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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第九章 TACTICAL PROJECT 'BOLERO' (ボレロ)
252/405

33. Raid of Tezcatlipoca


 

 

■ 9.33.1

 

 

 20 February 2052, Underwater, 800 km from Cabo San Lucas, MEXICO

 A.D.2052年02月20日、メキシコ、サン・ルカス岬沖800km、海中

 

 

 カリフォルニア半島沖に百隻近い潜水艦からなる、五つの機動艦隊が集結している。

 いずれの艦も、時速数ktというごくゆっくりとした速度で深度500mほどの暗い海中を北東の方向に向かって進んでいた。

 

 潜水艦という特殊な艦の存在は、ファラゾア来襲前と後では大きく変わっていた。

 ファラゾア来襲前の潜水艦は、暗い海中に息を潜めて身を隠し、水上を航行する艦船の意表を突いて攻撃し沈めることが兵器としての彼女達の主用途であった。

 頭上を行き交う水上艦艇に存在を気取られぬように、光も電波も届かない海中深くの闇の中に溶け込んで、僅かな音も発さずに敵を待つ。

 水中の存在を特定するための最大の手がかりである音波の発生は、潜水艦とその乗組員にとって最大の禁忌と言ってよかった。

 

 今、ファラゾアという遙か高空、或いはさらにその彼方宇宙空間を行き交う敵を相手にするに当たって、これまで彼女らを雁字搦めに縛り付けていた制約はもう存在しない。

 ファラゾアは海中の音波など拾いはしない。

 静粛性という従来は最大かつ最重要であった要求事項から解き放たれた彼女らは、熱核融合炉からふんだんに供給される熱を用いて海水を気化させ、爆発的に体積を膨張させた水蒸気と海水の混合物を艦体後方に噴出するHydro-Jet (H-Jet)という推進法式を手に入れた。

 過去には考えられなかったその騒がしい推進方式を採用したことでかつて無い大推力を得て、いずれの艦も水中速度50ktを超え、一部の高速仕様の艦は100ktにさえ達する速度で海中を自由に突き進むことができる。

 

 静粛性から解放された恩恵は海中速度に限ったことでは無かった。

 光が通りにくく、電波をほぼ通さない海中で、音波という念願の通信手段を彼女達は手に入れた。

 大気中の電波通信やレーザー通信に比べるならば、情報伝達速度も量も遙かに低い水中音波通信ではあるが、水中での通信手段をほぼ全て封じられていた潜水艦にとって、例え速度の遅い音波通信であってもあると無いのとでは雲泥の差であった。

 

 今、地球連邦海軍の潜水機動艦隊に所属する九四隻の各種潜水艦は、水中音波通信を利用して極めて頻繁に情報をやりとりし合っていた。

 あと一時間も経たない内に、カリフォルニア半島先端部に存在するファラゾアの地上拠点であるラパス降下点に対する殲滅作戦が開始される。

 周囲を海に囲まれ、太平洋に突き出た地形を持つこの半島の先端の降下点の攻略は、地球人類がこの十数年血道を上げて開発編成してきた潜水機動艦隊にとって最大の見せ場であり、これまで実施された幾つもの降下点攻略作戦以上にその存在意義を示し見せつける事のできる格好の晴れ舞台であった。

 

「やっぱ、作戦前のこの時間はどうしても落ち着かねえな。」

 

 第七潜水機動艦隊所属の潜水空母ジョリー・ロジャー艦長のシルベストレ・カンデラス大佐は、CIC中央より少し奥の壁寄りに設えられた自席に座り、壁面一杯を占領する大型のモニタを眺めながら呟いた。

 モニタには作戦に参加する艦艇の地図上の位置や、自艦の状況、艦載機の状況など様々な情報がモニタ別に表示されている。

 一昔前の潜水艦であれば、CICの椅子に座って指揮を執るなど考えられない贅沢であったが、水上の正規航空母艦並みの巨大な艦体を持つニパビジミィ級の潜水空母には、潜水艦とは思えないほどの艦内スペースがあり、潜水艦でありながらもそれなりの大きさのCICが設置されていた。

 

「その割には先ほどからずっと椅子に落ち着いてコーヒーを飲んでますが。」

 

 艦長席のすぐ脇の副長席に座るクリスチャン・ガルシア中佐が、ほの暗く静かなCIC内で思いの外良く通った艦長のぼやきに対して容赦の無い突っ込みを入れる。

 ジョリー・ロジャーに乗り組む前、ともに国連海軍の潜輸を指揮していた頃からすでに三年以上の付き合いになる、ある意味気心の知れたコンビであった。

 

「そりゃおめえ、こんな時に艦長がワタワタしてちゃ、みんなが不安がるだろうがよ。何よりそれじゃカッコが付かねえ。見た目だけでもどっしり構えて、周りを落ち着かせるのが艦長の仕事ってぇもんだ。内心バクバクでもな。」

 

 そう言ってシルベストレは片目を瞑ってニヤリと笑う。

 艦長にしては随分ぶっちゃけた話をするシルベストレであったが、付き合いの長いクリスチャンは、それがこの艦長流の周りの乗組員の緊張をほぐすためのパフォーマンスであることを理解している。

 もっとも、その気遣われた乗組員達もそろそろ自分たちの艦長の性格を理解し始めており、これが半ばパフォーマンスであることを理解しつつ、笑いを浮かべながらコンソールに向き合っているのだが。

 

 シルベストレの性格は、豪胆且つ細心。

 海の荒くれ者どもが乗る海賊船に掲げられる旗の名を冠したこの艦に相応しい豪胆さを見せたかと思えば、クルーの士気を高く保つために余人が気付かぬ事柄にも気を回す様な細やかさも併せ持つ。

 まさに潜水艦の艦長となる為に生まれてきた様なこの男に対する、飛行隊を含めクルー達の信頼は絶大なものがあった。

 

「第七艦隊旗艦ミルウォーキーより通信。作戦開始二十分前。目標距離750km。目標上空敵機三百十一。艦隊上空敵機無し。軌道上敵艦影無し。海上は晴天、風速3、方位14、視界50、波高2.5。コンディション・グリーン。」

 

 時折電子音が流れるだけで、あとは空調のモーター音が低く響くのみのCICに通信兵の声が響く。

 

 艦隊旗艦であるミルウォーキーは、国力を吹き返し始めた米国で建造された潜水巡洋艦である。

 シルベストレが指揮するジョリー・ロジャーはロシア製、随伴艦としてジョリー・ロジャーに付き従う潜水駆逐艦は日本製と、潜水機動艦隊は様々な国籍を持つ多種の潜水艦から構成されている。

 

 熱核融合炉が潜水艦に導入された時点で、艦内の様々な部品に適用される規格の多くが国際規格として統一化され、艦ごと、或いは国を跨いでさえ部品の融通が可能となっていた。

 その後世界的な輸送網を潜輸が担う様になってその規格統一はさらに進み、反応炉や推進器、管制システムなどと云った各部品はモジュール化され、設計と建造の手間を大きく改善した。

 その後モジュール化はさらに進み、レーザー砲塔とその格納構造、ソナーやGDDなどの各種センサー類、キッチンスペースやクルーのベッドスペース、倉庫から果ては艦載機格納庫構造までもが規格化されたことで、潜水機動艦隊を短期間に構築する事の大きな助けとなったのだった。

 

「飛行隊、問題ないか?」

 

「全パイロット搭乗済み。コンディション、オールグリーン。整備員全プラットフォームから退避済みです。」

 

 シルベストレの質問にCIC内の航空管制兵(Air Control Officer)が応える。

 肉眼で艦外の様子を確認する手段を殆ど持たない潜水空母であるため、艦内外のあらゆる情報が集約されるCICに航空管制も置かれている。

 航空甲板エアデッキコントロールと、格納庫ハンガーコントロールはそれぞれ現場に近い場所に置かれているが、それらの情報をすべて集約して管制するのはCICである。

 

 ややあって、ジョリー・ロジャーの薄暗いCICに作戦開始までのカウントダウンがこだまする。

 

「作戦開始一分前・・・三十秒前・・・二十秒前・・・10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、ナウ。オペレーション『レイド・オヴ・テスカトリポカ』スタート。キッカ着弾予定5秒前、3、2、1、キッカ着弾。」

 

「ミルウォーキーより通信。艦隊急速浮上。浮上後速やかに航空隊を展開。対空警戒を厳にせよ。航空隊発艦完了後は、ピケット艦ヤスノヴィーディニェを残し全艦深度200に退避。」

 

「タンクブロー。ジョリー・ロジャー急速浮上。水面から飛び出すなよ。積み荷が棚から落っこちるぞ。」

 

「深度200・・・150・・・100・・・50、40、30、20、10、浮上。艦隊上空敵機無し。飛行甲板急速展開。」

 

 ジョリー・ロジャーの黒い巨体が、水しぶきを上げながら海面に姿を現した。

 同時にその周囲でも、同じように激しく水しぶきを上げながら機動艦隊の潜水艦が続々と紺碧の海面に姿を現す。

 海面に浮上し、いまだその巨体から大量の水を滴らせながらも潜水空母は航空甲板を展開し始め、潜水巡洋艦や潜水駆逐艦は兵装ハッチを開き艦体上に幾つものレーザー砲を固定する。

 潜水ピケット艦はアンテナを展開し、発射塔からAWACS子機を打ち上げる。

 

「リアクタ出力47%。AGGアイドル。進路このまま方位07。速度30kt。」

 

「航空甲板展開完了。固定確認。ウォータバリア展開。航空隊格納庫プラットフォーム搬送を開始。EV1にフェニックス01、EV2に08。EV1キューに09、EV2キューに02。」

 

「航空甲板要員はフライトコントロールルームに移動待機。誘導作業員はEV1、EV2パレットハーネス除去作業を開始。急げ。」

 

「光学モニタ画像、10、11、12番に出ます。僚艦浮上確認。空母『オーカク(翁鶴)』、方位08、距離1000m、空母『インヴィンシブル』、方位31、距離1200m。空母『ガイヨウ(凱鷹)』、方位15、距離1500m。旗艦『ミルウォーキー』確認。方位16、距離2300。」

 

「レーザー砲塔展開。A、B固定完了。射撃管制システム、データリンク。」

 

「駆逐艦『ユキカゼ(雪風)』、『イッレクイエート』、本艦後方方位15と21、防空所定位置に付きました。」

 

「AWACSピケット艦『ヤスノヴィーディニェ』通信レーザーを確認。シェイクハンド。データ出ます。モニタ02。」

 

 シルベストレが座る艦長席の正面右側の壁面大型モニタに、艦隊の各艦の現在の配置と各艦のタグ情報が表示された。

 第七潜水機動艦隊は潜水空母四隻を中心に、その周りを対空艦、駆逐艦などで囲んだ戦闘配置を取っている。

 モニタに表示されているレンジに収まっては居ないが、他の第四、第五、第六の各艦隊も同様な陣形を布いて、現在艦載機の発艦作業中であるはずだった。

 

「EV1、フェニックス01、テイクオフ。続いてEV2、08、テイクオフ。EV1、EV2ステーションダウン。EV1は09、EV2は02の発艦準備。EV1キューに10、EV2キューに11を移送。」

 

 レイラが搭乗するフェニックス01が航空甲板の前側1/3ほどの位置に設けてあるEV1から離床し、青い空に向かって上昇していく。

 後ろ側1/3ほどの位置にあるEV2からはポリーナ機が同様に離床した。

 積み荷が無くなった格納庫プラットフォームは航空甲板から下げられ、すぐ下に待機していたセリア機のプラットフォームがEV1に、達也がEV2にセットされて航空甲板に向けて上昇していく。

 上昇する間に、プラットフォーム上に機体を固定していたハーネスが外され、発艦の邪魔にならないように誘導作業員がハーネスを脇に寄せる。

 プラットフォームが航空甲板と同じ高さに固定されると、航空甲板前方右側に設置してあるテイクオフサインディスプレイ(TSD)が緑に変わり、離床を促す。

 尤も、セリアも達也も、プラットフォームが航空甲板と同じ高さになる頃にはすでにAGG/GPUスロットルを開け始めており、ディスプレイが緑になった時にはすでに着陸脚はプラットフォームを離れていたが。

 

「敵の動きはどうだ?」

 

 666th TFWすなわちST部隊の約半数、10機ほどが発艦したところでシルベストレが防空担当の兵士に尋ねた。

 緊急発艦シーケンスに則り、最も効率よく艦載機を発艦させたとしても飛行隊全て二十一機を発艦させるまでに二十分以上の時間が必要となる。

 普段海の中に身を隠していられる潜水空母と潜水機動艦隊にとって、海上に身を晒し、例え敵襲があったとてすぐには潜航できないこの艦載機発艦/着艦作業中が、最も無防備な瞬間なのだ。

 

「降下点周辺空中に敵戦闘機五百八十六機。艦隊上空敵影無し。軌道上艦影無し。」

 

 防空担当のオペレータがシルベストレの問いに答えた。

 ジョリー・ロジャーはそのまま艦載機発艦作業を継続し、波しぶきを受けて南国の強い日差しに黒光りする巨大な艦体から次々とダークグレイの艦載機が離床して空に駆け上がっていく。

 

「EV1、19発艦、EV2、04発艦。EV1、EV2ステーションダウン。EV1は14、EV2は15発艦準備。EV1キューに07、EV2キューに20を移送。」

 

 666th TFW所属の二十一機の殆どが発艦を終え、後はC中隊の数機を送り出せばこの危険な時間も終わろうかというそのとき。

 

 ジョリー・ロジャーの巨大な艦体を腹に響く轟音と強烈な衝撃波が突き抜けた。

 艦体が大きく揺さぶられ、シルベストレはあわや艦長席から転げ落ちそうになりながらも、肘掛けに掴まり必死に耐えてその衝撃をやり過ごした。

 CICの中で色々なものが落下する音が鳴り響き、床に叩き付けられた兵士の呻き声が上がる。

 

「何だ!? 状況報告!」

 

 振り落とされかけた艦長席に慌てて座り直しながら、シルベストレが叫ぶ。

 

「3時の方向、巨大水柱! 爆発と思われます!」

 

 壁面モニタを見ると、正面左側の壁面モニタ三枚に連続して表示されている外部光学モニタ画像の中に、高さが数百mにも達するかと思われる真っ白い巨大な水柱が立ち上がっているのが見えた。

 そこにさらに衝撃と轟音がジョリー・ロジャーを襲う。

 

「再び巨大水柱。10時の方向。駆逐艦(DD)『ディケーター』位置です。ディケーター生存不明。」

 

「敵艦か? 確認。艦載機発艦状況はどうなってる?」

 

「軌道上敵艦影無し。本艦GDD、ピケット艦GDDいずれも探知無し。」

 

 その報告を聞いている間にも、立て続けにさらに幾つもの轟音と衝撃波が突き抜ける。

 すぐ近くで上がった最初の巨大水柱の向こうに、何本もの同じ様な水柱がそそり立っているのが見える。

 他の艦隊も同様に攻撃を受けている様だった。

 しかし、どこから?

 

「EV1は07、EV2は20番機をデッキへ搬送中。現状トラブル無し。発艦継続可能。」

 

 フライトデッキへと搬送中であった艦載機は、運良く機体がまだ艦内にあった為に爆発衝撃波の影響を余り受けず、プラットフォーム上の元の駐機位置から僅かに数十cm位置がずれただけであった。

 機体はまだプラットフォームの上にしっかり乗っており、発艦作業に支障はなかった。

 

「07、20番機発艦後、同プラットフォームでEV強制閉鎖。急速潜航用意!」

 

「クリス、待て! 潜航はしない。EV強制閉鎖は継続。AGG出力上げろ。緊急離水する。」

 

 敵の攻撃と思われる大爆発が周囲の海面で次々と巨大な水柱を打ち立てる中、海中に退避しようと指示を出した副長の命令を遮り、シルベストレはこの巨大な潜水艦に空を飛ぶ事を命じた。

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 潜水空母の艦載機を載せている「プラットフォーム」は、エレベータ開口部と同じ大きさに作られているため、プラットフォーム外縁に仕込まれているシーリング機構を空気圧で展開し、エレベータの昇降機構を使って航空甲板に圧着させる事でエレベータ開口部を緊急的に閉鎖し、緊急潜航に対応する事が出来ます。

 ちなみにプラットフォーム上で艦載機は通常何本ものハーネスで固定されていますが、航空甲板上でハーネスを外されてフリーとなり、飛行可能になります。

 緊急発艦プロセスの場合は、プラットフォームが航空甲板に上がっていっている最中にハーネスを外し、プラットフォームが甲板と同じ高さになったところですぐに発艦可能となります。

 このハーネスを外した状態で艦が大きく傾いたりすると、プラットフォーム上から艦載機が滑り落ちて大惨事になります。w

 潜水艦はファラゾアから身を隠さねばならないので、水中で音は幾らでも発生して問題ありませんが、重力波を発生する事は出来ないので、艦載機を重力で固定するという様な事が出来ません。

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― 新着の感想 ―
[一言] ロシアが裏切ってるからロシアの潜水艦とかをファラゾアに提供してたりするかもね。何ならファラゾアの宇宙艦なら重力制御だけで潜水艦の真似事も出来るだろうし。 飛行甲板は着艦の時だけで発艦の時は垂…
[気になる点] 超遠距離からの信管抜きミサイル?
[一言] 重力推進に反応する機雷?
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