2. SHOCK TROOP CORP (ST部隊)
■ 9.2.1
国連が地球連邦へと、国連軍が地球連邦軍へと変わると同時に、そこに所属する達也達の666th TFWにも変化が訪れた。
これまで666th TFWは、国連空軍に属しつつも半ば独立した命令系統を持ち、国連軍参謀本部からの指示を直接受ける特殊部隊として扱われてきた。
しかしながらその所属と役割は、実は明確に定義されておらず、正式に存在するのかどうかすら分からない命令系統に従う異分子集団、或いは幽霊部隊というような状態であった。
国連軍が地球連邦軍へと変わる組織改編に伴い、666th TFW(第666戦術航空団)の航空団名が地球連邦軍参謀本部(UNTF-CAH)直下に正式に登録され、さらにはその部隊任務の性質から「SHOCK TROOP CORPS(STC)」という半正式な部隊名称までが付与された。
この特別扱いは、当初の666th TFWの任務がいわゆる始末屋、即ちロストホライズン時に反応弾頭ミサイルを使用して、場合によっては味方の航空基地や市街地もろとも敵部隊を撃破する、という極めて特殊な任務であり、その指示が国連軍参謀本部から直接下されていたことに由来する。
即ち部隊再編は行われたが、今後も従来通りの特殊任務が次々与えられるという意味であろう事は想像に難くなかった。
そしてその通り、ST部隊に与えられる任務は「通常の部隊にては処理不能であると思われる作戦一般の実行」という、非常に曖昧な定義が行われた。
定義の中に記述された「作戦」には、実はその作戦が陸海空宙いずれの分野で実施される作戦であるかの限定がなされておらず、目下のところファラゾアという地球外から襲来した明確な敵が存在し、部隊名がTFW(Tactical Fighters Wing:戦術航空団)であることから、指示される作戦はたぶん空軍或いは宙軍の分野になるのであろうと推定されるだけで、いざとなれば海軍或いは最悪陸軍の分野での作戦指示が下される幅を持っているということに部隊内の目敏い何名かが気付いていた。
後にその推論は正しかったことが証明されるような指示が下される事になるのではあるが、さすがにそれは達也達戦闘機隊のパイロットに向かってアサルトライフルを担いで敵地上施設に徒歩突撃せよ、という無理難題を吹っ掛けるという意味では無く、実行しなければならない作戦内容に応じて、それに対応した兵士を極めて柔軟に部隊内に取り入れる、という意味の定義であった。
尤もその場合においても、戦術航空団を名乗る部隊が歩兵や或いは水兵を擁するという大いなる矛盾を抱え込む事になり、部隊名を666th TDV(666th Tactical Division:第666戦術師団)とした方が良いのではないかと云う意見もあった。
参謀本部直下の特殊部隊であること、師団とするには余りに小規模の部隊であること、そうは言っても実際のところ航空戦あるいは宇宙戦が作戦の中心となるであろう事から、結局666th TFWの名前はST部隊という新たに付与された名称と共にそのまま残されることとなった。
達也達が食事をしていると、666th TFW改めST部隊の面々が次々に帰還し、食堂へとやってきた。
「お、今日は金曜日か。ビーフカレーか。なんか違和感あるんだよな。」
と、配膳口でトレイを受け取りながら武藤が呟いているのが聞こえる。
「カレーの肉と言えば牛肉でしょ。豚肉なんてビンボ臭い。異論は認めない。」
すぐ後ろに並んでいる沙美がそれに反論している。
どうやら沙美は日本でも西部の出身である様だった。
生まれてからずっと、シヴァンシカの家でカレーを頻繁にごちそうになっていた達也にしてみれば、カレーに牛や豚の肉が入っている事自体が奇異に思えるのだったが。
彼女の家で出されるサグやコルマに入っていた肉は、チキンかマトンしかなく、それがインド料理のスタンダードだと思っていた。
もっとも、今この艦で供されているカレーライスなるものは、シヴァンシカに言わせれば日本料理だと言い切るのだろうが。
次々に食堂にやってくるST部隊の面々を眺めながら、食事を終えてコーヒーを飲んでいたレイラが溜息を吐いた。
これ以降の本日の訓練予定は組まれていなかった。
艦のクルー達の邪魔にならない限りは、飛行隊員達はのんびりと過ごしていても誰からも文句を言われることは無い。
「どうした?」
その溜息は、隣の席に座っている達也にはよく聞こえた。
「おっかしいなー。アタシなんでこんなトコ居るんだろ? 徴兵で(ロシア)航空宇宙軍に入って、任期満了五年で除隊するはずだったのになー。」
「最初はロシア軍だったのか。国連軍へは出向か?」
「そうよ。共産中国がブッ潰れて中華連邦になって、全面的に国連軍を受け入れるようになったから、国連軍の兵士数が全然足りていないって、出向の指示が来たのよ。あと一年で任期満了だったのに。仕方ないからハミに行ったら、いつの間にか勝手に中隊長にされてて、あっという間に飛行隊長よ。そこにアンタ達がやってきたのが運の尽き、ってね。」
最前線においては、隊長の戦死という事態も頻繁に発生する。
その場合、新しい隊長が配属されてくるか、或いは直下の兵士が隊長に昇進することもしばしばだった。
長く生き残っていれば、どうせ誰もが数十機、数百機の撃墜記録は持っているのだ。
急に昇進させたとて何の問題も無いだけの実績を、新兵以外の誰もが持っていた。
「スピード出世だな。辞めないのか? もうとっくに任期は過ぎてるだろう。長く闘っていれば、その分死ぬ可能性は高くなる。死は確率でやって来る。」
改善したとは言え、未だに新兵の一年後生存率が約50%、古参兵で約70%。
エースパイロットを掻き集めたこの部隊でも、年損耗率は10%近くになる。
どれ程のエースパイロットであろうと、被弾は確率で必ず発生する。
エースであろうとも、戦場で被弾して命を落とす可能性はゼロでは無いのだ。
そして前述の生存率を単純に適用するならば、一般的に新兵が十年後に生きている可能性は、2%を僅かに越える程でしか無い。
「酒泉に居るときに一度辞めようとしたんだわ。そしたらさ、飛行隊本部長と基地司令から、辞めないでくれって泣きつかれちゃってね。」
「これだけ腕の良いパイロットだ。そりゃ引き留めるだろうな。」
と、達也は言っているが、実際の所レイラが引き留められた理由はそれだけでは無い。
もう一方の可能性に、自覚のない達也が気付くことは無かったが。
「除隊したところで他にやることも無いし。ファラゾアの勢力圏が徐々に生まれ育った街に迫るのを見てるとね。ガラにも無く、なんか故郷を守るのも悪くないかな、ってね。」
その時艦内放送が天井のスピーカーから流れてきて、レイラとの会話を遮った。
「総員に告ぐ。本艦は五分後に潜航を開始する。総員気密確認。飛行甲板作業員は速やかに作業を完了し、気密を確保せよ。格納庫作業員は機体の固定を確認せよ。」
達也はレイラの横顔を見続けた。
今の話では、先ほどの大きな溜息の説明にはなっていない。
その視線に気付いたか、達也を横目で見ながらレイラが続けた。
「なんて甘い事を考えたのが拙かったわね。ハミのファラゾアが北上するのを阻止する戦いをしていると思ってたら、いつの間にかなんか変な部隊の飛行隊長になってて。内陸で作戦してた筈なのに、気付けばこんな陸地も見えない海のど真ん中、って言うか、すでに海の中? 何がどうなってこんな事になっているのやら。あたしの部下になったばかりに、付き合わされるこの子達も良い迷惑だわね。」
そう言ってレイラは、向かいに座るポリーナとセリアを見た。
「気にしてない。どこに居たって死ぬときは死ぬ。それなら腕の良い隊長の下に付いている方が、生き残れる可能性も高い。良いんじゃないの?」
「そうねえ。この部隊に居ると退屈しないし。周りに引っ張られて、なんかあたし達もウデ上がってるし。その分死ににくくなるんだから、特に文句は無いわねえ。ここのご飯は美味しいし。」
そう言って、デザートのプディングを食べ終え、達也の向かい側に並んで座って二杯目のコーヒーを飲む二人が笑った。
「何の因果か、一般人がこんな部隊に紛れ込んじゃって。ねえ。」
二人の答えを聞いて苦笑いを浮かべつつも、そう言ってレイラは周りを見回した。
食堂は帰還してきたST部隊のメンバーによって席の半分ほどが埋められていた。
「一般人? 何言ってんだよ。アンタ、飛行隊長だろ。」
レイラの台詞が聞こえたのか、背中合わせで座っているレイモンドが笑いながら突っ込みを入れる。
狭い艦内であるので、座っている席の間隔も狭く、また皆がかたまるようにして食事を摂っているのだった。
二年前、酒泉基地でレイラが3666TFSの飛行隊長となった時には、レイラを含めL小隊の三名は666th TFWのメンバーでは無く、いわゆる一般の兵士達であった。
3666TFSは666th TFWのメンバーで構成された飛行隊であったのだが、ハミ基地の3852TFSリーダーとして、所属する達也と武藤、さらにその部下達を大過なく指揮した手腕を買われ、基本的に作戦中の素行が不良である666th TFWの問題児達をコントロールすることが出来るという特殊技能を持った良識ある一般兵士のリーダーとして、3666TFSの飛行隊長を押し付けられた、というのが現実であった。
そしてそのままの状態で国連軍は地球連邦軍へと変わり、666th TFWはST部隊へと変わった。
666th TFWと行動を共にしていたおかげで格闘戦技術がうなぎ登りに向上していたレイラ達三人は、充分に技量が達しているものとして、ST部隊が成立したと同じタイミングで、ST部隊へと正式に組み込まれたのだった。
そして元来姐御肌の性格であるレイラは、リーダーとして本人が思っているよりも遙かに上手く彼等をまとめ上げており、引き続きST部隊の戦闘機隊長の任を与えられたのだった。
「はぁ。何だってこんなヤンチャ坊主とお転婆娘しか居ない部隊の隊長なんてやらされてんだか。」
レイモンドの突っ込みに、大げさに頭痛を抑えるジェスチャーをして、テーブルの上に俯くレイラ。
そんなレイラを見て、周りから笑い声が上がる。
お前のことだ、うるせえお前に言われる筋合いはねえ、などと、じゃれ合う声があちこちから聞こえる。
「さ。仕事、仕事。艦隊司令のトコに行ってくるわ。アンタ達、艦内ウロウロしてクルーに迷惑掛けんじゃないわよ。」
俯いていた顔を上げ、食器のトレイを持って立ち上がったレイラは、仁王立ちで周りを睥睨して言い放つ。
狭い艦内であり、潜水空母を運航している乗組員達の邪魔をしないよう、飛行隊員は不必要に艦内をうろつかないように厳命されていた。
もちろん、その指示がどれだけ守られているかについては、レイラも、指示を出した艦隊司令もかなり懐疑的ではあったのだが。
トレイを下膳口の棚に差し込み、レイラは一人その足で艦隊司令官の個室へと向かう。
木目調の塗装に金文字で「艦隊司令官(FLEET COMMANDER)」の文字が光るドアを三度叩く。
入室を促す声が聞こえ、レイラはドアを開けて室内に入った。
「STC飛行隊長ジェブロフスカヤ少佐、出頭致しました。STC、本日予定されていた悪条件離着艦訓練を終えて全員帰投しました。パイロット、機体とも損耗無し。明日の緊急離着艦訓練まで待機状態に入ります。」
相変わらず艦隊司令官の個室にしては狭い部屋だが、それは潜水艦の中なので仕方ないな、などと考えつつ、レイラは部屋に入ると同時に敬礼をし、低い天井に視点を合わせながら報告を行った。
「ご苦労。楽にしていい。訓練期間中殆ど損耗無く、毎日の訓練が迅速に終わるとは、さすがST部隊と言うしか無いな。昼飯は食ったか?」
小振りな執務机を背にして立つ第一潜水機動艦隊司令官アリヴィアン・ガラフチェエフ中将は、指先まで伸びきった見事な答礼を返し、すぐに砕けた口調になった。
「イエス、サー。お気遣い戴き有難うございます。現在飛行隊全員喫飯中であります。」
返答しながら、お互いロシア人同士なのに英語で会話しなければならないとは、なんと馬鹿馬鹿しい話なのだろうとレイラは思った。
しかし公用語が英語であるのは国連軍時代からの決定事項であり、同じ日本人であるタツヤとムトーも任務中であればお互い常に英語で会話している。
地球連邦などと言う大層な名前の統一政府が出来たこの先、世界中でこのような場面が増えていくのだろうな、などと益体もない事をレイラは考えていた。
「よろしい。わざわざ呼びつけたのは他でもない、君達ST部隊が乗艦する艦がやっと用意できたと連絡があった。工期の遅れをダラダラと訓練を続けることで誤魔化してきたが、やっと本来の自分達の船に乗って訓練が行えるようになる。遅くなって申し訳なかったな。」
「全く問題ありません。充分な訓練は実戦での事故率を低下させます。」
扉の前で両足を肩幅に開き、司令官の頭上の天井を真っ直ぐに見つめる姿勢を崩さず返答を続けるレイラを見て、アリヴィアンは僅かに苦笑いを浮かべる。
まさに上官が喜びそうな模範的な回答だ。
ルールをルールと思っていないというべきか、緊急とはルールを破れという号令だと思っているのか、緊急時には高い技術に任せて効率最優先、危険行為上等、命令無視無頓着な行為の多いST部隊唯一の良心と言うべきか、いずれにしてもこの真面目で至極まっとうな感覚を有する少佐を部隊長に指名した、有能などこかの誰かにアリヴィアンは感謝する。
「せわしなくて申し訳ないが、次の部隊の繰り上げ訓練要請を受けている。666th TFWは本艦隊における明日以降の訓練予定を全てキャンセル。明朝、部隊全機ウラジオストクへ移動せよ。発艦開始時刻は0700。委細は航空管制から伝える。帰りに寄っていけ。以上だ。ジェブロフスカヤ少佐、退室して良し。」
実はST部隊の、潜水空母による部隊運用習熟訓練はとうの昔に終わっていた。
機体を自分の手足のように操り、ディスプレイ情報を自分の眼で見たかの様に理解するトップエース達にとって、飛行甲板の狭い潜水空母とは言えども離着艦訓練など数回行えば充分だったのだ。
しかしながら今まさに艦隊司令官が言ったように、訓練を終えようにも自分達が乗る艦がまだ完成しておらず、かといってほんの一・二週間とは云えども兵士達を遊ばせるわけにも行かず、またそんな短期間だけ部隊を前線に放り込んでも周囲を混乱させるだけである為、習熟訓練という名目でこの北太平洋で艦の完成を待ちながら訓練を続けていたのだった。
「ん? どうした? 何か質問でもあるか?」
退室指示に対して敬礼をもって応えたレイラが、その姿勢のまま退室せずにドアの前で固まっているのを見て、机に戻ろうとしたアリヴィアンは怪訝そうに眉を上げた。
「閣下。失礼ながら、移動先の艦名をお聞かせ戴いておりません。」
伸ばした指先をこめかみに付け、天井を見つめたままのレイラが言った。
アリヴィアンは内心ばつが悪い思いをしながら、表情は平静を保ったままに机の上に置いたはずの紙を探した。
艦名は覚えていたが、同時に伝えるべき艦番号の記憶があやふやだった。
「ああ。すまないな。艦はウラジオストクのウリッス港に停泊中だが、合流着艦はピョートル大帝湾を出た辺りで行う事になるだろう・・・ああ、これだ。」
目的の紙を捜し当てたアリヴィアンはその紙を取り上げて、顔に近づけ、そこに書いてある艦名を読み上げた。
「艦名はACSS-041『JOLLY ROGER』。数日前に完成検査を終えたばかりの最新鋭艦だ。」
いつも拙作お読み戴き有難うございます。
これで大体の役者が出揃いました。
宇宙船は話題に上っただけで、まだ影も形もありませんが。
・・・と書いて気付いてしまった。まだアレとかアレとか出てないや。
でも、大体の役者(或いはそのタマゴ)が出揃ったのはホントです。