4. Color of the sky (空の色)
■ 10.4.1
ミョルニル。
冬には雪と氷に閉ざされ、曇天に覆われて太陽など見る事も叶わない北の地に住んだ荒くれ者どもが崇めた雷神の持つハンマーの名を付けられたその機体は、陽光降り注ぐ南の島の暖かい冬の海風が通り抜ける格納庫の中に翼を並べていた。
投擲すれば必ず敵に命中して撃ち倒し、その後ひとりでに手元に戻ってくると、そのハンマーは言われている。
南国の暑い気候の中では暑苦しくさえ思える、ダークグレーに塗装されたその機体を達也は見上げ、機種転換でこの機体に初めて乗り込んだ日の事を思い出していた。
「暑苦しい色だな。」
それがミョルニルを見た達也の第一声だった。
これまでも中東や東南アジア、フロリダなどの南国で国連軍機色である黒灰色に塗られた機体に乗ってきた。
とりわけここヒッカムが暑い訳でも無く、ミョルニルを塗る地球連邦軍機色が濃い色であった訳でも無かったが、この機体を一目見た達也はまず暑苦しさを感じた。
それは航空機ではあり得ない無骨な機体形状によるものであったかも知れないし、或いは完全に胴体内に埋め込まれたコクピットを覆うキャノピが透明でなかったからかも知れなかった。
「金属の地肌剥き出しの銀色にするか、連邦軍機色で塗るかでかなりモメたらしいぜ。銀色なら太陽光を反射して蓄熱を防げるが、暗い宇宙では陽光の反射はやたら目立つ。黒ければ目立たないが、太陽光を吸収して蓄熱する事で、今度は赤外線を派手に出し始める。
「結局はこの色で落ち着いたみたいだけれどな。蓄熱云々よりも、濃い色で敵の光学センサーを少しでもくらますことが出来れば、と言う判断らしいぜ。」
達也の脇に立って、オットーと名乗った整備兵が皮肉な嗤いを顔に貼り付けた訳知り顔で言った。
本人が明言したわけでは無かったが、どうやらオットーはジョリー・ロジャーで再会したスライマーンと同じように、整備兵でありながらもST部隊の兵士であるようだった。
一般の整備兵にしては多すぎる知識量がそれを物語っていた。
「デカいレーザー砲だ。宇宙用に射程が伸びているのか。」
コクピットよりやや後ろの両脇に取り付けられているレーザー砲の砲口を眺めながら達也が呟いた。
機種転換教育による情報で、ミョルニルには240mmx300MWのレーザー砲が二門装備されていることは知っていたが、実際にその砲口を見ると、これまで乗ってきた戦闘機の武装の主流である180~200mm口径のレーザー砲よりも明らかに大きな口径が目を引いた。
「理論上は、5万km離れた場所のクイッカーを両舷斉射1秒で撃破できる。多分もっと離れててもイケるはずだが、いかんせん使用実績が無え。射程は教わったとおり5万kmと思っておいた方が良い。
「だけど、今回の作戦でレーザーは全然使えねえぞ? 3000m級の戦艦に240mmのレーザーなんざ百発当てたところで、相手は蚊に刺された程度にしか思わねえだろうさ。例えファラゾア艦隊が艦載機をわんさか発進させたところで、敵機を攻撃してる時間は最大でも10秒あるか無いかだ。カエルのションベンみてえなショボいレーザー砲を必死で撃ちまくるよりゃ、オーカを確実にぶち当てる方に神経削った方が割の良い仕事だぜ?」
オットーが再び皮肉な嗤いを浮かべながら、整備用の革手袋をはめた右手の拳でレーザー砲身のカバーを軽く二度三度叩いた。
敵戦艦に戦闘機のレーザー砲で攻撃することの無意味さについては、機種転換訓練に続く作戦詳細説明の中で何度も聞かされていた。
達也も似たような嗤いを顔に貼り付け、レーザー砲から視線を上に向ける。
そこには、機首から胴体に続く機体の外形と完全に一体化した形状のキャノピの分割線が、他の部品接合線よりも僅かに太くくっきりと見えている。
「キャノピを上げてくれるか?」
達也の求めに応じてオットーは手元のダイアグノスティック・パッドを操作した。
外部入力コマンドによってミョルニルの胴体上面の一部が分離し、金属製の不透明なキャノピがまるで大型のメンテナンスハッチであるかのように空気圧の作動音とともに大きく開いた。
「ただの金属の蓋なんだな。内側は全面モニタかと思ったが。」
コクピット脇に寄せてある機体整備用の足場の上に上り、開いたキャノピを右手の拳で軽く叩きながら達也が言う。
機体外殻の一部であるキャノピの内側には何層もの対放射線遮蔽板と断熱材が重ねられ、内側表面には柔らかな材質のクッション材が申し訳程度の厚さで張り付けてあった。
「TVアニメやハリウッド映画じゃあるめえし、んなもん要らねえだろ。どしても見たけりゃ機体外部映像は光学センサーからHMDに投影される。全面モニタなんざ壊れ易くて整備しづらいだけの無駄金だぜ。そもそも宇宙空間飛ぶのに外部映像なんざ必要ねえだろ。10万km彼方の敵機なんて、小さ過ぎてどうやったって見えやしねえんだ。マーカーと数値情報だけありゃ十分だ。キャノピは放射線からパイロットを守るためにあんだよ。」
「なるほどな。確かにその通りだ。」
達也はオットーの説明に頷き、コクピット内部を見る。
無骨で複雑な作りのシートの向かい側には、正面の大型メインモニタとその左右のサブモニタ、メインモニタの下に置かれた補助モニタと、四分割された特徴的なタッチパネルコンソールが並ぶ。
物理的なスイッチ類がコンソールの周りを縁取るように配置されているが、宇宙戦闘機を操作するために余りに大量になり過ぎてコクピット内に配置することが出来なくなったスイッチ類の殆どは、コンソール上のメニュー形式で呼び出すようになっている。
一部、咄嗟に操作しなければならず、メニューを呼び出して操作するような悠長な事を言っていられない機能だけが、コンソール周りの物理ボタンに割り当てられている。
「まだコクピット内が与圧されてるだけマシだろ。ちなみに緊急時にゃ火薬ボルトでコクピットユニットごと分離して脱出できるが、秒速数百kmで飛んでるときに脱出しても、まず帰ってくることは無理だな。戦闘が終わって、救助隊が発進する頃にゃ遙か宇宙の彼方だ。相当運が良くなけりゃ救助隊に見つけてもらうことさえ無理だろな。それでも一応、七十二時間分の酸素とバッテリは積んでるぜ。」
「撃たれたら終わり、か。厳しいな。」
「今までと大して変わらんだろ? 航空機でも、敵のレーザー砲の直撃を食らえばベイルアウトする暇なんざ無しに一撃で爆散してただろうが。」
「そうでも無いさ。何回か撃ち墜とされた事もあるし、機体を大破させたこともある。ベイルアウトして生還したこともある。」
「ふん、運の良い奴だ。じゃ、ま、宇宙空間ではそれは期待できないと諦めろ。基本やられたら、爆散するか、漂流して窒息死するかのどっちかだ。それが嫌なら、必ず自力で帰ってくるこった。簡単だろ? 撃たれなきゃ良い。」
オットーの無茶苦茶な論理展開に達也は呆れて苦笑いを浮かべながら、その無茶苦茶なことを事も無げに言ってのけたオットーの顔を見た。
どうやらこれでも本人は励ましてくれているつもりの様だった。
「そうだな。」
達也は苦笑いを浮かべたまま、目の前でコクピット上方に跳ね上げられた不透明なキャノピを見上げた。
金属でできたそれは外側を黒に近いダークグレーで塗られ、まるで棺桶の蓋のようにも見えた。
内側は、外側よりももう少し明るいグレーだが、いずれにしても大気圏内戦闘機の透明なキャノピに比べて息の詰まるような閉塞感を感じるものであることに間違いはなかった。
その棺桶の蓋のようなキャノピが、今出撃前の最終チェックを行う達也の頭上に開いている。
「インサイド、チェックリスト、コンプリート。始動可能」
達也はコンソールに表示されたチェックリストが全て緑に変わり、緑色の文字でOKと表示されたことを確認して、操縦席側からのチェック項目完了を宣言した。
「ちょっと待て。こっちはもう少しだ。光学センサー、チェック。照準システム、チェック。砲身コントロール、チェック。レーザー発振器、チェック。統合レーザー砲コントロール、チェック。統合武装コントロール(IACS)、チェック。統合機体管制システム(IFCS)、コネクト。シグナル、チェック。オール・チェックド。IFCSリブート・・・完了。オールシグナル、ノーマル。IFCSブート、正常。自己診断シーケンス、開始。ダイアグノスティックス、コンプリート、グリーン。オールシステムズ、グリーン。アウトサイドチェックリスト、コンプリート。オール・グリーン。
「こっちも完了だ。」
コンソールの端に表示されたデジタル時計を見ると、現在時刻は11時38分であり、作戦開始まであと22分余りであることを示す「Zero hour - 00h 22m 37s」のカウントダウンがそのすぐ下に表示されていた。
「フェニックス01、こちらフェニックス02。出撃前チェック終了。出撃準備完了。」
(Phoenix 01, this is Phoenix 02. Pre-flight check completed. Standing by.)
「01、諒解。02、出撃時刻まで待機。」
(01 Roger. 02 hold your position, til Zero hour.)
「02、諒解。」
(02, copy.)
達也は基地内の有線通信を通じて飛行隊長のレイラにチェック終了し、出撃準備が完了したことを知らせた。
同時に機体の外でオットーがパッドから出撃準備が完了したことを基地内ネットワークに通知する。
飛行隊司令部のCICのモニタと、レイラが乗るリーダー機のコンソールに表示された666th TFWの編隊を示す、出撃準備の進捗状況を視覚的にも判り易く表示しているマーカ群の中で、達也の乗機である02番機のマーカが緑色に変わり、出撃準備が終了したことを表示した。
「信じられるか? あと30分もすりゃ、俺たち月の向こう側を飛んでるんだぜ?」
同じくすでに最終チェックを終えて、どうやら暇を持て余しているらしい武藤が有線通信越しに話しかけてきた。
信じられるも何も無かった。
そういう作戦が立案され、作戦を実行するための兵器を与えられ、そして実行することを求められているならば、その指令に応じて実行するだけのことだった。
「時代が変わってるんだろうさ。F-16V2に乗ってたほんのちょっと前から考えれば、今空を飛んでる戦闘機も、熱核融合(TNF)リアクタに、AGG/GPUにレーザー砲にと、まるでSF映画だ。」
達也は武藤の言葉に、興味なさげな口調で答えた。
「そして宇宙に出て、月に行って、と。月の次は火星だろ。子供の頃に火星探査機が送ってきた火星の地表の画像を見たのを覚えてる。まさか自分が実際にそこに行くことになるとはな。」
「生き延びてりゃ、そのうち太陽系の外まで行けるかも知れねえぞ。」
達也と武藤の会話に、こちらも最終チェックを終えたらしいレイモンドが加わる。
「宇宙は最後のフロンティアだな、おい。」
「俺はスター・ウォーズ派だ。オーカミサイルが光子魚雷に見えてくるぜ。」
「何言ってる。俺は今コロニアル・ヴァイパーに乗ってる気分だぞ。」
「前から機体が変形しないの気に入らなかったのよね。MONECなら本気になったら出来そうじゃない? ジェットエンジンを脚にするの。」
機体チェックが終わりやることがなくなって暇を持て余しているパイロット達がさらに何人も加わり、会話がカオスな状態になってきたところで達也は会話から抜け出し、コンソールを操作して戦術マップを呼び出した。
コンソールに四角く映し出されたマップには勿論敵のマーカなど表示されては居なかった。
さらに操作を続け、有線で接続されている基地内ネットワークから、GDDDS情報を呼び出し、HMDに表示させる。
頭を動かして頭上を見上げると、ほぼ真上に近い位置に赤い敵マーカが表示された。
マーカには「TARGET: PHARAZOREN FLEET」のキャプションが付与されていた。
敵マーカを中心にズームさせると、やがてキャプションはさらに詳細な情報が追加され、「TARGET: L2 PHARAZOREN FLEET / BB: 3 / DD: 8 / OTH: 3 / 391Kkm」へと変化し、幾つもの赤い三角形がブレたように重なって表示された状態に変化した。
「出撃十分前。全機リアクタ始動。」
(Zero minus 10 minutes. All vessels ignite reactor.)
レシーバから聞こえる他のST部隊員達のじゃれ合いを聞き流しながら、機体管制システムを操作して様々な情報を確認していた達也は、有線ネットワークを通じて届いた管制の指示で我に返った。
いつの間にかコクピット脇に掛けられたラダーの最上部に昇ってきていて、コクピットの縁に腰掛けているオットーが達也を見ながら右手の人差し指を上に向けて回すリアクタ点火のサインを出している。
達也が左側のサブモニタに表示されているリアクタコンディションの図を指先で触ると、「REACTOR: IGNITE」(リアクタ点火)の文字が書かれた赤色のボタンがオーバーラップ表示された。
さらにそのボタンを指先で押すと表示が変化し、「REACTOR: running IGNITION SEQUENCE」の文字がゆっくりと明滅する。
やがてその表示が「REACTOR: RUNNING: 05 %」へと変化して、熱核融合炉が起動したことを示した。
「出撃三分前。全機キャノピを閉じ気密を確認せよ。整備兵は全ての安全ロックが取り除かれたことを確認し、安全地帯へ退避せよ。」
(Zero minus 3 minutes. All vessels close canopy, and check on airtight sealing. All safety pins be removed from vessel, and all ground staffs return to safety area.)
「武運を。月旅行を楽しんできてくれ。」
(Good luck. Enjoy your journey to the Moon.)
レシーバを通してオットーにも聞こえている管制の指示が聞こえると、右の拳を達也に向けて突き出したオットーがニヤリと笑いながら言った。
達也が左手を上げて拳をオットーの拳に打ち付けると、最後に素早く敬礼したオットーがラダーの上から滑り降り、ラダーを取り外して駆け足で機体から離れていった。
達也がキャノピ開閉ボタンを押すと、灰色のキャノピがゆっくりと降りてきて頭上に覆い被さりがっちりと固定された。
コクピット内は闇に閉ざされ、コンソールとあちこちに設置してあるボタンが発する明かりのみが視野に映る。
達也はHMDを操作して、外部光学センサ画像をスクリーンに投影した。
僅かなインジケータが表示されるのみであったHMD画像が3D外部映像へと切り替わった。
左に顔を向けると、オットーの他に三人に整備兵が、10mほど離れたハンガーの壁際に集まってこちらを見ているのが見えた。
「作戦開始。誘導係員は出撃機の誘導を開始せよ。」
(Zero hour. Operation start. Ground staff guide vessels to take off.)
格納庫の入り口近くで、赤色の誘導灯を振る誘導員が出撃を促している。
先頭のレイラ機がゆっくりと宙に浮き上がり、ハンガーの入口に機首を向ける。
レイラの機体は着陸脚を出したまま、地上から1m程浮き上がったまま滑るようにしてハンガーの外に出ていった。
ポリーナ機とセリア機がそれに続き、その次は達也の番だった。
誘導員の両手の赤い誘導灯が浮上を指示すると同時に達也はスロットルを開けて一瞬だけ重力をマイナスにして浮上し、その後スロットルはゼロ位置に戻した。
着陸脚が接地感を失った事を感じると同時に左ラダーを踏み込み、機首をゆっくりと右旋回させて格納庫の入口に向ける。
高度が安定したところで再びスロットルを僅かに開け、スロットルレバーを僅かに前に倒して前方に向けて推進力を掛ける。
機体は格納庫の中でゆっくりと前進を始め、格納庫の入口と、そのすぐ内側で誘導灯を振っている誘導員が近付いてくる。
達也の機体が通り過ぎると同時に誘導員は姿勢を低くして機体と接触するのを避け、そこからは格納庫の外に居る誘導員が誘導を引き継ぐ。
格納こそとの誘導員が肩位置に掲げた両手の誘導灯を前後に振り、前進を促している。
機体が格納庫から完全に出てさらに20mほど進んだところで誘導員が両手を真っ直ぐ上に伸ばし、誘導灯で空を指す。
達也は操縦桿を引いて機首を上げ、機体をほぼ垂直に立てた。
スロットルを押し込み100Gで加速する。
雲一つ無い青空の下、南国の陽光を切り裂いて黒い機体が大気圏を急激に上昇する。
コクピットから見えていた椰子の木やコンクリートの滑走路などは一瞬で後方へと消え去り、周囲は青い海と青い空だけになる。
やがて正面の空の色が濃い青から暗い青へと変わり、次第にその色を失って黒へと変わると同時に、その暗闇の中で色とりどりの無数の星が輝いている事に達也は気付いた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
タイトルは・・・他意は無いのですが、実は昨日のSTEAMでセールやってたので、衝動買いでAC7を買ってしまいました、とだけ。w (PC版です)
で、F-15S/MTDのDLCも同時に安売りしていたので、こっちも買ってしまいました。
これでやっと13歳時の達也に追い付いた。(笑)
マーヴェリックパックは買ってません。ライノは余り好きではないので。ヴァイパー好きです。
とりあえず第一話だけやったのですが、感想は「あ、やっぱりぺーぺーはヴァニラヴァイパーからスタートするのねw」と。どこかで聞いたような話です。(笑)
安いですからね。墜落しても。
ちなみに、PS2でAC0とAC5をやって以来なのですが、コントローラ操作の初期設定の無茶苦茶さに戸惑いまくってます。
ミサイル撃つ度に、どのボタンか考えて撃たないといけません。
左スティックはスロットル、トリガーはR1、操縦桿は右スティックだろ、常識で考えて。(怒)