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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第九章 TACTICAL PROJECT 'BOLERO' (ボレロ)
229/405

10. 重力推進式空対空ミサイル「蘭花」

 

 

■ 9.10.1

 

 

 眼下をカリマンタン島の深い森がゆっくりと後ろに流れていく。

 

「Zone3-08、敵部隊だ。推定七十機。空域の全部隊は交戦に備えよ。」

 

 編隊の遙か後方の空で遊弋する、ピケット艦が射出したAWACS子機が前方の敵の存在を知らせてくる。

 同時にAWACSからのデータが届き、HMD上に敵の存在を示す赤色の円と、コンソールの戦術タクティカルマップ範囲外に敵が存在することを示す赤塗りの三角をマップ境界に表示する。

 

「フェニックス全機、速度M2.5を維持。GPU推進継続、フュエルジェットミニマム。編隊を維持。(ファー)(ストア)(タック)の手柄は他に譲る。」

 

 飛行隊長のレイラから、ST部隊である666th TFWの二十一機に指示が飛ぶ。

 敵を見つけると、ともすると何も考えずに単機で全力突撃した上に、七十機程度であればほんの数機が突入しただけで全て殲滅しかねない戦闘バカどもを牽制するための、過去の経験に裏打ちされた編隊長からの指示だった。

 

 機動艦隊から出撃した艦載機部隊だけで三百機近い数が揃っている。

 加えてインドシナ半島、マレー半島から出撃してくる空軍機も合わせれば、総勢千機にもなろうかという大攻勢だった。

 七十機程度の敵を一般兵士達の部隊と争って迎撃するのは、ST部隊の役割では無かった。

 AWACSに探知された針路上の敵機は他に譲り、突発的な緊急事態に備えるのが、この出撃で達也達ST部隊に対して与えられた任務だった。

 

 軌道設置型重力推進対地ミサイル(OSM)「菊花」四十四発によるカピト降下点周辺の地上施設に対する攻撃は凄まじく、敵戦闘機の重力推進器が発する重力波を目を皿に様にして観察している潜水ピケット艦や、そのピケット艦から打ち上げられた無人AWACS子機が、通常ならあり得ない距離であるZone5まで接近して詳細に探査しても、予想されていた降下点周辺駐留戦闘機数に比べて遙かに少ない数の敵戦闘機の存在しか探知されていなかった。

 状況から、一万機弱存在するとみられていた降下点周辺駐留敵機部隊の殆どは、完全に不意討ちかつ過剰(オーバーキル)であった菊花の猛烈な攻撃によって、降下点周辺地上施設と共に撃破されたものと推測されている。

 

 そのため今全ての戦闘機は重力推進を用いてわざと敵に探知され易いようにしてカピト降下点に接近し、こちらの接近に対して釣られて出てくる敵機を殲滅する、或いは隠れて待ち伏せ(アンブッシュ)ている敵を炙り出して殲滅する、という行動を取っていた。

  母艦から発艦し、艦隊を離れてカリマンタン島の海岸線を越えて内陸に入り込んだ後は、いつものように重力推進をオフにして息を顰めて敵地に侵入する様なことをせず、侵攻する全ての機体が高度5000mを維持してほぼ重力推進のみで飛行している。

  敵の降下点に存在する地上施設を全て破壊できたのであれば、その周辺に残る残党の敵機も全て綺麗に掃除して、このカリマンタン島からファラゾアを完全に排除し、島とその周辺の領域を人類の手に取り戻そうとしているのだ。

 

  また、この作戦に参加した戦闘機の大部分を占める新型の艦載機、高島重工製の「銀雷」或いは、MONEC「フィーンリッター」、スホーイ「クラーチカ」はいずれも新型の人工重力発生器(AGG)を搭載している。

  その新型のAGGに搭載された新機能、「AGGセパレータ」と呼ばれるものは、従来一つの重力推進器(GPU)に一つの人工重力発生器(AGG)が必要であったところを、一つのAGGに複数のGPUを接続することが可能となった。

  例えるならば一つのバッテリから出力される起電力を複数の回路に流すことの出来る並列接続の様に、一基のAGGが発生する重力 (=空間の歪み)を複数のGPUで利用する、或いはGPUで利用した余剰の重力制御能力を他の用途に回すことが出来るようになった。

 

  この技術的進歩は、戦闘機や攻撃機の攻撃能力に直接寄与するものではなかったが、例えば重力推進中は機体が空間の歪みに沿って「落下している」状態であるために、常に無重力状態となるコクピット環境を改善して1Gに保ったり、従来上下左右方向への並行移動は出来ても、回転運動(ロール)が出来ないという重力推進による機体制御の欠点を改善して、パイロットへの負担を掛けること無く自由に全方向に移動・回転する事を可能とした。

  このAGGセパレータが戦闘中のパイロットに掛かる肉体的ストレスを大きく軽減した効果は非常に大きく、機動力や攻撃力が殆ど変わらないにもかかわらず、総合的な戦闘能力を飛躍的に向上させるという劇的な改善効果を地球人類側の戦闘機にもたらしたのだった。

 

 AGG、GPUを搭載した従来の戦闘機でもゼロ速度での空中静止は可能であったが、それに加えてAGGセパレータを搭載した達也達の機体は、ゼロ速度での回転(ロール、ヨーイング、機首上げ)が可能となっている。

 戦闘中にその様なゼロ速度での動きを行う事はまずあり得ないが、ゼロ速度での機動だけでは無く、飛行中であっても空力を完全に無視した機動が可能であるという意味において、特に達也のような元々空力を無視したような戦闘機動をしていた者達───最近では達也を見習ってST部隊の殆どのパイロット達が同様の機動を行うようになっている───にとって、大きなアドバンテージをもたらすものであった。

 その結果、大気圏内を飛行する航空機であるにも関わらず、地球人類側の航空機は相対的に重力推進への依存度をより深めていく結果となっていた。

 

 ともあれ、機動艦隊を離れてカリマンタン島内陸部へと侵攻していく達也達ST部隊を含めた艦載機群約三百機の役割は、意図的に重力推進を多用して目立ち、降下点付近に存在する敵機を誘き出して殲滅する事であるため、全く遠慮無くGPUを使用して重力波を盛大にまき散らしながら、ファラゾア来襲以来誰も飛ぶことの出来なかったカリマンタン島上空を悠々と飛行していた。

 

 右前方にセリア機と、その向こう側にレイラ機の尾部を視野の端に入れながら、HMD表示と戦術マップの両方に常に目を配って突然の的の出撃に備えつつも、達也は十二年ほど前の苦い記憶を思い出していた。

 戦闘機パイロット訓練課程を終えて初めての実戦配備、初めての最前線、初めての上官と初めての僚機。

 母親の遺体さえも残させずに命を奪った敵、生まれ育った場所と平穏な日々を或る日突然奪い去った侵略者を叩き墜とす為の手段と力を初めて得た場所。

 そして、僚機も上官も自分の機体も、初めて何もかもを失った場所。

 圧倒的な敵の攻撃からただ逃げ惑うことしか出来ず、気が付けば何もかもを失って、ほぼ大破した愛機に乗って、見渡す限りの水平線の上空でただ一人生き残った記憶。

 それが眼下を流れていく深い緑の森の景色に重なる。

 あの時、今と同じ技術と機体があれば、上官と僚機を救うことが出来ただろうか。

 いや、無理だ。

 どれだけ技量を上げようと、どれだけ高性能の機体であろうと、単機で出来る事はたかが知れている。

 圧倒的な物量の攻撃の前では、やはり自分の身を守るのが精一杯だろう。

 考えても仕方の無いことだった。

 どれだけ悔やもうとも、死んだ者が還ってくることは無いのだ。

 

「・・・也、達也!」

 

 レシーバから聞こえる自分の名を呼ぶ声で我に返った。武藤の声だった。

 

「あ、ああ。済まない。考え事をしていた。どうした。」

 

「どうした、じゃねえ。他はみんなもう上昇していったぞ。Zone2に入った。高度10000だ。」

 

 敵降下点中心部に対空兵器が残存していた場合を想定して、降下点中心から200kmの地点で高度を上げる事になっていた。

 見れば、先ほどまですぐ右前に居た筈のセリアとレイラの機体はすでに消えており、振り向くと未だに高度を上げていないのは、達也とそれに従うA中隊の五機だけだった。

 

「・・・高度10000まで上昇する。」

 

 達也が操縦桿を引くと、コクピット内の重力は1Gに保ったまま一切のGを感じること無く機体は機首を上げ、一気に10000mまで空を駆け上った。

 上空を征くST部隊の十五機の姿はすぐに見つかり、L小隊の左後方である所定の位置目掛けて航路を修正し、達也の機体はセリア機の左後方20mの位置に下方から接近してぴたりと納まった。

 A中隊の残る五機が、まるで糸で繋がったひとかたまりの物体であるかのように、達也機の後方に次々と収まっていく。

 

「お前らしくないな。」

 

 編隊長で或るレイラは、こちらを見ている視線は感じたものの、達也が合流してきた後も特に何も言ってこなかった。

 声を掛けてきたのは、再び武藤だった。

 

「悪い。」

 

 それきり武藤も何を言うわけでも無かった。

 トップエースとして、そして始末屋或いは「死神」として、世界中に散らばったファラゾア降下点に対峙する最前線を幾つも渡り歩いてきた皆がそれぞれ似た様な記憶と傷痕を抱えている事は皆が理解している。

 そしてその皆が、戦闘に入った途端頭を切り替え、ひたすらに敵を追い破壊する事に全力を傾ける。

 辛い記憶も苦い想い出も、それが戦いの原動力であることを分かっていた。

 

 不意に敵機の存在を告げる電子音が鳴る。

 

接敵(コンタクト)。方位35、高度30、距離100、数120。近いな。地上に居たのか。」

 

 編隊の全員の戦術マップに敵は表示されているが、レイラが口頭で敵情報を読み上げた。

 ST部隊の全員が搭乗する「銀雷」は、高島重工業製の機体らしく長く広い索敵能力を持っている。

 正確な機数などの詳細情報を無視してとにかくファラゾア戦闘機の存在の有無だけを探知するのであれば、戦闘機であるにも関わらず今や300kmを越えた彼方に存在する敵機を探知することさえ出来るようになっていた。

 その筈が、100kmに近付くまで探知に引っかからなかったという事は推力ゼロの状態で地上に居たと云うことだろう。

 

「ちょうど良い距離だ。新型AAMを使う。L、A1、B1各小隊、FOX1、各二発。5秒前、3、2、1、発射(リリース)。」

 

 レイラからの指示と共に、ST部隊の編隊の前縁を飛ぶ九機から、それぞれ二発ずつの白いミサイルが翼下パイロンを離れた。

 今回ST部隊の機体に搭載されたのは、高島航空工業製の重力推進式空対空ミサイル「蘭花」である。

 全長4.5m、重量360kgの大型ミサイルは炸薬を持たず、ただ熱核融合炉リアクタと人工重力発生器(AGG)、重力推進器(GPU)、そして敵を探知し追跡するためのシステムのみを搭載する。

 大型である為に、達也達が操縦する小型の艦載機「銀雷」には最大四発しか搭載することが出来ない。

 

 十八発ものミサイルは母機から切り離されて数秒間ゆっくりと落下した後、炎を噴くでも無く、煙の航跡を残すでも無く、突然に前方へ向けて急加速して肉眼では見えない敵目掛けて突き進み始めた。

 M2.5の速度で飛行する母機から発射されたミサイルは、一瞬でM7.0に達し、接近してくる敵部隊との距離を急速に縮めていく。

 加速開始後数秒で、1.5秒ごとに激しく位置を変えるランダム機動を始め、百機ものファラゾア戦闘機からの長距離狙撃をことごとく躱していく。

 それでも完全に躱しきることは出来ず、敵部隊に肉薄するまでの間に二機が撃墜された。

 そして残る十六機のミサイルが敵部隊に襲いかかった。

 

 ファラゾアの戦闘機もミサイルの接近をただ待っていただけでは無く、その距離が10km程になると、回避行動を取った。

 ファラゾア特有の高加速で、敵機がミサイルの針路から次々に逃げていく。

 十六機のミサイルは逃げるファラゾアを追う。

 或いは、敵機を追う行動を取る中で、より手近なところに敵を見つけてはそちらに針路を変える。

 逃げるファラゾアも彼等特有の急角度での進路変更でミサイルを躱そうとするならば、追うミサイルの方も同様に急旋回急加速で獲物を追い続ける。

 その過程で、一機、また一機とファラゾア機が撃墜されていく。

 

 ミサイル「蘭花」による敵機の撃墜方法は独特なものである。

 炸薬を持たない蘭花は従来のミサイルの様に目標に接近して爆発する事が無い。

 炸薬の代わりに重力共鳴作用(Gravity Resonance:Gv-Res)を用いて、周囲一定距離に存在するファラゾア製の重力推進器をオーバーロードさせて機能停止に追い込み、ファラゾア戦闘機から飛行能力を奪って撃墜する、というのがこのミサイルの敵機撃墜方法である。

 

 一見すると、燃料が尽きるまで延々と飛び続け、飛び続ける間中敵機を次々に撃墜できるという夢の様な性能のミサイルに思えるが、流石にそれ程何もかも都合が良い事ばかりでは無い。

 重力共鳴の作用範囲に敵機を捉えるために、蘭花はファラゾア戦闘機と同等か、或いはそれ以上の高機動にて戦場を飛び回る。

 当然その間も周囲の敵機は蘭花を撃ち墜とそうとしてレーザーを射かけてくるので、幾らランダム機動を行っていようとも確率で撃墜されるものが発生する。

 

 さらには、未だファラゾアの技術レベルには追い付いていない地球人類の冶金工学によって生み出された蘭花の外殻は、ファラゾア戦闘機と同じ機動を耐えることが出来ず、熱によって徐々に崩壊し、破壊される事となる。

 敵の集団の中に飛び込み、敵機を追い回し、着実に撃墜数を上げる蘭花ミサイルではあっても、被弾や高熱による崩壊で一機、また一機と脱落していき、終には全ての蘭花が戦闘空間から消え去ることとなる。

 

「全ランカ消滅(All RANKA eliminated)。ランカによる撃墜数、四十一。」

 

 蘭花に追い回され飛び出してきた敵機を、まるでこぼれ球を拾う様に撃墜していたST部隊の飛行隊長、レイラが呟く様に蘭花の全滅を口にした。

 

「十六発で四十一機撃墜したなら、良い方じゃ無いか? 一発で二機以上だろ? 新兵よりは遙かに使えるぜ?」

 

 他のパイロット達に聞かせるとも無く呟いたレイラの声を聞いていたレイモンドがそれに応えた。

 勿論、レイラもレイモンドも戦闘中である。

 しかし、二十一機もいるST部隊がたかだか八十機程度の敵を相手にしている状態は、彼等にとっては鼻歌の出るほど余裕のある戦闘だった。

 

「ミサイルとしては、な。コストが見合わん。ロストホライズンの様な、大量の敵機が密集している状態でなければ使えんな。使い所を選ぶミサイルだ。」

 

「ああ、成る程。」

 

 日産数百或いは数千機の、事によるとミサイルよりもコストが低いかも知れない超大量生産の敵機を、高価なミサイルを使って数機撃ち墜とす程度では割に合わないという事を彼女は言っていた。

 

 ST達は程なく残敵を掃討し、残り四十機を割った敵部隊は急上昇して宇宙空間へと消えていった。

 

「空域クリア。カピト、ポイントゼロに向けて侵攻再開する。」

 

 レイラの指示により、戦いでバラバラに散っていた二十一機が再び集合して編隊を形成し、南国の淡い青色の空の下、針路を西に取った。

 

 

 いつも拙作お読み戴き有難うございます。

 

 更新が随分遅れました。更新を楽しみにして戴いている皆様には、大変申し訳ありませんでした。

 公私ともに全然執筆できない状況が続いていました。


 桜花、菊花と続いて、次は蘭花です。

 重力推進式なのですが、現在の地球人の技術力ではリアクタもAGGもGPUも充分に小型化することが出来ず、全長4m以上、重さ400kg近くある大型ミサイルになってしまっています。

 そのため、潜水空母に搭載するために小型化されている銀雷では、最大四発しか搭載することが出来ません。

 重力推進を使用すれば離陸重量なんて有って無きが如しなのですが、格闘戦中に重力推進を切ってリヒートモードでの空力飛行を行う可能性があるため、翼下パイロンへの荷重に制限があります。

 もともとミサイルを搭載することを想定して設計されていないため、一機当たり四発までしか搭載できません。

 もっとも、作中でレイラがコメントしているとおり、リアクタ付き、GPU付きの高価なミサイルをポンポンぶっ放してはコストが大変なことになるため、使い所をかなり選ぶミサイルとなっており、今後もそれほど活躍するとは思えないですね。 

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[良い点] 面白かった。 [一言] 公私が落ち着くことを祈ってます
[一言] 一機程度、今は一騎当百位だから救えなくも無さそう
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