28. チャーリー・ブレインと愉快な仲間達
■ 9.28.1
「チャーリーをチャーリーたらしめている脳内後付けのバイオチップ(生体プロセサ)だが、これはCLPUのインターフェースと同じものである、という認識は皆共有しているという事で問題ないね?」
再び湯気の立つコーヒーを手に入れた三人は、ソファに腰を落ち着けて話を再開した。
「まず間違いないだろう。半年前の連邦軍参謀本部襲撃によって、その推測はほぼ正しいものと証明されたようなものだ。チャーリーがファラゾアから何らかの命令を受け取っているのは確実だ。外部と接続する追加の何かを加えるにしろ、あのバイオチップがファラゾアからの指示を宿主である人間の脳に伝えている事は明らかだ。」
ヘンドリックの答えを聞いてトゥオマスは満足げに頷くと、彼の後に続けた。
「年末にクラーゲンフルトで回収したチャーリーの心理テスト結果はまだ出ていないのだったね。最新のデータがあれば、傾向がよりはっきりとしたのだろうけれど。
「何年か前にハミ降下点から脱出してきた、史上初めてチャーリーと認識された三名のパイロット達と、最近確保されるチャーリー達の間には明確な差がある。これは良いね? かのパイロット達は、ファラゾアからの指示が存在することを認識できた。だがチップができたのはそこまでで、彼らに明確な強制力のある指示を伝えることはできなかった。これは彼らが証言しているね。ファラゾアの地上施設内に居る間は、何か頭の中で雑音のようなものが聞こえたが、外に出てからはそれも無くなった、と。
「その後、チップができることは増えていった。チャーリーはファラゾアからの指示を明確に受けとり、正確な情報として頭の中に再構築できるようになった。ファラゾアから通信機のような物を持たされて持ち帰った者や、小型核融合発電器を受け取り生活していた者までいた。だがそれもそこまでで、彼らの意思を上書きしてまで明確な指示を出せるほどでは無かった。
「しかし今、チップを通したファラゾアの指示はより強力なものとなった。チップを通した指示は、宿主のチャーリー個体の意思がどうであろうと、それを上書きして明確な目的意識を植え付けるだけの強力なものとなった。その結果、チャーリーに対して同胞であるはずの地球人を攻撃せよという指示を出し、それを実行させられるまでになった、と考えることができる。」
トゥオマスは言葉を切り、今自分が話したばかりの推論が二人の頭の中で理解し納得されていることを確認した。
彼を見つめる二人の視線に疑問が混ざり込んでいないことを確認した後、軽く頷いて先を続けた。
「現在の状態が、完全な状態のチップの何割の力を発揮しているのかは分からない。というのも、ファラゾアから同胞を攻撃せよと云う指示を受け取ったチャーリー達が実行した破壊行為が、連邦軍参謀本部への攻撃などと云うまるで五歳の子供が考えついたような稚拙な攻撃目標設定であったためだ。その目標設定が、ただ単にチャーリー達の破壊工作に端から期待などしていなかったファラゾアの投げ遣りな指示によるものであったのか、チップの調整が未だ十分ではなく、作戦に関する詳細な指示を正確に出すことができなかった為にテロ活動に関しては素人同然のもと花屋の店員が自分で考えるしか無かった為なのか、明らかになっていないからだ。」
そこでトゥオマスは忘れていたことを思い出したと云った表情で眉を上げ、付け加えた。
「もう一つあったかね。連邦政府と連邦軍内部に、この異星人との戦いの大勢には大きな影響を与えない程度、且つ混乱を与えて政府と軍内部での力関係を逆転させるきっかけとなるには十分なだけの、絶妙に調整された混乱を生じる様に画策した、我らがチャーリー君達の親切な友人であるロシア人によってアドバイスされた結果、という線もあるね・・・ロシア人の関与は明確になったのだろう?」
「ああ。間違いなく奴等がチャーリーを支援している。奴等はカザフスタンとの国境近くにチャーリー達の訓練施設を持っている事が分かっている。INTCenの調査部と軍の情報部の調査結果が一致している。どれも旧式ではあるが、装備品や物資も不良在庫処分とばかりにふんだんにロシアから提供されているようだ。今も数百人のチャーリーがその施設で軍隊さながらの本格的な軍事訓練を受けており、彼らのネットワークを通してその存在を知った世界中の仲間達が次々に合流している。」
ヘンドリックの眼がすっと細くなり、そしてトゥオマスの質問に対して苦々しげに答えを返した。
「そちらもゆゆしき問題だ。でも、もう手は打ったのだろう?」
「チャーリーの疑いがある民兵を訓練するな、と連邦政府から正式にロシア自治政府に抗議を入れた。『全人類の未曾有の危機に際して、力になりたいと立ち上がった勇気ある人々に相応の技術を学ばせている』と、白々しい回答があったよ。」
「ふむ。つまりロシア人は、比較的短時間でチャーリーを見分ける技術をもう持っているという事だろうね。先を越されたかな。まあ、時間の問題だがね。
「しかしあれだけ装備を提供しておいて、チャーリー達が皆頭の先から足の爪先までロシア製の装備で固めているというのに『立ち上がった勇気ある人々』も無いものだと思うがね。白々しいにも程があるな。」
「予想通りの答えが返ってきたよ。チャーリーがロシア製装備を愛用している事に関しては、『ロシアを陥れようとする勢力による陰謀だ』だそうだ。もしロシアがチャーリーを支援するなら、一発でバレるロシア製の装備で統一する筈がない。誰かになすりつけるために、他国の装備を使用する。だから、ロシア製装備で統一しているチャーリー達を支援しているのはロシアでは無い、という理屈だな。まあ、嘘だがね。」
「ふん・・・全く。『最後に敵になるのは人間』とは良く言ったものだね。で? 抗議しただけかね?」
トゥオマスは小馬鹿にしたように鼻で嗤うと、連邦軍或いは情報部がどの様に動いているかをヘンドリックに訊いた。
「アンタレス」や「銀の弓」といった重大な兵器開発プロジェクトに携わっているトゥオマスも、最近ではフェリシアンのオフィスでの会合に顔を出す事が多くなっているが、それでもやはり軍部や情報部、或いは連邦政府からの情報の窓口であるのはこの組織の長であるヘンドリックだった。
「まさか。連邦政府と軍は相応の対応を取る予定だ。近いうちにこの件は問題では無くなる。」
ヘンドリックの発した言葉に引っかかりを感じたトゥオマスの目が細くなる。
その「解決法」に見当が付いたのか、トゥオマスが皮肉な笑みを口許に浮かべた。
「ふむ。同胞に対して悪魔のような所業だが。古来、悪魔は神と戦うものと決まっている。神と戦う我々にはその名がふさわしいのかも知れんね。
「さて、親切なロシア人のお陰でまた話が逸れた。いずれにしても、チャーリーが選択した攻撃目標は連邦軍参謀本部だった。少し頭を働かせれば、参謀本部など壊滅させても全く意味が無い事が分かるだろうに、彼らはそうしたのだよ。実際のところは、戦闘機工場を破壊されるのが現在の地球人類にとって最大の痛手であると云うのに、ね。
「ファラゾアは多分、気が遠くなるほど長い間、戦争を続けているものと思われる。ひとつには、彼らが使用する兵器がどれをとっても規格がしっかりしている面白みの無いものであることから分かる。彼らの使用する兵器は戦艦から戦闘機に至るまで、長い戦いの中で機能と形状が洗練され続けてきた、超大量生産に向いたものであろう事はこれまでの調査で判明している。宇宙の彼方で彼らが戦っている戦争はきっと、数千mもある宇宙戦艦が数千隻、数万隻、ことによると数百万隻といった規模でぶつかり合う、今の我々では想像もできないようなレベルの大規模消耗戦であることが想像できる。
「別の理由としては、CLPUに使用されている種族の多様性だ。数千億は恒星があると言われているこの銀河系の中で、或いはそのような銀河が数百億あると言われているこの宇宙の中で、CLPUに利用できる生物が生息している恒星系を発見するために必要な時間と労力、とりわけ彼らと交配できるほど同じ様に遺伝子を操作されたヒューマノイドを発見する為に必要な時間。例え脳以外の体の全てを機械に置き換え、凄まじい物量を誇る星間種族であるファラゾアであろうと、相当な時間が必要なはずだよ。それはそれだけの時間と労力を支払ってさえ釣り合うほど、長期間且つ大規模な戦争を彼らは行っている、という証左であると私は考えている。」
話のスケールが巨大になったため、トゥオマスは二人がそれを受け止める時間を待った。
そしてさらに続ける。
「何万年か、何百万年かは知らないが、それだけの時間を戦争に費やしている、言わば戦争のプロフェッショナルだよ、彼らは。まぁ、色々とちぐはぐなところがあるのは否めないがね。
「そんな戦争のプロフェッショナルが、本気で敵を叩こうとした時に攻撃目標として意味の無い参謀本部を選ぶとは到底思えない。消耗戦であればあるほど、敵の物資の供給元を叩く方がより効果的であるのはハイスクールの小僧でさえ思い至るほどに簡単な問題だよ。
「即ち、チャーリーズによる参謀本部攻撃については、やる気の無いファラゾアが投げ遣りに行った適当な作戦であるか、或いは脳にバイオチップを入れられた彼らの愉快な仲間達に対して正確に指示を伝えられなかった為、前線指揮官である元花屋の店員が誤った攻撃目標を選択したか、のどちらかだろう。
「投入した戦闘機を何十万機と叩き落とされ、あまつさえここソル太陽系内では数に限りがあって補充がままならない宇宙船まで何隻も撃破されておいて、そんな状況で戦争のプロフェッショナルが投げ遣りに作戦を行うとは到底思えない。とすると、残る可能性はひとつ。彼らはまだ、地球人の脳を使ったCLPUのI/Fを完全に制御できていない、だから強制力を持った細かな指示をチャーリーに出す事も出来ない、と云うことだ。」
トゥオマスは言葉を切り、またコーヒーを一口飲んだ。
しばらく放置されていたコーヒーは、不快にさえ思えるほどに再び冷め切っていた。
冷めて不味くなったコーヒーを何度も飲むのは御免だとばかりに、彼はカップの残りを一気にあおった。
「しかし先ほど言ったね。ファラゾアの地球人のCLPU制御技術は、五年前初めてチャーリーの存在が確認された時に比べて、確実に進歩している、と。
「とするならば、だ。地球人CLPUを搭載したファラゾア戦闘機が戦場にお目見えするのはそう遠くない将来だと推察できる。そして問題は、その性能、だよ。」
トゥオマスの眼が、ここからが話の本題だと語っていた。
二人の目を交互に見つめて、二人共がまだ彼の話に集中している事を確認した後、トゥオマスは再び口を開いた。
「ファラゾア機があれほど弱いのは、彼等の反応速度の遅さにある。君達が一番良く知っているとおり、ファラゾア機のCLPUからクローン再生されたファラゾア人とその眷属の試験体に対する実験で、外的な刺激に対する彼等の応答速度は、地球人のそれよりも約1.5倍時間がかかる事が分かっている。機体の動きを全て統括するCLPUが0.7倍も遅ければ、当然機体の動きもそれだけ遅くなる、という訳だ。
「では、そのCLPUを1.5倍高速な地球人のものに置き換えた場合、どうなる? ・・・はっきり言って、私はその結果を想像したくも無いよ。」
言葉を切ってコーヒーを飲もうとしてカップを持ち上げたトゥオマスは、それが空である事に気付いてカップを戻した。
誰も喋らない静かな室内に、陶器がぶつかる音が響いた。
「だが、その事態がすぐそこまで近づいて来ている事は間違いない。だから考えるしか無い。そしてその対策を打っておかねばならない。
「そこで、だよ。私に良い案がある。」
トゥオマスを見ていたヘンドリックの眉が軽く上がる。
ヘンドリックに先を促され、トゥオマスはその先を続けた。
「ダクトをやらせてみないか? アグレッサー役にちょうど良い部隊があるだろう?」
いつも切削お読みいただきありがとうございます。
三話も使って言った事と言えば「地球人生体脳ヤバイ」だけとか・・・