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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第九章 TACTICAL PROJECT 'BOLERO' (ボレロ)
235/405

16. 古巣


 

 

■ 9.16.1

 

 

 大連沖に浮上した母艦を飛び立ち艦隊上空で編隊を組んで、他の飛行隊と共に中国内陸部に向けて飛び始めてからすでに十五分近くが経とうとしていた。

 高度10000mをM5.0で飛ぶ総勢三百機以上からなる艦載戦闘機の大編隊は、既に旅程の半分以上を消化し礫砂漠地帯に達しており、眼下には黄色みの強い茶色の不毛な大地がどこまでも続いている。

 左前方遙か彼方には、白く雪を被った山脈の急峻な峰々が霞んでおり、鋭くも美しい姿を望むことが出来るが、足元に見えるそれよりも低い岩山には雪も無くただゴツゴツとした岩肌を雲一つなく乾いた空を通して降り注ぐ陽光にさらしているのみだった。

 

 周りを見回せば、様々な高度で編隊を組んで飛ぶ殆ど黒に近いダークグレーで塗られた地球連邦空軍機色の戦闘機が視野を埋め尽くしている。

 達也達ST部隊と同様に、東シナ海に集結した潜水空母から飛び立ったそれらの艦載戦闘機は、いずれも最新のAGGセパレータを搭載しており、ジェット燃料を使う事無く重力推進のみで飛行することが可能である。

 翼を並べて飛ぶこれらの戦闘機は全て、水のみを燃料として熱核融合炉(リアクタ)から生み出される膨大な電力を使って、M5.0という従来であればあり得ない速度で、地球を数周することが出来るという信じられない航続距離を誇っている。

 東シナ海からハミ降下点までの直線約2500kmなど、三十分足らずで踏破することが可能であり、中国最西端に近い砂漠地帯ですら作戦行動範囲内に余裕で納めることが出来る。

 

「こちら領域管制コンミン02、オペレーション『シルク・ロード』参加の全機に告ぐ。現在n-300秒。全機Zone5以遠を維持せよ。現在ハミ降下点に目立った動き無し。」

 

 蘭州の空軍基地から上がったAWACSからの通信が入った。

 ハミ降下点は、昨年までのファラゾア側の攻勢でZone5までがファラゾア勢力圏下にある。

 Zone5より近付くなと云う指示は、ひとつには対地ミサイルの突入と着弾の衝撃波からの安全距離を取るためのものでもあるが、対地ミサイルによる一網打尽を狙って、ハミ降下点に駐留する敵機を不用意に刺激して迎撃行動を取らせない様にするための措置でもある。

 

「フェニックスリーダーより各機。時間調整だ。M3.0まで減速する。5、4、3、2、1、ナウ。」

 

 レイラから編隊全機に減速の指示が飛んだ。

 わざわざカウントダウンまで行っているのは、突然の減速で後続機が追突するようなつまらない事故を防止するためだ。

 

 レイラの指示によってC2小隊から順に各機減速していき、全ての機体が減速を終えると、大きく開いた間隔を詰めて再び編隊を組んだ。

 そのまましばらく飛ぶと、再びAWACSからの通信が入った。

 

「コンミン02より作戦参加の全機。時間合わせを行う。n-200秒まであと15秒・・・10秒・・・5、4、3、2、1、マーク。」

 

 達也は左手を伸ばし、コンソール上に表示されているタイマーを200にセットし、コンミン02の声と共に「START」ボタンを押した。

 デジタルのタイマー表示がパラパラと数字を減らしていくのをしばらく眺める。

 

「達也、古巣が見えるぜ。」

 

 すぐ左後ろを飛ぶ武藤からの通信が入った。

 ここがどこだったかを思い出し、視線を右に向ける。

 黄ばんだ茶色の大地が続く遙か先、その大地にこびり付いた染みの様に黒い固まりが見える。

 酒泉の街だった。

 現在の航路から100kmも北に外れているので、街の細かな部分を判別することは出来ない。

 ましてや、街の外れにある酒泉基地など、そこにあると分かっていて眼を凝らしても、認識することも出来ない。

 だが、現在の緯度経度からすると、その砂漠の中の小さな黒い染みの様に見える物は、間違いなく酒泉の街だった。

 

 ハミ基地で共に戦い、ロストホライズンによって追われる様にして酒泉に脱出した3852TFSの連中はまだ生きているだろうか。

 生きているならば、達也達機動艦隊からの航空戦力だけでなく、この地域の全航空戦力も投入すると聞いているこの作戦に参加しているはずだった。

 無茶な要求に半ば呆れながら悲鳴を上げつつも、必死で後ろを追いかけてきていた二人の部下の顔を思い出す。

 とりわけ、撃墜され病院に収容されたことで最後に顔を合わせることが出来なかったジャッキーの事が気に掛かった。

 

「n-50秒。」

 

 カウントダウンを知らせるレイラの声で我に返った。

 視線を前に戻す。

 右前方に暗灰色のセリアの機体が見え、そのさらに向こう側にレイラの機体が見える。

 レイラの機体から斜めに立つ黒い尾翼の上方に、鏃の様な形で編隊を組む味方の部隊が幾つか見える。

 辺りを見回せば、彼方に霞む黄色い大地と雲一つない濃紺の空の間に、三角形の編隊を整然と組み、上下左右視界を埋める黒い戦闘機。

 

 連日行われるRARの偵察飛行の中、毎日の様に遭遇する敵と戦い、そして何度も繰り返される大攻勢とロストホライズンを必死で押し留めて戦った。

 砂漠に立ち上る陽炎とその向こうにそびえ立ち塞がる崑崙山脈の、さらに向こう側にあり決して眼にする事の出来なかった、戦闘機を尽きることなく限りなく吐き出し続けるかの様なハミ降下点は、どれ程手を伸ばそうと絶対に届かない敵の支配領域の遙か奥の奥だった。

 今、そこを攻めるためにここに居る。

 

「15秒前・・・10秒前・・・5、4、3、2、1、ナウ。オペレーション『シルク・ロード』開始(スタート)。前方に宙対地(STG)ミサイルが多数着弾する。閃光防御。直視するな。」

 

 レイラのカウントダウンに従い、HMDヘルメットのバイザーシールドを下ろす。

 昔のスモーク防眩シールドとは異なり、HMDヘルメットのシールドは完全遮光型であり、使用と同時にHMDが外部カメラ画像に切り替わる。

 

 レイラの声のカウントダウンがゼロになり、編隊はそのまま飛び続ける。

 数秒経ち、何も起こらないことに拍子抜けしかけた時、前方遙か彼方、そびえ立ち霞んで連なる山並の向こうに閃光が走った。

 

 核爆発と見まごう様な、まるで地球上に太陽が出現したかと思うほどの眩しい閃光が現れ、地上に向けて落ちる。

 閃光の通った後に一瞬、赤い炎で出来た道の様な痕跡が残る。

 閃光が地上に落ち、さらに閃光が眩しく大きく膨れあがり、そのまま赤黒い爆炎となって立ち上る。

 閃光が爆炎に変わりきらないうちに、次の閃光が現れて地上に落ちる。

 さらに次の閃光が現れ、続々と出現する閃光は混ざり合い個別に区別できなくなる。

 それら全てが、一瞬で空から地上に落ち、次々と地上をさらに強く眩しい光で埋め尽くす。

 それはまるで、山並の彼方に白く輝く巨大な異空間が出現したかのようにも見えた。

 やがて輝きは薄れ、赤黒く燃え盛る巨大な爆炎が残って徐々に大きく膨れあがっていく。

 爆炎はある程度の大きさまで広がると薄れ始め、巨大なキノコ雲というよりも、天と地の間に突如生まれた巨大な炎の柱の様になって、なおもゆっくりと膨張し続けていた。

 

 圧倒的な光景だった。

 達也は息を吐くのも忘れ、遙か数百kmの彼方に生まれたその光景に見入っていた。

 先日のカリマンタン島の攻撃跡を思い出し、成る程、対地ミサイルの破壊力がこれほどのものならばあれは納得できる、と思った。

 その光景は、人類が創り出したものとはとても思えなかった。

 今まで達也が見てきた、想像を絶する様な、幻想的とさえも言える様なものはほとんど全てファラゾアによってもたらされていた。

 空の彼方に浮かぶ巨大な艦、そこからまるで砂時計の砂の様に溢れ落ちてくる、キラキラと光る敵機の群れ、地平線を埋め尽くす無数の敵機の黒い雲、青い空を侵食する様に覆い被さる銀色の戦闘機械の雲。

 唯一の例外はカリブ海で見た、雲を押しのけ空に立ち並ぶキノコ雲の群れくらいのものだろうか。

 あれが唯一人類の手によって創り出された、想像を絶する光景であったのだが、今眼の前に広がる光景はその遙か上を行っていた。

 これが地球上のものとは思えなかった。

 子供の頃にSF映画で見たか、或いは科学教養番組で見た、どこか遙か彼方の想像上の惑星の光景だと言われた方が納得できる。

 それが今、現実に達也の眼前に広がっていた。

 

「着弾終了確認。フェニックスリーダーより各機。全機ポイント・ゼロに向けて突入する。速度M5.0、高度このまま。約100秒後に着弾衝撃波とぶつかる。各機耐衝撃用意。」

 

 通信を終えると同時に、先頭を飛ぶレイラ機が加速する。

 ジェット噴射ではなく重力推進による加速である為、まるでSF映画でも見ているかの様に、突然加速したレイラ機が一瞬で小さくなる。

 L小隊のポリーナ機とセリア機がその後を追い、同様に一瞬で姿を消した。

 A中隊長である達也の前にはもう誰もいない。

 

「A中隊、行くぞ。」

 

 そう言って達也はGPUスロットルを押し込んだ。

 全く加速感を感じることなく、機体は一瞬で加速してM4.5を越える。

 スロットルを少し戻して加速を抑え、ゆっくりとM5.0に到達させた。

 後ろを振り返り、武藤や沙美が付いて来ているのを確認する。

 少しずつ速度を調整してL小隊の後ろに接近し、セリア機の左後ろの所定の位置に納まる。

 

「20秒後に着弾衝撃波と接触する。各機耐衝撃用意。」

 

 レイラの声が聞こえ、達也はキャノピ越しに地上を見下ろした。

 閃光が収まったので、HMDヘルメットのシールドは既に上げてある。

 少し前方の地上を、砂塵を巻き上げて横一直線の衝撃波界面がこちらに向かって接近して来るのが見えた。

 遙か彼方まで、砂丘で波打つタクラマカン砂漠を呑み込みながら、時速数百kmで北上して行く。

 それはまるで、砂の海を渡る巨大な砂煙の津波の様だった。

 

 少しして交差した、菊花ミサイルの着弾衝撃波の影響は結果的に大した事はなかった。

 着弾地点から約300kmも離れたZone3外縁という事もあるが、ヘッジホッグのミサイルが至近で爆発した衝撃に較べれば、優しく撫でられたのとバットで殴られた程の違いがあった。

 もちろん、ヘッジホッグのミサイルがバットで殴られた方だ。

 

「Zone3-07突入。各機対空対地警戒。」

 

「戦域管制チャオリエ03より作戦参加の全機。ハミ降下点周囲に重力波増大。敵迎撃機と推定。Zone2-05からエリア07にかけて推定1000機。エリア07から進入中の機動艦隊攻撃隊は対空迎撃戦用意。」

 

 いわゆるファラゾア防衛圏と呼ばれる、降下点中心から300kmのラインを越えたことをレイラが宣言したすぐ後に、懐かしい名前のAWACSから敵情報が知らされた。

 コンソール上の戦術マップには、エリア外の敵の存在を示す紫色のマーカがマップ外縁に沿って多数表示されており、顔を上げて視線を前方に移すと前方一帯に幾つもの紫色の円が視野に表示され、多数の敵が存在する事を知らせていた。

 

 「フェニックスリーダーより各機。今回は敵のお出迎えがある様だ。接敵後は各中隊小隊毎に個別戦闘。何があるか分からんから、ポイント・ゼロに近付きすぎるな。Zone2以遠で戦闘しろ。」

 

 ST部隊各機にレイラからの注意が飛ぶ。

 前方を見れば、着弾地点であるポイント・ゼロから200km以内、即ちZone2の内側は、着弾の衝撃により蒸発して巻き上げられた土や岩が、冷えて濃密な黒い雲を形成している。

 微粒子とは言え冷えて固まった固形物が大量に漂うその空間に、戦闘中に突っ込んで行きたいとは思えなかった。

 

「A中隊、狙撃を避けて低高度で谷間から接近する。続け。」

 

 そう言って達也は操縦桿を左に倒した。

 機体が左にロールし、背面になって急激に高度を落とす。

 A1小隊の武藤機とマリニー機がすぐさまそれに続いて背面急降下を開始する。

 A2小隊長の沙美機がそれに続き、ナーシャとジェインの機体がさらに続いた。

 A中隊の6機は久々の交戦に向けて、まるで肉食獣が姿を潜めて忍び足で獲物に近付いていく様に、高度を下げて山間に隠れ、非常識な高速で峰を縫い谷を駆け抜けて敵に向かって忍び寄っていった。

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 ちょっと短めですが、キリの良いところで切りました。

 

 達也と共に戦っていたもとハミ基地の戦闘機隊などは、酒泉基地あるいはウルムチ基地に退避して戦闘を継続していました。

 ハミ基地の攻略戦には当然みな参加しています。

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