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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第九章 TACTICAL PROJECT 'BOLERO' (ボレロ)
230/405

11. フロイデンシュタット


 

■ 9.11.1

 

 

「これは・・・酷いな・・・」

 

 レイラの声が、達也の被るHMDヘルメットのレシーバから響いた。

 声にこそ出しはしなかったが、達也も全く同じ感想を抱いていた。

 

 カピト降下点は、カリマンタン島中部北岸から百kmほど内陸に入った、ラジャン川沿いの山岳森林地帯であると聞いていた。

 達也自身実際に訪れた経験は無いが、カリマンタン島の森と言えば多種多様な生物が住み着く命溢れる深い森でほぼ全島覆われている島だと記憶していた。

 しかし今、高度を6000mまで落としてファラゾアの降下点であった場所を旋回する達也達の眼下に見える光景は、その様な豊かな森とはまるでかけ離れた地上の風景だった。

 

 山であったのであろう場所は、大地が吹き飛ばされ抉り取られ、直径が数百mもあろうかという大きなクレーターが穿たれ、僅かに盛り上がりを残してはいるものの、元の地形を全く残していない。

 川が有ったのかも知れない場所も、同じ様に川ごと地表が抉られ吹き飛ばされてクレーターだらけの姿を無残に曝している。

 川の水などどこにも存在せず、川の上流側から大量の水が流れ込んで来てはいるものの、未だ冷めずに高温の地表を流れては、真っ白い蒸気となって急速に蒸発して消えていく。

 どこもかしこも半ば熔けてガラス化したような赤茶けた大地の地肌を曝しており、そこに生い茂っていた筈の森の木々も草花もあらゆる物が吹き飛ばされ灼き尽くされている。

 その様な無残な姿へと変わり果てているのは、ファラゾアの地上施設が存在したと思われる半径数十kmのエリア内だけでは無く、その周囲数十kmに渡って森は消え、地面が吹き飛ばされ、辛うじて衝撃波を耐えきった木々さえも超高熱で燃え上がり煙を噴き上げているという領域がさらにその外側数十kmに渡って存在していた。

 

 達也達は辺り一面あちこちから吹き上がる煙の中を突き抜けながら旋回を続けて、目標地点を観察する。

 それは、反応弾の爆発を遙かに上回る圧倒的な破壊の跡だった。

 形あるもの全てが叩きのめされ吹き飛ばされ、熔け落ちて燃え上がっていた。

 南国特有の赤みの強い土が熔けて流れた跡に、希に白っぽく見える何かの塊は、ファラゾアの地上施設の残骸が溶け固まったものだろうか。

 いずれにしても菊花ミサイルが着弾した地点には、豊かな森はおろか、目標であったファラゾアの地上施設の影さえ残っていなかった。

 

「カラベラ01、こちらフェニックス01。ポイント・ゼロに到達した。目標は全て破壊されている。地上には何も無い。」

 

 レイラが、ピケット艦が放出したAWACS子機を介して報告を行っている。

 すでに徹底的に目立った行動を取った後であるため通信は電波を用いており、AWACS子機はピケット艦に有線で繋がり海上に浮かんだアンテナを介して艦隊司令に繋がっている。

 

「フェニックス、こちらカラベラ01。詳細を報告せよ。」

 

「カラベラ01、詳細も何も無い。地上に何も無いんだ。ファラゾア地上施設も、敵機の姿も、森も、川も、山も、何も無い。地上はズタズタの更地で、クレーターだらけだ。まだあちこちから煙が上がっている。大規模な山火事も発生している様だ。」

 

「・・・なるほど。分かった。空中の敵も居ないんだな?」

 

「居たことは居た。全部合わせても数百機程度だった。全て撃退した。現在ポイント・ゼロ上空を旋回しているが、地上にも空中にも敵影は無い。軌道ミサイルの攻撃は、駐留部隊ごとカピト降下点の敵地上施設を全て破壊した様だ。特に指示が無ければ、敵は殲滅されたものとして当初の予定通りシブ上空まで進出した後に反転、帰投する。」

 

「諒解。所定のエリアを確認した後帰投せよ。」

 

「フェニックス01、諒解。」

 

 レイラが艦隊と通信している間、達也はキャノピ越しに地上を観察していた。

 地上は、レイラが表現したとおりにズタズタの更地だった。

 あちこちに大きなクレーターが散在していて、この風景の写真を月面だと言って見せられたとしても信じてしまいそうな、それほどまでに現実離れした光景だった。

 

「フェニックスリーダより各機。針路30にてシブを目指す。何も無ければシブ上空で反転して帰投する。」

 

「02、諒解。」

 

「03、コピー。」

 

「04。」

 

 レイラが大きく左に旋回し、それに続いて全機編隊を組んだまま旋回する。

 

「これ、オレら来る意味あったのかねえ。」

 

 毎度の如く、レイモンドがチャンネルを部隊内に開放したままぼやく。

 その呆れた様な口調で怠そうに呟くレイモンドの問いに、律儀にレイラが答える。

 

「作戦説明を聞いただろう。当初の予想では、最大二千機の敵戦闘機が残存することが予想されていた。」

 

「実際は三百機程度だったがな。」

 

「思ったより例の対地ミサイルの性能が良かったという事だろう。悪いことじゃない。」

 

「そうなんだがね。例の作戦開始しても、毎回これだとヒマでしょうがないな。」

 

「敵もそこまでバカじゃない。しばらくすれば対抗策をとってくるだろう。その時にまた全力で殴り合うことになるかも知れん。楽しみにとっておけ。」

 

 二十一機の暗灰色の機体はラジャン川沿いに進路を西に向け、菊花によって地表が抉り取られた様に破壊された地域を抜け、やがて熱帯の森林が残る領域に達する。

 高熱の衝撃波によって背の高い木々はなぎ倒され、あちこちで火災が発生して煙が上空の強風でたなびいている中を抜けていく。

 半ば干上がった川沿い、前方に黒煙を大量に吹き上げる小さな街が見えてきた。

 

「カラベラ01、こちらフェニックス。カノウィト近郊からは森林がまばらに残っている。街は大規模な火災が発生している。カノウィトの街はダメだな。」

 

 ラジャン川に沿い、さらに西にシブの街が見えてくるが、ここもまた市街地で複数の大規模火災が発生しており、街全体から黒煙が上がっている様な状態だった。

 その市街地の遙か南方の空中で戦闘が発生しているのが見える。

 HMD表示から、同じ第七潜水機動艦隊の潜水空母ACSS-033「壮鶴」艦載機の0081TFSが二十機ほどのファラゾアと交戦しているという事が見て取れる。

 この作戦に参加している艦載機部隊の腕であれば、同数程度の敵に後れを取ることはあり得ないと、レイラはその戦いを静観する事を決める。

 

「こちらフェニックス01。シブの街でも大規模火災の発生を確認。ただ、この辺りからは植生はかなり残っている様に見える。ざっくりと、ポイント・ゼロから60km圏内はズタズタで何も残っていない。100km位離れると森がパラパラと残っているが、火災が発生している。150km近く離れると森もかなり残っている様だが、燃えやすい木造の家などはその辺りでもまだ燃えている様だ。それと、シブ南方で0081TFSが交戦中。敵機二十。ま、問題無いだろう。」

 

「フェニックス01、ご苦労さん。戦闘の報告は受けている。奴等なら大丈夫だ。後の地上偵察はOSV(軌道監視艇)に任せて良い。一応海まで行って帰ってこい。」

 

「フェニックス、諒解。」

 

 レイラの返答の後、二十一機は蛇行するラジャン川の上空をそのまま直進して約70km先の南シナ海に到達し、そこで大きく旋回して反転した。

 

 

■ 9.11.2

 

 

 11 July 2051, Freudenstadt, Germany

 A.D.2051年07月11日、ドイツ、フロイデンシュタット

 

 

 深夜の闇を切り裂いて、灯りを付けたトラックが二台、廃ホテルの駐車場に進入してくる。

 いかにも軍用といった濃いオリーブ色に塗られたロシア陸軍の兵員輸送用トラックは、先に駐車場に止まっていた別の四台のトラックから少しだけ離れた場所に止まり、すぐにライトを消してエンジンを止めた。

 郊外の森林地帯の中にあるこのホテルの周りは、夜間にはとても静かで、いつまでもライトが点いていたりエンジン音が響いていたりすると、目立つことこの上ないのだ。

 

 エンジンが止まるとほぼ同時に、トラックの荷台からバラバラと人影が降りてくる。

 降車してきた人数は二十人ほどであろうか。

 その集団の内の何人かが手に持っていた小型の電灯の明かりの中、彼等は声を発することも無く駐車場を出て、ホテルの正面玄関のドアを開けて全員が建物の中に吸い込まれていった。

 

「遅いぞ。」

 

 ホテルのロビーには暗いカーキ色のロシア陸軍の戦闘服を着込んだ一人の男が立っており、ドアを開けてロビーに入ってきた集団の中の一人、白いTシャツにジーンズという出で立ちの男に声をかけた。

 誰に声をかけるべきかを知っていたその素振りから、どうやらその声をかけた方の男も、かけられた男の方も互いに顔を見知っている様だった。

 他の者達もロビーに立ち止まり、声を発すること無く二人のやりとりを見ている。

 ちなみにロビーに立ち止まった約二十人ほどの男女の服装は、薄汚れたオーバーオールの作業着から、どこかの事務員風のブラウス姿まで、服装も人種も様々だ。

 

「飛ばして警察に見咎められるわけにもいかん。法定速度ではこれが限界だ。」

 

 軍の車輌は、非常時以外は法定速度を遵守する。

 速度超過は、何事かと注目を集めるのは必然だった。

 

「言い訳はいい。着替えて食事を摂れ。0500時まで仮眠を取った後、明朝0800にここを出る。」

 

「諒解した。」

 

 白いTシャツの男は無表情に返答すると、そのまま奥に進む。

 両脇に客室がある廊下を進むと、右側に開いたドアから灯りの漏れる部屋がある。

 集団の先頭を歩く白いTシャツの男がその部屋の前に辿り着き、中を覗き込むと、床にいくつか置かれたLEDランタンの灯りの中、数人の男女が入口に立つTシャツの男の方に視線を向け、眼が合った。

 その部屋は広く、壁際に寄せられたテーブルや椅子の存在から推測して、このホテルが営業していた頃には食堂などの用途に使われていたホールであろう事が分かる。

 部屋の窓はカーテンが取り払われ、カーペットや分解した段ボール箱など様々な物が銀色のダクトテープで窓に貼り付けられて、外に灯りが漏れない様にしてあった。

 

「着替えと食事はここで良いのか?」

 

「ああ。そこに置いてある。」

 

 壁にもたれかかって座る戦闘服の男が顎をしゃくって部屋の隅を指す。

 そこには段ボール箱が乱雑に幾つも積み上げてあった。

 Tシャツの男を先頭に、新たにやってきた男女が無言で部屋の中に入り、段ボール箱を開けて中に詰められたロシア陸軍の戦闘服を取り出す。

 それぞれ自分に合うサイズを見つけては少し脇に寄り、その場で服を脱いで戦闘服に着替え始めた。

 着替え終わった者から、別の段ボールの中に詰めてあったロシア語の書いてある糧食のパッケージを取出し、ホールの中に適当に座ってパッケージを開けて食事を始める。

 

 隣の者と会話をするでも無く、全員が黙々とパッケージを開けてカーシャとクラッカーを口に運んでいく。

 先ほどまで事務員風のブラウスを着ていた女が、薄汚れた電気工事工のツナギを着ていた男が、何もかも全て分かっている風に一言も発することも無く戦闘服に着替え、そして当然の様に迷いも無く糧食のパッケージを開けて口に運び出すその姿は、一種異様なものがある。

 

 戦闘服に着替えた例のTシャツジーンズの男が、部屋の入口近くで糧食のパッケージを開き、ミートパテをクラッカーに盛って口に入れたところで、先ほどロビーに迎えに出ていた男が部屋に入ってきた。

 

「食事が終わった者から装備を受け取って、0500時まで仮眠を取れ。0730時に搭乗開始、0800時に出発だ。作戦決行は1000時だ。」

 

 新たに部屋に入ってきた男をホールの中で食事を摂っている全員が見ているが、声を発する者は一人としていなかった。

 男の方も予定を伝えるだけ伝えると、応答も何も聞かずにすぐに後ろを向いて部屋を出て行った。

 廊下を歩く軍用ブーツの重い足音が、ロビーの方に向かって遠ざかっていく。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 なんか不定期な投稿になってしまっていますが、これが今できる最速なのです・・・

 早く元通りの状態に戻りたい・・・

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