみで飛行していた全ての戦闘機が、菊花による対地殲滅攻撃をトリガーとして、降下点に向けて戦闘速度で突入するために重力推進と通信の使用制限を解除したため、地球大気圏内は電波的或いは重力波的に見てにわかにとんでもなく騒がしい状態へと変わった。

 そしてそれに呼応するようにして、アクタウ降下点周辺から数千ものファラゾア戦闘機が急上昇するのが、空中で戦闘空域を管制するAWACS子機に搭載されたGDD、或いは遠く離れてはいるものの、地上設置型であり大型である為に探査感度精度の高い各探査サイト或いは航空基地に設置されたGDDにより検知された。

 

 各戦闘空域を何重にもオーバーラップさせ、降下点周辺に多数配置されて緻密なコントロールを行っているAWACSと、作戦開始前から全方位に対して敵の動きを警戒し続けているGDDDS(Gravitational wave Displacement Detector Network to Deep Space:対深宇宙重力波監視網)が同時に敵の不穏な動きを探知した。

 

「太陽L1ポイントに存在した敵艦隊の移動を検知。推定戦艦四、護衛艦八。3000G加速により地球周辺宙域へ急速に接近中。約450秒後に推定宙域へ到達の予想。」

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 何とか間に合いました。(15分遅れ)

 先の作戦でボコボコにされたのに、まだやる気かお前等、という。

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