19. クリスマス・イヴ
■ 9.19.1
ビルの屋上に音も無く降り立った十六人の黒ずくめの兵士達は、足音も立てずに移動し、ビル内に設けられた非常階段の屋上出口に集まった。
十六人、二班のそれぞれのリーダーである軍曹が全員無事に着地して集合していることを確認し、互いに顔を見合わせて頷く。
軍曹のうち一人がすでに初弾を装填してある右手のMP13A1をドアのロック部分に向けて引き金を引いた。
サプレッサー付きのMP13A1は猫がクシャミをしたような音を立てて4.5mmメタルキャップ弾を撃ち出し、金属音とともにドアのロックを破壊した。
もう一人の軍曹がドアを開けると、兵士達が非常階段の中に次々と音も立てずに雪崩れ込む。
兵士達は静かに素早く非常階段を降りていき、九階の表示のあるドアをそっと開けて中を覗う。
廊下に誰も居ないことを確認した兵士が、ドアを押さえ、ハンドサインで後続の兵士達に前進を指示する。
ドアを押さえた兵士ともう一人がその場に残り、残り十二人の兵士達と、最後尾に付けていた軍曹二人が音も無く流れるように廊下に入り込んだ。
作戦前ブリーフィングで確認した通りに兵士達は動き、先頭の伍長が902の部屋番号を確認したところで、その扉の両側に分かれて壁沿いに張り付いた。
一方、兵士達をここまで運んできたGv-GYRO、漆黒に塗られたリャナン・シーの中にはまだ八名の兵士と、隊長であるエドガール・バダンデール少尉が残っていた。
八名の兵士のうち四名はカーゴハッチの脇で懸垂下降用のロープを掴んでおり、屋上の兵士達が非常階段の中に姿を消すのを確認して、ハッチの外に身を躍らせた。
四名の兵士達は暗闇に溶け込み、音も立てずにロープに掴まり約25mを降下した。
目的の部屋の窓の外のすぐ上に四人が到着すると前後して、風を受けて機体が揺れ、兵士達が危うくビルの壁に叩き付けられそうになる。
重力推進とは言え、あくまで推進器が重力推進に置き換わっただけであるので、不意に横風を受けた時など従来のヘリコプタと同じく機体は動揺してしまうのだ。
「危ねえ。ジャッキー、機体を安定させろ。それと、あと1m寄せろ。」
エドガールはパイロットであり機長でもある中国人の女兵士に向けて、機内通信で怒鳴った。
「うっさいわね、山から強い風が吹いてて難しいのよ。ここでホバリングしてるだけでも結構な曲芸だっての、分かってるアンタ?」
その女は長く最前線で戦ってきたエースパイロットだったが、何やら複雑な事情があって前線を離れたと聞いていた。
そのような腕の良いパイロットが難しいというのだから、確かに非常に難易度の高い要求なのだろうと理解する。
それでも要求通りに機体を操ってもらわないことには、作戦が失敗しかねない。
「つべこべ云わず寄せろ。ゆっくりと、だ。」
「分かったわよ。やりゃ良いんでしょ、やりゃ。クソ、次から絶対ジャイロ使わねえ。水平移動できないとか、あり得ない。」
重力推進式の固定翼機の場合、GPUスロットルを操作すれば、機体に横向きに推進力を与えて横滑りさせることが出来る。
Gv-GYROの場合は、移動したい方向に僅かに機体を傾けて横向きの力を作ってやる必要がある。
急に横風を受けた時など、ひと工程多いGv-GYROでは対応に僅かな遅れが発生してしまうのだった。
操縦が非常に複雑とは言え、それに慣れた者であれば、推進力を直接操作できる固定翼機の方が速やかに対応出来るのだ。
悪態を吐きながらも、エドガールの要求通りに機体をきっちり1m寄せ、懸垂状態の兵士四人がちょうど壁に足を着けられる位置にピタリと合わせたのは、流石の腕前と言うところだった。
こればかりは無線を使うほか無い、屋内に突入した軍曹からの通信がエドガールに届いた。
「こちらアリスンとブレンダ。目標前に到達。カウント10で突入する。10、9、8・・・」
902号室の前では、通信を行ったアリスン(A)班の軍曹が、通信を行いながらハンドサインでフラッシュバンの用意と、ドアロックの破壊を指示する。
「・・・3、2、1、ゼロ。」
軍曹がカウントゼロを口にしたと同時に、廊下でMP13A1を構えた兵士がドアロックに向けて発砲した。
同時に、リャナン・シーから懸垂降下している兵士の内二名が、それぞれ自分のすぐ下にある灯りの消えた窓に向けて発砲して窓ガラスを割り、残る二名がピンを抜いたフラッシュバンを割れた窓の中に投げ込んだ。
廊下側ではドアを蹴り開け、開いたドアから室内に向けてフラッシュバンが投げ込まれる。
立て続けに室内に轟く轟音と目が眩む閃光は、暗く静かな街中に大きく響き、通りの向かいの建物をストロボライトの様に照らし出した。
フラッシュバンの閃光が収まると同時に、廊下側では扉の両脇に身を隠していた兵士達が、銃を構えて部屋の中に躍り込む。
窓の外では、二人の兵士が眼の前の窓枠を蹴り破り、他の二人が壁を蹴って振り子の様にロープを使って部屋の中に飛び込んだ。
残る二人のその後に続く。
「クソッ、眼が!」
部屋の中に居た男がフラッシュバンに眼を灼かれ毒づいている。
手には拳銃を持ってはいるが、その狙いは定まっていない。
窓から飛び込んだ兵士が、その勢いのまま男の元に走り、顔を蹴り飛ばす。
男はうめき声を上げて仰向けに倒れた。
兵士は男の肩を掴むと俯せにし、背中に足を乗せてのし掛かると男の両手を掴んで引き寄せる。
もう一人の兵士が近寄り、ポーチから取り出した結束バンドで、男の両手の親指を後ろ手に強く縛った。
隣の部屋でも、二人の男に対して似たような光景が繰り広げられていた。
廊下から雪崩れ込んだ兵士達は、最初の部屋に居た二人の男を拘束し、続々と続き部屋に移動してくる。
窓から突入した四人と合流し、奥にもう一部屋あるドアに近づこうとした。
突然、ドアの向こうで大きな破裂音がして、木製のドアの一部が粉々に吹き飛ぶ。
兵士達は皆瞬時に反応して身を低くした。
破裂音は続き、そのたびにドアの破片である木片が辺りに飛び散る。
ドアの向こう側からショットガンを撃っている様だったが、狙いを付けてと言うわけでは無い様だった。
兵士のうち数人が、すでにズタズタになってしまったドアの両脇に取り付こうと移動する。
ボロボロのドアの向こうで連続した軽い破裂音が響き、兵士のうち一人が撃ち倒された。
どうやら奥の部屋には複数の人間がいて、皆武装している様だった。
ドアの脇に取り付いた兵士が、再びフラッシュバンのピンを抜き、ドアの破壊孔から奥の部屋に投げ込んだ。
一拍おいて部屋の中に激しい破裂音が響き渡り、ドアに開いた穴から鋭い光が漏れて、煙の充満する室内の空間に真っ白い光の帯を描き出す。
ドアを蹴り破り、兵士が部屋の中に入る。
再び短機関銃の硬い射撃音がして、一人の兵士が蹈鞴を踏んで何歩か後ろによろめいた。
すぐ次に飛び込んできた兵士がMP13A1を構え、壁際に寄って抵抗を続ける男が右手に握るSWD M11を撃ち払った。
次の瞬間には兵士の靴先が男の顔面に勢いよく食い込み、男は血を吹きながら吹っ飛んだ。
部屋の中央奥でショットガンを構えていた男は既に他の兵士が無力化していた。
ベッドの下やクローゼットの中など、隠れられそうな所は兵士達が手分けして覗き込み、他に潜んでいる者が居ない事を確認する。
「報告。」
室内でのドタバタ音が聞こえなくなったところで、頃合いをみて軍曹が無線で尋ねる。
「ルーム1、クリア。」
「ルーム2、クリア。」
「ルーム3、クリア。」
「ルーム4、クリア。」
「オーケイ、オールクリア。負傷者は?」
「軽傷一名。被弾による打撲、或いは骨折。」
実際に被弾した兵士は三名居た。
その内二名は、運良く弾がボディアーマーに当たり、軽い打ち身程度の被害で済んでいた。
運悪く、M11の弾丸をボディアーマーがカバーしていない左腕上腕部に受けてしまった兵士についても、9mm弾は戦闘服を貫通すること無く止められていたため、酷い打ち身となっただけで済んでいた。
彼等が着用している戦闘服は、回収されたファラゾア戦闘機の中から発見された、高柔軟性高剪断強度を持つ繊維状有機化合物を、2036年に締結されたコペンハーゲン合意の下、米デュポン社が解析し、オリジナルに及ばないまでもケブラーなど従来地球上に存在したあらゆる高剪断性繊維に勝るものを開発し、量産まで漕ぎ着けた物質で作られている。
ザラル繊維(ZARAL-Fiber: pharaZoren Arsenic Radical polyAmid Levo-rotatory)と命名されたその繊維状物質は、同重量の鋼鉄の五倍の強度を持つと言われるケヴラー繊維のさらに三倍の強度を持つ事が確認されており、連邦陸軍兵士達の装備を中心に近年急速に採用が広まっているものだった。
兵士達の戦闘服がザラル繊維で作られている様に、その柔軟性はケヴラー繊維に勝るために動きを阻害せず、また着心地も大きく改善されたものであり、対してその防弾性は僅か一枚の布状のザラル繊維で出来た戦闘服でさえ、SWD M11の9x19mm弾が貫通できないという強度を誇っている。
「結局何人居た?」
「七名です。」
「少尉殿、七名分、お願いします。」
「了解した。」
軍曹からの要求を受け、未だ機内に残っているクリス(c)班の四人に、死体運搬用のバッグを七つ用意する様に命じた。
「ジャッキー、屋上に着けてくれ。回収班を下ろす。」
「諒解。」
窓から突入したクリス班の四人を下ろした後、上空20mほどの位置で停止していたリャナン・シーが高度を下げ、屋上に接する程に高度を下げた。
死体運搬用のバッグを抱えた四人がカーゴハッチの端から、1mほど下の屋上に飛び降りて非常階段に向けて駆け出した。
目標としていた七人はいずれも多少の負傷はしていても死亡してはいない。
しかし、拘束した上で死体運搬用バッグに押し込んで運ぶのが、持ち運びの点でも、色々と抵抗を受けないという点でも、最も容易な移送方法である。
ややあって、遠くから警察のパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
今夜の作戦については、軍のレーダーサイトやGDD監視担当部署には予め連絡してあったが、作戦の機密性やその内容の問題から地元警察には何も通達されていない。
夜中の市街地で何度もフラッシュバンを使い、僅かではあるが銃撃戦も発生した。
音を聞きつけた付近住民から警察に通報があったものと思われた。
「地元警察が近付いている。三分以内に撤収する。急げ。」
「諒解しました。」
すぐに、中身入りの黒い死体運搬用バッグを三人で運ぶ兵士達が、屋上の非常階段から次々と走り出てきた。
リャナン・シーはさらに高度を下げ、着陸脚も出さずにカーゴハッチの先端が屋上の床に接地するギリギリのところで静止する。
良い腕のパイロットだ、とエドガールは思った。最前線帰りは伊達じゃ無いらしい。
黒いバッグを運ぶ兵士達が次々と機内に駆け込んでくる。
数ブロック先の角を曲がって、白く凍結した路面の上を出せる限りの速度で接近して来る何台ものパトロールカーのライトが視野の中に入った。
パトロールカーが発する幾つものサイレンの音がけたたましく通りに響き渡る。
死体袋は既に五つ機内に運び込まれており、最後の袋が今非常階段から出てきた。
その六人が機内に駆け込んできて、何語かよく分からない言語で喚き続けている死体袋を空いたスペースに乱暴に放り投げた。
最後に、アリスン(a)、ベリンダ(b)、クリス(c)各班の軍曹が非常階段のドアから飛び出し、屋上を駆け抜けて機内に飛び込んでくる。
三人共が右手の親指を上に突き出し、取り残された部下が居ないことを報告する。
「搭乗完了。ジャッキー、撤収。」
「諒解。」
機長の返事の声と供に機体が浮き上がり、加速感を感じさせること無く素晴らしい速度で上昇し始めた。
機体が上昇する中、カーゴ要員がカーゴハッチを閉める。
それとほぼ同時に、四台のパトロールカーが建物前の道路に次々と停止し、中から黒っぽい服を着た警官が飛び出してくる。
パトロールカーから出てきた警官がこちらを指差して何事かを叫んでいたが、何を叫んでいたかなどもちろん聞こえはしなかった。
「ギリギリでしたな。」
アリスン班の軍曹が、回転灯の灯りを賑やかに反射する通りを覗き窓から覗いながら言った。
機体はすぐに雪雲の中に突入し、視界がゼロになった。
「上出来だ。予定通りだ。」
エドガールは不敵な笑みを浮かべながら軍曹に頷く。
「部屋ン中とっ散らかったまんまですが、良いんですかい?」
「問題無い。陸軍の地元の分隊がそろそろ到着する頃だ。地元警察を追っ払うのと、『証拠品』の回収は連中に任せれば良い。後片付けは・・・誰かがやるだろ。」
「ひでえ話だ。」
「さて、後はお客さんをブラウンシュヴァイクに送り届けて終わりだ。研究所の連中、ビッグなクリスマス・プレゼントに泣いて喜ぶぞ。」
「そりゃ泣くでしょうよ。お陰でクリスマス休暇が吹っ飛ぶんですから。仕事に親を奪われた子供達が不憫でなりませんわ。」
「ファラゾアにクリスマスは無いだろうさ。」
「ええ、まあ、そりゃあね。奴等がアダムとイヴを創ったってんなら、そんな神なんざクソ食らえってモンですがね。」
「神だの宗教だの、所詮そんなもんだろう?」
軍曹は一瞬エドガールの目を見て動きを止めた後、片眉を上げて口元をゆがめ、肩を竦めた。
漆黒に塗られた機体は一切の明かりと音を発すること無く、雪雲の中を真北に向けて消えていった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ABCは通常アルファ、ブラボー、チャーリーですが、チャーリーが被るので、ST陸戦隊ではアリスン、ベリンダ、クリスとなっています。