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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第二章 絶望と希望
23/405

9. カンポ・グランデ


■ 2.9.1

 

 

 10 September 2036, Campo Grande Air Force Base, Estado de Mato Grosso do Sul, Brazil

 A.D.2036年09月10日、ブラジル マットグロッソ・ド・スル州 カンポ・グランデ空軍基地

 

 

 九月のカンポ・グランデは暑い。

 冬が終わり、急激に気温が上昇するのがこの時期だった。

 唯一の救いは、まだ雨が多くなく湿度が低いために、体感気温がそれ程高くないことだ。

 だがそれはカンポ・グランデの地上で過ごす分には喜ぶべき事なのだが、戦闘機に乗って高度数千mの高さに駆け上がり、未だ得体の知れない異星人と数世代前の機体でやり合わなければならないという話になると、まるで逆になる。

 

 乾燥して雨の少ない時期では、雨雲や積乱雲は殆ど発生しない。

 それはつまり、自分よりも遙かに長い射程を誇る異星人どものレーザー砲から身を隠す場所が無くなるという事だった。

 唯一の救いと云えば、空気が澄んでいるので、バラージジャミングやステルスで使い物にならなくなったレーダーでは捉えることが出来ない敵機を目視でかなり遠距離から確認出来ることくらいだが、そもそもパイロットの肉眼で敵を探すなどと云う百年も時代を遡った索敵方法に意味が無かった。

 

 敵は千kmも彼方からこっちの姿を捉えているのだ。本気を出せば、数百万kmの彼方からでも探知するに違いない。

 どれ程頑張ってもせいぜい百km程度の索敵範囲しか無い人間の眼に勝ち目など無い。

 それは言ってみれば、スナイパーだらけの市街地に向けて、何の遮蔽物も無いハイウェイのど真ん中を堂々と歩いて接近していく様なものだった。

 敵からはこちらが丸見えで、そして遙か彼方から攻撃する事が出来る。

 一方こちらは敵がどこに居るかも分からず、よしんば分かったとしてもその敵を攻撃する手段が無い。

 

 絶望的に不利な戦いだった。

 しかし他にやりようがない以上、これでやっていくしかないのだ。

 文句を言って状況が改善するわけでも無い。今有るもので戦うしか無い。

 戦わなければ、何者とも知れない異星人に為す術も無く滅ぼされるだけだ。

 それだけは絶対に我慢がならなかった。

 

 マテウス・ルーテイロ空軍大尉は今日も愛機F5EMに乗り込んで、部下が駆る同じF5EM二機と供にデルタ編隊を組み、雲一つなく綺麗に晴れ渡った「悪天候」の空を飛んでいた。

 彼等の機体は、ろくに役に立たなくなったグリフォFレーダーを取り外し、一度は取り外された右20mm機関砲を再度搭載したため、正確にはF5EMとは呼べなくなっている。

 当たりもしないAMRAAMミサイルの誘導機能など切り飛ばして、腕さえ良ければ確実に当てることが出来る機関砲を増やす事を全てのF5パイロットが希望したため、ブラジル空軍は渋々デチューンとも言えるその改造に踏み切ったのだった。

 

 亜音速で高度三千mを飛ぶ彼等の眼下には、森が切り開かれ幾何学的な形をした農園が広がる地形がどこまでも続き、ゆっくりと後ろに流れていく。

 今日のコースは、カンポ・グランデを飛び立った後に国道60号線沿いにベラ・ビスタ、それからパラグアイとの国境沿いをポルト・ムルチーニョまで飛び、その後真北に進路を変更してボリビアとの国境の街コルンバを経由してカセレスに到達し、その後再びカンポ・グランデに帰る約1,500km、約二時間半の定期巡回コースだった。

 

 ファラゾアは南米で唯一の降下地点をボリビアのグラン・チャコ・カア・イアに設置した。

 カンポ・グランデからは直線距離にしてたったの700kmしか離れていない場所だった。

 コルンバやミランダといった、カンポ・グランデよりもボリビア国境に近い街では、異星人が近くに攻めてきたという想像を絶するニュースに半ばパニックを起こした住人がわれ先にとリオデジャネイロやサンパウロに向けて逃げ出した。

 パラグアイ川に面しどこまでも続く緑の湿原を望む、美しく整然と整備された国境の街コルンバは、今やゴーストタウンと化していた。

 

 それは今マテウスが着任して居るカンポ・グランデも似た様なものだった。

 百万人に達しようとしていたカンポ・グランデの人口だったが、今ではもうその1/3も残ってはいないだろう。

 今でも毎日、国道163号線や262号線がカンポ・グランデから逃げ出す車で混み合っているのを空から眺めることが出来る。

 

 カンポ・グランデ国際空港に降りる民間機など一年前から皆無で、今では民間空港側のエプロンも軍の輸送機やミラージュ2000で埋まっていた。

 民間空港と共用の地方の小さな空軍基地がいきなり最前線になってしまい、格納庫(ハンガー)や兵舎が全く足りていないのだ。

 兵舎の方はカンポ・グランデ市街地にある営業を止めたホテルや民間の家屋を接収することでどうにか賄えるが、航空機を整備するための格納庫を同じようなやり方で手に入れるのは不可能だった。

 

 新たに格納庫を建てようにも、住民の大半が逃げ出したカンポ・グランデでまともに営業している建築業者を探すのは至難の業だった。

 何とか営業している民間の建築業者を探し当て、逃げ出すためにまさに車に乗り込もうとしていた業者を拝み倒し頼み込み、金の力にものを言わせてどうにかその気にさせたとしても、今度は発注した建築資材をカンポ・グランデに運んでくる筈の運送業者が仕事を請け負うことを拒否した。

 地上を走る車や列車をファラゾアが攻撃することは無いと、いくら安全を強調したところでそれを信じるものは皆無だった。

 結局建築資材のかなりの部分について貴重な航空燃料と輸送重量を消費して軍が空輸する羽目になり、列車や船に比べて積載量の少ない輸送機を使ったことで結果的に資材調達が遅れ、基地施設の設置計画は目も当てられないほどに遅れに遅れていた。

 

 格納庫の建築がどれほど遅れていようと、そのお陰で本来行わなければならないオーバーホールが規定飛行時間を遙かに過ぎてもまだ順番が回ってこなかったりしようと、部品寿命の倍も使った部品を再び組み付けなくてはならない欠乏状態であろうとも、ファラゾアはそんなこちらの都合などお構いなしに仕掛けてくる。

 それを迎撃するために、どれ程機体が不調であろうが、どこかに不安を抱えていようが、敵が来るなら迎え撃たねばならないし、敵に好き勝手させない様に毎日の巡廻偵察は行わなければならないのだ。

 

「ダリオ、何か見えるか?」

 

 しばらく前にベラ・ビスタ上空を過ぎ、現在はパラグアイとの国境沿いにほぼ真北に向かって飛んでいる。

 ファラゾアが占拠しているグラン・チャコ・カア・イアは、進行方向に対して10時の方向に存在する。

 情けの無い事にパイロット自身による目視が重要な索敵手段の一つである為、1番機は前方を、左翼の2番機は左側を、右翼3番機は上方をそれぞれ担当して何か居ないか、一秒でも早く見つけるために目を皿の様にして敵の姿を探しているのだ。

 まるで第二次世界大戦の様だ、と溜息の一つも吐きたくなるが、今のところ他にやり方が無いものは仕方が無かった。

 

「いいえ。敵影無し。問題ありません。」

 

「ミラン?」

 

「上方敵影無し。問題ありません。」

 

「もうすぐコルンバ上空だ。気をつけろよ。」

 

「了解。」

 

「了解。」

 

 コルンバの街上空で、ブラジル国内では最もファラゾア降下地点に近い場所となり、直線距離で400kmしかない。完全にファラゾア制空圏の内側と言って良い。

 実際のところ無理に国境を守って神経質に飛ぶ必要は無い。

 ボリビアはもとより、パラグアイやペルー、チリまでが参加している条約が既に出来ており、対ファラゾア戦闘に限って国境は無視して良い事になっている。

 政治家どもも流石にそこまでは馬鹿では無い様だった。

 国境だとか、所属だとか、くだらないことにこだわっていては現場の兵士の損耗率が上がるだけ、という事は理解しているらしかった。

 

 もっとも、国境を越えることが出来る様になっても、積極的に自分から国境を越えてパラグアイ領やボリビア領に入り込もうとする者などいなかった。

 戦術的、戦略的にはより近距離での強行偵察を求められているが、それを実行する兵士達はそんな近距離に近寄りたいとは誰も思っていなかった。

 その丁度妥協点辺りに国境線が存在した。

 その結果、ブラジルとボリビアの国境線の内側が定期巡回コースの一部となった。

 

「大尉。」

 

 ファラゾア降下拠点に最も近いエリアが終わりを告げる、パンタナル・マトグロッセンス国立公園上空に差し掛かった時、左方向を警戒しているダリオがぽつりと呟いた。

 

「どうした? 何か見えたか?」

 

「どうにも嫌な感じがします。尻の据わりが悪いというか、妙に気が急くというか。」

 

 科学的根拠など何も無ければ、論理的な裏付けも無い。実際に何が見えているわけでも無い。

 だが、マテウスはこういった「虫の知らせ」の様なものを笑い飛ばしたりバカにしたりする様なことをするつもりは無かった。

 むしろ、たとえ科学的論理的では無いにしろ、熟練の兵士達が感覚を研ぎ澄ませた時に感じる「そういう感覚」こそが、最後の最後で生と死を分けているのだと信じてさえいた。

 熟練の兵士がその第六感の様なものを持つ様になるのか、第六感の様なものを持っていたから熟練の兵士になるまで生き延びられたのか、どちらが先なのかは分からなかったが。

 

「・・・降下する。高度500m。ダリオは左と後方、ミランは右と後方。俺は前方と上方を警戒する。」

 

「了解。」

 

「了解。」

 

 ダリオの「虫の知らせ」を真面目に受け止め、小隊に降下と警戒の強化を指示したマテウスにも、部下や周りの兵士達が感じた予感の真偽を見分けて、正しい判断をする事が出来る直感めいたものがある、と部下達が信じて付いてきているという事を本人は知る由も無かった。

 つまり、ダリオが嫌な予感を感じ、マテウスがそれに対して対応する様に指示したという事は、本当に何か起こるに違いないと、部下の二人は一切の余裕を捨てて指示された方向の警戒を行っている。

 

 高度が徐々に下がるに連れて、周りの気流が安定しなくなり、機体が揺れる。

 例え雲が出ていなくとも、夏に向けて日差しが日増しに強くなっていくこの時期、地表近くは様々な上昇気流が発生しており、気流が安定しない。

 カンポ・セハードと呼ばれる大平原から、パラグアイ川が形成する大湿原へ掛けてのこの地域には高い山など殆ど無いので、気流に煽られて山腹に激突する危険こそ有りはしないが、それでも気を抜けば思ったよりも高度が下がっていて、冷や汗をかきながら高度を取り直すという事態がざらに発生する。

 ましてや今は、マテウスの指示の元三人ともが周囲の警戒にその殆どの意識を割いている。

 HUDに表示された高度計を意識して頻繁に確認しなければ、気付いた時には地面に接触していた、などと云う事になりかねなかった。

 

 森と農場との間で頻繁に気流が変わる。

 まるでフラップか主翼が破壊されたかの様に、機体がガタガタと揺さぶられる。

 地上に激突しない様に、かと言って高度を上げすぎてただの的にならない様に、機体が振れる度に高度計を見て、小刻みに操縦桿を動かす。

 その間も視線は常に周囲を見回し、遙か彼方の僅かな以上も見逃さぬ様に索敵を続ける。

 操縦も索敵も、どちらも僅かでも疎かにすれば命を失う。

 当たり前だ。戦闘とはそういうものだ。

 分かっているのだが。

 緊張と死への恐怖で操縦桿を握る掌が汗でべっとりと粘りつく。

 マスクに反響する呼吸の音が、浅く激しくなっているのが自分でも分かる。

 脇の下から背中に掛けて汗が伝い、飛行服の下のシャツがぐっしょりと濡れる。

 マスクを外し、バイザーを上げて視野を確保する。

 

 ガタリと機体がひときわ大きく落下する。

 食らったか!?

 思わず左右を見回して機体の損傷を確認する。

 左右の翼も垂直尾翼もある。問題無く動いている。

 良かったただの乱気流だった、とほっと息を吐く。

 高度が30mほど下がった。

 操縦桿を僅かに引く。

 

「攻撃です! 四時の方向の地上に爆発!」

 

「ブレイク! ブレイク! 動け!」

 

 機体に損傷は無かった。

 先ほどの衝撃は乱気流だった。

 偶々、攻撃を受けた瞬間に乱気流に入り、大きく高度が下がったので運良く攻撃を避けられたのだろう。

 ラッキーだった。

 

 左を見る。

 敵影は見えない。

 それ程遠くから撃たれたのだ。

 迎え撃つにしても、逃げ切るにしても、どれ程の距離を飛ばなければならないのか。

 心が絶望で塗りつぶされていくのが分かる。

 

「全機バーナーオン。方位09。逃げるぞ。」

 

 分かっている。

 ファラゾアは必ず叩き落として、少しでも敵の数を減らさなければならない。

 だが、それは今じゃ無い。

 姿も見えないほど遠距離から狙撃してくる敵に立ち向かっていくほど馬鹿なことは無い。

 

「了解。バーナーオン。方位09。」

 

「コピー。」

 

 三機のF5EMはアフターバーナーの炎の尾を引きながら、大きく右に旋回した後、まるで気が触れたのでは無いかと思われる様な無茶苦茶な軌跡を描いて飛び始めた。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 ジェット戦闘機と宇宙船(戦闘機)とで、有視界戦闘ですよ。有り得ねえ、という話ですが。


 ファラゾアが高いステルス性を持っており、且つ地球人類がレーダー以外にまともな索敵手段を持っていないため、レーダーを封じられた途端に光学索敵(要するに有視界)に退化です。


 頑張れ人類。

 そのうち何とかなるよ。きっと。多分。

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