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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第九章 TACTICAL PROJECT 'BOLERO' (ボレロ)
228/405

9. 軌道設置型重力推進対地ミサイル「菊花」

 

 

 

■ 9.9.1

 

 

 それは数ヶ月前に地球を離れ、地表から約2500kmほど離れた周回軌道を対地速度約6.7km/secで地球を回っていた。

 二時間強で地球を一回りする軌道であるが、類似の軌道に似た様な物体が数百も漂い、いずれも自分達が生まれそして任務を与えられた青い星の周りを巡っていた。

 外殻の外側に貼り付けられた僅かな太陽電池パネルから待機電力を得ながら、それはいつ来るとも知れない指令を待ち続けた。

 

 そしてその時が来る。

 回っている青い星の地表の一箇所から、ごく短い電波信号が発せられる。

 待ち続けた指令を受けたそれは、副バッテリの回線を繋ぎ、あふれ出る電力を利用して僅かな時間でシステムを起動した。

 システムは与えられた指示通りに、備え付けられた多数のセンサを使って現在の自分の状態と、位置を割り出す。

 一連の起動シーケンスを終え、それは副バッテリに蓄えられた電力を消費しながら、システムを起動したまま耳を澄まして次の指示が届くのを待つ。

 

 次の指示は、自分よりも低い高度の周回軌道上からレーザー信号にて届けられた。

 一度目の指示よりも遙かに多い情報量を伴って届けられた指示は、現在の位置、目標の位置、起動のタイミングなど、与えられた使命を全うするために必要充分なだけのデータをそれに与えた。

 

 システムがカウントダウンを続ける。

 それは適正なタイミングで主バッテリを主動力回線に繋ぎ、バッテリに蓄えられた電力を叩き付けるようにして解放した。

 大電流はレーザーイグナイタを起動し、備えられたレーザー発振素子を励起して強烈な単色光を生み出す。

 同時に電気分解された燃料がリアクタチャンバに導入される。

 イグナイタから打ち出されたレーザーが、プレヒートリアクタ内の軽水素分子と重水素分子を一気に加熱する。

 燃料である水素分子とその同位体分子は、プレヒートリアクタチャンバ内で一瞬で1億度まで加熱され、高エネルギーを与えられた分子は分解し、プラズマ化する。

 一瞬の後、励起されたプラズマ水素原子とプラズマ重水素原子が衝突してヘリウム原子が生成し、同時に高エネルギー中性子が分離して飛び去る。

 プレヒートリアクタチャンバ内で発生した原子の炎は温度を上げながらメインリアクタチャンバ内に伝播し、充填された燃料分子を一瞬で励起してプラズマ化する。

 プラズマ化した燃料の原子が衝突し、チャンバ内の温度をさらに上昇させる。

 リアクタチャンバ内の原子の炎は、それ自体が発生する熱で燃料のプラズマ化と原子の融合反応を維持するだけの熱量を発生するようになり、いわゆる核融合定常状態を維持できるようになる。

 

 発生した熱は電力に転換され、その膨大な電力が人工重力発生器に流れ込む。

 人工重力発生器によって形成された空間の歪みは、管制システムから指示を受けた重力推進器によって形と方向を整えられて、それの周りを取り囲んだ。

 自身の周りに形成された強い空間の歪みに従い、長さ8m、そして1.6tもの重量を持つそれ、即ち軌道設置型重力推進対地ミサイル(Gravity Propulsion Orbit to Surface Missile)「菊花」は、定められた目標に向かって1500Gの加速度で突進し始めた。

 

 四十四発の菊花は、途中加速度を緩めつつも起動後僅か20秒ほどで地球大気圏上層部へと到達した。

 100km/sという超高速で地球大気圏に突入した菊花は、惑星の表面を薄膜のように覆う大気の層に大穴を空け、突入衝撃波をまき散らし、大気を構成する気体から凄まじい抵抗を受けて急速に減速しながらも一瞬で地表に到達する。

 突入する菊花の前面で圧縮された大気は一瞬で数百万度にも達し、太陽ほどにも眩しい光を発する火球となった。

 地球大気圏に突入する天然の流星よりも遙かに速く、燃え上がる大気の炎を纏った巨大な火球と化した菊花は、その超高熱と、大気圏突入時の衝撃により急速に構造を崩壊させつつも、1.6tの質量の殆どを、50km/s近い速度を保ったまま地表へと届けきり、叩き付けた。

 

 高速で地表に突入した菊花本体と、共に地上に到達した高温の衝撃波が、鬱蒼とした森に覆われたカリマンタン島北部の山岳地帯の森と共に地表を吹き飛ばし抉り取る。

 菊花本体は激突の衝撃と熱で完全に蒸発し、激突地点のありとあらゆるものを吹き飛ばし、融かし蒸発させ燃え上がらせた。

 圧縮された大気と、菊花本体の激突で発生した衝撃波は、空気そのものが炎の波となって広がり、一瞬にして周囲数kmの森の木々をなぎ倒し、瞬時に燃え上がらせる。

 衝撃波で抉られ、大量の熱で蒸発した炎と岩石の蒸気による塵が巨大なキノコ雲を形成し、大量の岩石蒸気を高度5000mまでの大気中にまき散らす。

 

 菊花が激突した地点には直径300m、深さ50mもの巨大なクレータが生まれ、クレータの底には融けて煮立った岩石溶岩が池を成して光っている。

 そのすぐ近くに次弾が着弾する。

 もう既に吹き飛ばされ融け固まった岩の表面しかなく、豊かだった森の名残さえ残していない全ての命が死に絶えた地表を、音速を遙かに超えた燃える空気の衝撃波が再び全てを抉り取り焼き尽くすかの様に駆け抜けて覆い尽くす。

 巻き上げられた岩石の蒸気は上空で分厚く黒い巨大なキノコ状の雲をまたひとつ増やし、既に幾つも立ち上る同様の黒雲と共に衝撃波に煽られて混然と混ざり合う。

 また地上に新たなクレータが一つ増え、融けた岩や土が辺りに飛び散って、眩しく光る溶岩が僅かな凹凸の表面を覆い流れていく。

 

 あらゆる全ての生命が一瞬で死に絶え、森も山も川も何もかもを一緒くたに焼き尽くして融かして煮えたぎらせ、それでもまだなお次から次へと過剰な破壊と死をもたらす眩く巨大な火球が、惑星の大気の層を一瞬で突き抜けて地表に大穴を開け、数十kmの範囲に渡って全てを破壊し焼き尽くす炎と衝撃波を撒き散らす。

 地獄のようなという言葉でさえ生温い、見る者全ての思考を奪い絶望の淵に叩き込み、まさにこの世の終わりと思わせる眺めがそこにあった。

 

 菊花の突入と着弾合わせて百に近い数の衝撃波が立て続けにカリマンタン島を渡り、地球大気圏の中を四方へと広がっていく。

 数百kmの彼方でもその衝撃波はガラスを割り、屋根を吹き飛ばし、人が住まなくなった廃屋を打ち倒した。

 カリマンタン島を挟んでほぼ反対側の位置に居ると言って良い、達也達の乗るジョリー・ロジャーを含む第七潜水機動艦隊および、同海域に浮上した数十の潜水艦群にしてもそれは変わりなかった。

 

「衝撃波到達予想時刻マイナス20秒。」

 

 ジョリー・ロジャーのCICに探知班オペレータの声が響く。

 

「総員耐衝撃姿勢。どれほどの衝撃が来るかわからんぞ。」

 

 艦長のシルベストレ・カンデラス大佐がCICをぐるりと囲むように壁面に据え付けられているメインモニタを睨みながら言った。

 大規模且つ強烈な衝撃波の発生は当然予想されており、またその衝撃波が艦隊の作戦位置に到達するまでの必要時間も計算されていた。

 しかしその幾重にも重なるこれまで人類が経験したことの無い衝撃波が、どれほどの威力をもって艦隊を翻弄するかまでははっきりとは分かっていなかった。

 科学者達から与えられたアドバイスは、水中で衝撃波を受けるよりもむしろ、弾性の高い物体である大気を伝わる衝撃波を海上で受ける方がまだましだろう、というなんとも曖昧で頼りの無いものだった。

 

「艦外光学観察で確認。衝撃波、第一波、来ます。」

 

 探知班の別のオペレータが見つめるモニタの中では、凄まじい速度で迫り来る衝撃波によって海面が押され、海面の色が変わっているかのように見える映像が表示されていた。

 色が変わったように見える海面は一瞬で近付いてきた。

 オペレータの声で衝撃波の到達が告げられた数秒後、艦体を通してなお腹の底に響くような爆発音と共に、艦体が大きく揺れた。

 

「続いて第二波、第三波、その後も連続して多数来ます。」

 

 そのあとはまるで次々と休み無く乱れ打ちで打ち上げられる大玉の花火の音を聞いているか、或いは想像を絶する激しさの砲撃音を聞いているかのように、一つ一つを分離できない爆発音の連続が数十秒続いた。

 轟く爆発音が艦内を突き抜けていき、叩き付ける衝撃波に艦体が震え翻弄される。

 しかしその嵐も数十秒続いた後に終わり、静けさが戻ってくる。

 

「衝撃波群、通過しました。」

 

「被害報告。」

 

「損害軽微。艦体に歪み無し。」

 

「口頭被害報告無し。」

 

 元々爆発などによる水中衝撃波を耐える様に設計されている潜水艦であり、また水上艦艇の様に様々な突起物や窓などが無い分、衝撃波というものに対して強い潜水艦であった。

 

「旗艦『ラクロシュトゥリ 』より指示。全空母艦載機発進開始。」

 

「艦載機、全機緊急発進開始。対空警戒。ピケット艦、対空艦とのリンク確認。」

 

「艦載機発進開始。緊急発進。20分で全部出す。」

 

「アイアスシステムリンク。防空情報来ます。周囲300km敵影無し。上空高度1000kmまで敵艦影無し。」

 

 一方格納庫内では、全ての灯火が点灯されて、潜水艦の腹の中とは思えない程に明るくなる。

 

 先頭のレイラ・ジェブロフスカヤ少佐が搭乗する機体を乗せたシャトルパレットは既にエレベータ直下まで移送されており、航空甲板のエレベータ開口部分を塞いでいるエレベータハッチが開けられるとすぐに上昇を開始する。

 エレベータ開口部付近と、レイラ機のパレット各所に取り付けられた黄色灯が明滅を繰り返して、黄色く脈動するかの様に格納庫内を照らし出す。

 航空甲板に残る海水が雫となって艦内に滴り落ちる中、パレットが上昇して行き、パレットが完全に開口部を塞ぐと、艦外から漏れてくる光も見えなくなった。

 

 航空甲板と同じ高さまでパレットが移送されると、パレットの周りを囲む様に点滅していた黄色灯が緑に変わった。

 レイラは主翼を展開し、パレット共に航空甲板に上がってきた整備員がその固定を確認して、固定完了のハンドサインを送った後にエレベータ脇の航空甲板要員通路のハッチを開けて中に飛び込んだ。

 エレベータ脇に設置された、通称「タコツボ」と呼ばれる航空甲板作業指示所(FDOR: Flight Deck Operation Room)からの指示で、パレット上に機体を固定していた四箇所のハーネスが解放される。

 

 ハーネスが解放されたことを確認すると、パイロットであるレイラはGPUスロットルを開け、機体重力をマイナス0.5Gにしてパレット上から直接空中に浮かび上がる。

 0.5Gで浮き上り始めて約3秒後、高度50mに達したところでジェットスロットルを開け、フュエルジェットに点火、弾かれた様にして艦首方向に飛び出した。

 約20秒後、レイラが飛び出していった前方エレベータから艦尾方向に100mほど離れた場所に設置してある後方エレベータから、同様にしてB中隊長であるレイモンド機が飛び立つ。

 

 前方エレベータからL小隊の三機が飛び立った後、A中隊の順番が回ってくる。

 セリア機が載っていたパレットが航空甲板から一段下がり、後方に向かって移送されていくと同時に、既に開口部直下に移送を終えている達也機のパレットが開口部に向けてせり上がり始めた。

 発進前の最終チェックは既に終えており、開口部の外を眺めるくらいしかやることがない。

 

 四角く切り取られた船殻の向こうに南国の青い空が見えた。

 パレットがせり上がるにつれ、機体は無機的な灯りに照らされた格納庫の中から、頭上から照りつける強い日差しの下に出て行き、コクピットの中もその眩しい陽光に照らされる。

 コクピットが航空甲板の上に出て、青い海原と青い空が周りを埋め尽くす。

 海の中を進む潜水艦の艦内に長時間閉じ込められていた眼には、南国の強く降り注ぐ陽光と、陽の光を反射してキラキラと光る海面が眩しかった。

 

 懐かしい南の海に見蕩れている時間は無かった。

 軽い衝撃と共にパレットの上昇が止まると、達也はコンソール上の「SPR WNG(翼展開)」ボタンを押して、畳み込まれた主翼を展開する。

 整備員が走り回り、両翼の固定を確認すると、一人が機首正面で翼固定完了のハンドサインを出し、すぐに後ろを向いて走り去る。

 同時にコンソール上のエラーモニタウィンドウに目を走らせ、エラー表示が無い事を確認する。

 

「フェニックス02、翼固定確認。システムオールグリーン。発進(レディ)準備(トゥ)完了(テイクオフ)。」

 

 同時に航空甲板上の僅かな出っ張りに覗き窓が見えるFDORに向けて、コクピットの中でサムアップした握り拳を上げて、発進準備完了のハンドサインを送る。

 整備員全員がエレベータ脇のハッチの中に姿を消すと、固い音と共に機体を固定していたワイヤハーネスが解放された。

 

「こちらジョリー・ロジャー・コントロール。フェニックス02、テイクオフ。」

 

「諒解。フェニックス02、Gv-0.5(グラヴィティ マイナスゼロデシマルファイヴ)、テイクオフ。」

 

 航空管制からの指示が終わらぬうちに、達也はGPUスロットルを開いて機体に-0.5Gの重力を掛けた。

 高島重工業製艦載戦闘機F21(A13T24)「銀雷ぎんらい」は、本来の地球引力の向きとは逆にかかった重力に引かれ、その小ぶりな機体をふわりと空中に向けて浮き上がらせた。

 -0.5Gの等加速度運動で僅か数秒で高度50mに達し、HMD上で流れる様に変化する高度計を確認した達也は、ジェットスロットルを一気にミリタリーパワーにまで押し込んだ。

 燃料を与えられ、一気に回転数を上げたエンジンから吹き出すジェットが機体を押し、達也の機体は滑る様に加速して一気に潜水空母を追い抜いて洋上に踊り出した。

 

 明るい紺色に波打つ海に一瞥を投げ、達也は視線を空に向ける。

 高度1500mでL小隊とB1小隊が二つのデルタ編隊を組み上げて、モータージェットモードでゆっくりと母艦の上を旋回しながら後続が合流してくるのを待っている姿が見えた。

 フュエルジェットのまま高度1500mまで上昇し、レイラ達L小隊の左後ろに付ける。

 旋回している内に、数百km彼方に発生した巨大な爆発煙が成層圏に到達し、上空の強烈な気流にたなびいているのが見える。

 

 地形を変え、地球の気候をも変えかねない様な大規模攻撃はもう見慣れてしまっていた。

 近付くときの良い目印になるな、と感動も無く達也は思った。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 どう考えてもオーバーキルです。

 色んな条件で突入させてみて試験したかった、というのはありますが。


 フェリシアン@連邦軍参謀総長

「・・・・やり過ぎちゃった♡ (テヘペロ)」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 水中の衝撃波への言及がいい。手榴弾は水中の方が危ないというやつですね。とはいえ実際にどちらがやばいかは実験しないとわからないですね。起爆する面より水中のほうが下になるので、水中にいるほうが…
[一言] 地上攻撃でそんなに強烈な水中衝撃波が来るのかな?それとももしかしてガチンコ漁みたいな感じを警戒してるのかな?だとしたらもしかしたらクジラやイルカが大量死してるのかな?
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