14. 襲撃者鎮圧
■ 9.14.1
突然の爆発は、当然のことながら地球連邦軍参謀本部全体を大混乱に陥れた。
各階のオフィスからは何が起こったのか直接確認することが出来ず、ただ窓の外を吹き上がっていく大量の黒煙から、正面玄関付近で大きな爆発が起こったのだろうと云う事だけを誰しもがすぐに理解した。
爆発発生時に多くの職員或いは来訪者が居たエントランスホールは、爆発で何もかもが完全に破壊されており、生存者など皆無だった。
エントランスホールの奥、レセプションカウンターを抜けた先にはエレベータホールや外来用会議室、警備兵詰め所などが存在した。
レセプションカウンターはトラックの突撃とその後の爆発で、跡形も無く消滅した。
そのすぐ奥にあるエレベータホールに面した二基のエレベータは、爆発の衝撃を感知した事に依る緊急停止で動作しなくなっていた。
エレベータホールを抜けて更に奥、外来用会議室で打ち合わせを行っていた者達の多くの被害は軽傷で済んでいたが、爆発の衝撃波で耳をやられてしまっており、しばらくはまともな会話が不可能な状態であった。
更にその奥、警備兵詰め所に居た警備兵三十二名は比較的身体に障害が少なく、少々耳が聞こえ辛いことを除けばほぼ全員がすぐに行動できる状態にあった。
爆発が起こってすぐ三十二名全員が部屋を飛び出し、六名がエレベータホールを抜けて、いまだチラチラとあちこちに赤い炎が見え、真っ黒い煙が充満して燻り続けるエントランスホールに直接突入することを選んだ。
残る二十六名のうち、さらに六名が通用門の警備増強のために通用門周りを固めた。
二十名が建物の東側と西側の十名ずつ二手に分かれて、周囲に警戒しながら建物の正面に向けて走った。
東側の十名が、大小様々なものが飛び散る、今は全てのガラスが割れ落ちたエントランスホール東外側を進んでいるとき、正面ゲートに二台のトラックが後ろ向きに突っ込んできて、車体を車輌停止装置の歯に突き刺して停止した。
トラックの荷台からバラバラと数十名の戦闘服に身を包み武装した歩兵が飛び降りて、破壊されたエントランスホールに突入しようと真っ直ぐに駆け寄って来るのが見えた。
その兵士達が着ている戦闘服や携行している銃器が、地球連邦陸軍の制式のものでないと見て取った彼等は、素早く手近な遮蔽物に身を隠して襲撃者の集団を迎撃しようとした。
ところが、建物の東側に広がる庭園スペースに植えられた樹木や植え込み、記念碑の台座の陰などに隠れていたと思われる伏兵から一斉に射撃を受け、さらには何人かが固まっているところにグレネードを投げ込まれて、東側を回った十名の警備兵達は一瞬で無力化されてしまった。
建物の西側を回った十人もほぼ同じ末路を辿った。
建物の角を周り、正面ゲートが見渡せる場所まで来たところで、彼等の注意の殆どは正面ゲートに突っ込んだトラック二台と、そこからエントランスホールに向けて走ってくる数十名の襲撃者に向かった。
迎撃する為に好適な場所で、柱や吹き飛んだスチールパネルなどの遮蔽物の陰に飛び込み、襲撃部隊を迎え撃とうと銃を構えた。
しかしその位置は、エントランスホールに突入したトラックから転がり落ちるように降車し、建物周辺に散って待ち構えている先行した襲撃者達がまさに予想していた場所だった。
参謀本部ビルの正面道路を駆けてくる集団に向けてまさに射撃を開始しようと銃を構えたところに、後背から弾を撃ち込まれ、さらには何発ものグレネードを投げ込まれた。
参謀本部ビル一階正面で襲撃者を迎撃しようとした部隊の殆どは無力化された。
エレベータホールを抜け、目を覆いたくなるような惨状のエントランスホールに突入した六人は、天井のパネルやカウンターデスク、カフェテリアのテーブルなど、エントランスホールに存在したありとあらゆるものが破壊され吹き飛ばされた破片やガラクタが散り、明かりが落ちて薄暗くなった上に、炎と煙が充満してあちこちに元は人間のものであったろう肉片や身体の部品が飛び散る中を、周囲を警戒しながら正面に向けて進んでいった。
ホールの半ばに達した頃、ガラスが全て失われて音の通りが良くなったホールの外から、立て続けに銃撃音と爆発音が聞こえてきた。
襲撃者との間で交戦が発生したものと思われ、彼等はさらに警戒の度合いを深めながら正面に進んでいたところで、ホールに駆け込んでくる足音を聞き、煙の向こうに戦闘服を着て銃を構えた数十人もの襲撃者の姿を認めた。
六人はホールの中に散り、柱や捲れ上がったスチール壁、床に転がる原型をとどめていないガラクタなどを遮蔽物として、ホールに突入してきた襲撃者を迎え撃った。
六人は、四倍以上の数で突入してくる襲撃者に対して良く戦った。
グレネードを投げ込まれ、或いは遮蔽物の陰から覗かせた手足を撃ち抜かれるか、敵の様子を窺うために出した頭を撃ち抜かれるかして、エントランスホールに散った六人の警備兵が沈黙するまでに、ホールに突入してきた襲撃者はその数を十八人に減じていた。
防衛側の反撃が無くなったことを確認して、襲撃者達はエレベータホール脇の非常階段の扉を開け、赤い非常灯が灯る空間に雪崩れ込んで階段を駆け上がり始めた。
爆発の影響で止まっているであろうエレベータの動作を確認して時間を無駄にするような愚を犯さなかった。
十八人の内一人がエントランスホールから正面屋外に出て、大きく手を振った。
建物の周りに潜んでいた先行部隊の伏兵十四人が、遮蔽物の陰から身を起こし、建物に向かって走る。
八名がエントランスホールの中に散り、六名がエレベータホールを抜けて裏口に回る。
六名は二名ずつ組になって、通路左右の会議室のドアを開けて中に残る生存者を始末し、裏口に達する手前で、開いた会議室のドアの陰に身を隠した。
この頃になると、参謀本部周辺、或いは周辺の他の施設で警備を行っていた他の部隊が続々と到着し、あるものは正面ゲートの車輌停止装置の鋭い爪の脇を通って、ある者は参謀本部を囲む塀を乗り越えて、敷地の中に数十名の武装した兵士達が雪崩れ込んできた。
エントランスホールでそれを待ち構えていた八名はそれら増援部隊の突入を阻止するために銃弾をばら撒き、通用口近くに潜む六名は、通用口に人影が見える度に発砲して、建物内への警備兵の侵入を防いでいた。
しかしその様な戦い方でいつまでも敵の侵入を防ぎきる事が出来るわけも無い。
参謀本部周辺、或いは近隣の施設で警備に当たっていた部隊が増援に駆けつけ、正面ゲート、或いは裏手の通用門ゲート前に次々と兵員輸送トラックが急停止し、幌の掛かった荷台から続々と武装した兵士が飛び降りてくる。
さらには参謀本部の敷地を囲むコンクリート壁の外側にまで兵員輸送車が止まり、正面或いは裏手に待ち構えている襲撃者からの狙撃を受けない建物脇にも、塀を乗り越えた兵士が雪崩れ込んだ。
エントランスホールに陣取った襲撃者八名は、周りを良く見通すことが出来、かつ自分達が潜む位置は建物の中で薄暗くさらには煙が立ちこめていて屋外の敵からは視認し難いという優位性を存分に生かして良く戦い抜いた。
しかし何倍もの数の敵から集中的に攻撃される事で徐々に反撃もままならなくなり、建物ににじり寄って距離を詰めてくる国連軍兵士達の接近を許してしまう。
上手く暗がりと遮蔽物を利用して隠れている十名程度と思われる襲撃者がいつまで経っても掃討できない事と、トラックの爆発によりエントランスホールはすでに徹底的に破壊されている事から、突入してきた連邦陸軍部隊の指揮官はグレネードの使用を決断し、一度に九個ものハンドグレネードがエントランスホールに投げ込まれた。
この手荒い殲滅攻撃によって、エントランスホールを占拠していた八名のうち七名が死亡し、残る一名も戦闘不能の状態に陥った。
狭い通用門の前に立てば必ず銃撃され、暗く煙の立ちこめる通路の奥から撃ち込まれる7.62mm弾に防弾ジャケットを撃ち抜かれて、通用口にはすでに何人もの連邦軍兵士の死体が脇に退かされて積み上げられていた。
正面エントランスホールでグレネードが使用された音を聞いた通用門側の部隊の指揮官も、いつまで経っても状況が好転しないことに業を煮やして、通用口周りを固めている兵士達にグレネードの使用を指示した。
狭く長い通路に六個ものハンドグレネードが投げ込まれ、エントランスホールの惨状に比べれば随分ましな状態であった通用口とその中の会議室や警備詰め所前の通路を激しく破壊した。
会議室のドアを開けて、スチールのパーティションを遮蔽物として利用して戦っていた六名の襲撃者の内四名が死亡し、二名が完全に戦闘能力を奪われた。
爆発の煙が収まり、ある程度中が見通せる状態になったことを確認すると、指揮官は兵士達に突入を指示する。
突撃銃を構えた兵士達が、腰を落として警戒しながら通用口から中に雪崩れ込む。
破壊されたスチールパーティションの陰や、吹き飛ばされたドアの下敷きになった襲撃者の死体を確認しながら奥に進んでいく連邦軍兵士達は、エレベータホールで反対側の正面エントランスホールから突入してきた味方の部隊と合流した。
合流した兵士達の内数名が、薄暗いエレベータホールで懐中電灯を点灯すると、非常階段の入り口ドアを照らした。
「EMERGENCY STAIRS / Type D (非常階段タイプD)」と書かれた表示が、青白いLEDライトの明かりの中に浮かび上がる。
兵士達は言葉を交わすことも無く互いに顔を見合わせると、誰も扉に手を触れること無く扉の前から距離を取り、ニーリングの姿勢で肩に突撃銃を構えて、全員が扉に狙いを付けた。
■ 9.14.2
戦時下であると云えども、相手は航空宇宙戦力しか持たないファラゾアであり、ここストラスブールから最も近い戦場は、地中海を越えた向こう側、アフリカ大陸のアジュダービヤーと対峙するイタリア半島南部の航空基地群であるため、まさかこの地球連邦軍参謀本部ビルが攻撃を受けようなど、理屈では可能性として理解はしていても、それが実際に起ころうなどとは誰も───正確には、殆どの職員が───考えてなど居なかった。
八階奥にある参謀総長のオフィスに、今現在何人ものVIPが集まっていることを知っている八階警備兵の動きは素早かった。
爆発の衝撃がビルを走り抜けた僅か数秒後、フェリシアンのオフィスのドアが乱暴に何度もノックされた。
「参謀総長閣下! ご無事ですか!?」
スチール製のドアの向こうから兵士の怒鳴り声が聞こえる。
実際のところ音と衝撃があっただけで、特に何も被害の無い室内で誰かが怪我をすることなどあり得なかったが、五人とも互いの身体に視線を走らせて、全員怪我が無いことを確認した。
情報部長のフォルクナーがまず最初に動いた。
フォルクナーは入り口に近寄ると、ドアを開けること無く声を張り上げた。
「全員無事だ。負傷者無し。何が起こっている?」
「ヘーレン伍長であります。エントランスホールにトラックが突っ込んで爆発したとの事です。その後の状況は不明。施錠して部屋から出ないで下さい。出来ればブラインドを閉めて、窓際には近付かないで下さい。」
「諒解した。脱出の際は君が来てくれ。」
「諒解致しました。」
八階には、エレベータホールに二人、VIPエリア入り口に二人の、計四人の兵士が配置されていた。
エレベータホールの二人は、爆発と同時にエレベータが停止したことを確認すると、エレベータホール脇にある非常階段の外開きの扉を少し開けて、下から聞こえてくる音に聞き耳を立てている。
VIPエリア入り口の二人は、VIPエリアの住人に声を掛けると、八階フロアで働いていた参謀本部の職員達に、落ち着いて壁際に集まり、窓の近くに立たないよう呼びかけながらオフィスフロアを横断して、非常階段前の二人に合流した。
「どうだ?」
ヘーレン伍長と名乗った兵士が、聞き耳を立てている二人に低い声で尋ねた。
二人は視線だけで伍長の顔を見ると、小さく首を横に振った。
それきり四人とも言葉を発すること無く、一つしか無い非常階段の前から動かない。
やがてしばらくして、遙か下方で乱暴に扉が開けられ、多数の足音が階段を駆け昇ってくる音が聞こえ始めた。
扉の隙間からその音を聞いていた兵士二人は伍長の顔を見上げ、すぐ脇で足音を聞いていたヘーレン伍長が二人に向かって頷いた。
ドア脇の兵士の一人が手に持ったMP13A1を左胸のクリップに固定すると、ウエストポーチの中から黒く塗られた筒状のハンドグレネードを二個取り出し、分厚いスチールのドアを勢いよく開けて非常階段の踊り場に出た。
ピンを抜き、兵士は手から零れ落とすようにグレネードを階下に向けて落とす。
兵士の手を離れた二個の黒いグレネードは、中央部分に幅1m程度の吹き抜けのあるゆったりとした構造の非常階段の、中央吹き抜け部分を落下していった。
兵士はすぐに踵を返し非常階段を出て八階フロアに戻ると、扉を押さえていた兵士がノブを引いて扉を閉じ、四人の兵士全員が扉から離れる。
兵士達が数歩下がるのと、非常階段の扉の向こう側から轟音が轟くのはほぼ同時だった。
数秒経ち、伍長が目配せすると頷いた兵士が一人ゆっくりと扉に近付き、耳を澄ませる。
兵士はすぐにノブに手を掛け、扉を開いた。
非常階段の扉が少し軋みながら開くと、空いた隙間から硝煙の匂いと共に煙が室内に入り込む。
隙間から首を突っ込んでしばらく様子を窺っていた兵士は、後ろを振り向くと落ち着いた声ではっきりと言った。
「階段、クリア。」
いつも拙作お読み戴き有難うございます。
どこかで使ったのと同じ方法をやってしまった・・・
先日、本作の評価スコアが「夜空に瞬く星に向かって」を越えました。
これもひとえにお付き合い戴いている皆様のおかげです。
この場を借りてお礼申し上げます。