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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十章 Κήπος της Αρτέμιδος(アルテミスの庭)
259/405

3. Operation 'Lagrange Wedge'


 

 

■ 10.3.1

 

 

 エアコンの効いた会議室は六十名ほどのパイロット達で埋まり、部屋の外から侵入してこようとする南国の熱い空気と、出撃直前の僅かにハイになりつつも緊張の色を隠せないパイロット達が発する熱気とで際限なく上昇しようとする室温をどうにか冷却しようと、古びたエアコンのモーター音が天井から常にうるさく降り注いでいた。

 不意に部屋前方右側にあるドアが開き、黒い連邦宇宙軍の半袖制服を着た男が大股で室内に入ってきた。

 後から入ってきた男の方は、入り口から数歩歩いてすぐに足を止め、パイロット達の方を向いて扉脇の壁に張り付くように立った。

 先に入ってきたもう一人の黒髪の男の方はそのまま歩みを進め、部屋前方の中央まで進んだ後にやはりパイロット達の方を向いて立ち止まった。

 

「おはよう諸君。昨夜はちゃんと眠れたかね? 人類初のビッグな遠足が楽しみ過ぎて寝られなかった者、気分が悪ければ遠慮無く手を挙げろ。遠足の名簿から外れて、おうちでパパと一緒にお留守番だ。寝不足などと下らん理由で生還率を下げられてはかなわんからな。」

 

 そう言って男は六十名程のパイロットを見回した。

 男の視線に対して返って来るのは、僅かな緊張を浮かべつつも射貫くような眼差し、或いは今し方発したばかりの出来の悪いジョークに反応した皮肉な笑い、或いは全く無表情無感動な冷たい視線ばかりであり、作戦を外れるために手を挙げるような者は一人も居なかった。

 

「宜しい。皆、気力体力共に充実している様で、何よりだ。それでは本日決行する、L2ポイントに停泊するファラゾア艦隊を殲滅する事を目的とした攻撃作戦『Operation 'Lagrange Wedge(ラグランジュの楔)'』について、最終確認を始める。私は本作戦の責任者である、ヒッカム宇宙軍基地戦闘機隊本部長のホク・ハマダ少将だ。」

 

 どうやら日系のハワイアンらしい少将が自己紹介を終えると同時に、会議室の全面の壁にプロジェクタ画像が投影された。

 画像には地球と思しき青い丸と、中央部分に少し小ぶりの、月を表しているらしい黄色い丸が表示されている。

 そのさらに向こう側に、赤色の四角が表示されているのは、目標であるL2に停泊中のファラゾア艦隊を示すマーカーの様だった。

 

「皆すでに耳にタコができるほど聞かされていると思うが、地球と月の間の距離は約38万kmだ。地球の直径約12000kmに対して、月の直径は約3500km。そして月とL2との距離は約6000km向こう側となる。本日朝0800時のGDDDS情報にて、現在L2には3000m級戦艦三隻、600m級護衛艦八隻、1000m級の非戦闘艦三隻の存在が確認されている。」

 

 プロジェクタ画像の赤色のマーカー脇に、BB:3、DD:8、OTH:3と、キャプションが表示された。

 

「当然のことながら、第一目標はこの戦艦三隻の撃沈だ。第二目標は、工作艦或いは輸送艦の一種と考えられる三隻のこの非戦闘艦。護衛艦はオマケだ。雑魚はやれるようならやれば良い。勿論、全滅させるのが一番良いんだがな。」

 

 少将のどことなく投げ遣りな最後の台詞に、椅子に座って聞いているパイロット達の間に軽い失笑が広がる。

 少将は護衛艦のことを雑魚と言い切ったが、実際のところは地球人類にとってこの600m級護衛艦も十分すぎるほどの脅威である。

 戦艦のように大口径レーザーでハリネズミのように武装しているわけではないが、数門という少数でありながらも戦艦並みの2000mm近い口径のレーザー砲は一撃で潜水空母を沈め、海上に撃ち込まれたレーザーは洋上の水蒸気爆発によって多数の航空機をまとめて撃墜するだけの威力を誇っているのだ。

 

「予定では本日1200時作戦開始、ここヒッカム宇宙軍基地から、フェニックス(666th TFW)、キャソワリ(0182nd TFS)、フェイフー(0183rd TFS)の三隊が、総勢五十六機のミョルニルに搭乗して出撃する。実際には三隊は僅かにタイムラグをおいて出撃するが、この正確なタイミングは各飛行隊長から指示がある。

「ミョルニル全機は、オーカカイ四発と、ランカ改六発を搭載している。オーカカイはスタブ翼上に二発、下に二発、左右合計で四発だ。ランカカイは機体上面ハードポイントに三連パイロンが二つで六発だ。」

 

 ハマダ少将はそこでいったん言葉を切ってパイロット達を見回した。

 パイロット達の顔に困惑の色はなかった。彼等が乗る宇宙用戦闘機の武装については既に全員に通達してあるため、当然と言えば当然の事だった。

 

「知っての通りミョルニルは完全重力推進の戦闘機だ。離陸重量の制限は事実上存在しないし、どれだけ爆装しようとも運動性にはほとんど影響は無い。それでも両翼と胴体上に大量の大型ミサイルを搭載している事は忘れるな。」

 

 ハマダ少将がパイロット達の顔を見回すと、皆が納得した顔で彼に向けて真っ直ぐ視線を返しており、軽く首を振り頷いている者の姿も目に入った。

 彼等は気合いだけは一流で腕は三流と云った様な新兵達とは違う。

 出撃前ブリーフィングで話される内容がどれ程重要な情報なのか良く知っているし、それをいい加減に聞いているとどの様な目に遭うのか骨の髄まで叩き込まれている連中だ。

 本来ならば今話した様な内容などは、説明などするまでも無く連中は良く理解している。

 釈迦に説法とはまさにこの事。

 それでもハマダは説明を続け、パイロット達は真剣にその説明を聞く。

 例えよく知った話であっても、僅かな新しい情報が、ごく僅かでも生存の可能性を上げる事を信じて、彼等はハマダの話に耳を傾け続けた。

 

「出撃した後は、全隊最大加速1000Gで月を目指す。1000Gで加速し続けるならば、月までの38万kmは僅か200秒だ。そして月に到達する頃には、秒速2000kmという途方もない速度に達している。各隊はそれぞれ六つの小隊に分かれて、60度ずつの角度に分かれて月を通り過ぎる。即ち、L小隊は月の北極上空、A1小隊は東側北緯30度、A2小隊は東側南緯30度、B1小隊は南極上空をそれぞれ通過して、月の向こう側に出る。」

 

 浜田の説明に応じてプロジェクタ画像がアニメーションする。

 いつも見慣れた月の画像の六方向に青色の三角形をしたマーカが表示され、それぞれにL、A1、A2と小隊名が振られていた。

 

「要するに、月の陰に隠れてL2ポイントに居る敵艦隊に近づくわけだが、月を遮蔽物として利用するからには、月の脇を通過する際に余り月から離れるわけにはいかん。2000km/sという人類史上前代未聞の速度で航行しつつ、月上空500km以下の高度で月を掠めて向こう側に躍り出る事になる。

「ちなみに知っているとは思うが、月の直径は約3500kmだ。諸君等はこの月の脇を僅か2秒足らずで通り過ぎる速度で、高度500km以下の空間を通り過ぎなければならない。高度500kmをオーバーしてしまったからと云って直ちに敵に撃墜されると云う訳では無いが、高度が上がればそれだけ長い時間敵の射線に姿を晒すこととなる。これまで宇宙空間でファラゾア艦隊に殴り込みを掛けた経験が無い関係上、どれだけ長時間射線に身を晒すことがどれだけ撃墜の危険度を上げるのか、まるで分かっていないと言うのが実情だ。つまり、少しでも生き残る可能性を上げたいならば、月の脇を通過するときに高度を上げるな、と云う事だ。」

 

 プロジェクタ画面の月の画像を、それよりも一回り大きな緑色の円が囲み、その内側が薄く緑色に着色された。

 要するにその緑色の線が高度500kmラインで、その内側を通り抜けろと言うことなのだろうと、達也は理解した。

 しかし、秒速2000kmであるとか、高度500kmであるとか、月までの距離が38万kmであるとか、スケールが余りに大きすぎて達也にはまるで実感が湧かなかった。

 

 ふと思いついて全てを1/1000して考えてみることにする。

 秒速2000mの速度で、高度差500m以内で標高3500mの山脈上空を飛び越える。

 確かに危険ではあるが、達也にとってそれはさほど難しい要求であるとは思えなかった。

 達也は意識をまだ喋り続けているハマダに戻した。

 

「まぁ実際の所、月まではさほど問題では無いんだ。各機にはオートパイロットがセット可能なので、月の脇を掠めて飛び抜けるところまではオートパイロット任せで飛べば、高度500kmは勝手にクリアしてくれるだろう。が、問題はその後だ。L2に停泊中の敵艦隊が月の地平線の向こう側から出てきて、レーザー砲の射線が通った後は、オートパイロット任せでは多分拙いことになる。オートパイロットにもランダム機動機能は組み込まれているが、出撃した全ての機体が同じアルゴリズムを使用するランダム機動を行うと、その動きが敵艦に瞬時に解析され対応される可能性がある。死にたくなければ、オートパイロットのランダム機動機能は使用しない方が良い。」

 

 プロジェクタ画面では、画面の中に小さく移っていた月が徐々に大きくなり、自機がその脇を掠めて飛び抜ける一人称視点のCG動画が再生されていた。

 月の地平線の下に隠れていた、敵艦隊を示していると思われる赤色のマーカが、月を掠めて飛び抜けると同時に月地平線の向こう側から上ってくる。

 自機はそのまま敵艦隊に向けて突っ込んでいき、僅か数秒で赤いマーカに到達してその向こう側に突き抜けた。

 

 搭乗している操縦者の力量では元々地球人類の方に分があり、重力推進や機載のレーザー砲を手に入れた事でハードウェア的な敵のアドバンテージも随分と縮める事が出来た。

 しかしファラゾアが使用している量子演算回路と思しきユニットの解析は極めて難航しており、コンピュータシステム的なファラゾアのアドバンテージは、十七年前の開戦当初からほとんど何も縮まっては居なかった。

 地球製のシステムを使用した演算など、十七年前のあの日の様に一瞬で解析され対応されてしまう恐れが充分にあるのだった。

 

「先ほど言ったように、月とL2との距離は6000kmだ。月軌道に到達した時点で約2000km/sに達している諸君らの機体は、僅か数秒でL2ポイントに停泊する敵艦隊に急速に接近し、肉薄し、そしてそのすぐ脇をニアミスしつつ通過する。敵艦隊の姿が月地平線上に見えた後、諸君らの機体がL2に停泊する敵艦隊の脇を通り抜けるまでのこの僅か4~5秒の間に、諸君らは敵艦に向けてオーカミサイルを全弾発射し、必要に応じて敵迎撃機に対してランカミサイルを発射して迎撃しながら、さらにオーカミサイルの爆発衝撃波を回避しつつ、そして勿論敵艦や僚機との衝突を回避しながら、敵艦隊の向こう側に突き抜けなければならない。」

 

 プロジェクタ画像は月と攻撃隊の位置関係を横から見た第三者視点のものに切り替わった。

 大きな黄色い円で示された月を掠めるようにして回り込んだ青色の三角マーカは、桜花を示す幾つもの白い三角を分離した。

 白い三角はさらに加速し、月の向こう側、月直径の倍近く離れた場所にある赤いマーカに殺到する。

 白いマーカが赤いマーカと重なって爆発し、オレンジ色の円が膨れ上がる脇を青いマーカが通過して飛び去っていった。

 その間僅か数秒。

 

 CG画像で見ている分には簡単そうに見えるが、ランダム機動を行って敵艦のレーザー砲を避けながら、僅か数秒の間に四発の桜花を分離し、さらにその爆発に巻き込まれないように回避しつつ、同時に味方機との衝突に気を配りながら、さらには必要に応じて蘭花も発射して敵機を迎撃する。

 短時間の間にそれだけのことを、しかも初めての実践で行い成功させなければならない。

 失敗すれば、高い確率で死が待っている。

 

「さらに、だ。諸君らが出撃した約40秒後には、地上発射型のオーカカイがL2の敵艦隊を目指して日本から二十発発射される。これは諸君らによって実施される、ミサイルを携行した戦闘機で敵艦隊に肉薄し、敵が回避不能な距離からミサイルを発射する攻撃法と、地球上からミサイルを発射して充分に速度の乗ったミサイルのどちらがより効果的に敵を撃破できるかの比較試験の意味を持っている。

「ちなみにだが、1500Gで加速するオーカミサイルは、L2ポイントに到達する頃には約2500km/s、即ち光速の1%にも達しようかという速度を持っている。当たり前の事だが、爆発に巻き込まれずとも、相対速度差500km/sで追い越していくオーカカイに接触すれば諸君らの機体は瞬時にバラバラに爆散するので、後方にも充分注意するように。」

 

 それはまるで味方が後ろから弾を撃ってくるような酷い話であったが、そもそもこの作戦を行うに当たっての大前提である上に、機種転換訓練とともに実施されたシミュレータ上での予行演習で何度も繰り返し演習を行っていたので、作戦に参加するパイロット達にとって特に目新しくショッキングな情報というわけでは無かった。

 

「さて、見事敵艦隊への攻撃を成功させた諸君等は、突撃のために稼いだ2000km/sという人類史上最高速で飛ぶ自らの機体を減速して、地球上空500kmに到達した時点で5km/s以下となるようにしなければならない。L2ポイントを過ぎた後は大きく弧を描くようにして進路を地球へ向け、その間に十分に減速する。諸君等の機体からは地球も月も肉眼で目視できる大きさに見えるが、一定の加速度で減速しつつ約50万kmの飛行で自機速度を5km/sに合わせるなどという芸当を人間が手動で出来るはずが無い。L2ポイントの敵艦隊を撃破した後はオートパイロットの地球帰還シーケンスを立ち上げた後に、必要に応じて手動でランダム機動を行うことで敵の追撃を避けて無事地球に帰還してくれたまえ。」

 

 プロジェクタ画像上では、先ほどまでの三人称視点での画像が引き続き表示されており、L2ポイントの爆発を避けた青い三角のマーカーは、一旦月と地球から大きく離れる軌道を取りながら徐々にその向きを変え、最終的には青色の円で示された地球に帰り着いた。

 

「何か質問は?」

 

 ハマダ少将は部屋の中のパイロット達全員をゆっくりと再び見回した。

 質問を発するものは一人として居なかった。

 実際の所、彼らは似た様な説明をこれまで何度も受けてきており、都度質問を行ってきたため、今更質問するような疑問点は何も残されていないというのが実情だった。

 

「では最後に一つ。38万km彼方にある僅か直径3500kmの月が夜空にあれだけ大きく見えるように、作戦中の諸君等には大きな月と地球が常に見えているだろう。事実その大きな月を遮蔽物として利用することでこの作戦は成り立っているのだが、実際のスケールで月と地球の間の位置と大きさの関係を示すとこのようになる。」

 

 プロジェクタ画像が切り替わり、画面には左側に見落としそうな小さな黄色い円、右側にはそれよりも少し大きいながらもやはり小さな青い円が描かれていた。

 黄色い円と青い円は画面の左右に大きく離れており、直径12000kmの地球もこのスケールではただの小さな丸でしかないことがよく分かる。

 

「宇宙空間のスケールで見れば、地球も月も小さな芥子粒程度のものでしか無いことを忘れてはならない。しかし同時に月は直径3500kmという、諸君等が遮蔽物として使用できるほどに巨大な物体である事も確かなのだ。月も地球も、巨大な物体であり、しかし砂粒のような小さな物体でもある。それを忘れるな。

「質問が無い様であれば、作戦開始前の最終ブリーフィングを終える。諸君等に武運(グッド)在らんことを(ラック)。」

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 投稿一回飛ばししてしまいました。済みません。


 ・・・早くリアルが落ち着いてくれるとありがたいのですが。

 車がエンジントラブルを起こして入院しました。ますます混迷の度合いを深めております。(笑)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い [一言] 余り月から離れるわけにはいかん。 →あまり
[一言] 月から24時間観測してたら丸見えだから、月に行くまでずっと敵戦艦からの正面攻撃を受け続ける事になるんだよな。 レーザー全部を躱して行く感じの神業特攻隊だなあ。前の攻撃と速度以外は似た作戦だし…
[一言] 作戦行動中に地球が視界に入ってハッとして動きが止まって死ぬとかあながち起きそう
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