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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第九章 TACTICAL PROJECT 'BOLERO' (ボレロ)
249/405

30. DACT


 

■ 9.30.1

 

 

 A1、B1小隊からなる二つのデルタ編隊を横に並べ、その後ろにL小隊にC中隊長を加えた四機で構成されるダイアモンド編隊を置く形で、十機のアグレッサー部隊は北海道南岸を目指して音速の二倍の速度で北上していた。

 

「セブンアイズ(Seven Eyes)、こちらフェニックスリーダー。敵集団はどうしている?」

 

 達也は第七潜水機動艦隊所属のピケット艦ヤスノヴィーディニエが操るAWACS子機を通して、同艦内で航空管制を行っているオペレータに仮想敵混成部隊の動向を尋ねた。

 敵集団まではまだ距離があるらしく、銀雷のCOSDERではまだ敵を探知できていなかった。

 もっとも仮想敵とは云っても、実際にファラゾア役を担当するアグレッサー部隊は自分たちの方であり、「敵」とは要するに人類側の部隊という仮定での演習ではあるのだが。

 

「敵部隊、数90、距離40、方位00、高度80、速度M1.5、ヘッドオン。340秒後に接触。」

 

「諒解。フェニックスリーダーより各機。敵との距離20で進路27へ転針する。170秒後。」

 

 達也達アグレッサー部隊は、まるで敵の存在など知らないかのように進路と速度を維持して真っ直ぐ北上する。

 敵部隊との距離は400kmも離れているが、相対速度M3.5でその距離は刻々と縮んでいく。

 

「フェニックスリーダーより各機。30秒後に進路27に転針、速度M1.0。転針後は各機間隔を開いて高度差を取れ。」

 

「セブンアイズよりフェニックス。敵距離20。」

 

「フェニックスリーダーより各機。進路27に転針。3、2、1、ナウ。」

 

 編隊を組んだ十機の銀雷が、一斉に翼を翻して左に90度旋回する。

 旋回した後に、各機ともそれぞれの間隔を数倍に大きく取り、隣の僚機よりも数十m低い位置になるように高度さを取った。

 編隊の形は崩れ、すでに編隊とも呼べないほどになっている。

 達也は右側を向いてHMD表示を確認するが、まだ敵機の存在は探知できていない。

 コンソールの戦術マップを見ても、敵の存在を示すマーカは表示されていない。

 

「フェニックス、敵は速度をM2.5に増速。進路そのまま、18。」

 

「フェニックス各機、進路、速度このまま維持。」

 

 かかったな、と達也はほくそ笑む。

 多分連中は、こちらの動きの意図が掴めず疑心暗鬼になりながらも、後ろに着けるチャンスを逃さないように増速して回り込んでくる筈だ。

 COSDERは未だ敵の存在を探知していないが、AWACSから送られてきた敵位置情報がコンソールには表示されている。

 

「フェニックス、距離16。後ろを取られるぞ。大丈夫か?」

 

「構わん。フェニックス全機。カウント30にて全機進路速度そのまま、機体姿勢のみ回頭して敵を遠距離狙撃する。30秒前。」

 

 敵は達也達の後方四時の方向から追撃してくる。

 二部隊三十機が先頭を切って突出している。部隊名は3426TFSチャーイカと3430TFSバクラン

 聞き覚えの無い部隊名から、多分ウラジオストクからやってきた部隊だろうと達也は見当を付ける。

 

 後方からの追撃であっても、ファラゾア機であるこちらと同高度で、しかも自分達だけ突出するなど、いかにも素人臭い動きだった。

 敵の後ろを取れそうなので、このまま一気に敵の尻に喰らい付こうと喜び勇んで増速したに違いなかった。

 命を掛けた敵との駆け引きを毎日のように繰り返していたハバロフスクやコムソモリスク・ナ・アムーレの部隊であれば、接近する前に高度を上げるか、或いは下げるか。

 少なくとも距離100km前後で自分達だけ突出するなどと云う馬鹿な真似はしない筈だ。

 まさにこの様にして罠に掛けてやろうと思っていたのだが、まさかこれほどまでに綺麗にはまるとは思っていなかった。

 

「20秒前。距離15。」

 

 後ろを振り返ってみても、HMDに表示されるのはAWACSから送られてくるデータを表す緑色のシンボルだけだった。

 どうやら探知されないように重力推進を切っているようだった。

 

 突出した部隊の後方に付けていた四部隊六十機の内、二部隊三十機が急激に高度を下げた。

 他の二部隊は逆に高度を上げた。

 成る程。

 殺し合いに慣れていない脳天気な坊や達を囮にして、本命はセオリー通りに攻めて来る気らしい、と達也はHMDバイザーの下で嗤う。

 

「10秒前。上と下の奴等は無視して良い。同高度で馬鹿正直に追い縋ってくる奴らに集中する。全機回頭方位14、5秒前、3、2、1、ナウ。目標任意。狙撃開始。」

 

 達也の号令と共に、十機の銀雷がまるで空中でダンスを踊るかの様にぐるりと水平に回転し、飛行する針路をそのままにして後ろを向いた。

 このダクトのルールで、地球側の機体のレーザーは射程が80kmに制限されているが、ファラゾアであるアグレッサー部隊のレーザーは160kmまでの射程を認められていた。

 突然後ろを向いた十機の銀雷が、追い縋る敵に向けてレーザーを撃ち始めた。

 

 もちろんレーザーと言っても、普段ファラゾアに向けて使用している百メガワットを超える様な破壊力の高いものでは無く、出力を絞り、通信用のレーザー程度の強度しか無いレーザー光が用いられている。

 機体各所に設けられた光学センサーや、レーザー通信用の受光器などを用いて攻撃を受けた事の判定を行うのだ。

 

 十機のアグレッサーからの最初の一斉射で六機の敵が墜とされた。

 突然の遠距離狙撃に一瞬固まった残り二十四機に向けてさらに斉射。五機撃墜。

 次の斉射を行っているところで敵は事態に対応し、大きく散開(ブレイク)した後にランダム機動を始める。そこまででさらに三機撃墜。

 

「フェニックス全機、進路反転。敵に突っ込む。引っかき回す。」

 

 M1.0で西に進んでいたアグレッサー部隊は、ほぼ一瞬でその速度をゼロにし、さらに機首が向いている方角、即ちこれまでの進行方向に対して後方の方位14に向けて重力推進で最大加速を行った。

 十機の銀雷が、L小隊のダイアモンド編隊を先頭にM3.5まで一瞬で増速し、後方から追い縋っていた敵に向けて突っ込んで行く。

 相対速度がM6.0に達するため、双方の距離が急速に接近する。

 

「30秒後に敵射程内、70秒後に交差する。30秒後、敵射程に入ったところで全機ブレイク。各機の判断で戦闘開始。せいぜいファラゾアらしく振る舞ってやってくれ。」

 

 達也から飛んだ指示を聞きつつ、十機のアグレッサー部隊は変わらず高速で敵に向かって真っ直ぐ突っ込む。

 勿論その間もレーザー砲による攻撃を続けるが、敵側もランダム機動を開始して攻撃を避けようとしているため、命中率が極端に低下する。

 結局、さらに三機を撃墜したところで彼我の距離が80kmに達し、地球側部隊の射程距離に達した。

 

「敵射程に入った。全機ブレイク。各個にて戦闘。」

 

 L小隊を先頭にしてその後ろ左右に逆デルタ編隊のA1、B1小隊が続く編隊を組んでいたアグレッサー部隊が、瞬時にブレイクした。

 それはまるで、高速で正面から真っ直ぐ突撃してきていた敵部隊が、一瞬で消滅したかの様に地球側のパイロットには見えた。

 示し合わせて居た訳では無かったが、アグレッサー部隊は正面から突っ込んで来る地球側部隊を上下左右から包囲する様に散っており、遠距離狙撃で半数以下にまで減らされたかの部隊はさらに近距離からの包囲攻撃を受けることとなった。

 

 とは言え、攻撃を受ける側も指を咥えて嬲られて居る訳でも無く、また上下に退避したそれぞれ二部隊ずつ計六十機も攻撃に参加した。

 双方ランダム機動で敵の攻撃をかわしつつ、混沌とした状態の格闘戦に入るまでに、地球側でさらに二機、アグレッサー側にも一機の撃墜が発生した。

 ちなみに、アグレッサー側で最初に撃墜されたのはL小隊四番機の位置に入った、C中隊長アスヤ・リファイオグル中尉であった。

 

 混沌とした戦闘空域の中で、達也はまさに水を得た魚のごとく縦横無尽に飛び回り、ガンサイトに敵機を捉えるとすぐさま発砲し、追撃する地球側の機体に反撃を行って、場をさらに混沌の渦の中にたたき込む。

 元来達也の格闘戦のスタイルは、敵がひしめき合う空間に自ら飛び込み、敵を引っかき回して混乱を発生させ、隙を見つけては撃墜を上げるというものであり、まさに今の状況にうってつけのものであった。

 勿論それを狙ってアグレッサー部隊を全機バラバラに戦わせており、自分の最も得意とするスタイルにうまく相手を引きずり込んだとも言える。

 そしてアグレッサー側の選抜メンバーは、そのような達也の指示に対応して、敵が群がる空間の中で似たようなスタイルで個別に戦い抜けるだけの技量を持った者が選ばれている。

 

 一方地球側の部隊はと言えば、達也に「素人くさい動きをするウラジオストクの連中」と言い当てられた二部隊を除き、長く最前線で戦い続けてきた歴戦の熟練兵達ではあった。

 ST部隊の面々には及ばないものの、長く戦い慣れ生き残ってきた彼らはこれまでの戦闘経験を基にして、堅実にそして基本に忠実にデルタ編隊を組み、互いに互いをカバーできるよう、そして状況に応じて濃密に火線を集中して敵を追い回すことができるよう、編隊を維持しながら戦闘空間の中を飛び回った。

 

 しかしST部隊の中でも選りすぐりのこのアグレッサー部隊の戦い方は異質すぎた。

 戦闘中も重力推進を多用し、いやむしろほぼ重力推進のみを使用して、まるで本物のファラゾア機のような予測の付かない高機動を繰り返し、しかもそれを地球人の反射速度をもって行い続ける。

 ファラゾア機でならレーザーを命中させられる筈のタイミングが、このアグレッサー達に対しては遅すぎる。

 狙いを付けたと思った次の瞬間には、まるで幻の如くもう敵影は視野の外に消え失せており、トリガーを引いたとてレーザー光線は虚空を切り裂くばかり。

 目標が消え失せ一瞬の呆然とした状態から立ち直り、次の獲物を探して辺りを見回せば、その僅かな隙を突いて別の敵機が死角に滑り込む。

 辛くもその攻撃を避ければ、避けた先にはすでにどこからともなくさらに別の敵機が回り込み待ち構えており、安心した一瞬の心の隙を突いて再びレーザーを浴びせかける。

 逃げ回られ、追い回されてリズムもペースもぐちゃぐちゃに掻き回され、混乱のうちに気がつくとHMDとコンソールには「KILLED(撃墜)」の文字が大きく点滅(フラッシュ)しており、自分がすでに殺されていたことに気付かされる。

 地球側部隊として戦っている彼等も、第一線で熾烈な戦いを生き延びてきたヴェテランの戦闘機パイロット達の筈が、まともに格闘すらさせてもらえず、混乱し慌てているうちに死角から打ち抜かれ、次々と戦いから脱落していった。

 

 このダクトをただ単にトップエース達を相手にしたいわゆる普通のDACT(Dissimilar Air Combat Training:異機種戦闘訓練)であると認識している彼等は、地球人の脳を使用したCLPUによって操縦されるファラゾア戦闘機の動きを想定して、普段以上に過激な機動を行うST部隊のパイロット達に翻弄され、まともに戦う事さえ出来ない。

 逆にアグレッサー役のST部隊の面々は、どんな無茶苦茶な機動をしようとも、その結果例え撃墜判定されようとも、実際に命を失うことは無い戦闘訓練である為に思い付く限りの過激な機動を繰り返して地球側の戦闘機隊を殲滅していった。

 

 その結果、アグレッサー部隊の九倍の戦力、九十機居た筈の地球側部隊の最後の一機が撃墜判定を受けた時、戦闘空域にはアグレッサー四機がまだ生存して飛行していた。

 ちなみに生存していたのは、達也、武藤、レイモンド、ウォルターの四人である。

 

「クソッタレ! こいつら絶対おかしい! 人間じゃ無い。航空機の動きじゃ無い!」

 

 とは、四方向から一斉に攻撃を受け、回避する場所も無く、その機動さえ行えなかった地球側部隊の最後の一人となったパイロットが、撃墜判定された直後にコンソールのカバーを殴りつけながら思わず漏らした言葉である。

 

 かくして裏に隠された意味を持つダクトは、僅か二十分程度で終了した。

 

「やっぱり相手が地球の戦闘機だと、結構墜とされるわね。」

 

 既に撃墜判定を受け、戦闘空域の外側で状況を確認していたレイラが冷静に呟く。

 レイラの周りには、撃墜されたアグレッサー役の五機が高度6000mで緩く編隊を組んで飛行している。

 

「こちらアスター01。一回目の模擬戦闘を終了する。各機、必要に応じてタンカーからTPFRの補給を受けろ。補給終了後に第二回戦を行う。第二回戦は累積撃墜方式で三十分間。退場は無しだ。補給完了まで各機そのまま待機。」

 

 日本空軍が提供したAWACSからの無情な指示に、散々な目に遭わされた地球側のパイロット達の間から呻き声が上がる。

 極度の緊張の中、絶望的かつ圧倒的に技量の優れるアグレッサー部隊に手酷くやられて、彼等は既に精神的に疲労困憊していると言って良かった。

 

 しかし精神的に疲れ果てている彼等は、さらに無情な知らせを聞かされることとなる。

 

「緊急、緊急、緊急。こちら第七艦隊航空管制セブンアイズ01。第七艦隊上空高度800kmに敵戦闘機を探知した。機数推定500。大気圏内へ降下する模様。敵艦隊探知されず。第七艦隊全艦急速潜航。出撃中の第七艦隊所属航空機は、アスター01指示に従え。繰り返す。こちら第七艦隊航空管制セブンアイズ01。上空高度800kmに敵戦闘機を探知・・・」

 

(PAN, PAN, PAN. This is 7th fleet AWACS Seven Eyes 01. 500 Bandits are detected above 7th fleet, altitude 800k. Coming into aerosphere. No Bandit fleet detected. All 7th fleet vessels crash dive. 7th fleet Aircrafts be under commanding of Aster 01. Say again. PAN, PAN, PAN. This is Seven Eyes 01, AWACS of 7th fleet. 500 Bandits are detected...)

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 降下点が殲滅されたエリアではもうファラゾアの脅威が無くなった・・・というのはつまらないので、地上の拠点である降下点が失われたエリアには、宇宙空間から直接戦闘機が降下してくることとします。

 地球周辺宙域はまだファラゾアの勢力圏内にあります。

 (ホンネ: ファラゾアがどんどん駆逐されていって、このまますんなり平和になっても面白くないから)

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― 新着の感想 ―
[良い点] もうすぐ地上の航空戦の時代が終わるのね。こういうターニングポイントで休載になりがち。宇宙戦は書き方が違ってくるだろうしSFはそういうのが大変。ガンバです。
[一言] まあゲームじゃ無いからそうですよね。 宇宙空間っていう制宙権を取ってるファラゾアはいつでも好きなときに戦力を投入出来る。製造拠点や各地の大都市を小規模でも繰返し攻撃するだけで地球側戦力が地味…
[気になる点] 500という数 [一言] ホンネw
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