13. 地球連邦軍参謀本部襲撃
■ 9.13.1
そのトラックは参謀本部前の通りをゆっくりと近付いてきて、ガードハウス前に引かれた停止線に合わせて止まった。
連邦軍の参謀本部の前に、参謀本部に進入しようとする軍用車が一時停止したところで、誰も気に留める者は居ない。
午前十時という今の時間帯は多くの来客が参謀本部を訪れるため、外来の乗用車や軍用車がひっきりなしに門を通過していく。
そのため、門を入ってすぐの場所に設置してある車輌停止装置は、その爪を下げられたままだった。
「ご苦労様です。所属と目的をお願いします。」
ガードハウス前に立って居た警備兵が、停止線で止まった軍用トラックの運転席に近付いて尋ねた。
西ヨーロッパにあるストラスブールにロシア軍のトラックがやって来ることは、少々珍しくはあっても皆無というわけではなかった。
ロシアはファラゾア来襲以降、今は地球連邦軍となった当時の国連軍の活動に対して比較的協力的であり、往時の東側西側、或いはNATO諸国と旧ワルシャワ条約機構諸国というわだかまりはかなり薄れてきていた。
ロシア国内に二箇所、またいまだロシアの影響力の強い旧ソヴィエト連邦領域内では合わせて三箇所のファラゾア降下点が存在し、ヨーロッパ連合や極東の日本、台湾と云った周辺諸国の力を借りなければ、事実上それらの降下点からの敵の侵出を抑えきれないという現実問題がロシアの態度を軟化させたものとみられていた。
それら三箇所の敵を抑え込むことが出来なければ、同様に三箇所の降下点を抱えつつも、海上輸送を封じられたために長く他国の協力を得ることが出来なかった北米大陸と同様の惨状が彼等を待ち受けているであろう事は想像に難くなかった。
「第二十三独立自動車化狙撃旅団第八砲兵大隊のヴェニアミン・ゲラシメンコ中尉以下十五名だ。参謀本部の警備任務に加わるように指示されてきた。警備主任のグレートヒェン・ラウエンシュタイン大尉に取り次いでくれ。」
「警備主任、ですか?」
指令書とIDカードを手渡された警備兵は、指令書に落としていた視線を上げてキャビン中央から声を掛けてきた男に視線を向けた。
連邦軍参謀本部の警備を担当している連邦陸軍第八特殊作戦群第十一歩兵連隊に、警備主任という名の役職は無かった。
そして、グレートヒェン・ラウエンシュタイン大尉というドイツ人らしい名前の人物にも心当たりが無かった。
だが、今手元にある指令書とIDカードには確かにそのゲラシメンコ中尉と名乗った男が言ったとおりの内容が記されていた。
「・・・どうした?」
「該当する人物が本施設におりません。警備主任のラウエンシュタイン大尉、ですか? 他の施設では?」
「そんな馬鹿な。ラウエンシュタイン大尉の指揮下に入るよう言われてきたんだ。」
そう言ってゲラシメンコ中尉は胸ポケットから折りたたまれた紙を取り出すと差し出してきた。
ガラスを下ろした車窓越しに紙片を受け取った警備兵は、綺麗に折りたたまれた紙を開き、そこに書かれた内容を確認する。
A4サイズの白い紙には、手書きではあったが確かに「Captain Gretchen Lauenstein, Chief of Security section, General Headquaters(参謀本部警備主任、グレートヒェン・ラウエンシュタイン大尉)と書いてあった。
最近は参謀本部だけで無く、連邦軍の各施設のセキュリティが強化されており、未だに陸軍兵士が大量に余っているロシアから増援が送られてきたとしてもおかしな話では無かった。
「二日も掛けて遙々二千kmもやってきたんだぞ。勘弁してくれよ。済まんが、警備担当の上の方に連絡を取ってもらえないか? 指示間違えてました、でまた同じ道を延々引き返させられるのは堪らん。」
そう言ってゲラシメンコは眉間に皺を寄せる。
ロシア陸軍であれば、一番近い国境からこのストラスブールまで陸路で二千kmはある。走り通しでも二日かかる距離だ。
任務とは言え、居住性の悪い軍用のトラックで二千kmも移動させられることを考えれば、ゲラシメンコが簡単に引き下がらないのも理解できる、と警備兵は同情した。
「諒解しました。少々お待ちください、中尉殿。」
「ああ、済まないな。手間をかける。」
そう言って警備兵はガードハウスに戻り、窓を開けて室内に身を乗り出し、中のカウンターに設置してあるセキュリティ・オフィス(警備本部)への直通内線電話の受話器を取った。
その背中で、トラックのエンジン音が急に高まるのが聞こえた。
警備兵が後ろを振り返るのと、トラックが急発進するのは同時だった。
カウンター上に置いてある、車輌停止装置を緊急リリースする大きな赤いボタンに拳を叩き付ける様にして押す。
ガシャリと大きな機械音を立てて、地面に隠れていた無数の巨大な金属の歯が飛び出すが、既にトラックのタイヤは通り過ぎた後だった。
トラックは一瞬でシフトアップし、さらに加速しながら参謀本部ビルの正面玄関に向けて突っ込んで行く。
その荷台の幌が開き、急加速で振り落とされた兵士が中からバラバラと地上に落ちてくる。
違う。
地上に叩き付けられたと思った兵士達は、すぐさま起き上がると駆け足で、周囲に駐車した車の陰や、植え込みの陰に飛び込んで身を隠した。
警備兵は受話器を投げ出すとガードハウスから数歩離れ、クリップホルダに止めていたH&K MP13A2を右手で掴んで慣れた動作でボルトを引いて初弾をチャンバに送り込むと、一連の動作で腕を伸ばして構え、参謀本部ビルの正面玄関に向かって突進を続けるトラックに向けて発砲した。
MP13の連続射撃による反動は、反動が少ないことで定評のあった前モデルのMP7のそれをさらに下まわり、慣れた者であれば片手を伸ばした状態でもフルオートで30連マガジンを撃ち尽くすことが出来る。
警備兵が装備している、バレルを42mm延長して発射速度を高めたMP13A2でさえ片手射撃が可能である。
トラックの立てる高回転のエンジン音に続くSMGの軽い発砲音が、周囲の注意を集める。
警備兵の撃つMP13から吐き出された4.5mm弾がトラックの荷台に着弾し、固く乾いた連続音を立てる。
しかし、たかだか4.5x33mmのSMG弾が爆走するトラックに与える影響などあるわけは無く、トラックはさらに加速しながら正面玄関に向かって突進する。
その頃には、ガードハウスの中に居たあと二人の警備兵も屋外に出てきており、一人はトラックを追って走り始め、もう一人は最初の一人と並んでSMGを撃ち始めていた。
一人目の警備兵が30連マガジンを撃ち尽くし、腰のマガジンパウチから予備マガジンを引き抜いたところで、正面玄関までの誘導路脇に止められた車の陰や、植え込みの陰から発砲音が響き渡り、遮蔽物の陰に隠れる何人もの襲撃者からの集中攻撃を受けたガードハウス前の二人は、全身に何発もの銃弾を受けてボロ布の様になって吹き飛ばされ地面に叩き付けられた。
トラックを追って走るもう一人の警備兵は、同僚の撃つSMGの射線を避けて道の端を走っていたが、赤色のルノーの脇を通過した際に、その陰に隠れていた襲撃者二人から一掃射浴び、上半身に集中して十発近いメタルキャップ弾を撃ち込まれて、一瞬で絶命した。
加速するトラックが向かう正面玄関脇にも、当然警備兵が三名立哨していた。
彼等はトラックが急加速した時点で異常な事態に気付き、全員が即座に銃を構えた。
正面門から建物の間の道路で加速し続けるトラックを見て、そのまま建物に突っ込むつもりだと判断して、トラックと正面玄関との間隔がまだ100mも開いている頃から発砲を開始した。
トラックの正面に位置する三人ともが当然のように運転席に向けて射撃を集中すると、フロントガラスには一瞬で蜘蛛の巣状のヒビが走り、ボディ前面には乾いた着弾音を立てて次々と穴が開いていく。
しかし運転手はダッシュボードの陰に身を隠しているのか、すでに砕け落ちたフロントウィンドウの向こうに人影は見えず、幾ら弾を撃ち込もうともトラックの突進を止めることは出来なかった。
三人の警備兵の内一人が射線を下げ、左前輪を狙って集中的に射撃した努力が功を奏し、トラックが建物の正面玄関に突っ込む前に前輪をバーストさせることに成功したが、それは突入の僅か2秒前であり、結局トラックは殆ど針路を変えること無く真っ直ぐに正面玄関に突っ込んだ。
軍の施設にしては近代的で開放的なデザインである連邦軍参謀本部ビルは、一階エントランスホールの天井の高さが10m近くもあり、正面は天井から床までの全面ガラス張りであった。
トラックはエントランス前の三段の階段で車体を跳ね上げ、宙に浮いた状態でガラスに突入した。
多少分厚いながらも通常のガラスが使われていた正面の全面ガラスを突き破り、ガラスの破片をまき散らしながらエントランスホール内に突入したトラックは、入り口脇のコーヒーショップの椅子やテーブルを、そこに座っていた者と共に弾き飛ばし挽き潰しながらホールの中を疾走し、エレベータホール手前左側に設置されていたレセプションデスクを突き破って、その奥の壁に激突してやっと動きを止めた。
突然の出来事に阿鼻叫喚の巷と化したエントランスホールには、ガラス片を始めテーブルや椅子、或いはトラックの部品と云ったものがあちこちに散乱し、トラックに曳かれ弾き飛ばされた者達が床に投げ出されてあちこちに血溜まりを作っていた。
無事な者、或いは怪我をしていても動ける者は、一体何が起こったのか、何が突っ込んできたのかと、大きな音を立ててエントランスホール奥の壁に突っ込んで止まっている暗いオリーブ色のロシア製のトラックに目を向けた。
その瞬間、トラックの荷台から火球が膨れ上がり、炎と衝撃波とで連邦軍参謀本部ビルの一階エントランスホールを徹底的に破壊した。
エントランスホールが火を噴き煙に包まれて、付近の全ての眼が煙を上げる建物に集中している中、付近に待機していたのであろうトラックが二台、正面ゲートに近付き、方向転換するとバックで荷台からゲートに向けて突っ込んできた。
ガードハウスとその周りにはすでに生きていて職務を遂行しようとする警備兵の姿は無かったが、最初の犠牲者となった警備兵が緊急で作動させた車輌停止装置がその鋭い牙を何十本も敷地外に向けて威嚇するように突き出しており、門に向けて突っ込んだ二台のトラックのタイヤと車体を貫きその動きを止めた。
しかし次の瞬間、強制的に急停止させられた後ろ向きのトラックの荷台から、濃いカーキ色の戦闘服を着込んだ兵士が次々と飛び降り始め、車輌停止装置の巨大な爪の向こう側の地面に降り立った兵士達は、一直線に建物に向かって走り始めた。
二台合わせて三十名ほどの兵士が降りてきて、その全員が両手で旧式ではあるがロシア陸軍制式の突撃銃AKMを構えている。
その頃になって、建物の脇を周り、黒い戦闘服とボディアーマーに身を包んだ数十人の武装した警備兵がバラバラと走り出てきた。
警備兵達は正面の通路を駆けてくる襲撃者の集団に気付くと、植え込みや、爆発で辺りに散乱しているねじ曲がったスチールパネルなどの遮蔽物の陰に飛び込み、参謀本部ビルに向かってくる襲撃者の集団を迎撃しようとした。
そこに、周囲の植え込みや車の陰から幾つものハンドグレネードが投げ込まれる。
立て続けに幾つもの爆発が起こり、今正面に出てきたばかりの警備兵の集団がほぼ無力化された。
警備兵達はボディアーマーを着けてはいるが、AKMから発射されるロシア軍伝統の7.62x39mm弾はその鉄製弾芯による貫通力を発揮して、5.5mm前後の小銃弾を止めることを想定して作られている彼等のボディアーマーを易々と貫通したのだ。
数名撃ち倒されはしたものの、まだ殆どが無事な襲撃者の集団が、真っ直ぐ通路を走り参謀本部ビルに近付く。
黒い戦闘服に身を包んだ増援の警備兵が、警戒して建物の角から半身を覗かせて襲撃者の集団に向けて射撃を始めるが、正面通路脇に広がる駐車場と簡単な庭園の中から幾つもの火線が走り、また幾つものハンドグレネードが投げ込まれ、再び一瞬で無力化される。
速度を落とすこと無く残りの距離を走りきった残り二十六名の追加の襲撃者の集団は、全てのガラスが割れてオープンスペースとなってしまった参謀本部ビルのエントランスホールに、辺りに散乱するガラスの破片や元はテーブルか何かであったであろう木片などを蹴り散らしながら一気になだれ込んだ。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
AP弾とも言われる7.62mmを使いたくてAKMにしてみました。入手が簡単で安価な割には威力は大きいので。
でも流石に2051年にAK47は無いよな、と。
AKMでも大差ないですが・・・