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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十章 Κήπος της Αρτέμιδος(アルテミスの庭)
261/405

5. Survive


 

 

■ 10.5.1

 

 

 地球連邦空軍の標準色である黒灰色に塗られた機体が五十六機、虚空に浮かんでいる。

 正確にはそれらの機体の所属は地球連邦宇宙軍なので在るが、宇宙軍に所属する戦闘機の標準的な塗装色が未だ正式に決定されていないため、とりあえず、と云ったところで空軍の戦闘機と同じ色が採用されている。

 それらの機体に搭乗するパイロット達もまた正式に宇宙軍に所属しているわけではなく、先のラパス降下点攻略戦で所属する潜水機動艦隊の多くの艦艇が損傷し、艦体の損傷がそのまま潜水能力の喪失、ひいては作戦能力の喪失に直接的に繋がる潜水艦という特殊な艦で機動艦隊が構成されていたため、機動艦隊を構成する多くの艦が修理のためにドック入りしてしまい、母艦を取られて仕事にあぶれてしまった、地球連邦空軍に所属する艦載機パイロット達が所属を宇宙軍に変えることなく空軍パイロットの身分のままその戦闘機に搭乗しているが為に、誰一人としてその機体色に違和感を感じるものは居なかった。

 

 その機体色であるダークグレイは、本来ならば可視光で観察する限りは宇宙空間の暗黒に良く紛れ、肉眼或いは光学センサーでの視認性を低く抑えるという意図もあって採用されたものであった。

 しかし今、地球上空1000kmの高度でほぼ停泊状態にあるこの戦闘機隊は、強烈な地球光を受けて鈍く光っており、互いに肉眼で認識し合うことに全くの労力を必要としない。

 尤も、彼らの乗るこの宇宙軍の戦闘機ミョルニルは、キャノピが不透明であり且つ一切の覗き窓も設けられていないため、おたがいを光学的に認識するためには、肉眼による直接目視ではなく光学カメラ画像に頼る以外に手はないのであるが。

 

 可視光での視認性低下の思想は徹底しており、このミョルニルは、国際航空法で定められた衝突防止(アンチ・コリジョン)灯や翼端(ポジション)灯を作戦行動中に消灯することが可能であった。

 真っ暗な宇宙空間に於いてそれらの航空灯を消灯した際には、機体各所に埋め込まれたうすぼんやりと緑色に光る低輝度の編隊灯のみが光学的にお互いの位置を認識するための視認手段となる。

 まさに今がその状態なのであるが、先に述べたとおり高度1000kmで地球光を受けている機体は、ダークグレイの機体色ながらもおたがいを認識できるだけの光を反射していた。

 

 各機体の間隔が100mも開いていないという、宇宙的な感覚では完全にニアミス状態で編隊を組んでいる三部隊五十六機のミョルニルは、現在互いの機体の間にレーザー通信のネットワークを形成し、L2ポイントに停泊する敵艦隊への突撃行動を取る前の最終確認を行っていた。

 

「キャソワリ(0182nd TFS)は月に向けてほぼ真っ直ぐ突っ込む。月に到達する約30000km手前から回避行動に入り、月面上空高度500km以下で月を通過後、敵艦隊に向けて突入する。フェイフー(0183rd TFS)は、さらに手前約80000kmから回避行動に入り、敵艦隊が月地平線下ギリギリとなる航路を維持した状態で月に接近、同じく高度500km以下を通過してキャソワリよりも内側で敵艦隊に突入する。フェニックス(666th TFW)はさらに手前、月まで100000kmの位置から大きく膨らみ、高度500kmで月を通過した後にさらに内側で敵艦隊に突入する。

「要するに、車のコーナーリングに例えるならば、フェイフーの航路を通常のアウトインアウトとするならば、キャソワリはクリッピングポイントをかなり手前にとって立ち上がりで大きくアウト側に膨らむコース、フェニックスは大外から深めに突っ込んで立ち上がりでイン側に切り込むようなコース、と思ってくれれば良い。

「大丈夫だ。コース取りは全てお前達の機体のオートパイロットが操作してくれる。お前達はファラゾア艦隊が月地平線の上に出てきた後で手動操縦によるランダム機動を行うことと、オートパイロットから指示されたタイミングで指示された方向にオーカミサイルをぶっ放せば良いだけだ。簡単だろう?」

 

 0182nd TFS、0183rd TFS、666th TFWの三隊の中で中心的な役割を求められている666th TFW(フェニックス)の飛行隊長であるレイラが、三部隊五十六機から成る本攻撃隊全体の攻撃隊長に指名されていた。

 そのためこの大気圏外で行われている突入前の最終確認「ミーティング」は、レイラによる指示と解説の元に行われていた。

 

「以上、すでに何度か説明されており、各自良く理解しているものと認識しているが、質問等あるか? 或いは機体に不調があるものは今ここで名乗り出ろ。」

 

 レイラの問いに、名乗り出た者は居なかった。

 ややあってレイラが続ける。

 

「質問、不調等無し、と云うことで良いな。では、最初に突撃を開始するフェニックスは、各小隊ごとに集まって高度を上げろ。フェニックス突撃開始まで300秒だ。」

 

 現在の高度で集合する際に小隊ごとにデルタ編隊を組んだ上で飛行隊ごとに集合しているため、レイラの指示は特に混乱を発生することなくすぐに実行に移された。

 達也もゆっくりと高度を上げ、全体の集団から500mほど上昇する。

 武藤機とマリニー機が達也の機体のすぐ後ろ左右に位置を取っている。

 

「フェニックスが突撃開始した後、20秒後にキャソワリが突撃を開始する。フェニックス各機が消えた後、キャソワリはすぐに高度を上げて突撃開始に備えろ。キャソワリが突撃を開始した10秒後にフェイフーが突撃を開始する。

「時間差は突撃用オートパイロットのシーケンスで自動的に調整される。攻撃隊全機、突撃用オートパイロットシーケンスをスタートする。10秒前。5秒前、3、2、1、ナウ・スタート。フェニックス突撃開始まで180秒。」

 

 コンソール上に表示されていた「OPERATION 'LAGRANGE WEDGE' / ASSAULT SEQUENCE AUTOPILOT / START」と表示された赤色の大きなボタンを達也が押すと、表示が「IN OPERATION 'LAGRANGE WEDGE' / running ASSAULT SEQUENCE AUTOPILOT」に変わり、突撃開始までの時間カウントダウン、桜花発射までの時間カウントダウン、敵艦隊までの距離、月までの距離が表示された。

 さらにその時間表示の下に、赤で示されたL2ポイント上のファラゾア艦隊、黄色い円の月、緑の円の地球と、その間に存在する青い三角の自機位置が模式図的に表され、現在自分が大体どの辺りにいるのか判る様な位置関係図が表示された。

 至れり尽くせりだな、と達也は嗤った。

 

 達也はその位置関係の図示を見て嗤うが、月と地球という巨大過ぎ且つ遠距離にある目標であるため、それらの目標を目視したときの人間の感覚では簡単に位置関係を見失ってしまう事が連邦軍内で指摘されていた。

 その距離感の喪失がどの様な予期せぬ事故を引き起こしてしまうかも知れず、重要な作戦における事故防止のためにこの位置関係図は導入されたのだった。

 決して達也が嗤うような過保護な過剰情報という訳では無いのだ。

 

「フェニックス突撃開始まで60秒。」

 

 レイラの声がレシーバを通して聞こえる。

 

 他に聞こえるのは、ヘルメットの中に反響する自分自身の荒い息づかい。

 それと稀に聞こえる、地上のGDDDS情報を軌道上のOSVが経由して送信されてくる、敵艦隊を含めた地球周辺宙域の戦術情報が更新された事を知らせるごく短い電子音。

 

 自分の身体はコクピットと機体という「殻」に守られてはいるが、その外は人間が生存不可能な宇宙の真空。

 外を直接見る事も出来ない真っ暗なコクピットに閉じ込められ、HMDバイザー越しに見えるのは輝度を落としたHUDや様々なボタンのぼやけた明かりのみ。

 宇宙的な距離感で言えば、月と地球の間にある距離など作戦名の通り玄関から出て庭先に転がっているボールを拾うようなものなのであろうが、ついこの間まで地球人類にとって月の向こう側とは、そう簡単に手の届かない遙か宇宙の彼方であり、ましてや人を乗せた宇宙船が気軽に到達出来るような場所ではなかった。

 

 唯一それを成し遂げた八年前の作戦「MOONBREAK」は見事大失敗を期し、出撃した戦闘機は全て喪失、一人のパイロットも生還しないという散々な結果に終わっている。

 推進機関が核融合ジェットから重力推進に替わり、戦闘機の運動性能に飛躍的向上があったとは言えども、前回の大失敗の記録は本作戦に参加するパイロット達の心の上に重くのしかかっている。

 不必要に気にする事の無い様に誰もそれを口に上らせる事はなかったが、しかし実際は誰もが心の中で強烈に意識しているのだ。

 

「フェニックス突撃開始まで30秒・・・20秒・・・10秒、9、8、7、6、5、4、3、2、1、ナウ。フェニックス突撃開始。」

 

 HUDのコンソール上のカウントダウンがゼロになり、同時にレイラの号令がレシーバから響く。

 左側のサブコンソールに表示されているリアクタ稼働率のバーが伸びて、数字が43%に跳ね上がった。

 が、それだけだった。

 SF映画のように外部カメラ画像の星が流れるような事もなく、重力推進である為に衝撃や強Gが襲ってくるような事もない。

 達也が感じ取れた唯一の変化と言えば、背後に見えている地球が知覚できる程度には僅かずつ小さく、即ち遠ざかっている事だけだった。

 

 パイロットが知覚できようが出来まいが、実際の機体は1000Gという強烈な加速度を持って月に向かって加速していく。

 コンソール上に開いた作戦情報を示すウィンドウに表示された月との距離が凄まじい勢いで減っていき、それに対して地球との距離が同じ勢いで増加していく。

 

「皆問題無く所定の加速が出来たようだ。互いの距離が余り開かないうちに言っておく事がある。」

 

 加速開始から200秒後には月に到達しており、120秒も経てば互いに別の方角から月を回り込むための軌道修正を行う為、小隊同士の間隔が数千km単位で開いていく事となる。

 

「既に気付いていると思うが、今回我々フェニックスが取る軌道が、敵からの攻撃にさらされる時間が最も長い。オーカミサイルを敵艦隊に叩き込む際に、できるだけ全方位から撃ち込んで飽和攻撃に近い形となる様に、様々な角度から戦闘機隊が敵艦隊に向けて突入せねばならないが、その最も内側の軌道、即ち月地平線より遙か外側から突入する軌道を割り当てられた事に依る。我々の機体が月地平線の上に出て、敵艦隊に最接近するまでにはたっぷり40秒ほどの時間がある。」

 

「毎度毎度、貧乏くじが多いよな、俺達。」

 

 それこそ毎度毎度のレイモンドが、レイラの話に茶々を入れる。

 他の隊員達の軽い笑い声が聞こえる。

 

「仕方が無い。そういう役割を与えられた部隊だ。その為に世界中からトップエースばかりを掻き集めたんだ。

「だが、今回はその我々でもちょっとばかり旗色が悪い。666th TFWをして損耗率が最大で30%を見込まれている。」

 

 色とりどりの星が煌めきく真っ暗な宇宙を背景にレイラの声がヘルメットの中に響く。

 背後で地球が徐々に小さくなっていき、正面で三日月の形の月が徐々に大きくなってくる。

 白く輝く三日月が目に眩しい。

 他方の地球光を受けた影の部分が薄暗く灰色で不気味に見える。

 

「他の部隊に同じコースをやらせると損耗率最大100%という数字が出たらしくてな。機動艦隊の艦載機部隊に抜擢されたキャソワリとフェイフーにしてその数字だ。現在鋭意訓練中の連邦宇宙軍正規戦闘機部隊など、ハナから被害予想の計算さえして貰えなかったらしい。」

 

 先ほどよりも少し多い隊員達の笑い声がもう一度レシーバの中に響いた。

 

「あと60秒ほどで全機敵の射線の中に入る。我々にとって、初めての宇宙空間での本格的な戦闘だ。我々だけでなく、人類にとっても似たようなものだ。技術的に未熟なくせに精一杯背伸びして敵に殴り掛かり、ほぼ一方的にやられただけの、ただの虐殺と言って良い前回の作戦など、戦闘として数えるのも烏滸がましい話だ。」

 

 暗く静かなコクピットの中で、レイラの声だけが聞こえる。

 今や月は、普段夜空に見る姿の数倍の大きさの天体となって彼等のHMDスクリーンに映し出されていた。

 

 不意に月の画像が揺れた。

 今まで進行方向ほぼ正面に存在していた月が、進行方向のかなり下に移動した様に見える。

 実際のところは、オートパイロットが進行方向を変更し、大きく膨らんだ後に月表面のギリギリをかすめてL2の敵艦隊に向けて突入する軌道へと切り替わったのだろう。

 

「進路変更だ。各小隊の距離が離れ始めた。この通信を最後に交戦まで通信用レーザーを含めた非アクティブ状態オール・ディスエーブルに入る。

「生き延びろ。私からの指示はそれだけだ。以上。」

(Survive. That is my only order. Good Luck.)

 

 レイラの声が聞こえなくなり、通信用のウィンドウに「PHOENIX LEADER」と表示された欄がグレイアウトした。

 

 再び静寂の降りた暗いコクピットの中で達也は前方を見据える。

 今まで見た事の無いほどに巨大になった月が、外部モニタ3D画像としてHMDスクリーンに映し出されていた。

 その月の向こう側に透けるように赤いマーカーが表示され、その脇に「TARGET: PHARAZOREN FLEET」とキャプションが付いている。

 達也は月の向こう側に居る敵艦隊を示すそのマーカを感情の抜け落ちたような冷たい眼差しで睨み付けた。

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 HMD画像は、左右の眼の前方にある曲面スクリーン(反射板)に画像を反射させて網膜上に投映するタイプですので、左右の眼は別々のスクリーンを見ています。

 ので、外部モニタ画像は3Dで表示されます。

 外部モニタ画像だけでなく、所謂HMDインジケータの中でも、敵マーカなどの距離情報が重要なものについては、同様に3D表示されます。

 ま、10万km彼方の目標と、30万km彼方の目標がそれぞれ遠近感あったところでそれがどうした、という話ではあるのですが。w


 警告ウィンドウなどには距離はありませんので、眼の前に開く感じです。

 眼の前に開いた邪魔な警告ウィンドウを消す場合は、クローズボタンに目の焦点を合わせ、連続した瞬き2回でボタンクリックです。

 勿論、警告ウィンドウで視野を完全に塞がれるのは致命的な問題ですので、HMDスクリーンに表示される全ての表示は半透明にて、他の標示物を透過します。


 ・・・7月に入ったら仕事が楽になる予定だったはずだ・・・

 なんで楽にならないんだ・・・

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― 新着の感想 ―
[良い点] ふつーにめちゃめちゃ面白い。 [一言] 毎回更新を楽しみにしております。 重力推進になってからの展開がすごく魅力的です。 メカニック系の設定がポンポン出てくるコツとかあったら是非ご教示頂き…
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