24. 救援要請
■ 9.24.1
「こちらソヴァ05。フェニックス、Zone04-20に敵約千二百機が展開中。チャンチュン(長春)から上がった連中が苦戦している。割り込んで援護してくれ。済まんが急いでいる。早めに頼む。方位24、400kmだ。」
シベリア領内を極東シベリアの陸上基地群から出撃してきた戦闘機部隊に任せ、潜水機動艦隊から出撃した艦載機部隊はシベリア-中国国境付近、即ち南北1000kmにも及ぶ長大な戦線中央部に展開して、続々と押し寄せる敵と戦い続けていた。
そんな中で突然、空域を担当するAWACSから、達也達666th TFWに緊急の救援要請が入った。
ノーラ降下点が菊花によって殲滅されるより前に迎撃に上がってきた一万七千機のうち、降下点近くに居たために菊花の着弾で破壊された二千機を除いた残り一万五千機の大部分が極東シベリアおよび中国方面へと溢れ出した。
そして降下点殲滅の後、大気圏内での戦いに介入するため軌道上にファラゾア艦隊が現れた。
ファラゾア艦隊は、戦闘機部隊で構成された戦線から一歩引いた位置に待機していた攻撃機部隊による迎撃で大きな損害を出し、地球連邦軍側にろくに損害を与えることもなく撤退したが、撤退するまでの僅かな間ではあったが、艦隊の空母が多数の戦闘機を放出し軌道降下させた。
降下点から溢れ出した敵戦闘機部隊を殲滅するべく、極東シベリア方面から約三百機、日本海に展開した潜水機動艦隊から出撃した約四百機、中国、即ち中華連邦東北部方面から出撃した約五百機の戦闘機が、ノーラ降下点から南東方向に向けて進むファラゾアの戦闘機部隊の侵攻を押し戻し、殲滅するために正面から敵戦闘機の群れと激突した。
ファラゾアの戦闘機群は、おおよそ高度25000m以下を維持し、敵味方が激しく交戦している前線エリアに近いものは高度を上げる、或いは下げて、数的に劣勢な地球側の戦闘機を包囲しようと動く。
それに対して地球側の戦闘機は、各小隊ごとにその包囲網を突破し、さらには包囲しようと包み込んでくる上下両翼の敵を撃破して、戦線を後退させまいと対抗する。
前線エリアから距離のあるファラゾア機は比較的ゆっくりとした動きで前線の状況を窺い、時には遠距離からの狙撃で、また前線に戦力の薄い空間が出来ればそこに滑り込み、戦線を維持しようとする地球側の戦力に対して絶えず圧力を掛け続ける。
元々戦闘中は常にランダム機動を続けている地球側戦闘機であり、そこに格闘戦の高機動が加わる為、戦線を一歩引いたファラゾア戦闘機からの遠距離狙撃でそう簡単に狙い撃ちされる様な事は無かったが、例え眼の前の敵を撃墜した直後であろうとも、戦闘空域に存在する限りは僅かな気の緩みが致命的な隙を作ってしまうという、一瞬たりとて気を抜けない状況は、戦闘機を操るパイロット達に相応の消耗を強いることとなる。
それでもどうにか戦線を維持していた地球人類の戦闘機部隊であったが、四隻の空母から軌道降下した四千五百機ものファラゾア戦闘機の大部分が中国方面になだれ込んでそこに加わり、モンゴル方面即ち降下点の南から南西方向へと戦線を広げたことで、守らねばならない空域が広がり、その分戦力の密度が下がってしまった為に、徐々に劣勢に追い込まれつつあった。
「ソヴァ05、無茶言うな。こっちも交戦中だ。抜けたらここがヤバい。」
激しい戦闘の中、気を散らされる突然のAWACSからの通信に対して律儀に返答を返したのは、ST部隊の飛行隊長を任されているレイラの流石の人柄と言うべきか、或いはさすがの戦闘技術と言うべきか。
「分かってる。だが、向こうはもっとヤバい。チチハル(斉斉哈爾)辺りで戦線が崩壊仕掛けている。後詰めが居ないんだ。抜かれたら終わりだ。」
「後詰めが居ない? どういう事だ。ウラジオストクか統一朝鮮の連中は? 中国内陸部はどうした?」
「ウラジオストクは北に回っている。他は機体稼働率が低くて、思う様に後詰めが編成出来ていない。日本へも支援要請を出しているが、遠い。間に合わない。頼む。早くしてくれ。そこのカバーは日本海軍のマーレが入る。」
「ち。諒解。」
レイラは軽く舌打ちすると、目標としていた敵機三機を手早く片付けた。
「フェニックスリーダより各機。聞こえたな。我々はZone04-20にカバーに入る。カウント10で高度40000まで急上昇。小隊単位でM6.0にて移動。方位24、400km。」
「おいちょっと待て! フェニックス、一旦戦線から引いて移動しろ。戦線上空を横断すると敵を寄せ集める事になる・・・」
レイラが666th TFWに出した指示を聞いていたAWACSが慌てて割り込む。
戦線が崩壊しかけている問題の空域へ現在位置から直接移動すれば、当然戦線にひしめく敵の上空を飛ぶことになり、目立つことこの上ない。
そんな目立つことをすれば敵を引き寄せてしまうことになり、引き寄せた大量の敵を引き連れた状態で問題の空間に突入する事で、状況がさらに悪化することを恐れているものと思われた。
或いは、気に入らない指示を出されたレイラが、八つ当たり気味に無茶苦茶なことをやろうとしていると思われたのかも知れなかった。
ST部隊で唯一の常識人とされているレイラであるが、ST部隊の飛行隊長である以上、結局の所は他のST部隊員達と同類であると見なされているのだった。
もっとも最近ではそれを否定しきれない事も多いと、他ならぬST部隊員達を含めた周囲から思われている彼女であるが、当然本人はそんなことに気付いてはいない。
「急いでいるのだろう? 一旦引けば余計に時間がかかる。大丈夫だ。力技で何とかする。フェニックス各機、予定に変更無しだ。」
レシーバを通してさえ艶やかに聞こえる様な、笑いを含んだ声でレイラは返した。
要するにこういう対応のことなのだが。
まともな部隊であれば、AWACSの指示に従っている。
「ったく。散々国境封鎖しておいて、解いたら今度は機体がありません、だ? ざけんな。」
各機それぞれが独自のリズムを持って敵を蹂躙し続ける個人技プレーの集団である666th TFWの面々から、その流れを邪魔された事に対して、激しい戦闘の真っ最中でエキサイトしているのか、極めて率直な個人的意見が届く。
「そう言うな。人類皆兄弟、だ。いいな? 10、9・・・」
対するレイラも、いつもの事と割り切って苦笑いひとつで適当に受け流し、カウントダウンを開始した。
「クソ食らえ。」
「・・・5、4、3、2、1、ナウ。」
かけ声と同時に目の前の敵機を叩き落とし、レイラは操縦桿を思い切り引いて機首が上を向くと同時にAGGスロットルを押し込む。
同時に、そのすぐ後ろに着いているポリーナとセリアが機首を上げ、まるでロケットのように三機ほぼ並んで真上を向いて急加速する。
同じ空域で戦っていた残りの666th TFWの面々も、僅かに前後しつつ、敵を追う事に見切りを付け、タイミングを見計らって各自急上昇した。
敵味方入り乱れる戦闘空域から、666th TFWの暗灰色に塗られた銀雷が、白い雪雲の海を背景に濃紺の空に向けて続々と駆け上がる。
「フェニックスよりマーレ。尻拭いさせて悪いが、後をよろしく頼む。」
「こちらマーレリーダ。構わねえよ。人類皆兄弟、だろ? 一人一杯ずつでいいぜ。」
彼等が抜けた穴にすかさず滑り込んだ日本海軍312飛行隊へと一言挨拶を残し、一気に高度40kmに達した666th TFWは、ほぼ宇宙空間と同じ色になった空にそのダークグレイの機体を溶け込ませ、針路を南西方向へと向けた。
速度M6.0で400kmの移動に掛かる時間は約200秒。
その時間を使ってバラバラになった編隊を整える彼等であったが、その編隊に空白がひとつ。
「誰か、モシェを知らねえか? さっきまで後ろに居たんだ・・・」
C2小隊長のファルーク・イルハームの僅かに上ずった様な声がレシーバを通して全員の耳に届いた。
「居ないの?」
レイラの、ともすると冷たくさえ聞こえる落ち着いた声がそれに応える。
「ああ。墜とされた、か。」
戦いを終えて、編隊に空白がある事など日常茶飯事だった。
仲間の生死に無関心になったわけでは無い。
同じ部隊の戦友達の死に慣れてしまうことも無かった。
努めて冷静な対応で部下がパニックに陥る事を防止する、それは飛行隊長としてそうしなければならない対応だった。
しかしいくらそう装おうとしても、先ほどまで居たはずの奴が居なくなり、出撃したときには埋まっていた筈の場所に空白がある事を、心を完全に平静に保ったまま受け止めることなど出来ようがなかった。
どうやらC2小隊二番機のモシェ・ズーカーマン少尉は、上昇して戦線を離脱する際に撃墜されてしまった様だった。
戦闘から上昇に移る為の引き際を見誤ったか、或いは上昇し始めたところを偶然狙い撃たれたか。
広い様に見えて狭い戦闘空域の中で、何千何万という敵がどうにかしてこちらを撃ち墜とそうとして目に見えないレーザーを縦横無尽に撃ち続けている中を高速で飛び抜けながら格闘戦を行うのだ。
例えST部隊と言えども、攻撃が回避しきれない、或いはただ確率の問題で事故的に敵の攻撃に接触してしまう事態が発生するのは当たり前のことだった。
いずれにしても、いつまでも仲間の死に心を捕らわれる訳にはいかなかった。
そんなことをすれば、次に編隊の中に空白を作る順番が回ってくるのは自分となりかねなかった。
だから皆、仲間の死を努めて冷静に受け止める。
666th TFWの誰もが、これまで数え切れない程の戦友の死を体験してきた。
冷静に、不用意に心を動かされない様に。
いつもそうやって乗り越えてきた。
そのような無理を重ね、心の歪みは少しずつ積み重なっていき、そしていつか仲間の死に対して本当に冷たく、心を動かすことも無い人間がまた一人出来上がるのだった。
二十機となった、国連軍機色改め地球連邦軍機色である暗灰色に塗られた銀雷が高空の薄い大気を切り裂き、黒い空と青みがかり霞んで見える地平線との間を飛翔する。
レシーバが耳障りな電子音で警告を発するのを達也は聞いた。
二次元で敵味方位置を表示することしかできないコンソールの戦術マップでは、敵の数が余りに多いために敵機が個別に表示されることなく、空間内敵機密度の高低を表示するモードとなってしまっており、具体的な脅威の存在を確認できない。
辺りを見回すと、後方下約20000mの高度に、戦線を構成するファラゾア機の大集団から分かれ、666th TFWを追って来ているのであろう約五百機ほどの敵の集団が存在することがHMDに表示された。
「タツヤ、ケツはA中隊に任せる。煩いのを蹴散らせ。」
「諒解。A中隊、来い。」
レイラの指示に達也が応える。
具体的な指示も無く、無事を祈る言葉も無い。
それはレイラだけで無く666th TFW全員の、達也をリーダとするA中隊に対する絶対の信頼の表れ。
その達也も、A中隊の面々からの返答を聞くことも無く右手の操縦桿を引く。
進路を変えず急に機首を上げ、僚機を先行させて機体を縦ロールさせながら、達也の機体は急激に減速して一気に666th TFW編隊の後方に飛び出ると同時に、180度縦ロールして機首を後ろ向きに背面飛行する姿勢になる。
武藤機、マリニー機が同じ様に縦ロールしながら減速して編隊を先行させて達也の後に続く。
さらにA2小隊の三機が、まるで糸で繋がれているかの様に立て続けに同じ動きでその後を追う。
足元に漆黒の宇宙空間、頭上に青く霞む丸い球体となった地平線を眺めながら、上下前後が完全に逆になった状態で飛行しつつ、達也は「頭上」から迫るファラゾア機をHMDの視野に確認する。
操縦桿とGPUスロットルの微妙な調整で機種を「上げ」、敵の集団を丸い緑のガンサイトに納めた。
距離42000m。敵高度22000m。
空気も塵も密度が薄い大気圏上層部であれば、地球側戦闘機のレーザーでもこの距離を充分に撃ち抜ける。
ガンサイトにできるだけ大量の敵マーカを納める様に、瞬時に機首の方向を調整すると、達也は無表情に躊躇いなくトリガーを引く。
照準が合っていた敵機が破壊され、レティクルが隣のマーカに飛ぶ。
再びトリガーを引く。
次のマーカにレティクルが飛ぶ。
トリガーを引く。
同じ機動と攻撃を、未だM6.0で南西方向に急行する666th TFWの後面に広がる様に展開した、異常な姿勢で飛行し続ける六機の黒い銀雷が行う。
一機当たり数秒に一機、中隊六機を合わせれば毎秒二機以上の割合でファラゾア機を破壊し続ける。
666th TFWを追跡しようと上昇して来ていた敵機群は、見る間に数を減らす。
達也達が上空を通り過ぎた別のエリアから数百機のファラゾア機が新たに追跡を始める。
新たに追跡を始めたファラゾア機の群れも、上昇してくるところを達也達に叩かれる。
前線に詰め寄る濃密なファラゾア機群の中から同様に、達也達を追跡しようと上昇に転じる敵機がパラパラと湧き出るが、高空に達する頃には全てが撃破される。
「Zone04-19。もうすぐ到着する。敵の後を取る。各小隊ごとに降下突入。5、4、3、2、1、ゴー!」
レイラの号令で、ST達が一斉に翼を翻し、三機が一体となってまるで何枚もの三角形の鱗が剥がれ落ちるかの様に急速降下を始めた。
「A中隊。俺達も行くぞ。」
後ろ下方に機首を向けて追い縋る敵に向き合い、まるで移動砲台の様に殿を務めていた達也達六機であったが、666th TFWが一斉に降下を始めると、さらに僅かに縦ロールを追加して機首を真下に向けると、僅かに遅れて急速降下を開始した。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
遅れに遅れている投稿タイミングですが、GW中はさらに不定期になるものと思われます。
申し訳ありません。
GW明けて、仕事が一段落すればもとの週二回(火金)ペースに戻れると思うのですが。