36. MONEC GNSFAPG-81-AC78TRi12 'Mjölnir' (ミョルニル)
■ 9.36.1
24 February 2052, United Nations of TERRA Forces General Headqquaters
A.D.2052年02月24日、フランス、ストラスブール、地球連邦軍参謀本部
五人の男達が静かに、しかし極めて真剣に重苦しく議論を戦わせている。
その部屋は、もとはストラスブール空港と呼ばれていた使われなくなった民間空港を軍が摂取し、ストラスブール航空基地という名前に改名して久しい空軍基地のすぐ近くに新設された、地球連邦軍参謀本部ビルの十階フロアに存在した。
場所は変われど、そこに集まるメンバーは変わっていない。
いつもの五人が、参謀本部、というよりも地球連邦軍のトップミーティングを行っていた。
そしてその五人の頭を悩ませている議題と云えば当然、先のラパス降下点攻略の際にファラゾアが打ち出してきた、月軌道からの遠距離艦砲射撃である。
今現在、月軌道に展開するファラゾア艦隊に対する有効な攻撃方法を、地球人類は有していなかった。
「大出力レーザー砲を搭載する移動砲台の様な物を作ってはどうかね?」
フェリシアンが他の四人の反応を覗いながら切り出した。
「それは余り効果的ではないと思われます。確かにレーザー光は敵艦が展開している重力シールドと思しき障壁に対して、全く障害無く通過して敵の艦体に確実に着弾するであろう有効な攻撃方法です。しかしながら移動砲台は確実に敵に発見されます。
「一つには、移動砲台がどれくらいの時間生存出来て、その生存時間の間にどれだけの有効打を敵に与えることが出来るか。そして全長3000mもの巨大な敵戦艦に対して、例えば口径1m、出力300MWのレーザー砲がどれだけの損害を与えられるか、という問題があります。
「残念ながら情報部の試算では、口径1m、出力300MWのレーザー砲では、3000m級の敵戦艦を撃沈するために1秒間の直撃弾が五百発は必要だと結論されています。移動砲台の生存時間と、月軌道に出現する敵艦隊に対応できる移動砲台の空間密度から考えて、とても現実的な数字ではありません。」
連邦軍情報部長のフォルクマーがフェリシアンの提案に異を唱える。
フォルクマーはさらに続けた。
「さらに、先日敵艦隊が現れた約40万kmの領域について、地球周辺のその領域を全てカバーしようとすると、途方もない数の移動砲台が必要となります。その上先ほど申し上げた火力の問題もあり、移動レーザー砲台、或いはレーザー砲衛星の運用は現実的ではありません。」
地球上の戦闘を行っている限りではまず目にすることのない40万kmという距離と、月軌道までを含めた地球周辺宙域という半径40万kmの空間について、SF映画やアニメに出てくるような感覚で戦略を論じると、スケール感の違いによって大きな間違いを犯しかねない事をフォルクマーは警告しているのだった。
これまでのファラゾアとの戦いの中では、所詮大気圏内のスケールでは1000km単位、或いはどれだけ大きくとも10000kmという距離を考えていれば良いだけであった。
ファラゾアを地球上から追い出し、さらには地球周辺宙域から追い出す事を考えるならば、頭を大きく切り替えなければならないとフォルクマーは言っているのだ。
「オーカ(桜花)R2をばら撒くのもダメか?」
参謀本部長のロードリックが言う。
「オーカミサイルを対象とする空間に散布しておくのは、或いは有効かも知れません。
「但し前提として、半径40万kmの球状空間において、先ほどの砲台と同じ様に1万kmごとに設置する場合、約二十七万発のオーカミサイルが必要です。また、敵艦までの距離が最大の10000kmであった場合、ゼロ速度から1500Gで加速したオーカが敵艦に着弾するまで約25秒強必要です。
「25秒もあれば、いかな『トロい』ファラゾアと言えどミサイルを回避するためには充分な時間です。」
フォルクマーがそこでいったん言葉を切った。
非現実的な数字を並べられて回答されたロードリックは、思わず苦笑いを浮かべている。
「但し、1500Gで25秒間もの加速を行った場合、ミサイルは370km/sという途方もない速度に到達します。地球を僅か30秒で横切るほどの速度です。これだけの速度でミサイルがファラゾア艦に向かった場合、彼等が例え反応できたとしても、逃げる敵艦にミサイルが追いつける可能性があります。また、この速度でミサイルが命中した場合に敵艦に与える被害は甚大なものとなる事が予想されます。参謀本部長の提案は、検討すべき、或いは一度実践にて試験してみるべき案件であると思われます。」
ロードリックは一転、フォルクマーの提案に対して肯定的な情報を次々と提示した。
自分の案が情報部によって肯定された事に笑みを浮かべるロードリックであったが、フォルクマーがこれだけ具体的な数値を淀みなく並べたという事は、同様の案件が既に情報部内部で提案され検討された結果であると云う事に気付き、その笑みは皮肉なものに変わった。
「しかしミサイルの敷設数の問題があるのだろう?」
負け惜しみ、と言う訳ではないのだろうが、フェリシアンが、先にフォルクマーによって指摘されたロードリック案の問題点を蒸し返した。
「はい。ただ、敷設エリアを敵艦が出現する可能性の高い場所に絞る事で、敷設数は大幅に減らす事が可能と思われます。具体的には、ボレロの各段階ごとに数百機程度まで。」
「随分現実的な数字に落ち着いたな。」
「戦場になると予想される広大なエリア全てをカバーして地雷を散布するのと、敵戦車が確実に通過すると分かっている道路にだけ仕掛ける場合との差、と理解して戴ければ良いかと思います。」
「で? その敵艦が出現する可能性の高い場所の当たりは付いているのか?」
「ええ。ラパス降下点を攻撃した際には、ラパス降下点のほぼ直上、39万4800kmの位置に出現しました。従来のファラゾアの行動パターンから推測して、我々が降下点を攻撃する際に、攻撃を受けている降下点の直上39万5000kmの位置に出現する可能性が高いものと思われます。」
「39万5000kmというのは?」
「ファラゾアが使用している距離単位の、区切りの良い数字と思われます。例えば我々人類で云うところの100万kmや50万kmと云った類いの。
「これまで地球上に落下してきた彼らの戦艦に標準装備されている、通称口径1800mmレーザー砲ですが、レーザー砲口において砲身の肉厚の中心を取った場合、砲口直径1975mmとなります。その倍数は、3950mmです。偶然の一致とは思われません。3950という数字は、彼らの距離単位の区切りの数字と考えてよろしいかと。」
「なるほど。つまりその辺りに数百機のオーカR2を散布しておく、というわけだな。」
「はい。勿論、デブリの振りをさせて、違和感のない程度の密度と分布に抑える必要があるとは思われますが。」
その場に居合わせる皆が納得できる推論と計画であった。
「もう一つ提案してよろしいか?」
情報部の提案した敵艦隊の迎撃法に皆が納得しているところに、トゥオマスが切り出した。
「勿論だ。選択肢は多ければ多いほど良い。」
フェリシアンが破顔してトゥオマスの提案を歓迎する。
「倉庫」局長のヘンドリックとともにこの連邦軍トップ会議のレギュラーメンバーとなっているトゥオマスであったが、本来の彼の役割は、情報センターファラゾア情報局の技術顧問であり、またプロジェクト・ギガントマキアに関連する数多くの技術開発プロジェクトのメンバーでもあった。
宇宙物理学者であり量子物理学者でもあるトゥオマスの、理論と知識に裏付けられた上で、SF作家としての突飛な発想を加味して次々と繰り出されるアイデアは、それらのプロジェクトに於いて高く評価されていた。
「すでにお聞きであるとは思うが、『銀の弓』の開発が終わり、エクサン・プロヴァンスやカデナ、ヒッカムと云った主要な宇宙軍基地への量産機の配備が始まっている。勿論これらの機体は、来るべきギガントマキア第二段階の為に開発配備されているものであるのだが、本格的運用を前に一度実戦で試験運用しておいた方が良いと私は考えている。これを使わない手はないと思うのだが、どうかね?」
「なるほど。配備数とパイロットは足りているのか?」
「何をもって十分とするかにも依るが、配備数については問題ないよ。知っての通り、先週の時点でエクサン・プロヴァンスに百四十八機、カデナに百二十一機、シドニーに六十五機、ヤル・スプに九十八機、ヒッカムに七十八機が搬送完了している。そして今も、MONEC、タカシマ、ボーイングなどの工場で続々とロールアウトしている。その一部を利用する形になるだろうね。」
「ふむ。確かに一度実戦運用しておく必要はあるな。」
トゥオマスの提案に対して、フェリシアンが思案顔となる。
そこにフォルクマーが、おずおずと云った体で口を差し挟んだ。
「参謀本部としては、ギガントマキア第二段階、キポス・ティス・アルテミドス(アルテミスの庭)の予備作戦である、Operation 『セリノフォト(Selinófoto / Σεληνόφωτο:月光)』の前倒し実施を提案しようと計画しております。ボレロの各段階に於いて、今後もファラゾア艦隊の遠距離艦砲射撃に悩まされ続けることが予想され、ならばいっそのことセリノフォトを前倒し実施して、地球周辺宙域を少しでもクリアな状態にしておくべきかと。」
「ふむ。成る程な。」
フォルクマーの提案を受けて、フェリシアンが思案顔となって黙り込む。
しばらく経って、強い意志を宿したまなざしとともにフェリシアンが再び口を開いた。
「フォルクマー、その線で進めてくれ。次の最高会議で提案して欲しい。確実に可決されるだけの準備と根回しを頼む。必要なものがあれば言って欲しい。
「そしてトゥオマス。私も君の案に賛成だ。フォルクマーの言うとおり、今の段階でセリノフォトを実施し、これをアルテミスの庭の予備作戦且つ、銀の弓の実戦投入試験としよう。君のことだから、その後のことも考えているのだろう? ここから佳境を迎えると言って良いボレロの残る五ステップにて、先ほどのオーカR2投入と並行して、銀の弓による迎撃をオプションにしたいのだろう? ボレロの各作戦と同時に実施することになる待ったなしの敵艦隊迎撃作戦よりも、今の段階で余裕のある内に実戦投入しておいた方が良い。」
フェリシアンがニヤリと笑いながらトゥオマスに言った。
それを受けるトゥオマスも、同様の笑いを顔に浮かべている。
「ふふ。ご明察ですな。ではそのように。参謀本部長殿、後ほど詳細を詰めに伺う。」
「承知した。」
「銀の弓の機体名称はもう決まったのだろう? どういう名前になったんだ?」
「当初はプロジェクト名の銀の弓(Silver Bow)か、その持ち主のアルテミスを機体名称にしようかという案もあったのですがね。MONECの設計チームからも要望がありまして、結局新たに名称を付ける事となりました。ミョルニル(Mjölnir)ですよ。前回のOperation'MOONBREAK'では、出撃した全機が未帰還という痛ましい結果となってしまいましたからな。」
フェリシアンの質問に、トゥオマスが答えた。
ミョルニル。雷神トールの持つ鎚。その鎚を投げれば必ず敵に当たり撃ち倒し、その後必ず手元に還ってくるという。
「成る程。縁起の良さそうな名前で結構。ん? そう言えば、前倒し実施するセリノフォトに参加するパイロットの問題は大丈夫なのか? 銀の弓の配備は着々と進んでいるが、それを操縦するパイロットが、操作性と機体挙動が航空機と大きく異なるのでなかなか習熟が進んでいないという話を聞いた様な記憶があるのだが。前倒し実施、大丈夫か?」
ミョルニルという縁起の良さそうな名前に満足げな顔を浮かべていたフェリシアンであったが、先ほど一度話題に出しはしたもののパイロットの問題については答えを得られていない事に気付いた。
「パイロットですが、確かに仰るとおりの問題が存在します。セリノフォトの前倒しについては、銀の弓の実戦試験という意味合いが強く、現在訓練中のパイロットの中から習熟度の高い者を選りすぐって部隊を構成して投入する事を考えています。」
フォルクマーが苦虫を噛み潰した様な顔で報告する。
隠し立てする積もりは無かったが、とは言え思う様に進んでいない部分がある事を指摘されるのは嬉しい事では無い。
「大丈夫だ、フォルクマー。その問題は多分解決出来るよ。」
再びトゥオマスが笑顔を浮かべながら言った。
「解決出来る? 何か良い教育プログラムでも・・・」
「違う、違う。こういうのをさせるのにちょうど良い奴等が、つい数日前からカリフォルニアで暇そうにしているじゃないか。第七艦隊の艦載機乗り達がほぼ全員サンディエゴに降りているのだろう? 第七艦隊だから、その中にはST部隊も含まれている。連中なら、宇宙戦闘機の操縦でさえ鼻歌交じりでこなしてしまうだろう。うってつけじゃないかね? なんなら、LAとサン・フランシスコに降りている第五艦隊と第六艦隊の連中も加えてしまえば良いじゃないか。どの艦隊も、修理と立て直しに少なくとも二月は掛かると聞いているよ?」
トゥオマスが上機嫌そうな笑顔を浮かべてたまま、部屋の全員を見回した。
666th TFW飛行隊長のレイラがもしこの場に居たならば、その笑顔を見て「悪魔の微笑み」と言いつつ顔を引き攣らせたに違いなかった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
いつもの五人のお話しです。
前話の後書きで予告的に書きましたが、来週から二週間ほど、ちょっとリアルの方が忙しくなるもので投稿が相当不安定になると思われます。
大変申し訳ありませんが、ご承知おき下さい。