9. RAGUDT (地球防衛における人工重力利用研究委員会)
■ 10.9.1
「まずは彼らに負けない早い脚についてだがね。RAGUDT(ラグート:Reserch Project of Artificial Gravity Usage for Defending Terra:和名「地球防衛における人工重力利用研究委員会」)という組織を知っているかね?」
トゥオマスはまた一口コーヒーを啜ると、ゆっくりとカップをソーサーの上に戻しながら、二人を見て言った。
詳細までは覚えては居なかったが、ヘンドリックはその名前に聞き覚えがあった。妙な省略スペリングの組織だと思ったことを覚えている。
それに対してシルヴァンは訝しげに眼を細める。
トゥオマスはそのシルヴァンの反応を見て、彼がその組織のことを知らないものと理解した。
「2036年に締結されたコペンハーゲン合意は未だ有効でね。旧EU(ヨーロッパ連合)は今でも熱核反応炉の小型化と効率化、低温核融合炉の開発に血道を上げているし、やっと立ち直り始めた米国はファラゾアからもたらされた新素材の解析と開発を熱心に行っている。
「当時の世界各国に分担されたオーバーテクノロジーの解析作業の中で、重力操作と重力推進に関する研究開発が日本に任されたことは知っているね? その後日本の国立研究所に所属する天才的研究者が目覚ましい功績を挙げ、今や我々はごく当たり前の様に重力推進を利用し、重力操作で荷物を宇宙まで運び上げることが出来る様になっている。」
いったん言葉を切って、二人が放しについて来ていることを確認したトゥオマスは、そのまま言葉を継いだ。
「日本の国立重力研究所(National Institute of Gravity:NIG)はカントー(関東)平野の北寄りの場所に存在するのだが、そのさらに北、カントー平野北縁に沿って今や世界有数の航空機供給力を持つ日本の航空宇宙産業が工業地帯を形成している。一般に「北カントー工業地帯(North Kanto Industrial Area)、或いは「R50工業地域(R50 Industrial Zone)」と言われるエリアだね。
「この工業地帯については良く知っているだろう? ファラゾア来襲以前からタカシマ重工やホンダと云った航空機産業が集まっており、自動車や重機関連工業が点在し、工業地帯西端の海沿いにはヒタチコンツェルンの本拠地がある。国道50号線に沿って存在する航空産業或いは軍需産業の工場をネットワークする大規模輸送システムが確立しており、生産された資材製品は工業地帯東端のヒタチ、ナカ、カシマと云った港から潜輸で送出されるか、或いは工業地帯中央部にある北カントー航空基地、東端にあるオウラ空港から空輸で搬送される。」
トゥオマスは、所謂世間一般的に社会生活不適合者と見なされる大学教授やSF作家という職業の印象を払拭するだけの地理的、或いは軍事的な知識を持つところを二人に披露した。
日本の関東平野北部の工業地帯が航空産業或いは軍事産業を中心とした工業地帯となっている事は今や世界的な常識ではあるが、その輸送システムについての詳細は一般的な情報では無かった。
「そのR50IZ(R50工業地域)の主要な企業と、NIGが協力して、重力を利用した兵器の開発改良を集中的に行うための共同体を作っているのだよ。それが先ほど言ったRAGUDTだね。」
トゥオマスが先に述べたコペンハーゲン合意(プロジェクト名:Project 'Lolium Multiflorum'、或いは:Project of Incoming Over Technology Absorbance (IOTA):2036年コペンハーゲンにて行われたG7+2会議にて決定された。ラテン語のプロジェクト名が面倒臭く、一般には英語名のIOTA、あるいは単に「コペンハーゲン合意」と呼ばれる)により、ファラゾアからもたらされたオーバーテクノロジーの内、人工重力関連技術の開発を任されたのが日本であり、その日本国内で当該技術開発の中心となる様指名されたのが国立重力研(NIG)であった。
その中でも特に、撃墜されたファラゾア機のリバースエンジニアリングにより重力推進器、延いては人工重力発生器のコピー&エラーを行って地球人類の手で人工重力発生器を作成し、あわよくば人工重力発生に関する理論を確立する事を求められていたのが当該研究所の人工重力理論部であり、そしてそこの主幹研究員であった逆井に課せられた喫緊の至上命令であった。
逆井はその天才的な能力を遺憾なく発揮し、ファラゾア戦闘機の解析により驚くほどの短期間でその技術をものにして、地球製の人工重力発生器を作製し、また人工重力発生とその周辺理論を整えて論文として発表した。(と、世間一般では考えられている)
この事により日本は一躍、人工重力研究と人工重力を利用した兵器や各種装置開発の世界的中心地となり、とりわけNIGとその至近に存在する北関東工業地帯、所謂R50IZは重力推進を利用した航空宇宙産業が特に活発であった。
そのR50IZの民間企業、立地は少し外れるが数多くの国立の研究所群、そして大学の研究機関が、人類の存亡を賭けたこの戦いを生き延びるため、技術開発速度を加速し裾野を広げる為に協力体制を築き上げたものが、RAGUDT(ラグート:Reserch Project of Artificial Gravity Usage for Defending Terra:和名「地球防衛における人工重力利用研究委員会」)と呼ばれる共同体であった。
航空機産業とその周辺産業から形成されたMONEC社に似た生い立ちと目的を持つこの組織は、航空宇宙関連分野を中心に人工重力を利用した技術の開発を目的とした。
より正確に云うならば、重力推進を持つ航空宇宙機等兵器の開発と、人工重力を直接的或いは間接的に用いた攻撃兵器の開発である。
「プロジェクト『アンタレス』からRAGUDTに幾つも出している注文の一つに、『20~30mクラスの小型宇宙機に搭載可能且つ機体を3000Gで加速可能な重力推進器、或いはその性能を持つ小型宇宙機』というものがあるのだよ。」
元々しばらく前までは3000Gという加速がどれ程のものなのか全く理解していなかったヘンドリックとシルヴァンの二人であったが、流石にここ最近ではその数字がいかに非常識な要求であるかという事くらいは理解出来る様になっていた。
3000Gで加速する宇宙戦闘機という要求事項に、二人とも驚いた表情を見せる。
30mという機体長は、この度の「ラグランジュの楔(Lagrange Wedge)」作戦に投入されたMONEC社製の宇宙戦闘機ミョルニルの機体長とほぼ同一だった。
即ち、トゥオマスが所属するプロジェクト「アンタレス」はそのRAGUDTという団体に対して、ミョルニルの加速力を三倍にしろ、と要求しているに等しかった。
常識で考えて無茶苦茶な要求だった。
「知っていると思うけれどね、3000Gというのはね、ファラゾアの3000m級戦艦の平均的な加速力だよ。個体或いは型式によって±500G位の能力差はあるみたいだけれど、平均最高加速力3000Gというのが、GDDDSで観測されたデータだよ。
「ちなみにだけれど、600~800m級の駆逐艦で平均2000G、空母でも同じく2000G、輸送艦か工作艦かまだ同定できていない非戦闘艦類で1500~2000Gだ。戦闘機はクイッカーをはじめとして概ね1500G程度だね。」
そこでトゥオマスはふと思いついたという風に言葉を継いだ。
「ああ、誤解の無いように言っておくけれど、例え全ての戦闘機が3000Gで加速できるようになったからと云って、火星との往復を直接戦闘機のみで行うという話は無いよ。勿論3000G出せるようになれば、火星までの時間的距離は大幅に縮まる。接近時で一時間弱、最も遠い時でも四時間もあれば火星に到達できるようになる。だがね、そういう話では無いんだ。今回ファラゾアの戦艦が行ったと同じように、それ自体の攻撃能力が貧弱な戦闘機は、母艦の周囲に同時に多数展開して初めて有効な戦力として活用できる。そうでなければ、無駄に戦闘機とパイロットを消耗するだけという結果になることは火を見るよりも明らかだからね。尤も、火星の地上基地を攻撃する際にはその限りではないけれどね。
「戦闘機隊のみで直接敵艦隊を叩こうとするのは、オーカミサイルや移動砲台などの手厚い援護が得られる地球周辺宙域に限定すべきだというのが、私の持論だよ。」
トゥオマスが長々と垂れた講釈の中に、気になる単語を聞きとがめたヘンドリックが僅かに眼を眇めながら訊いた。
「移動砲台? 構想は聞いた事はあるが、実用化出来ているのか?」
「それもまた良い質問だよ。」
ヘンドリックの問いに対して、トゥオマスが満足げな笑みを浮かべて応える。
「その話は、アンタレスからのもう一つの注文である『彼らに負けない鋭い牙』に関わってくるのだよ。」
そう言ってすでにかなり冷めてしまったコーヒーを飲み干した。
「レーザー砲の開発は、航空機に反応炉とレーザー砲を乗せる為の集中開発を行ったという過去の経緯から、MONEC社とその協賛企業が強くてね。成り行き上今もティッセンクルップが中心となって開発を行っているのだがね。」
トゥオマスは一瞬言葉を切り、向かいに座る二人を見比べるようにして再び口を開いた。
「ところで知っているかね? ファラゾア艦のレーザー砲は、ある程度自由にレーザー光の波長を変えることが出来るのだよ。波長が長いところでは赤外線から、短い方ではX線までだね。流石に粒子ビームの性質が強いγ線を発生することは無理みたいだがね。」
ヘンドリックとシルヴァンの二人は、突然変わった話題と、その内容について行くことが出来ず、眉をひそめる。
ファラゾアの艦載レーザー砲についてその様な報告を読んだことはあったように記憶しているが、その意味するところや、その情報をいかに地球人類の生存に対して有効活用するかという発想において、完全に門外漢の二人は報告書の内容を消化しきることが出来ず、表面的な情報だけの理解となっていた。
そのため、その報告書の内容はすでに二人の中では遙か記憶の彼方に殆ど忘れ去られていた。
「彼らの艦載レーザー砲はね、使用する環境によって最適な『色』を選べるようになっているのだよ。地球の地上を攻撃するためには、地球大気での吸収減衰に対して最も有利な赤外線を、邪魔するものが無い宇宙空間では、より高エネルギーの紫外線やX線を使用できる構造であることが判明している。これは地上に墜落したファラゾア艦から回収した彼らの艦砲の構造解析によって明らかになっていたのだがね、ただ彼らが宇宙空間で紫外線やX線のレーザーを本当に使っているのかどうかについては確証が無かったのだ。
「ところが今回の作戦で、月軌道上に展開していた監視ドローンが、敵艦隊に突入する戦闘機が撃破された際にX線散乱光が発生したことを何度も観察したのだ。即ち、予想通りファラゾア戦艦は宇宙空間ではより高エネルギーであり、且つアブレーションにも強いと考えられている波長1Å程度のX線レーザーを用いているという事が判明した訳だ。理論上、宇宙空間での戦闘におけるX線レーザーの優位性は指摘されていたのだが、今回改めてそれが確認できたということだね。
「本来ならば様々なテストを行って、実際に宇宙空間でX線レーザーがどれほど優位であるかを確認してから開発をスタートするべき所なのだがね、科学技術における我々の大先輩というか教師役であるファラゾアが、宇宙空間でわざわざX線レーザーを選択して使用したという事は、それが最も有利である事の証左であるとして本格的な開発にGOサインが出ることとなったのだよ。」
トゥオマスは一旦言葉を切って、二人がどれほど理解できているかを確かめた。
流石局長と云うべきか、ヘンドリックは彼の話になんとかして付いていこうとして真面目に耳を傾け、理解が厳しい専門外の技術的な話であっても最大限の情報を得ようとしていた。
それに対してシルヴァンは、トゥオマスが説明する内容に対して完全に興味を失ってしまっているように見えた。
しかしそこで素人向けの簡単な説明に切り替えるようなトゥオマスでは無かった。
「『敵に負けない牙』としてX線レーザーの開発とともに、敵の艦砲に負けないだけのエネルギー量を投射できる大口径フェイズドアレイ式のレーザー砲も開発中だ。最終的に組み合わせることで、大口径フェイズドアレイX線レーザー砲(Large Caliber Phased Array X-ray Laser Turret : LCPXLT)となる予定なのだよ。そしてこのLCPXLTは将来的に地球周辺宙域に多数設置される防衛用移動砲台や、プロジェクト『アンタレス』で建造中の我々の宇宙艦隊に搭載される事になっている。そうそう、LCPXLTを搭載した砲撃戦用戦闘機などと云う構想もあったかね。」
トゥオマスは楽しげに次から次へと新兵器の構想や開発中の計画について二人に説明する。
本来重要な軍機あるいは連邦政府レベルでの機密事項に指定されている筈の新兵器に関する説明と知識の披露をトゥオマスが納得いくまで行い、二人が解放されるまでにはさらに二時間の苦行が必要であった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
投稿遅れました。申し訳ありません。
五年もの長い付き合いだったXperia Perfomaが壊れ、テザリングが不能となったので機種変更にすったもんだしまくった一週間でした。
熱劣化による電池の膨張で、機械の裏蓋がぱっくりと開き、中身が見える状態となっていました。
一昔前のNi-H電池とは異なり、電池の劣化がそのまま発火事故に繋がるわけでは無いと理解はしていましたが、流石に気持ち悪くてすぐに機種変更・・・と思いきや、目当ての機種(Pixel4a/5a)が手に入らない。
「こちら最新型の6aです」と言って店員が持ち出してきた物体は、巨大さと重量でタブレットと見まごうばかりのデカい板。
ま、結局探し回って5aにしたので、大きさ的には6aと変わらないのですが。
しかしいずれにしても、「携帯電話」であるならば、携帯可能な大きさのものを作って欲しいと切に願うばかりです。
昔のNOKIAとかのケータイの大きさのが良いです。