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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十章 Κήπος της Αρτέμιδος(アルテミスの庭)
257/405

1. 出撃前日


 

 

■ 10.1.1

 

 

 19 March 2052, United Nations of TERRA Forces Hickam Base, O'ahu Island, Hawaii, Pacific Ocean

 A.D.2052年03月19日、太平洋、ハワイ、オアフ島、地球連邦軍ヒッカム基地

 

 

 エアコンの効いた建物から外に出ると、頭上からギラギラとした焼け付くような午後の日差しが照りつけ、足元のアスファルトからはそれに負けないほどの熱気が立ち上ってくる。

 唯一の救いは、常に海から吹き続ける風が、作りの大柄なこの基地の建物や植え込みの間を常に吹き抜けて行くことだった。

 

 アスファルトから立ち上ってくる熱気とそれを打ち払う海風に、達也はふと自分の生まれ故郷であるシンガポールを思い出す。

 そういえばあの日も、場所は違えどこのような照りつける日差しに眼を眇め、そよぐ海風にその表情を和らげるような、そんな日だった。

 あれからもう十七年が経とうとしている。

 負傷した幼馴染みの身体を抱きかかえ、敵に対抗する為の力さえ持たずに、空を行く白銀の敵の戦闘機械の群れを睨み仰ぎ見ていた子供が今や、仇敵を叩き落とす力を手に入れ、この地球上から敵を打ち払い、さらには奴等がやって来た空の彼方、宇宙へと飛び出そうとしている。

 

 それは時の流れと言ってしまえばそれまでなのだが、その一言では言い表せない様々な出来事があり、そして記憶として自分の中に積もり重なっていっている事を達也は意識した。

 或いは、決して癒えることの無い傷となって心に刻み込まれ、いつまでも常に血を流し続けるか。

 

 このヒッカム基地に来る前に数日間ほど滞在したサンディエゴのノースアイランド基地での記憶と、いかにも南国という雰囲気を醸し出すように意識して作られたとしか思えないこのヒッカム基地での滞在が、過去の色々なものを思い出させて、ついつい感傷的になってしまっていることに気付いて達也は思わず苦笑を浮かべる。

 

 珍しく時間をちゃんと確保して行われた機種転換訓練も、今日の午前中から行われていた戦術確認訓練をもって終了した。

 国連軍時代からの伝統なのか、常に無茶苦茶な要求をしてくる連邦軍も、地球上の大気圏内を飛ぶ戦闘機から、宇宙空間を飛び回る戦闘機へと乗り換えるときには、流石にそれなりの機種転換習熟訓練をさせてくれるのだと、七割方は皮肉に、そして残りの三割は一応有り難がってこの三週間ほどの訓練の日々を思い出す。

 

 実は「ちゃんと時間を取って」訓練が行われたものと達也は信じ込んでいるが、航空機から宇宙機への機種転換は、他の兵士達には三ヶ月の訓練期間が設けられていた。

 これまで世代が変わるごとに次々と戦闘機を乗り換えてきたST部隊の兵士達には、操作に習熟した時点で終了する推定三週間以内の習熟訓練で十分であろうとの超短期コースでのプログラムが組まれ、実際に彼らはその期待通りの短期間で習熟を終えていた。

 達也に至っては最初の一週間で要求されているレベルの習熟度に達し、残る二週間はその技術をさらに伸ばすための時間に充てていたほどであった。

 

 それは達也をはじめとしたST部隊の兵士達のこれまでの戦い方によってなせる技であった。

 生き延びるため、或いは一機でも多くの敵を叩き落とすため、より高い加速力、より高い機動力を求め続けた彼らの操縦は、一般の兵士よりも遙かに高く重力推進に依存したものとなっている。

 一般の兵士達にとって空力戦闘機はあくまで航空機であり、戦闘機動を含めてあらゆる運動は基本的に翼で空気を掴み、エルロンやエレベータ、或いはカナードと云った舵を利用して機体の姿勢を変えるのが当然であり、彼らにとっては重力推進とは、程度の差こそあれども離着陸を短距離短時間で行えるもの、もしくはジェット燃料を節約しつつ高速で飛行できる推進器程度の使われ方しかされていないと言うのが実状である。

 一般的にパイロットの技量が高くなり、経験が長くなるほど重力推進を上手く扱える様になって、依存率が高くなる傾向があるのだが、一般のパイロット達はまだまだ重力推進を上手く使いこなせていないと言って良かった。

 

 それに対してST部隊の彼らの重力推進の利用方法は、空力飛行ではあり得ない柔軟性の高い機動を行うためのもの、或いは次の獲物に一瞬でも早く食らい付くために僅かな距離でも高速移動するためのものであり、巡航飛行(クルーズ)中でも戦闘中であっても、彼らはとにかく重力推進を多用していた

 とりわけ達也は、そのようなST部隊の兵士達にさえ「航空機の動きでは無い」と呆れられるほどに、自分が思い描く理想の機動を行うため重力推進に依存しきった操縦をしていたため、ほぼ重力推進のみで機動する宇宙戦闘機に対する習熟訓練など必要ないほどすでに高い技術を有していた。

 それでも一週間の習熟訓練が必要であった理由はただ単に、各種ボタンの配置やコンソールのシステムメニューの内容が異なる事に慣れるため、宇宙空間というこれまでの距離感覚で戦っていては痛い目を見る戦場に感覚を合わせるため、そして空気という抵抗と翼という邪魔な質量が取り払われた機体の挙動を高度に把握するために必要であったに過ぎなかった。

 

「よう、メシか? 付き合うぜ。」

 

 特に急ぐわけでも無く、午前中に組まれていた最後の習熟訓練である座学を終え、基地内の食堂(キャンティーン)に向けて歩く達也に、後ろから声がかかった。

 足を止めて振り返ると、武藤の他数人のチームメイトが追いついてきた。

 当然のことであるが、全員が達也と同じ様に明日行われる作戦に関する注意事項の座学を受けていた。

 

「午後、どうする? 街に出るか?」

 

 立ち止まった達也に追いつきながら、金縁に濃い緑色のティアドロップの伝統的なパイロットグラスを掛けた武藤が言った。

 ここヒッカムでは、強い日差しを遮るためにサングラスは殆ど制服の一部扱いとなっている。

 

「いや、格納庫(ハンガー)に行って最終確認に立ち会う予定だが。」

 

 明日の昼前から開始される予定の作戦に備えて、今日の午後は心身を休めるためという目的で何の訓練も予定されていなかった。

 本来は今日一日空き時間になる予定だったのだが、最終確認という名目で急遽午前中のレクチャーが組まれ、飛行隊本部は隊員達から轟々の非難を浴びていた。

 むしろ最終確認など本当は行う必要など無くて、放っておくと街に出て作戦前の最後の晩餐とばかりに朝から大宴会をやりかねないパイロットどもの行動を制限することが目的でこの午前のプログラムが組まれたのではないかと、達也は思っていた。

 

「お前も相変わらずだな。整備兵達も気合い入れて最終チェックを行うに決まってんだろ。任せとけよ。そんなに神経質になる必要はねえだろ。逆に『お前らの整備は信用できねえ』って行動にも見えるぜ、それ。」

 

 武藤の後ろから歩いてきたレイモンドが半ば苦笑いを浮かべながら近づいてきて、達也の左肩を拳で軽く小突いた。

 勿論達也にそんなつもりなど無かった。

 ただ単に、少しでも長く機体に触れて慣れるため、或いは万が一存在するかも知れない何らかの小さなミスに気付くため、時間の許す限り僅かでも生存の可能性を上げるために身に染みついた行動だと言って良い。

 

 レイモンドの言うとおり、整備は整備兵に任せておけば良いことは分かっていた。

 実際にその機体に乗るのは達也達パイロットだが、整備不良で墜とされた場合、巡り巡って自分達の生存が危うくなる事を整備兵達も良く理解している。

 そもそも、自分達が整備して戦場に送り出した機体が墜とされる、或いは敵に負けることが連中は我慢ならないのだと口をそろえて言う。

 そんな彼らの整備が信用できないはずなど無かった。

 むしろ達也の行動は、自分の精神的な安定のための行動であると、自分自身理解していた。

 

「良し決まりだ。街に出るぞ。昼飯も街で食おう。ホノルルとパールシティのどっちが良い?」

 

 通り過ぎたレイモンドが、再び達也に近づいて来て肩を組んできた。

 以前は基地から街に出かけるのは、少々面倒臭い話だった。

 化石燃料の欠乏により車輌の使用許可がなかなか下りず、諦めて乗り合いバスで街に出ようとしても、バスに乗れる人数には物理的に限りが有った。

 

 今ではどの基地にも小型の核融合発電器が何基も設置され、潤沢な電力を使用できる様になっている。

 そもそもが、戦闘機が搭載している核融合炉(リアクタ)でさえ、戦闘機一機で数万戸の民間住宅に対して充分な電力を供給できるだけの容量を持っているのだ。

 そして基地で使用する通常の車輌はほぼ全てが電気自動車となり、近場の街との間を往復する程度であれば燃料(バッテリー)の心配をする必要も無かった。

 

 そもそも出かけた先の街でも、あちこちに核融合発電器が置かれており、ファラゾア来襲前とまではいかずとも、少なくとも使用電力量をいちいち気にしながら冷蔵庫のコンセントを抜かねばならない様な以前の状況は脱している。

 発電施設の近くや、元々ガソリンスタンドがあったところに車両用の急速充電器が設置されており、軍民問わず利用できる様になっていた。

 昔に較べれば自家用車はまだまだ高価であったが、それでもファラゾア来襲後十年間、軍も民間も誰しもが化石燃料の欠乏に喘いでいた頃に較べれば、街中だけでなく、地上のあちこちで頻繁に車輌が走行しているのを空からも見かける様になってきていた。

 

「面倒だ。俺は基地に居る。」

 

 達也は本当に面倒臭そうなしかめ面でレイモンドの問いに答えた。

 

「却下だ。お前に与えられた選択肢は、パールシティに昼飯を食いに行くか、ホノルルで食うか、の二つだけだ。それ以外は認めん。で、どっちが良い?」

 

「キャンティーンでBランチだ。今日はフライドチキンとデミグラスソースのハンバーグだ。その後はハンガーでのんびりと午後の時間を過ごしながら、最終チェックをして体調を整えて鋭気を養う。」

 

 そう言いながら達也はレイモンドの脇腹に右腕で肘打ちを食らわせた。

 そこそこ力の乗ったエルボを食らったレイモンドが、身体を折って呻きながら引いていく。

 

「A2小隊、その頭のおかしい反動分子を拘束し連行しろ。」

 

 後ろからレイモンドの声が聞こえてきたと同時に、達也は両脇から腕を取られて確保された。

 いつの間にか近づいて来たジェインとナーシャが、左右の腕にがっしりと組み付いている。

 

「へっへー。女が相手じゃエルボも出せないよね。」

 

 そう言いながらジェインが達也の顔を見上げ、ニヤリと笑う。

 

「胸が当たってるぞ。」

 

 達也は二人の顔を交互に見ながら言った。

 二人ともしっかりと達也の両腕に組み付いているので、当たっているどころではない。

 しかもここは南国であり、ジェインは軍支給の黒いタンクトップ、ナーシャは鮮やかな黄色のノースリーブ一枚の薄着だった。

 

「ん? 別に減るモンじゃ無し。」

 

「そうね。先にお触りで前払い報酬もらったんだから、ちゃんと付き合いなさいよね。」

 

 と、左右から身も蓋もない答えが返ってきた。

 徐々に面倒から逃れられなくなりつつある事を自覚しながら、助けはないものかと辺りを見回す達也だったが、周りのチームメイト達は皆ニヤニヤと笑いながら誰も達也を助けるつもりは無いと云うことを再確認しただけに終わった。

 

「なんか幸せそうな野郎が居るんだけど? 何してんのアンタ達?」

 

 後ろから聞こえてきたレイラの声に、達也は振り返って己の不遇を訴えた。

 

「こいつらなんとかしてくれ。俺は昼飯を食ったらハンガーで最終チェックをするつもりなんだが、邪魔しようとするんだ。」

 

「このバカ、メシ食ったら午後はハンガーで過ごして鋭気を養うとか意味不明のことを言うんでね。街まで引きずっていって昼飯を食わせる相談をしていたところだ。」

 

 レイラにチームメイトの非道を訴える達也のすぐ後に、レイモンドが一般的な常識人の見解を述べる。

 勿論、レイモンドが一般的な常識人だという意味ではない。

 

「行ってくりゃ良いじゃない。大体アンタはヒトとしてどこか狂ってる事を自覚すべきね。で、タツヤは良いけどアンタ達はほどほどにしなさいよ。明日は0830時から出撃前ブリーフィングだからね。酒の匂いなんかさせて出てきたら、飛行禁止で居残り組決定よ。全く、こっちは今から飛行隊本部に顔出して、オヤジども相手に作戦前ミーティングだってのに。ああクソ、気が滅入る。」

 

「管理職は大変だな。」

 

 半ばから愚痴に変わったレイラの小言を聞いて、レイモンドが苦笑いしながら応えた。

 勿論、この面子の中に出撃前日に深酒をするような者は居ない。それが生存率に直結することを知っているからだ。

 そして、出撃できないことがこの連中にとって何よりの罰となる事をよく知っているレイラであった。

 普通は誰もが嫌がる未知の領域への出撃をおあずけされる事が罰になる時点で、この部隊の誰もが十分に狂っていると言える。

 自分の命がかかっている事を承知の上で、程度の差こそあれ偏執的にファラゾアを墜とすことを無上の喜びとする者達だった。

 他から見れば、自分自身の生死に興味を持たず、敵を殺すことのみを考えている異常者の集団に思えることだろう。

 彼らにとって自らの死とは直接の恐怖や興味の対象ではなく、それによって敵を討つ事が出来なくなるが為に嫌悪の対象であると、傍目にはその様に見えるからだった。

 

「全くよ。良いから遠慮せずに行ってきなさいな。セリアも、ポリーナも。で、夜はさっさと帰ってきて早めに寝ること。自分の部屋で、一人で、ね。いい?」

 

 ST部隊の中で、今のところ職場恋愛が存在すると達也が聞いた事は無かった。

 レイラの台詞はどちらかというと、行った先の街中で適当に見つけた相手の部屋に転がり込んで、明日の朝のブリーフィングに遅れるような事態になるな、と言っているのだ。

 勿論、その様な事をしでかして出撃できなくなる様な愚を犯す、一般的常識的な者はこの部隊には居ない。

 

 後ろ向きに手を振りながら遠ざかるレイラを見送り、L小隊のセリアとポリーナをメンバーに加えた集団は、出撃前日の緊張感などまるで感じさせることなく、賑やかにじゃれ合いながらゾロゾロと総務部がある建物に向けて明るい日差しの中を移動していった。

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございまず。


 投稿遅延予告をしましたが、内容が軽く書き易かったので一気に書き上げていつも通りの時間に上げることが出来ました。


 ちなみに、ファラゾア来襲以来一度も前線になったことがなく、深刻な敵の脅威にもさらされたことがないハワイは、比較的のんびりとした昔の雰囲気を残しています。

 一時期深刻な物資不足、電力不足に陥りましたが、海中輸送が確立され、熱核融合炉による発電が一般的になったこの時代、また昔の雰囲気に戻っています。


 ちなみにちなみに。

 2022年における米軍ヒッカム基地はそのまま地球連邦軍(海、宇宙)ヒッカム基地に、隣接したイノウエ空港は軍に摂取されて連邦空軍基地になっています。

 国力を落とした米国が、本土から遠く離れたハワイの基地を維持できず、旧国連軍に「貸与」し、家賃収入で外貨を稼ぐ方針をとったためです。

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[一言] 左右どっちの弾幕が薄かったのだろうか?
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