表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第九章 TACTICAL PROJECT 'BOLERO' (ボレロ)
240/405

21. 黒い眼



■ 9.21.1

 

 

 04 January 2052, Japan Sea, near Nerima base

 A.D.2052年01月04日、日本海、ネリマ基地近海

 

 

「フェニックス02、発艦(レディー)準備(トゥー)完了(テイクオフ)。」

 

「フェニックス02、発艦。」

 

 航空管制から発せられた発艦の指示を聞き、達也はGPUスロットルを押し込んだ。

 機体に地球の引力とは逆向きの重力がかかり、ふわりと空中に浮く。

 そのまま機体は加速しながら高度を上げ、高度50mに達したところで達也はジェットスロットルをモータージェットモード最大にまで押し込んだ。

 機体は滑るように前進し始め、眼下に見えるジョリー・ロジャーの航空甲板が後ろに向かって消えていく。

 

 サハリンとシベリアの間、日本海とサハリン湾を繋ぐタタール海峡はこの厳冬期に、最狭部であるいわゆるネヴェリスコイ海峡部分では完全結氷しているが、シベリア側のタタール海峡沿岸に近年設置された地球連邦軍の大型複合基地であるネリマ基地沖辺りまで南下すると僅かに氷の塊が浮遊している程度となる。

 この地方の冬場特有の分厚い雪雲の下に隠れ、大陸から吹く強い季節風を利用して、機動艦隊の空母群は凍結していないタタール海峡で一斉に艦載機を放ち始めたのだ。

 艦載機を全て出撃させた後、雪雲がファラゾアの監視の眼を遮ってくれることをこれ幸いとして、機動艦隊はネリマ海軍基地周辺海域で補給を行う予定となっている。

 

 達也は操縦桿を軽く引くと、モータージェットモードのままGPUの助けを借りて高度を一気に6000mまで上げて、海の上を覆い尽くすように広がっている分厚い雪雲の上に出た。

 もこもこと真っ白い綿を敷き詰めたような雲海の上に出て、上を見上げると黒いシルエットの地球連邦軍機がいくつもの編隊を組み上げながらゆっくりと旋回しているのが見える。

 その中からPHOENIX LEADERと表示される僚機を探し出し、左に緩く旋回しながらさらに高度を上げて、レイラ機の左後方に着ける軌道を描いて進行方向の後方下側から接近する。

 僅かに先に発艦したセリア機を先行させながら、そのセリア機のすぐ左後方に着くように接近して、A中隊長のポジションに収まった。

 

 L小隊の左後方の位置を保持しながら編隊を維持して半径10km程度の大きな円をゆっくりと描いて待機する内に、666th TFWの僚機達が次々と合流してきた。

 最終的に二十一機が七つのデルタ編隊を組み、飛行隊全体で鏃の様な形をした大きな編隊を組み終えたところで、飛行隊長のレイラが周回を終了してシベリア内陸部へと向かう進路を取った。

 

「潜水機動艦隊の全艦載機隊、こちらネリマのヴァイエリスト06。艦隊上空にて編隊集結後、針路32にて内陸に向かえ。アムール川まで到達したらトロイツコエ上空で別命あるまで待機。」

 

 内陸に向かい始めた所ですぐさまネリマ航空基地から上がっているAWACSから通信が入った。

 

「フェニックス、諒解(ラジャー)。」

 

 AWACSの指示に返答したレイラが機体を傾け僅かに進路を変える。

 後ろに続く二十機が同様に機体をバンクさせ、緩く旋回してレイラの後に続く。

 666th TFWだけで無く、同様にネリマ沖で機動艦隊を飛び立った他の全ての艦載機部隊総勢四百十七機、二十部隊が、白い綿雲のカーペットの遙か上空で同様にゆるりと機体をバンクさせて進路を変え、シベリア内陸を目指す様は壮観だった。

 艦載機群は高度5500mから6500mの間に存在し、一辺が100mもある大きなデルタ編隊を組んで、互いに重なり合うように、しかし互いの行動に影響を及ぼさないように十分に距離をとって北西の方向に向けて進軍を始めた。

 

 四百機もの艦載機群はネリマ基地からアムール河畔の街トロイツコエまでの約300kmを十分程度で移動した。

 

「空域の機動艦隊艦載機全機。こちらハバロフスクのベルクート03。現在、作戦開始ゼロマイナス350秒。ハバロフスク方面とコムソモリスク・ナ・アムーレ方面にて攻撃隊集結中。作戦開始と同時に極東方面全部隊で突入開始する。同時にモンゴル方面、バイカル湖方面の部隊も突入開始する。現在位置を維持して待機せよ。」

 

 懐かしい名前のAWACS部隊からの通信を耳にした。

 しかしその名に感傷に浸るよりも、達也には気がかりなことがあった。

 

「随分待たされるな。機動艦隊から出撃する航空部隊の特性をまるで無視していないか?」

 

「ブリーフィングで言ってただろう? ノーラ降下点には最大二万機の敵戦闘機の駐留が見込まれるって。撃ち漏らしがそれなりの数出る事を予想して、こっちも数をそろえたいんだろうさ。」

 

 達也の不満げな文句に、武藤が答えた。

 確かに武藤が言ったとおり、ジョリー・ロジャーで行われた出撃前ブリーフィングでは、ノーラ降下点の敵機数がロストホライズン直前程度の数にまで膨れ上がっているという情報が与えられていた。

 

「機動艦隊の航空部隊の特性は、敵降下点至近に浮上した空母から何も無い所にいきなり数百機もの航空部隊が出現することだ。地上基地部隊と足並みをそろえるためにチンタラやってちゃ、敵に対応する時間を与えるだけだ。」

 

「言いたい事は分かるけどな。とは言え、半分撃ち漏らした一万機を四百機で相手にしたくはねえぞ。」

 

「似たようなことはタクラマカンでやっただろう。」

 

「すすんでもう一回やりてえとは思わねえよ。」

 

 苦り切ったような声色で達也に返す武藤の言葉が終わるか終わらないかの内に、再びAWACSからの通信が入った。

 ただし今度は、AWACSオペレータの声に緊張の色が混ざる。

 

「こちらベルクート01。戦域の全機に告ぐ。ノーラ降下点での敵重力反応が急速に増大中。推定敵機数一万七千。さらに増加の可能性あり。現在作戦開始ゼロマイナス140秒。」

 

 500km先で発生している敵の重力波は達也達の駆る銀雷のCOSDARあるいはGDDでは探知できない。

 敵のマーカが何も表示されていないHMD越しにノーラ降下点の方角に視線をやりつつ、達也はAWACSオペレータがヒステリックに通達した非現実的な数字を聞いていた。

 

「ほらみたことか。玄関先に大勢でたむろってるから、敵が起き出してきたじゃねえか。敵に先手を取られたな。これで菊花の効果は半減する。」

 

「できるだけ巻き込まれて消えてくれるといいんだが。」

 

「無理だな。敵も馬鹿じゃない。動かせる機体だけでもさっさと逃がすだろうさ。それに引き換えこっちの司令部は馬鹿揃いらしい。騒ぎで叩き起こされて寝起きで機嫌の悪い敵が一斉に殴りかかってくるのを、俺たちはいつまでここで突っ立って待ってりゃいいんだ?」

 

「タツヤ。不穏当な発言がレコーダに残るぞ。」

 

 達也が司令部をこき下ろした発言をレイラが嗜める。

 最もそのレイラの声も明らかに苦笑いが混ざっているのだが。

 

「知ったことか。俺にでも分かる事だ。馬鹿を馬鹿と言って何が悪い。」

 

同意する(I agree)。馬鹿が立てた拙い作戦で殺されるのは御免だぜ。」

 

 さらにレイモンドが乗っかってくる。

 

「ああ、分かったから。GOサイン出るまで飛び出すんじゃないよ、アンタ達。」

 

 レイラが色々と諦めた様な声で、勝手に飛び出して行きかねない部下達を抑える。

 ジリジリと待つこと数十秒。

 

「こちらベルクート01。空域の全機。作戦開始ゼロマイナス10秒。キッカ着弾を確認後、航空部隊は侵攻を開始する。」

 

 AWACSからの通信があり、その後しばらくして西の空に眩い光が煌めく。

 潜水機動艦隊から出撃した艦載機部隊が待機しているアムール川上空からノーラ降下点までは500km近い直線距離があるが、大気圏上層部に突入してすぐに巨大な火球へと変わる菊花は、この距離からでも肉眼で光を確認できた。

 

 宇宙空間からノーラ降下点に向けて突入した菊花は二十四発。

 軌道監視艇による偵察で三十六箇所確認されている地上施設に対して、その2/3の数の菊花が投入された。

 これは、地上施設の倍の数の菊花を投入したカピト降下点での攻撃は明らかに過剰すぎるオーバキルであり、また地上施設と同数の菊花を投入したハミ降下点に於いてもまだオーバーキルであったと連邦軍参謀本部が判断した為である。

 

 連邦軍参謀本部は、無傷とは云わないまでも、それなりに形を残したファラゾア地上施設を手に入れて、そこからファラゾアに関する情報を手に入れようと考えている。

 その為には、確実に勝利することのみを追求して我武者羅にとにかく地上施設を破壊したカピト降下点に対する様なオーバーキルを行ってはならなかった。

 ハミ降下点に対して行った様な、地上施設と同数の菊花ミサイルを突入させるのも、敵の情報を得るという目的に対してはオーバーキルである事が分かった。

 菊花の数を減らし、撃ち漏らしが増えてしまう戦闘機は航空戦力によって対抗する事で、降下点を撃破しつつも敵の情報を得ることが出来るだけのものを残せる、そのちょうど良いバランスを探っている状態であった。

 

 二十四発の菊花は、高度500kmから900kmの周回軌道を、宇宙空間に多数漂うデブリのふりをして指示を待っていた。

 八年前に実施された、無謀にも重力推進さえも装備していない小型の宇宙戦闘機を多数投入したOperation 'MOONBREAK'や、一昔前の潜水艦の様に息を潜め身を隠して偵察任務に就く軌道監視艇(OSV)、或いはロストホライズン時に高度300から500kmの低軌道まで進入し、大気圏内から迎撃され破壊されたファラゾア艦など、これまでに大量の艦艇や戦闘機が地球周辺で破壊され、夥しい数のデブリを地球周辺宙域に撒き散らしてきた。

 長さ数十mを越える巨大な破片から、ネジやボルトの様な大きさのまさにデブリ(ゴミ)まで、ありとあらゆる大きさ、材質の物が地球の周りを回っている。

 その中に全長5m足らずの菊花が百や二百混ざったところで、目立とう筈も無かった。

 

 地上局から作戦開始の合図を電波で受け取った複数のOSVは、その指示に基づいて自分が担当する菊花に通信用レーザー発振器を向ける。

 ごく短時間の通信レーザー照射で、正確な軌道情報や目標の位置などを受け取った菊花は、作戦開始前に最初に受け取った起動信号によって既に活動を開始している機体管制システムを完全に活性化(アクティベート)し、熱核融合炉(リアクタ)を起動する。

 リアクタを起動した後は、その膨大な放射熱量によってファラゾアに探知・破壊される前に人工重力発生装置(AGG)を活性化させ、重力推進器(GPU)によって指示された目標に対して1000Gに達する最大加速で目標を目指して突進を始める。

 僅か10秒足らずで大気圏上層部に到達した菊花は、100km/s前後の相対速度で大気圏に突入する。

 

 希薄にも思える地球大気であるが、実はそこに突入する衝撃は凄まじく、大気圏突入後に菊花の速度は50km/s程度にまで一瞬で減速される。

 一昔前の巨大戦艦が撃ち放つ大口径砲の徹甲弾の構造を元にして作られた菊花ミサイルの弾体は、大気圏突入の強烈な衝撃で潰れ、切り裂く地球大気の断熱圧縮による超高熱で急速に融かされながらも、そのミサイル弾体の質量の殆どを相対速度50km/hで地上の目標に叩き付ける。

 局所的に数百万度にも達する突入衝撃波の熱量と、着弾時点でまだ1tを越える弾体質量が50km/sの速度で叩き付けられるインパクトの大きさは凄まじく、ファラゾア製特殊チタニウム合金で作られた一辺数百mのファラゾア地上施設を一発で木っ端微塵に破壊し、その地上施設が設置してあった部分の地面を大きく抉り取り蒸発させて、融けた巨大なクレーターへと変えてしまうに充分だった。

 

 果てしなく広がる雪の針葉樹林の一部を切り開いて、雪よりも僅かばかり鈍い色のファラゾア地上施設が点々と存在する真っ白なシベリアの森林地帯に、白熱して目が眩むほどまばゆく輝く菊花が、高温でプラズマ化した大気の尾を引いて真っ直ぐに着弾する。

 高温の衝撃波で雪や氷は一瞬で溶け、森の木々は吹き飛ばされて燃え上がり、土砂が巻き上げられ融けて蒸発する。

 衝撃波は森も土も雪も氷も何もかもを一緒くたにして吹き飛ばし、まるで地上にある異物を全て掃き寄せるかの様に、着弾点を中心にして円形に急速に広がる。

 

 新たな眩い光球が空に現れ、一瞬で地上に落ちてくる。

 数十km離れた所に着弾した次の菊花が、同じ様にファラゾア地上施設を細切れに粉砕して蒸発させ、膨大な熱量と衝撃を伴い大地を抉る様にして何もかもを吹き飛ばす。

 

 次々と眩い光球が空に現れては次の瞬間に地上に叩き付けられ、辺りに熱と破壊を撒き散らす。

 白く凍り付いた静寂の大地であった針葉樹林帯は、一瞬で岩が融け土が煮え立ちあらゆる物が吹き飛び燃え上がる地獄の様な風景に変わる。

 二十四発の菊花が、地上に破壊をもたらし、白銀の世界に赤と黒の地獄を次々とぶちまける。

 

 着弾点は赤く融けた直径数百mのクレーターとなり、半径10kmは地表に存在したあらゆる物が吹き飛ばされた更地となった。

 半径20kmの森は全てなぎ倒され燃え上がって消し炭となり、半径50kmまでの森の木々は滅茶苦茶に破壊された。

 着弾点から100kmまでの地表は熱されて全ての氷が溶けて水となり、250kmまでの範囲で樹上に積もった雪は熱と衝撃波で吹き飛ばされて消滅した。

 

 直径約100kmのエリアに数kmから数十kmの間隔をもって地上に設置されたファラゾア地上施設目掛けて二十四発の菊花が襲いかかった。

 二十四発の着弾点は互いに混ざり合い、一つの巨大な円となる。

 それは遙か上空宇宙空間から見るならば、まるで真っ白い大地に突然現れ、こちらを覗き込む直径数百kmもの巨大な黒い瞳の様にも見え、そしてその瞳の中心部では鈍くおぼろに赤い炎が光を発していた。

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。

 投稿遅くなりました。すみません・・・


 こんな森林地帯にドカドカミサイルブッ込んで、大規模森林火災になりそうですが、雪と氷が大量にあるので延焼はある程度で止まるかと。

 ・・・ある程度、と云っても、100kmとか200kmとか、そんなレベルの話ですが。

 大丈夫。シベリアは広いから。w

 環境破壊? なにそれおいしいの?

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ