17. ポイント・ゼロ
■ 9.17.1
キャノピーの外を風景が流れる。
ゴツゴツとした灰色の岩肌が、時速3000km/hにも達しようかという速度で後ろに飛び去っていき、その速度が余りに速すぎて岩や細かな凹凸が溶け合い判別出来なくなった状態は、まさに「流れる」という表現が一番納得できる。
秒速にすれば1000m/sを超える速度で、両脇の切り立った崑崙山脈山中の峡谷を駆け抜けていく行為は、「イカレている」と言われても仕方が無いことは自覚している。
前方に小さく見えていた峡谷の行き止まりの尾根が、一瞬で眼の前に近づいて来て立ち塞がる。
達也はAGGスロットルを正確に操作し、機体を上方に約1200mほど一瞬で並行移動させ、尾根を乗り越えた。
次の瞬間には、尾根の向こう側の圏谷の斜面に沿って高度を下げ、達也の機体はU字谷の底の地表から僅か数十mの高度で、砂礫を巻き上げながら地面に沿ってさらに深く下っていく。
手を伸ばせば届きそうな谷底や、機体をかすめる様に後ろに跳んでいく斜面の岩肌にひりつく様な緊張感と、背筋を駆け上がる様な高揚感を同時に感じる。
音速の三倍もの速度でこの様なタイトな谷間を飛ぶのがまともじゃ無い事は良く分かっているが、それに遅れず喰らい付いてくる後続機もまた、大した腕を持った奴等だと半ば感心しながらHMDバイザーの下で達也は思わず笑みを漏らす。
後ろを向いて確認する暇などありはしないが、戦術マップで味方機のマーカが重なり合ってほぼ中心に存在する事から、武藤達五機が遅れることなくすぐ後ろに居ることは分かっていた。
曲がりくねった谷間とは言え、M3.0もの速度を出して駆け抜ければ、M5.0もの速度で正面から接近して来る敵機との距離100kmなどあっという間に縮まってしまう。
高度を落として谷間に入り込んだ後、僅か30秒ほどでマップ上の敵のマーカが中心の自機位置に重なる。
同時に周囲の壁面に、レーザーの着弾らしい小爆発が幾つも発生し始める。
谷間に逃げ込んだからと云って、GPUを使用している限りには敵の探知から逃れられるとは思っていない。
急峻な峰々という遮蔽物を間に挟み、敵の遠距離狙撃を回避することが目的だったのだ。
今、敵の群れは真上に存在し、味方の部隊と交戦を始めた。
谷間に居ても、真上から直接照準で攻撃される所まで近付いた。
これ以上谷間に居る必要は無かった。
「上昇して敵の真ん中に突っ込む。続け。やられるなよ。」
そう言って達也はいきなりGPUスロットルを押し込んだ。
地球の引力とは逆向きの重力を掛けられた機体が、200Gもの加速度で急上昇する。
達也の機体に続き、後続の五機もほぼ同時に峡谷を抜け出でて空を駆け上がった。
操縦桿を引き、真上に向けて機首を上げる、
上空に存在するおびただしい数の敵マーカが、HMDに表示され、緑色の円形のガンサイト内に入り込んでくる。
自動的に敵マーカに照準が合い、ガンレティクルがまるで撃てと言っているかの様に輝度を増す。
トリガーを引く。
コクピット両脇に取り付けられた200mmx180MWレーザー砲が、眼には見えないレーザー光を発して正面の敵機を灼く。
レーザー光による過熱で外装が爆発し弾け飛び、そのまま射続けられて破壊が内部に進んだ敵機は、小爆発を発生して機体の制御を失った。
放物線を描いて落下し始めた敵機をまるでもう用済みとばかりに無視し、照準システムは敵マーカを外し、レーザーの照準も外す。
ガンサイトの中に次の獲物を見つけたシステムは瞬時に照準を次の目標に移し、同時にレーザー砲の砲身を調整して目標に合わせる。
ガンレティクルが次の目標に移り、輝度を増した事を確認した達也がトリガーを引く。
トリガーからのコマンドを受け付けたシステムがレーザーを発射し、新たな目標を撃破する。
進路上に存在する目標を次々に撃破しながら達也の機体は一気に高度12000mにまで駆け上り、敵機の集団のど真ん中に躍り出る。
突然現れた異物に周囲のファラゾア機が反応し、レーザーを達也に向ける頃には、そこにはもう達也は居ない。
機体姿勢を水平に戻しながら、同時に水平飛行に移った達也は、周囲の敵を手当たり次第に破壊し続ける。
一瞬遅れて武藤機が同じく高度12000mに達し、達也とは別の方角に進み始め、同じように破壊を辺りに撒き散らす。
さらに一瞬遅れてマリニー機が現れ、先の二人とは別の方向に進んで片っ端から敵機を撃墜する。
次々と現れては消える敵の存在に掻き回されたファラゾア機の集団の中に、見事なデルタ編隊を組んだ沙美、ジェイン、ナーシャの三機が現れ、先にやってきて暴れ回る三機によって大混乱に陥れられた集団に食らいつく。
素晴らしい個人技を見せつけて次々と敵を屠り続ける先の三機とは異なり、まるで糸で繋がれたかの様に連動し、美しいデルタ編隊を組んだまま敵の群れの中を駆け抜ける彼女達の機体から射掛けられる六本のレーザー光は互いに互いをカバーし合い、進行方向に存在する敵を次々と捕らえ破壊し殲滅していく。
黄色味がかった砂礫の大地が続く礫砂漠の上空、雲の無い蒼穹を背景に白銀の機体と暗灰色の機体が混ざり合う。
達也の機体が敵の存在する空間をジグザグに切り取るかの様に高速で移動する。
今達也は、ほぼ全ての機動をGPUとAGGセパレータを用いて行っており、要するに機体の進行方向と機体の向きが全く一致していない。
主翼は既に大きな空気抵抗を生み出すだけの無用の長物と化しており、機動性能を向上する為に取り付けられた筈の四枚の尾翼でさえ、機体を安定させる為に時々働いているだけで、こちらも基本的には空気抵抗を生む無駄な質量となっている。
機体を一定の方向に移動させつつ、敵を見つけては機体姿勢を変えて機首を敵機に向け、敵をレーザーで切り刻んでは再び次の敵に狙いを付ける。
機体姿勢が激しく頻繁に変わる事で、主翼や尾翼による空気抵抗が刻々と変化し、その副産物として図らずも飛行経路がランダム機動となっている。
意識せずとも勝手にランダム機動が行える事はある意味便利と言えば便利な状況であり、AGGセパレータが実用化され今や殆ど空力飛行を行わない達也が、空気抵抗を発するただの異物でしかない主翼や尾翼を切り落としてしまえと未だ整備兵に要求していない最大の理由となっていた。
Zone3-07、すなわち東側から降下点に向けて攻め込んだ機動艦隊艦載機を迎撃するため、Zone3のエリア06から08にかけて展開したファラゾア機の群れに、艦載機部隊が次々に襲いかかる。
正気の沙汰とは思えない高速で崑崙山脈の峡谷を駆け抜け、ファラゾア機群のど真ん中に突然現れて、まるで伏兵の様に次々と敵を撃破するA中隊が巻き起こした敵戦闘機群の混乱をST部隊の面々が見逃す訳も無く、彼らは的確に敵の急所を狙って突入し、その戦線を食い破る。
レイモンド率いるB中隊は達也達A中隊同様に、個人技によって手当たり次第に周りの敵を撃破していく三機と、その三機に気を取られ混乱する敵に後背から襲いかかって殲滅するデルタ編隊に分かれて、雲のように広がる敵の大集団の真ん中に突っ込んでいく。
アスヤ・リファイオグル中尉率いるC中隊は二つのデルタ編隊を組み、お互いに死角をカバーし合いながらもつれ合うようにしてB中隊とはまた別の場所から敵の集団に切り込む。
レイラ率いるL小隊はそれら十二機の後を追うようにして、強引に突入していく先の二中隊に気を取られている敵機を片っ端から撃破しながら、恐れることも無く戦闘空間を埋め尽くす敵のただ中に飛び込んでいった。
伏兵の様に戦線後方に突然湧いて出たA中隊と、その混乱に乗じて戦線を正面から力業で突破するST部隊本体が、千機もの敵によって形成された戦線のど真ん中で暴れ回ることで、ハミ降下点Zone3外縁近い空域に形成された戦線は大混乱を来した。
残る三百機近い機動艦隊の艦載機部隊がその混乱に乗じて戦線を突破し、敵部隊を食い荒らす。
さらに、そこにタイミングよく突入してきたウルムチおよびカシュガルからの陸上航空戦力四百機が、ほぼ南北に200kmほどの長さで伸びる戦線を、横向きに北側から侵食する。
潜水機動艦隊の艦載機隊を構成する戦闘機のパイロット達は、ST部隊を含めてその全てが、世界中の最前線基地から成績上位の兵士達を掻き集めることで構成されていた。
プロジェクト「ボレロ」が進行するに連れて世界各地に散る降下点を攻撃するために機動艦隊ごと転戦を繰り返し、何度も繰り返されるファラゾア降下点攻略戦で常に先頭を切って敵勢力圏深部に突入する部隊の一翼を担う事を期待されている為、それなりの腕と経験を持ったパイロット達が必要であったためだ。
一方、ウルムチ、カシュガルから発進した陸上基地航空部隊は、ハミ降下点からタクラマカン砂漠、天山山脈を越え北方へ延びようとするファラゾア勢力圏の侵攻部隊を押し留めるために、毎日の様に無数の中小規模の小競り合いを繰り返すまごうこと無き最前線の戦闘機隊であった。 その技量は、艦載機隊のパイロット達に較べてヴェテランから新兵までという幅の広いものであったが、ヴェテラン揃いの艦載機部隊と遜色ない活躍をするだけの技量を有している。
東側から侵攻する艦載機隊の存在を察知してZone3-06から08にかけて南北に約200kmほどの長さの戦線を構築しようと展開した、菊花による対地攻撃を生き延びたハミ降下点駐留のファラゾア戦闘機群であったが、戦線中央部分であるZone3-07をST部隊を筆頭とした艦載機隊の突撃によって攻め崩され、さらにZone3-06北方から戦線の腹背を突かれる様にしてウルムチ、カシュガル両基地の戦闘機隊の攻撃を受けた。
特にZone3-06に於いては長く伸びた戦線の片側末端部分を多数の地球側戦闘機隊に襲いかかられた形になり、局所的にではあるがファラゾア戦闘機械と地球側戦闘機の数のバランスが完全に逆転した。
地球側戦闘機のパイロットがヴェテランであった場合、同数のファラゾア戦闘機械群と激突した時には、もともと地球側戦闘機部隊の戦力が優勢となる。
それが今、まるで長い紐を端から食み進む様に、戦線の端に喰らい付いた地球側戦闘機隊が、戦線を構成するファラゾア戦闘機械を殲滅しながら戦線を横向きに撃破しつつ南下する状況下では、局所的にではあるが地球側の戦闘機数がファラゾア戦闘機械数の数倍に達する状況が発生したのだ。
菊花による対地殲滅攻撃を生き延びた、数少ない戦闘機械で構築しようとした戦線は急速に消耗し、地球側の地上基地戦闘機隊が艦載機隊と合流した後に一気に瓦解した。
残機数三百機を切るまでに減らされたファラゾア戦闘機が、例によっていつもの如く急上昇し、50000mもの高度の高空でM10程度に増速して戦線を離脱し始めた。
達也はGPUスロットルを開け、機体を急上昇させる。
上昇している最中も、自機の周囲を追い抜き上昇していくファラゾア機に照準を合わせ、高空へ逃走しようとする敵機を地上へと叩き落とす。
「タツヤ、何やってる! 深追いするな!」
レイラの鋭い指示がレシーバから聞こえる。
「逃げた先に敵が居るならな。たかが三百機ごときに墜とされるものか。お前達も来い。」
そう言って達也の機体は敵を追い落としながらさらに上昇する。
さらにA中隊の残り五機と、レイモンドとウォルターが達也の後を追って急上昇し始め、同時に自機の周りを逃げていくファラゾア機に追い打ちをかける。
彼らは達也が言っていることの意味を瞬時に理解したのだった。
高度50kmに達した達也達は高度を維持しながら、周囲の敵機に狙いを付けて打ち落とす。
これまでに例の無い追撃を受けたからか、ファラゾア機は高度50kmに達しても水平飛行に移ること無く、さらに高度を上げ続け、さすがに追撃する敵の居ない宇宙空間に向けて離脱していく。
最終的に、達也達が行った執拗な追撃戦から逃れることができたファラゾア機は僅か二百機程度であり、そしてこの千機ほどであったファラゾア機群が東方から接近した艦載機部隊、あるいは北方から接近した天産山脈方面の地上基地戦闘機隊が遭遇した、ハミ降下点周辺で生き残った唯一の迎撃機部隊であった。
追撃を終えた達也達は再び高度を落として攻撃隊と合流し、菊花の攻撃により発生した、大気中を漂う粉塵状岩石の濃密な雲がある程度晴れるのを待って彼らはハミ降下点、すなわちポイント・ゼロへと雪崩れ込んだ。
同時にヒマラヤ方面から北上してきた戦闘機隊と合流した。
そしてポイント・ゼロへ突入した彼らが目にしたものは、カリマンタン島で見たものよりは多少ましではあったが、やはり菊花の着弾によりズタズタに抉られた地表であった。
チベット高原の北端と言ってよい、崑崙山脈南側の山陵地帯は菊花の着弾によって地形までもが大きく破壊され、元は山であったであろうなだらかな斜面を持つ起伏と、それら全てを覆う半ば溶け、深くクレーターの穿たれた地表が無残な姿を晒していた。
OSV(軌道監視艇)により確認されていたハミ降下点ポイント・ゼロに存在した三十八の地上施設に対して、同数三十八機の菊花が撃ち込まれ、三十六機の菊花が地上へと到達した。
二機の菊花は撃墜されたものと推定されたが、その攻撃方法までは特定できなかった。
地上施設に大口径のレーザー砲などの対空迎撃兵器があったものと推察された。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
投稿遅くなり申し訳ありません。
相変わらず落ち着いた生活に戻れていません・・・
もっと戦闘回にしようと思っていたのですが、気が付いたら説明文だらけに。
まあ、出てくる敵の数が少ないので、なかなか難しいところもあるのですが。
その内には必ず。