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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第九章 TACTICAL PROJECT 'BOLERO' (ボレロ)
237/405

18. 第666戦術航空団第一陸戦大隊B中隊


 

 

■ 9.18.1

 

 

 23 December 2051, Kempfstraße 27, 9020 Klagenfurt am Wörthersee, Republik Östareich

 2051年12月23日、オーストリア、クラーゲンフルト、ケンプ通り27号

 

 

 夜の街はクリスマスイヴ前夜の賑わいに湧いていた。

 遙か宇宙空間から常にこちらを観察して居るであろうファラゾアの監視の目に目立つことを避けるため、夜間はそれなりに灯火管制が敷かれているので、街を挙げて電飾に埋まり、浮かれた人々がこぞって夜の街に繰り出すような往年のお祭り騒ぎに比べれば質素極まりないイヴ前夜ではあったが、それでも戦時なりに人々は着飾り、街に繰り出し、強大な正体不明の敵から受けている侵略に関する様々な不安と恐怖をひととき少しだけ脇に追いやって、ささやかなつかの間の喜びと楽しみに浸っていた。

 

 最近出番がめっきり少なくなってしまった外出用の良い服に久しぶりに袖を通し、服と同じくらい長時間クローゼットの中で眠っていた装飾品を身に付け、化粧をして綺麗な靴を履く。

 クリスマスの飾り付けは昔のように煌びやかなものでは無いけれど、通りに面したドアにはリースが掲げられ、街角の樅の木には光を発しない様々な飾り付けが沢山ぶら下がり、そして街のあちこちにメリークリスマスの文字が躍っているのを見ることができる。

 相変わらず物価は高く、手に入らなくなってしまった物も多い。

 それでも今日ばかりは、家族と、あるいは恋人、友人達と供にできる限りの贅沢を楽しみ、心の中に常に巣食う不安や恐怖や焦燥感と云ったものをたとえ僅かな間でも喜びで上塗りして隠してしまいたい。

 明日の夜には多くの者が教会に行き、未来の見えなくなってしまったこの世界を嘆き、いつ突然襲いかかってくるか分からない死への恐怖から救われる事を望み、友人や親戚、あるいは家族や恋人など、戦地に向かった者達の無事を祈るのだろう。

 

 やがて夜が更け、戦時下の普段の夜からは考えられないほどの多くの人通りが見られたあちこちの街角にも人影がまばらになり、レストランやバーの入り口にも営業が終了した旨の札がかかる。

 僅かに漏れていた家々の明かりも一つまたひとつと消えていき、街灯の明かりも消され、街が徐々に暗闇の中に沈んでいく。

 ヨーロッパアルプスの東端に僅かに存在する平野の中、アルプスから流れ出でる水を湛えたヴェルター湖の東端に面するこの街クラーゲンフルトも、夜が更けて他の街々と同じように夜の闇と静けさに満たされ始めた。

 

 同時刻。

 闇に溶け込み風を切る漆黒の機体が一機、アルプスの峰々の間を縫うように抜けて大きく広がった谷間に出た。

 その機体は全面艶消しの黒に塗られ、機体識別番号は無く、航空法で定められた衝突防(アンチ・コリジョン)止灯ライトさえ点灯しておらず、そして時速800kmで機体が風を切る以外の音をほとんど立てていない。

 例えたまたま誰かが夜空を見上げていてその視野の中心部をその機体が横切ったとしても、ごく希に漆黒の機体が星の明かりを遮り明滅させるだけであり、それさえもよくある星の瞬きとして注意を払われることなど無く、異常な方法で夜空を飛ぶ異様な姿のその機体に気づく者は皆無であろう。

 もっとも今夜は、山岳地帯に含まれるこの地方の冬場の天気としてごく一般的な、低く垂れ込めた雪雲が一面の空を覆っており、その雲の中を飛んでいる限りはいずれにしても地上から視認されることなど有りはしないだろうが。

 

 MONEC社の手によるこの機体は、名称をリャナン・シー(Leannán-Sídhe)と言い、Gv-GYROジーヴィー・ジャイロと呼ばれる種類の機体であり、中型の輸送機に分類される。

 その特徴は、ヘリコプタのエンジンを熱核反応炉(リアクタ)に、推進用の回転翼をAGG/GPU(重力推進)に置き換えたもの、と言える。

 推進方式の特性上、飛行に殆ど音を立てる事無く、離着陸の際にも騒音を撒き散らさず、例え大都市のど真ん中でも周囲の人々に殆ど気付かれる事さえ無く離着陸が可能であるほどに、非常に高い静粛性を有している。

 

 固定翼の航空機もAGG/GPUを装備し、垂直離着陸が行える様になった現在、旧回転翼機と固定翼機を区別する意味など無く思えるが、実際はその機能と操作性に大きな違いが存在する。

 

 重力推進を得た固定翼機とは有り体に云ってしまえば、空力飛行をベースにしてAGG/GPUによる推進力を追加したものである。

 即ち、旧来のジェットエンジンによる推進力と、主翼による揚力を重力推進に置換え、さらにスラスタ移動の様な横向きの推進力をAGG/GPUによって追加付与したものである。

 その操縦は重力推進の強度とその方向性、さらに旧来のジェットエンジンの出力制御と、空力飛行を制御するための操舵を組み合わせた、極めて複雑な操作を求められる。

 空力飛行と重力推進という二つの運動能力を手に入れ、音速を遙かに超える超高速で飛ぶ力と、パイロットの操作に対して瞬時に応答する機動性を得る代わりの代償として、人間の限界を試すかの様な複雑な操作が必要になった、とも言える。

 

 対して回転翼による揚力をAGG/GPUによる重力推進に置き換えただけのGv-GYROは、旧来のヘリコプタとほぼ同じ操作で操縦することが出来る。

 異なるのは、機体Z軸に対する回転運動を制御するのが、テールロータであるかAGGセパレータであるかだけの差であり、それさえも通常の機動であればパイロットが意識して操作をする事は無い。

 操作が簡単である事―――従来、地球上最も操作が難しい乗り物と言われたヘリコプタであるが、ジェット+AGG/GPU推進の固定翼機が生まれたことで、その座を明け渡した―――と、欠乏しがちな化石燃料を使わないこと、従来のヘリコプタと全く同じ運用が出来る事から、ヘリコプタやティルトロータ機は急速にGv-GYROに置き換わりつつあった。

 

 軍部に報告された新型機のこの特性に真っ先に目を付けたのは、陸軍の所謂特殊部隊と、そして情報機関の実行部隊であった。

 闇夜に紛れて一切音を立てず、目標に気付かれる事無く接近し、急襲する。

 作戦目的の達成後は必要に応じて、回収した作戦目標を運搬しつつ、音も無く現地から離脱し、誰に気付かれる事も無く撤収を完了出来る。

 従来のヘリコプタに無い、ほぼ完全な静粛性を備えたその機体は、強襲作戦に理想的な機体だった。

 そう、まさに今、それが実行されている様に。

 

「機長だ。目標まで50km。約5分。総員降下準備。本機は目標の建造物屋上上空10mにて静止する。到着予定時刻は0208時。」

 

 貨物スペースの両脇壁沿いに組み付けられた無骨な造りの長椅子と、余った中央のスペースに二列で並べられ固定された八席の簡易シートに座る二十五名の兵士達の耳に、機内スピーカから機長の声が届く。

 音も振動も殆ど発生しない機体であるので、機内ではレシーバを用いず、通常のスピーカによる機内放送で充分に情報伝達が出来る。

 

 機体は雪雲の只中を進んでいるにもかかわらず、器用に山並を避け、谷に沿って地上800mの高度を維持して目的地に向かって進む。

 視界を確保して目視飛行を行う為に雪雲の下に出るわけには行かなかった。

 地表が雪で覆われているこの時期、僅かな街の光であっても地表の雪と上空の雲の間で反射する事で、思いの外辺りを明るくしてしまう。

 完全な闇とならない中、白い雲の下を黒い機体が飛ぶと案外に目立ってしまう危険性があった。

 その為に、パイロットは大量の冷や汗をかきながらも、視界ゼロに近い雪雲の中に機体を維持して目標に向かっている。

 

 GPSや地上電波局の支援が全く存在しない現在は、予め航法システムに格納されている地図情報と、間隔を置いて発せられるレーダー波による機体周囲の地形情報を照合することで機位を確認して、パイロットが装着しているHMD上にワイヤーフレームに毛が生えた程度の地形画像を投影する。

 パイロットはそのなんとも粗末な画像を頼りに、航法システムから与えられる数値を読み取りながら、ヨーロッパアルプスの急峻な頂きに囲まれた谷間に計器飛行で進入し、さらに目標の上空に到達するという離れ業を行っているのだった。

 

「小隊、懸垂降下(ラペリング)用意。装備相互確認。」

 

 小隊長の号令により、戦闘服から装備品まで全て黒色に身を包んだ二十五名の兵士達が、簡易シートに身体を固定していたハーネスを外し、立ち上がって天井近くの手摺りに掴まる。

 全員が機体後方を向き、ラペリング用のハーネスやディセンダを確認した後、自分の前に立つ兵士の背中を確認する。

 ごく短時間での制圧戦を予定しているので、いずれの兵士もバックパックなど背負っておらず、短時間で確認を終えた。

 確認を終えた者は無言のまま頭上の手摺りを両手で握る。

 

「降下用意完了。」

 

 全員が手摺りを両手で握ったことを確認し、小隊長がハンドサインで完了を示すと、貨物室で降下を補助するクルーが機長に準備完了を伝えた。

 

 小隊を指揮するエドガール・バダンデール少尉は、覗き窓の外の真っ暗な景色を見るともなしに眺めながら、奇妙で複雑な存在となった自分とその部下達の立場に思いを馳せた。

 

 ファラゾア来襲に伴い完全復活を果たした徴兵制によって、祖国で兵役に就いたのが十五年前、十八歳の時だった。

 厭々ながらに受けた戦闘機パイロット適性試験は当然の様に不合格となり、航空輸送隊か陸軍を選べと言われて、戦地に送られることが無さそうな陸軍を選んだ。

 結局は国連軍に転属させられた上に、航空輸送隊の任務よりも遙かに危険なファラゾア勢力圏下での敵機回収任務に付かされる羽目になり、アフリカの砂漠やイランの山中で敵の攻撃に怯えながら大型トラックと中型輸送機に乗って延々走り回るという過酷な任務で十五年を何とか生き延びた。

 

 下手に敵機の残骸回収や撤収の手際が良かった為、人よりも早く何度かの昇進を繰り返し、いつの間にか小隊を任される様になり、士官になってしまった。

 上からの無茶な回収命令をなんとかこなし、作戦遂行能力的な意味でも、また人情的な意味でも部下をなんとかできる限り死なせない様に努力してきた結果、高い任務達成率と低い損耗率に目を付けられ、次々と任務の難易度が上がっていった。

 自分ではただ単にさっさと仕事を終わらせて逃げ出す手際が良いだけだと思っているのだが、上の方にはそうは見えなかったらしい。

 岩と砂の世界に墜落した、比較的損傷の少ない敵機を五機回収して数百kmの荒れたアスファルトの道程を走破し、疲労困憊しながらイスファハンの本部に帰り着いた部隊を待っていたのは、一通の指令書だった。

 

 曰く、「第666戦術航空団第一陸戦大隊(666th Tactical Fighters Wing, 1st Landing Force Battalion)転属を命ずる。B中隊長(Company B Commander)を命ずる。」と。

 最初にその指令書の文面を見たときに目を疑った。

 思わず何度か頭から読み返した。

 しかし何度読み直しても、そこに書かれている文字が変わることは無かった。

 わざわざ(・・・・)パイロット適性試験に落第したというのに、戦術航空団に転属させられるなど不本意も甚だしかった。

 戦術航空団と書いてあるにもかかわらず、その後に陸戦大隊とあるのが意味不明だった。

 なによりも、その不吉な部隊番号が気に入らなかった。

 

 実際に転属してからさらに驚かされた。

 航空団の陸戦大隊とあるのだから、歩兵陸戦隊の様な事をやらされるのだろうと考えていたが、訓練内容は殆ど特殊空挺団のものであった。

 まあ、それは良い。航空団の陸戦隊なのだから、当然空挺も求められるだろう。

 そんな事よりも。

 自分の所属する陸戦隊が戦術航空団の下にある事も驚きだったが、その第666戦術航空団が空軍に所属するのでは無く、参謀本部直轄である事にさらに驚かされた。

 そして国連軍が地球連邦軍として再編され、その組織表を見せられたとき、自分が所属する航空団も陸戦隊も、組織表に一切名前が載っていないことにさらに驚かされた。

 おいおい、どうやら俺は幽霊(ゴースト・)部隊(アーミー)に配属されちまったらしいぞ、と、余りに波瀾万丈すぎる自身の最近の人生に呆れたものだった。

 

 そして今、ここに居る。

 宇宙からやってきたファラゾアという敵と戦っている現在で、まさか市街の目標に対する降下強襲を行う事になるとは思わなかった。

 敵に怯えて砂漠を駆けずり回っていたのとはまた違う緊張に不安になる。

 

「目標到着、5秒前、3、2、1、目標到達。目標上空10m。カーゴハッチオープン。降下開始。」

 

 最近の記憶を反芻しながらとりとめのないことを考えていたエドガールの思考に、パイロットの固い声が割り込んだ。

 

「小隊、NVD(Night Vision Device:暗視装置)装着。音を立てるな。アリスン、ブレンダ、降下開始。クリスは待機。」

 

 エドガールの号令で、声を発すること無く壁際の十六人が動く。

 カーゴクルーが機体後部のカーゴハッチを開ける。

 ハッチが開き、固定を確認したカーゴクルーが左手を振ると、最初の二人がロープに固定具を装着し、大きく口を広げたカーゴハッチから暗闇に向かって身を躍らせた。

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 投稿不定期になっており申し訳ありません。

 不安定な生活と仕事量は、もうしばらく続きそうです。


 さて本編ですが、ST部隊の陸戦隊です。

 人に言えない汚れ仕事や、気密性の高い作戦を行う為の特殊部隊です。

 達也達の航空隊、ジョリー・ロジャーという潜水空母、そしてこの陸戦隊にて、三軍揃ったことになります。

 ただ、比較的表に出て陽の当たるところを歩いて行く航空隊と空母に較べて、陸戦隊は日陰者になる予定です。

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